最新式はいつもちょっと怖いもの

パソコンのキーボードを新しくした。
山のような形でいかにも最新式だ。
見た瞬間ヤッター!と思った。
しかし、実際に打ってみると違和感アリアリ。

いちものように我がパソコン指南役のケイ先生から「慣れてください」の冷たい一言。
ケイくんもいつも新しいソフトを入れたり何かしてくれるとこのお決まりの「ライオンの子を谷に落とした」セリフを履く。

打ちながら快適になるハズだと思って仕事を続けたけど、この不慣れ感によりやたらに作業が遅い。イライラしそうだ。
せっかく新しいものを買ったのにプレッシャーを感じる。
「もしかして前のキーボードの方が良かったのかも。4年使い慣れたキーボードだし。間違った買い物だったのか。」

しかし、このようなプレッシャー感を今年もう1つあったことを思い出した。
今季のオレのバートンのブーツ。固くて履き難くて、汗かきながら履いて、
「うわっ、これ間違った選択!? だってこんなに固くちゃ足曲げ難いじゃん。昨年以上に固いぞ。いや、だけど毎年ブーツはやわらかくなるしすぐに慣れるハズ。」

それで実際、今、そのブーツは慣れて最高に調子いい。
うん、だからきっとこのキーボードも慣れてそう言える日が来るだろう。最新式はいつもちょっと怖いものだけど、いつか、すぐにね。

Nomisラウリ発売のお知らせ

スノーボード・クラブ12年のベテラン会員の山本一徹さんは、
80年代アイドル世代を生き抜き、スノボでは飛びよりもフリーランを愛好する人だ。
しかし、以前のスノーボードのモチベーションは消えうせ、
毎年山に行くことは、1つの義務感のようなものになりつつあった。
滑っていてあまり楽しいとは思えなかったのだ。
しいて言えば、ランチ時のビール一杯、そして帰りの温泉が1つの楽しみだった。

しかし、そんな山本さんにある転機が訪れた。
それは新規dmk会員のミナミちゃんの存在だ。
dmkツアー中の昼食で、たまたまミナミちゃんと隣同士に座り話が弾んだのだ。

「ミナミちゃん、このパーカー可愛いね」
「そうでしょ、山本さん。これラウリ・モデルよ」
「えっ、そのローリって何?」
「やだー、山本さん。12年もdmk会員でラウリ知らないの!
ローリじゃなくて、ラウリよ。
パークだってバックカントリーだって何でもうまいライダーなの。
しかもルックスも最高!」
「えっ、そうなんだ。」
「これ山本さんにも似合うんじゃない。どう着てみて」

タジタジする山本さんに、無邪気なミナミちゃんは強引にも
今、自分が着ていたフーディを山本さんに着せようした。
ミナミちゃんの可愛さに押されて山本さんは着てみたのだった。

「うわあ、山本さん似合うわ。これで10年も若返っちゃうよ」
「そうかな」と思いつつも山本さんは、近くの売店の鏡を見てみた。
すると、そこにはいつもとは別人のイメージの自分が立っていた。

「うわっ、派手だ。だけど、カッコいい!このカラーならオレでも問題ないじゃん」

そこで山本さんは後日、神田のショップに行ってラウリ・フーディを買いに行った。
しかしない、ない、どこにもないのだ!
どうやら売り切れのようだ。

落ち込む山本さんに朗報が届いた。
それは、dmkサイトで特別販売でラウリ・モデルが売り出されたのだ!

山本さんは、即効、フーディをオーダーすることにした。
ついでに普段履くジーンズは、3年間履いていたリーバイスしかなかったので、
ラウリ・ジーンズも購入。
帽子と言えば、学生の頃にジャイアンツ・キャップを買った以来だが、
ミナミちゃんをビックリさせるため、ラウリ・ハットまで!
この帽子で、メガネを付けた山本さんは、まさに絵描きおじさん。
まるで、オバケのQちゃんの小池さんのユニークな風貌になるのだが・・・。

そして実際にフーディなどを手に入れた山本さんはウキウキになった。
10年前、夢中になってスノーボードを始めた時のことも思い出した。
ファッションというのは、こんなにも人を変えてしまうものだったのか!

