Category: インタビュー

epiceウェア プロデューサー 林 亜紀子

 

 

スノーボード界で活躍を続ける林 亜紀子が、新プロジェクト始動!
プロがデザインしている高品質でお手頃価格のウエア、epice(エピス)ウェアのプロデューサーに。
そして、これまでの常識を覆して、ウェブ販売という大胆な舵を切った。
そんな彼女に今回のプロジェクトに参加したきっかけや、まだあまり知られていないepiceウェアの魅力についてお伺いした。

 

--林さんは長年スノーボードのウェアをデザインする仕事をして来ましたが、今回epice(エピス)ウェアに携わることになったきっかけは?

林:自分ができることで今後もスノーボードに関わる仕事を続けていきたいと思ったのが大前提なんですが、スノーボードの楽しさをもっと多くの人に経験してもらいたい!という気持ちからですね。

すでに昔よりもスノーボードというスポーツが一般的に定着した今、スノーボードショップに行ったり、雑誌を買うほどは興味を持ってい無い人にどうアプローチしたらいいか?
そんな考えからたどり着いたのが、日本中の人が気軽に買えるweb販売でした。そして、それを実現することができる札幌の会社の方にお会いする機会があり、話が進みましたね。

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Heart Films 田島 継二 12作品目「Beyond」に賭ける思い

 

Heart Filmsが最新作となる「Beyond」の予告編ムービーを公開した。
日本、世界問わず、様々なフィルム・レーベルが脱落する中で、未だに作品をリリースし続ける力はリスペクト。
今作品は中井孝治、中村陽子という強力ライダーも加わり、さらなる進化が期待される。
ハートの初期の頃は布施忠が引っ張り、今では小西隆文、藤田 一茂らが中心となり、バックカントリーという世界の大舞台で暴れている。
これほどまでに長くできる要因はどこにあるのか?ハート12作品目となる「Beyond」に賭ける思いを、プロデューサーでありカメラマンでもある田島 継二さんに伺ってみた。

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表現する場は自ら創る/浅賀新平

 

スノーボードのプロとして生きていくために。
プロ資格を取り、大会で結果を残す。撮影に参加し、写真、映像を残す。メーカーや組織オーギナイザーの要望を受けて、イベントやキャンプに参加したり。

しかし、時代は変わりつつある。
無論、これまで通りの生き方でやっていけるプロ・ライダーはいるが、それはごくごく一部だ。

そんな中、自ら表現する場を創り、新しいプロ活動を行っているライダーがいる。
今回紹介する浅賀新平だ。

THE BATTLE GAMESという、キャラクター設定ありのプロ・スノーボーダー達が戦うエンターテイメントバトルスノーボードムービーを立ち上げた。
彼の野望は大きい。そしてユニークで新しい。

写真提供: 柳田健一朗(THE DAY JAPAN) http://www.thedayjapan.com/

--往来のライダーと違って、自ら活躍するステージを作り上げるパワーには驚かされます。
THE DAY JAPANは、スノーボード映画『SPONSOR YOU』を制作、またキャラクター設定されたプロ・スノーボーダー達が戦うエンターテイメント、THE BATTLE GAMESスノーボードムービーを立ち上げ、多くのプロスノーボーダー達の表現の場の提供も行ない始めました。
そもそもTHE DAY JAPANを立ち上げたきっかけは?

浅賀: かなり昔の話ですが、SURGEのライダーとして活動していた19歳の頃、お世話になっていたカメラマンの桑野智和さんにアドバイスをいただきました。

「プロスノーボーダーとして活躍したいなら一緒に切磋琢磨して上を目指せる同世代のカメラマンを探すべきだよ。同等な関係で言い合いしながら、二人三脚で上を目指すことがお互いのスキルを上げるためには重要だよ。見つかるまでは俺が撮ってあげるけど。」と。

これを聞いてから同世代のカメラマンを探さないとっていう頭がずっとありました。

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東海KINGS 8月15日にオープン!/チョコバニラボール新井

 

東海エリアの方に朗報の東海キングス(愛知県新城市)が8月15日にオープン!
いよいよオープンに迫った東海キングスだが、その代表であるチョコバニラボール新井氏に、現在の施設の状況、また豊富など伺った。

インタビュー: 飯田房貴 fusaki@dmksnowboard.com

 

--東海KINGSの誕生おめでとうございます!まずは、現在の心境は?

