文:飯田房貴 @fusakidmk
平野歩夢選手が、北京オリンピックで日本人初のスノーボーダーとして金メダルを獲得したことは本当にとても嬉しいのだけど、一方で平野選手が伝える「選手は命を張っている。ジャッジング全体を含めて審判がどこを見ていたのか聞きたい」という思いは、深刻なこと。スノーボード界の未来のためにも、あの「疑惑の採点」を徹底検証していきたい。
目次
平野歩夢とスコッティ・ジェームスの2本目のランのルーティーン・トリック
まずは、そもそも何が起こったのか?ということをしっかりと理解するためにも、平野歩夢とスコッティ・ジェームスの2本目のランのルーティーン・トリックをしっかりと伝えておきたい。というも、様々なメディアで「疑惑のジャッジ」「ありえない点数」「批判殺到」などの報道があるけど、ほぼどこにも実際に平野選手がどんな技を出したのか、対してスコッティがどんな技を出して平野選手よりも上回ったのか。わかりやすく対比させたメディアは意外にないのだ。
共に5ヒット放ったルーティーンは、以下のようになる。
ヒット | スコッティ・ジェームス2本目(スコア92.50点) | 平野歩夢2本目(スコア91.75点) |
1 | スイッチBS1260 | FSトリプルコーク1440 |
2 | CABダブルコーク1440 | CABダブルコーク1440 |
3 | FS900 | FSダブルコーク1260 |
4 | BSダブルコーク1260 | BSダブルコーク1260 |
5 | FSダブルコーク1440 | FSダブルコーク1440 |
こうして、見てみると一目瞭然だ!
1440回転はスコッティが2回に対して、平野が3回。
しかも、スコッティの残りの3回が1260が2回で900が1回に対して、平野は残り2本も1260なのだ。
特に注目点は改めて言うことはないが、平野選手が一発目に放ったフロントサイド・トリプルコーク1440という技は、前人未到の大技で唯一無二に光る技でもあること。一方で、スコッティは、言葉は悪いが3発目にランを落ち着かす900しか回っていないのだ。
このレベルの選手にとってみれば、フロント900という技は、ランを最後までまとめるために、ちょっと楽させた印象もあるのだ。
歩夢の方が高さ、ストンプ度、グラブ完成度も圧倒的にスコッティより上!
前途ルーティーンでは、平野選手の方が圧倒的に上ということを伝えたが、そもそものランの完成度はどうだっただろうか?
スノーボードのハーフパイプ・ジャッジでは着地の安定感、エアの高さ、グラブの完成度なども重視されるからだ。
私は、このことを検証するために改めて、自分が住むカナダのオリンピック放送局の『Snowboarding – Men’s Halfpipe Final』を何度か見直した。https://www.cbc.ca/player/play/1995136579718(残念ながら日本からは見れないと思います)
そこで、改めてわかったことは、まずいつくかのメディアで言われていた平野選手の着地の乱れが感じられなかったことだ。ただ最後のヒッツで多少流れている印象もあったが。
ラスト5ヒット目で着地した後、板はどちらかと言うとパイプに対してスムースに流れる垂直方向ではなく、フォールライン(谷側)の方に落ちてしまっている。結果、ヒールでズラしているような印象もある。(※以上、切り取り映像を参照)
次に自分が考えたのは、得点が伸びなかった理由は「ボトムに落ちてしまっていないか?」ということだった。
というのもパイプでのランで大事なことは、スムースにジャンプをつなげるリップ・トゥ・リップ。つまりリップ近くに着地ができることは大切で、ボトムに着地が行くことは減点されるということなのだ。この点についてもスコッティとの対比で、平野選手が劣ることはなかったことを確認した。
3番目に高さに注目した。
オリンピックの映像では、最初のヒットで選手がどれだけ高く飛んだか、テロップが即表示されるのである。
スコッティは、最初のヒットの高さが4.2mと出ていた。
対して平野選手は?
なんと、5.4mだ!つまり平野は、スコッティよりも高さにおいても1メートル以上高く飛んでいたのである。
これは大きな驚きだった。
もう、この時点で「歩夢が上!」は明らかだが、グラブについても検証したい。
平野の方がスコッティよりも身体が華奢ということもあり、ボードと身体の距離感が凄くコンパクトにまとめている印象がある。その結果、平野の方がカッコよくグラブを決まっているように見える。決定的なのは2発目の平野の放ったエアだ。ここで、しっかりとトラックドライバー(※両手グラブ)まで完成していたのだ。もう、ここでも明らかに平野の方が上のレベルのランなのだ。
疑惑のアメリカ・ジャッジの得点!不可解な得点差
最後にこれまでメディアでリリースされたアメリカ人のジャッジがこのランでどんな得点を出したのか。またアメリカ人ジャッジだけでなく、6人のジャッジがどのように評価したのか。ここでしっかりとわかりやすく表にまとめて伝えておきたい。
スコッティ2本目(得点) | 平野2本目(得点) | |
ジャッジ1 Fredrik Westman(スウェーデン) | 92 | |
ジャッジ2 Julien Haricot(フランス) | 93 | 92 |
ジャッジ3 Carter Smith(カナダ) | 90 | |
ジャッジ4 Jonas Brewer(アメリカ) | ||
ジャッジ5 Ryo Hashimoto(日本) | 93 | 95 |
ジャッジ6 Markus Betschart(スイス) | 92 | 90 |
ハーフパイプには6人のジャッジがいて、最高得点と最低の得点は削除、残り4人のジャッジの平均スコアが最終得点となる。
ひじょうに興味深いのは、6人のジャッジがいて、意見が分かれているところだ。赤文字で記した点数は、スコッティが上とした評価。青文字は平野を上とした評価したジャッジ点数である。見ての通り、スウェーデンと日本人のジャッジは平野を高く評価した一方で、他4人はスコッティを評価したのである。
このようになぜ、同じジャッジが全選手に対して、同じスコアを出せないかという理由は、以前、書いた以下のコラムを参照にしてほしい。ここにも現在のハーフパイプ・ジャッジの問題点があるのだ。
【コラム】ハーフパイプ競技の100点満点は意味ナシ!メディアも知らない(!?)スノーボード競技の得点採取方法
https://dmksnowboard.com/a-perfect-score-of-100-points-in-the-half-pipe-competition-is-meaningless/
この表の得点を眺めていて、私はある疑問が浮かんだ。
というのも世界的に認められたスノーボードのプロフェッショナルなジャッジが、ここまで大幅に得点差が出るのだろうか?と。
つまり、スコッティの場合には、最高が94点で最低が91点に収まっている。だけど、平野は最高が96点で最低が89点ということでその差は7点もあるのだ。ここまでの差を開く評価は、他にも例があったのだろうか?と思ったのである。
そこで参考項目として平野歩夢選手のラスト1本、決勝の得点を並べてみた。以下の点数は、左からジャッジ1の評価となっている。
98 / 95 / 96 / 96 / 97 / 95
最高98点で最低は95点と、3点に収まっている。ノーマルな印象だ。
それでは銅メダルのヤン・シェラー(スイス)のスコアは?