後日、次のdmkツアーでラウリのフーディをバッチリ着込んだ山本さん。
しかし、そこにミナミちゃんの顔はなかった。
ミナミちゃんは、今回は不参加。そう、彼との大事なデートがあったのである。

そんなことも知らない山本さんは、ミナミちゃんにカッコいいところ見せる、
と息巻き、8年ぶりにキッカーでメソッド・エアーの練習を開始した。
久々にエビゾリになるこのエアーを決めて、ご満悦の山本さんだった。
しかし、このエビゾリのメソッドが通常ギャルメソと呼ばれるレベルに
なっていることを山本さんは知らなかった。

「ミナミちゃん、次回こそdmkのツアーに参加してくれ。見てくれ、オレのラウリ姿。
このメソッド・エアーでキミのハートをドキュンしちゃうよ」

80年代アイドル時代を経験している山本さんにとって「キミのハートをドキュン」
は最高にナウイ言葉だった。しかし、この「ナウイ」も「ドキュン」も
現在では死語になっていることは知るよしもなかった。

しかし、そんな山本さんをハッピーにしてしまうNomisラウリ・セットが
本日から本当に発売されたのだ!
そう、そのことれだけは本当の話だったのである。

ファッションは気分を高揚させます。
ハッピー・スノーボードのために。
みなさんのオーダーお待ちしております。

(以下ニュースコーナーにて本日発売開始!)
http://www.dmksnowboard.com/news/

カメラマンの旅

今年は雪が多いからだろうか。たまたまそういう時代なのだろうか。
ともかくライダーが張り切っているような印象を受ける。
 
ウィスラーのカメラマンと言うと、大御所マルくん、そして最近、多方面で活躍したジュリアンがいる。
マルくんはハングリーに撮影をこなす。冬の間はバックカントリーがメインになっている。
ジュリアンは大会を回っている。昨日、Xゲームから帰って来たばかりである。
この二人がとても忙しい。
それで、残り物でオレがいるというワケだ。
お陰様で売れっ子カメラマンになっている。
 
今まで自分は雑誌社からの決められた仕事ばかりを引き受けていたが、今年から積極的に、良い写真を撮りに行っている。そんな気構えもライダーたちを引き寄せるようだ。
 
それでいろいろ撮影した結果、かなり良い写真が撮れた。だから北米の雑誌にも自分の写真を送ろうと思っている。
 
中でも気に入っている写真は、石坂リョウ(2枚)、渡辺ユウタ(1枚)、イチゴウ(1枚)。
明日も朝7時半からイチゴウとバンクーバーの方に行くことになった。
 
こんな感じで、3月までに良い写真が集まれば、写真の大会にエントリーしてみようか、と考えている。確か20枚必要だ。だけど、これまで2ヶ月でたった4枚だ。ってことは、あと2ヶ月あっても8枚? うーん、このペースでは無理だ。やっぱりプロカメラマンって凄いな。だけど、オレもプロになれる時間がある。結局のところ、その時間が長くなって報酬が増えてくれば、プロ・カメラマンということになるのだろう。だけど、やることたくさんでそれは無理だ。でも、小さな一歩でも確実に登れば、いつかは頂上ってわけで、そんな目標を持ちつつ、これからもスノーボードの仕事を楽しんで行こう。何より、一流の方のエネルギーを感じれるようになること。自分としては、それが一番の目的かな。そのためにも、カメラマンの旅はおもしろそうだ。

ラスベガスから帰って

ラスベガスから帰って来て、いろいろ仕事が貯まって。
だけど情報盛りだくさんだから、ニュースをアップするのが大変。
結局、朝8時から夜の12時までぶっ通しで机に座っていたかな。
いやいや途中、子供を保育所からピックアップしたり、
夕食のカレーライスを作ったり、それが良い息抜きになった。
 
それにしてもラスベガスは楽しかったなあ。
ひじょうに身のある仕事ができた。
ビジネスの話は、英語だけ話せてもダメ。それ以上に、素直に意見を言う勇気。そして、その意見の後、相手の反応がどうなるか考えていること。ある意味、将棋の一手一手を先を読む、ということに似ているかな。交渉の前に、落としどころを考える。決着をどう付けるのか決めておかないと、交渉もへったくれもない。まあ、あたり前のことなんだけど。
 