新井:ありがとうございます!

ひっそりと動いていた土地探しからぼちぼち1年が経とうとしています。
ついにここまで来れた、という気持ち。そしてやっと勝負の土俵を作れた、といった気分です。

何より、スタッフたちに感謝ですね。
施設数が増えてきたといっても「KINGSを作る」、っていう仕事は国内で10例もないわけなので、携わるほとんどの人が初めての仕事。
自分は立ち上げ工事に関わったのはこれで3施設目ですが、他のみんなは初体験、手探りの中で本当に頑張ってもらってましたから。

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アドバンスマーケティング30周年!/マイク宮沢

 

国税庁がデータベースによれば、日本の会社は設立してから30年も経てば、ほぼ生き残れる確立は、0.021%とのことだ。
その意味は、100社中の生存率はほぼ0社、1000社あってもほとんど残れないという厳しい数値である。
そんな中、厳しいヨコノリ業界で、30年も歩み続ける会社がある。それが、今回紹介するアドバンスマーケティング、そしてそのカンパニーを立ち上げたのが業界では、「マイクさん」の愛称で有名なマイク宮沢氏。
ヨコノリ界のレジェンドとも言われるマイクさんに、カンパニー生き残りの秘訣や、これからのヨコノリ業界の未来を占ってもらった。

インタビュー: 飯田房貴 fusaki@dmksnowboard.com

 

--マイクさん、アドバンスマーケティング30周年おめでとうございます!
この30年もやって来られたというのは、本当に凄いことだと思います。
そもそもアドバンス立ち上げたのきっかけというのは何だったのですか?

宮沢:1987年、カリフォルニアのハンティントンビーチで働いていた日本企業が倒産。それまで何回か考えていた独立、起業と言うチャンスが来たので帰国することにしました。その数年前から急激に円高になり、外国の物が安く買えることが見えていましたし、これからはますます円高になるだろうと予想していました。そんな中で「何をするか?」ということですがそれは割と簡単に決まりました。自分でもやったこともあるスケートボードです。近所や子供たちの間ですごく人気のあったスケートボードは、まだ日本ではまだあまり流行ってないし、またアメリカと比べるととても高い価格で売られていることなどがわかりました。値段が下がればこれからもっと人気が出るだろうと思ったのです。

 

--設立当時に仕入れたブランドは何ですか?

宮沢:知り合いのサーフショップのオーナーから紹介されたH-Streetが初めのスケートブランドです。それがPlan Bに分社したりしてスケートボードビジネスが成長しました。
創立後数か月で最初のスノーボードとなる、GNUの代理店になりました。スノーボードはまだほんの一部の人しか知られていなかったスポーツで日本にはまだ4ブランドくらいしかなかった時代です。
2年後にLib Techが発売され、そのころからスノーボーダーが急激に増え、大ブームへとつながりました。

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韓国平昌オリンピックを目指して!/広野あさみ

 

子供の頃から英才的にスノーボードを学んで来たのではない。ごくごく普通な女性は、スノーボードに出会い目覚め、今ではオリンピックを目指すまでに成長して来ている。決して器用とは言えないタイプだけど、ここまでコツコツと歩み続けて来た。2016-17シーズンは全戦ワールドカップを出場!オリンピックに向かって着実に力を付けている広野あさみ。
今トレーニングしているカナダのウィスラーで、ワールドカップで戦って来た心境、今後の目標などを伺った。

インタビュー: 飯田房貴 fusaki@dmksnowboard.com

 

--まずは今季、長い今季ワールドカップ・シーズンおつかれさま!現在の率直な感想は?