87 / 87 / 87 / 87 / 88 / 88
これもまあ見事に収まっているではないか!なんと6人のジャッジが、87点と88点だけにまとまっているのだ。
さらにショーン・ホワイトの4位のスコアもチェックしてみよう。
85 / 85 / 85 / 85 / 85 / 84
ご覧の通り!
このように私は、決勝に残った12人の選手のスコアの6人のジャッジが下した点数差というものをすべてチェックしてみた。すると、明らかに転倒した選手で低いスコアのケースでは、平野選手のように点数の差はあったケースはあるが、転倒もせずにランをまとめた選手に限っては、6人のジャッジがきれいに点数をまとめていた(=近づけていた)のである。
この発見は大きな驚きだった。彼らはプロなのだ。だからスコアがまとまるのである。
一方で、あきらかに平野歩夢の2本目には何かあったような気がしてくる。
最終まとめ検証!アメリカのレジェンドライダーもオリンピック放送で激怒コメント!
それでは、2本目に何が起こったのか。
まずは、以下の数字を見てほしい。
2 / 5 / 3 / 7 / 2 / 5
この数字を見て、ピーンと来た読者の方は賢明であろう。
これは、平野選手の2本目と3本目の得点差が、どれだけ上がったかということを現したものだ。
左から赤字にした「7」というのは、2本目から3本目で、7点も上げたということである。
そのジャッジは、アメリカ人だ。
一方で青いで示した「2」は、1本目から2本目で2点しか上げていないということなのである。この二人はスウェーデンと日本のジャッジだ。
彼らの心の内側を推測すれば、
「まっ、同じルーティーンだけど、さらに高さとかあったと思うので2点上げようか」というところか。
一方で、7点も上げてしまったアメリカのジャッジ、5点も上げてしまったスイスのジャッジに一体どんな思惑があり、こんなアンプロフェッショナル感が漂うジャッジをしてしまったのか。
もしかしたら、「みんなオレのジャッジングにブーイングしているよ。ヤバい、早いとこ修正しておこう。」と思ったのかもしれない。
また、アメリカのオリンピック放送局NBCでコメンテーターしたトッド・リチャードは、2本目の平野のランのジャッジに劣化のごとく怒る口調で強い批判をした。
最後にトッドのコメント内容も紹介しておきたい。
「おいおい、ちょっと待てよ。理解不能だよ!
あの(平野の)滑りというのは、なあ…、
オレは超長年、完璧な滑りというものを見て来たけど、勝者のランというのを知っているつもりだよ。
あれはハーフパイプにおける最高の滑りなんだよ。
いったい、どこに減点要素があったのか、教えてくれ!
マジあり得ん。茶番劇だ!」
さらにこの米NBCの放送席では、ヒートアップし「オリンピックで危険な技に賭ける意味がなくなっちゃうじゃん!」とまで、膜して立てて伝えたのである。
コラムニスト・飯田房貴
1968年生まれ。東京都出身、カナダ・ウィスラー在住。
シーズン中は、ウィスラーでスノーボードのインストラクターをし、年間を通して『DMKsnowboard.com』の運営、Westbeach、Sandbox、Endeavor Snowboards等の海外ブランドの代理店業務を行っている。日本で最大規模となるスノーボードクラブ、『DMK CLUB』の発起人。所属は、株式会社フィールドゲート(本社・東京千代田区)。
90年代の専門誌全盛期時代には、年間100ページ・ペースでライター、写真撮影に携わりコンテンツを製作。幅広いスノーボード業務と知識を活かして、これまでにも多くのスノーボード関連コラムを執筆。主な執筆書に『スノーボード入門 スノーボード歴35年 1万2000人以上の初心者をレッスンしてきたカリスマ・イントラの最新SB技術書 』『スノーボードがうまくなる!20の考え方 FOR THE LOVE OF SNOWBOARDING』がある。
今でもシーズンを通して、100日以上山に上がり、スノーボード歴は37年。