ムラッチョがいて、助かったことも多かった。ムラッチョとは考えてみたらもうかれこれ25年くらいの付き合い。この間オレたちは毎日行っていた銭湯での会話を含めて、どれだけ長い時間いっしょに過ごし、会話をしたのだろう。
 
ところでギャンブルやったか、って?
もちろんしたよ!楽しかったなあ。
夜10時から2時くらいルーレットをやったり。ビールが無料だから、ほとんど飲みに行った感じ。ギャンブルやりながらのビールっておいしかったなあ。同じテーブルの人たちと会話したり。ディーラーと会話したり。凄い国際的で、みんな社交的。アメリカ人って最初に会った時から、お友達感覚だ。カナダ人の方がもっとシャイで律儀な感じだけど。
 
勝てたか、って?
負けちゃったんだけど。でも、また行きたいなあ。いや、絶対に行くぞ。

ラスベガスへ

昨日は恒例毎週日曜日の大河とのスノーボーディング。いつも息子に教えている時には厳しくなりがちだけど、昨日はともかく「怒るまい」という決心の元、山に行った。
 
スノボ始めた時から直滑降からのストップのスタイルで滑る大河に、ここ2週間前からはフロント、バックのつながるターンをなんとかできるように伝えたかった。それで、止まってジェスチャーで教えた。
 
「フロントではおばあちゃんのように手を突くようにしては滑ってはダメなんだぞ」
「お父さん、おばあちゃんもスノーボードできる?
「そうじゃないよ、おばあちゃんスノーボードやるハズないだろ。ボウケンジャーのビデオは撮ってくれるけど。
つま先のターンでは、おしっこするみたいに体を起こすんだ。頭を下げたり、腰を曲げたりしたらダメ。」
 
さらに大河が滑る段階になり、ボードのテールを持ってあげながら、
「大河ちょっとターンの真似してみろ」と言った。
そうしたらなかなか良い格好。
「よしっ、行け!」
と勢いよく後ろから押した。
 
そうしたら、しっかりとターンしているのではないか!苦手だったフロントサイドもきれいに回っていく。
思わず「イエー!!!」と声を上げた。
そしたら、周りにいる人も歓声を上げたり、手を叩いたり。どこかのおばさんは、
「こんなに可愛いシーン見たことないわ」
と大層なコメントまで。
カナダの人、とても温かいです。
 
ハッピー・スノーボーディングの後は急いで空港へ行く準備。
お父さんはその夜からラスベガスに行くのです。
ギャンブルでないよ。仕事で。
 
午後2時のバスで空港へ。
アメリカ入国の超面倒な手続きなどやって。
緑のフォームがないから戻れとか、いろいろドタバタ劇もあり。
途中、デバンなどのワイルドキャット軍団に会ったり。
ともかく夜8時過ぎの飛行機に乗ってラスベガスへ。
 
飛行機の中では、とかくも話好きのおじいさんにつかまって、
歴史の話、宗教の話、哲学の話など、
かなり眠くなる話を3時間ぶっ通しで聞かせれました。
歴史と英語の授業を休憩なしでやらせれた気分。
 
ベガスの空港では真夜中なのに、大変な混みよう。
荷物もなかなか出てこないし、ターンテーブルも最初は13番だったのに、
結局11番に変更で出て来た。
 
空港から出てシャトルバスに乗ろうと思ったら、ここでも凄い行列。
どうやらバスのチケットを買うための行列のようだ。ここでも30分待ち覚悟か。
こういう時は、ともかくあたりを探索せよ、とは下町のガキ時代からの慣わし。
そうしたらやはりあった!
その場所からさらに奥の方によりローカル色の強いシャトルバスがあったのだ。
そこは待ちナシで乗れた。
 
ホテルに到着したら、ここでも凄い列。
チェックインで30分も待っちゃった。アメリカ人凄い短気でかなり怒っている人いた。
実際にコンチキショーとか文句言う人もいて、よけいに混乱。
ホント笑わせてくれるぜ。こいつらの我慢の限界値低過ぎだ。
 