広野:人生で一番ハードなシーズンでした(笑)。気持ちの面でも体力的にも疲れました。でも、いろいろなことを経験させてもらってこの一年で大きく成長できて、(ワールドカップを)回らせてもらえていることに感謝しています。

--世界選手権を含めてビッグエアーは6戦。スロープスタイルは7戦参加。この中での想いでは?

広野:ロシアは寒かった!マイナス30度で体感温度は40度でしょうか。寒さに慣れているハズのロシア人でさえ、驚くような寒さで板も走らずに難しかったです。
寒過ぎてエレベーターが壊れてしまって、ジャンプ台に上がるための櫓、その階段を上がるのが大変でした。ビルで言うと4、5階あるところまで登らないといけないのですが、普段は簡単に登れるはずなのにその時は上っている間に肺が凍るような感覚で。板を履いても感覚がなくて自分の身体が自分でない感じに。だから、スノーボードするのが怖かった。
無事に終わった時は共に戦ったライバルたちとよく頑張った!ってハグしました。


(外にいるだけで髪もカッチコチになったロシア。右は、ロシアの選手ソーニャと記念撮影。)

 

--そんな感覚で、あのビッグエアーしていたら、本当に怖そう。だけど、大変な中、13位という好結果を出しています。

広野:12位に入らないとワールドの枠が増やせなかったので残念な思いが残っています。

--そもそも最初からワールドカップ全戦、さらには世界選手権に出れるような状況ではなかったと聞きますが、どのようなノルマがあったのですか?

広野:最初の韓国でのビッグエアーの大会の時、オリンピックへ行くための基準などを伝えられていました。ワールドカップで12位に3回入ること。10位以内には、2回。8位以内なら1回というものがありました。
最初はワールドカップは4戦しか出れない状態だったのですが、韓国の後にドイツで12位に入ったことでさらに追加参戦が許され、また世界選手権に出れたのは、前大会で鬼塚選手が優勝したことで枠が1つ生まれて、ワールドカップで8位に入れば世界選手権に出れるということになったからです。そして、ギリギリでアメリカのマンモスで行われた大会で8位に入り、世界選手権に参加することができました。


(平昌オリンピック開催地となるビッグエアー台でのW杯も経験。)

 

--マンモスでは、U.Sグランプリ(アメリカの全日本選手権)ということもありスロープ女王と言われているジェイミー・アンダーソン始めかなりの強豪選手が参加した大会でした。そんな中、良い結果が出た原因は?

広野:天気がひじょうに悪い大会で、各選手ミスが多かったのですが、その中で私はうまく合わせることが出来ました。
風が強くて怖かったりしたのですが、その時はポジティブに考えて「逆に風に乗ってやる」と思って挑んだのが良かったのかもしれません。

--結果が出なければワールドカップに参加し続けられない。結果が出なければ世界選手権に出れない。悪天候でも結果を残す。逆境の中、良い結果を出しています。

広野:振り返ってみれば、ピンチに強くなったのだと思います。

--良い結果を残すために、絶えず行っているコンディション作り。または何か毎日やっているルーティーンとかありますか?

広野:うーん(ちょっと考えた後)。朝のルーティーンは決まっていて、まずは起きて歯磨き。コップの水一杯。朝のヨガ。その後ゆっくりして、健康的な朝食。そして準備して山へという流れです。
自分は、元々ムラがあったので、ルーティーンを大切にするようになりました。
普段からストレッチングしたり。そういった自分が決めたことをやらずには寝れないという気持ちもありますね。
朝のこうしたルーティーンのおかげもあり、夜はしっかりと眠ることにでき、スノーボードに集中できてます。

--食事なんかにも大変気を使っていると聞きましたが。

広野:なるべくオーガニックの食事をいただくようにします。添加物は食べなくなったので、コンビニ行くと、水しか買えないかったり(笑)。

--うわっ、それはストイックだ!あまりストイック過ぎるのも良くないのでは!?

広野:いやいや、たまにはダメと思っているものでもいただきますよ。だけど、毎日はしないということです。


(世界各地のビッグエアー台やスロープスタイル大会に出たことは、きっと広野選手の今後の糧となったに違いない。)

--広野あさみ選手というのは、ちょっと異色なシンデレシトーリーにも見えます。例えば、同じスロープでも鬼塚選手は、幼少の頃から大会で頑張って来た実績があるし、藤森選手にしても以前からフリースタイルのカッコ良さには定評があり、そんな中、クロスで3回も五輪に参加。だけど、あさみちゃんはJWSCに入ってから本格的にスノーボードを始めて、そもそもスロープスタイルを目指しているわけでなく、プロになったのはクロスだった。どのようにして、現在のようなオリンピックを目指すような選手になったのですか?

広野:そうですよね(笑)私だけ、誰だお前は!と言われてもおかしくないですね。
鬼塚選手も、藤森選手も。当時私がペーペーだった頃から憧れの選手でした。
頑張って戦っている姿を生で見たりする機会があって、すごく勇気をもらいました。
2人ともやるときはやる!って感じで普段はおちゃらけているのに滑るときは勝負の目をしていて真剣で、怖いはずなのにそれをあまり見せない感じがカッコいいです。
そんな部分2人には言わないけどリスペクトしてます。共に戦ってこれた戦友に感謝してます。


(左、鬼塚選手、中、広野選手、右、藤森選手。彼女たちの戦う姿を見て、大きな刺激を受けたようだ。)

 

--具体的に早く成長できた理由を挙げるとしたら?

広野:私が早く成長できた理由は、
技術面では、メーカーのサポートはもちろんですが、私より前の世代の先輩たちが、何年、何十年もかけて独自で研究して創り上げてきた貴重な技術を教えてもらったからです。
それは私だけじゃなくて、今の若い世代みんなに言えることじゃないですかね。
答えの書いてある教科書が目の前にすでに用意されていた、って感じです。
当たり前に教えてもらったり、映像を見てきたけど、その裏には先輩方の血と汗と涙が入ってるんだな、と。
だからセンスのない不器用な私でもこんなにも早く安全にここまでこれたんだと思います。

気持ちの面では、最初は、ともかく楽しい!というところから入りました。それから、レベルアップして、壁にぶつかり。また越えて、壁がありという繰り返し。そうやって新しい壁を壊している内に力を付けて来たという感じです。
それは、スノーボードの技術にしても人間的にも。
JWSCに行く前までは、共同生活とかしたことなかったら。飲み終わったコップとか洗い忘れていたりしてそれで怒られたりしました。でも今は私が若い子に怒る役目で。
今思えば当時の講師の方や、いろいろな先輩に教えてもらってここまで来れたことを感謝しています。

 

--特に先輩たちに教わったことで印象的なことは?

広野:いろいろありますが、「お前は若いんだから早く海外に出ろ!」と言われたことは大きかったですね。
それも若い時を経験した、先輩方から頂いた言葉です。
若い時に海外にもっと言っておけばと後悔しているから、お前にはそんな風に後悔してほしくないと。
それで今、こうしてワールドカップに行けるようになりました。
また、一刻も早く上達したくて無茶をしていたけど、恩師から「焦ることはない。一歩ずつ階段を登っていくようにレベルを上げるんだ」というアドバイスも大きかった。コツコツやっていけば、必ず上に行ける。その思いでやって来た感じです。

 

--こうして地道にやっていく力。そのへんがあさみちゃんの魅力でもあり武器のように思います。

広野:時々、石橋をたたき過ぎて、西田コーチに叱られることもありましたが(笑)。本当ならもっと突っ込むところで、守り過ぎてしまって反省することもあります。
逆に慎重なところもあるから今までケガしてこなかったというのもあります。
どこまで攻めたらケガするのかしないのか。そこらへんの線引きが分からなくて一歩踏み出せない自分に、コーチや仲間に背中を押してもらったりして助けてもらうことがあります。

 


(ワールドカップでは西田コーチ始め、他の選手にもサポートを受け戦い続けている。)

 

--五輪に出場するためには、どんな課題がありますか?

広野:今できる技を磨き、さらに回転数を上げること。練習しているスイッチバックサイド900、バックサイド720、フロントサイド1080、それを繋げればオリンピックに行けると信じています。

 

--広野あさみをオリンピックに行かすために、これまで多くの方が応援してくれています。最後にファンの方にメッセージをお願いします。

広野:今まで支えきてくださってありがとうございます。これからも全力で歩んで行きますので、応援よろしくお願いします!

 


(ロシアの公開練習1日目に記録していたというメッセージ。)

 

カナダでスノボ留学を支援!/高谷 英悟

 

カナダのウィスラーのような世界屈指のリゾートで、思う存分スノーボーディングができたらさぞかし楽しいに違いない。そして、大自然に囲まれたカナダで生活できたら、素晴らしいな!と思う方もいることだろう。
現在、カナダのスポーツカレッジ、CSBAでスノーボード・コーチしているEigoはそんな夢を成し遂げたライダーだ。
彼がカナダに来たきっかけや、これからスノーボード留学を考えている方に向けてのアドバイスなど伺った。

 

Eigoも、元々はCSBAの生徒さんとしてウィスラーに来たと伺ったけど、そもそもに来たきっけかは?

大学の友人に誘われスノーボードを始め、同時に広島のスノーボードショップでアルバイトを始めたのですが、そのショップで流れていたマックダウのAmpというスノーボードムービーに衝撃を受けたのがきっかけです。

そのDVDには映像に対するライダーや監督の解説が入っていました。そしてその中に紹介されていた、バックカントリーの映像やパーク、パイプの映像のロケーションがウィスラーだということを知り、ウィスラーという場所に憧れを抱き始めました。

DVDを毎日何回も見ながらこの人たちみたいになりたい!と思い、なるにはウィスラーに行くしかない!と、単純に思ったんです。そんな時にSnowboarder誌に載っていたCSBAの広告を見て、ウィスラーの環境でプロに教えてもらえば他の人より急激に上手くなれるんじゃないか?と思って一大決心したわけです。

実際にウィスラーでスノーボードをしてみて、またCSBAで授業を受けて、どんな印象を持ちましたか?

最初に感じたのが、やはりスケールの大きさですね。日本のゲレンデとは比べ物にならないくらいの大きなゲレンデが2つ隣り合わせであるのでコースを覚えるのも一苦労でした。
また、最初はコース内で遊べる場所を見つけるのが難しかったです。
CSBAの授業ではパークでのレッスンはもちろんですが、パーク以外での遊び方を教えてもらえたのが良かったですね。パークでは目の前にあるセクションをヒットするという、ある意味準備されている場所を滑ればいいのですが、フリーランの中ではまずは滑りながら周りを見て遊ぶ場所を探すところから始まる。自分では見逃す場所でもローカルにはそれが見えている。CSBAのコーチ陣は山を知り尽くしているのでそういった遊ぶポイントを教えてもらえたのは良かったですね。日本のゲレンデと比べるとリフト1本分の距離が長い上、バリエーション豊富な地形と制限の少ないルールで自由にゲレンデを楽しめるのも上達へとつながりました。
それと、カナディアンスタイルのコーチングでは安全第一はもちろんですが、何より楽しむことに重点を置いている。日本人の指導者はダメ出しをする人も多いですが、カナディアンはほとんどダメ出しをしない。それでも上達へ上手く導いてくれる。そういったレッスンを受けてとても楽しかったのを憶えています。

特に印象的だった授業を挙げるとしたら?

今でも憶えているのが、ベン・ウェインライトというコーチに習った12月の大雨の日のこと。その日は朝から大雨で、ゲレンデには小さな川ができるほどの土砂降りでした。僕たち以外にはゲレンデを滑っている人はほとんどいない。もちろん僕たち生徒全員今すぐ山を降りたいという気持ちでした。そんな中でベンは、「ゲレンデに川ができてるから今日はウォータースライドをしようぜ!」なんて明るく言って僕たちを楽しませようとしていました。この人はプロフェッショナルだな、と強く印象に残った日でした。おかげで僕も雨や視界の悪い霧の日でも少しでも生徒に楽しんでもらうように心がけています。

CSBAを卒業し、日本に帰ってプロ・ライダーにもなったと聞いています。また再びカナダに戻り、現在こうしてCSBAの講師として活躍していますが、カナダに戻ろうと思ったのは?

自分から戻ろうと思ったというより、CSBAの前任コーチ&講師の高石周さんに声をかけていただいたことがきっかけです。
僕自身は CSBAを卒業してから日本の2シーズン目でJSBAのプロ資格を取りました。でもその時、僕はすでに28歳。夏に働いていたアクロス重信では角野友基くんを筆頭にジュニア世代の上手い子たちをたくさん見ていて、正直全く勝てる気がしませんでした。その頃からライダーとして上を目指すより、僕にしかできないことがあるのではないかと思い始めました。そんな時に思い出したのがCSBAでレッスンを受けていて楽しかったことです。
もともと教えることが好きだったので、アクロスや冬のスキー場でレッスンをしていました。その時に、カナダのスノーボード・インストラクター資格を取得していたことが役立ちました。
それから徐々に自分でスノーボードキャンプをしたり、サポートを受けていたショップのお客様にもレッスンをする日が増えていきました。
ですが、やはりレッスンだけで生計を立てるというのはかなり難しく、30歳も過ぎて焦りもあり、スノーボードの道は諦めようと思い始めていたタイミングでCSBAから声をかけていただいたので二つ返事で引き受けたということです。

凄いタイミングだったんですね。多くの人は、カナダでの生活が楽しいと言いますが、Eigoにとってカナダの生活はどうですか?

カナダの生活というより、ウィスラーの生活しか知りませんが一言で言うとドリームランドですね。
スノーボードの環境は言うまでもなく最高で、シーズンは年間で8ヶ月もあります。
ウィスラー、ブラッコムという2つの巨大な山が隣り合わせにあり、そこにはコースだけでも200以上。
世界のトップライダーが集まるパークはもちろん、バリエーション豊富な地形、自由に滑走できるツリーラン、急斜面、クリフ、そしてゲレンデから簡単にアクセスできるバックカントリーとスキー、スノーボードに関するほとんどのものが世界トップレベルで揃っています。
そしてそんな場所だから意識の高い人たちが集まってくる。アスリートはもちろん、コーチやインストラクター、スポーツトレーナー、バックカントリーのプロフェッショナル、カメラマンやフィルマー、エディターなどなどそれぞれ役割は違いますがお互いに刺激し合っているから良い作品も生まれますよね。そしてそういったことを学びたいという人たちのための環境もある。スノーボードやスキーはもちろんですが、例えばバックカントリー(雪崩)に関する資格だとか、インストラクターやコーチングの資格だとか、映像や写真、マウンテンバイク、クライミング、ヨガなどいろいろなことをこのウィスラーという町一つで学ぶことができるのがこの町の魅力の一つでしょう。

ウィスラーに住んでいると忘れがちだけど、まるでスノー界のハリウッドのようなスポットと言えそうですね。
その他、ウィスラーの良いところを挙げるとしたら?

やはり移動などに無駄な時間を使わなくて良いというのは大きいと思います。
ウィスラーに住むほとんどの人は家からゲレンデまで30分以内で着きます。移動に何時間もかけなくて済むので他のことに時間を使うことができる。夏は日が長いので朝スケートボードをして、昼にスノーボードをして、夕方から湖でのんびりしたりとか、マウンテンバイクやキャンプに行くことだってできます。
また素晴らしい自然の景色を毎日見ながら生活できるのでストレスが少ないですね。
あとウィスラーは世界各国から人が集まってくるのでみんながフレンドリーで住んでいる人も外から来た人に優しいですね。挙げればきりがなくなるのでここら辺で止めておきます(笑)。

 

確かに、街全体がアクションスポーツ観光スポットでエネルギーに満ち溢れています。
逆にウィスラーに住んでいて、困ること。日本の生活のこんなことが懐かしい、ってことは?

一番困ることはリゾート地なので物価が高いこととですね。生活費からシーズン券から何から何まで高いですね。
日本と比べて安いのはスノーボードのギアくらいでしょうか(笑)。
それと当たり前ですが日本食のお店が少ないので時々日本の安い居酒屋とか焼肉とかコンビニのおにぎりとか無性に食べたくなりますね。

それ、わかる~(笑)、日本のコンビニは最強!
ところで、これはズバリ核心を付いた質問になると思いますが。
ワーキングホリデーでウィスラーに滞在するのとCSBAに入ることの違いって何ですか?
安くはない留学費用でCSBAに参加するのと、単にワーホリで現地でバイトしながら滑るのでは、どっちがいいか?

いろいろありますが、何かやりたいことがあってウィスラーに滞在するときにはCSBAに参加していた方が動きやすいと思います。海外では言葉の壁や僕たち外国人に対する信用という面からやりたい事を簡単にはやらせてもらえないこともあります。カナダでこんな事がしたいとか、幅広くいろんなものが見たいという場合は学校を通した方が活動がしやすくなります。CSBA開校以来20年が経ちますが、ウィスラーはもちろんウィスラー以外にもたくさんのつながりを持っていますのでカナダでの活動、卒業後の日本での活動もしやすくなるのではないでしょうか?

また万が一の怪我や病気の際のサポートはもちろん、仕事を探す時のレジュメ(履歴書)の書き方、宿泊先手配、携帯電話取得や銀行口座開設など生活のためのサポートをプログラム期間中は継続して行いますので安心して自分の目標に向かうことができると思います。

スノーボードに関しては当然ですが、外国人コーチに教えてもらえることや、広大なゲレンデの楽しいポイントに連れて行ってもらえるのでウィスラーを知らなくてもレベルに合った楽しみ方ができますね。

ワーホリでバイトをしながら滑るのも良いと思いますが、ワーキングホリデービザは一生に一度しか使えないのでカナダに数年間滞在したいという人はまずは下調べをした方が良いと思います。そういったアドバイスも受け付けておりますのでぜひお問い合わせください。

確かに、CSBAでイントラの資格を取って、ウィスラーのイントラを行う例もありますね。
いきなりワーホリでは、まずイントラになるのは無理。
最後に海外に興味がある人に向けて一言お願いします。

海外での生活に興味がある人は、できる時に思い切ってした方が良いと思います。
特に長期での滞在は就職すると難しくなりますし。
僕は初めて海外に出たのは24歳の時でしたが、あの時行動に移したからこそ今の自分があると思います。
今はたまたまその時初めて来たウィスラーに住んでいますが、日本に住んでいたとしてもその時の経験や思い出は人生の糧になっていたと思います。
新しいことを始めるのに不安や心配事はつきものですが、行動を起こしてみると意外となんとかなることが多いです。
ワーホリでも、学校でも、長期でも、短期でも、自分のやりたいことでも、自分探しでも何でも良いと思いますので海外に興味がある人は是非行動してみてください。
その場所がウィスラーで、僕たちが必要でしたらいつでも声をかけてください。
ウィスラーを思いっきり楽しんでいただくための準備をして待っています。

 

CSBAでは、スノーボードがうまくなりたい方、
インストラクター資格を取りたい方、
または将来オリンピックを目指す方などもサポートします。
カナダで保護者がいない方もご安心ください。
学校斡旋、ホームスティ先案内など、様々な面でアレンジ可能です。
まずはお気軽にお問い合わせください!

お問い合わせ先
カナディアン・スポーツ・ビジネス・アカデミー東京オフィス
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※日本時間 1:00AM ~12:00PM(正午)
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