「チェックンでいつもこうなの?」
と聞くと、飛行機に遅れが出てこんなになったとのこと。
ともかく、こうして部屋に入り、シャワーあびて
寝た時には夜1時30分だった。
 
しかし、今朝は早く起き、バイキング朝食(10ドルでした)をたらふく食べて
ウ○コも快調なのが出て、とっても元気。
ムラッチョは今、ロス。もうすぐラスベガスに到着だ。
よっしゃ、nomisブースで祭りだ、祭りだ!!

子供は恐ろしい

ここ最近はずっとキララキッズ・モードで忙しい日々。橋本ミッチャンが見て来たキッズがウィスラーにやって来たのです。
 
昨日はパーティがあり、忠くん、平岡アキくんも登場!
ウチの大河とクレアも連れて行きました。
 
おいしい食事をいただき、いろいろな方たちとお話をしていて。楽しいひと時。そんな時、後ろから、
「おじさん、疲れた。もう勘弁・・・」
と、アキくんの声が。
大河はアキくんのヒザあたりにおもっきり空手で習っていた蹴りをぶっこんでいました。
「バカヤロウ、東京ドームのヒーローの大事なヒザに何やっているんだ!」って。

いやあ、子供ってのは本当恐ろしいものです(汗)。

急げ

山で撮影し、疲れて家に帰り、すかさず夕食を作り、食って眠くなり、
だけど大河がテレビマガジン最新号もらったので、その付録を作ってあげて(これかなり時間が掛かる!)、
さらに本を読ませて寝かせて、
その後、パソコンチェックしたら、今日中って仕事が2つもあった!
えっ、スノーボーダー誌のハウツーって今日締め切りだったっけ!? いつもオレ締め切りよりもかなり早く送ってしまうので、編集の方がケツを叩いてくれなくて、今日突然、締め切りとの宣言!アチャー。
それで、即効、ニュースをアップ。
さらにスノーボーダー誌のハウツーに取り掛かった。突貫工事の割にはよく書けた。
よしっ、あと1つだ。
メールはかなり貯まっているけど、とてもじゃないけど今日は太刀打ちできそうもない。
こんなことしている場合ではないぞ。急げ。

雪が多くて事故が多い

雪が多くて事故が多い。
事故になると交通麻痺。
バンクーバーからウィスラーまで通常2時間が、倍になり、さらに倍になり、またまたさらに倍になって8時間も掛かった、ということもあった。
これでオリンピック、大丈夫かな。

ゴーグル・レンズの選び方

最近ギアもどんどん良くなっている。ゴーグルもどんどん新しいテクノロジーが出て、傷が付き難いものや、ミラーなのに曇りでも使えるものも出て来ている。以前なら機能イコール、デザインがもう1つということもあったけど、デザインも機能もOK!というものが増えた。こんな最新のギア情報にくわしい方も少ないだろう。
だけど、どうもまだ世間のスノーボーダーの多くは、ゴーグルのレンズの種類や選び方というのを知らないようだ。スノーボーダーにとって視界はとっても大事な要素だから、ぜひ覚えてほしいものである。そこで、今回は自分が長年お世話になっているSmithのご協力を仰ぎながら、『ゴーグル・レンズの選び方』という特集をお届けしよう! もちろんどんなブランドでも対応できる内容なので、レンズの選び方わからない方、ご参考に。



TEXT: Fusaki IIDA

私のゴーグル歴

20年以上のスノーボード歴の中でもSmithはお気に入り!

大昔の話をしてもしょうがないかもしれないけど、ずっと昔、自分はbolleのミラー・レンズのゴーグルを使用していた。当時、このゴーグルを選んだ理由は、ミラーにより目が完全に見えなくてカッコいいと思ったから。
だけど、ミラーって、晴れの日はいいけど、曇りの時ってずいぶん視界が暗く感じるので、調子が悪かった。だから、その当時にBrikoのピンク(注:レッドとかローズという言い方だったのかも!?)のレンズに出会った時は、凄い!と思った。というのも、その時に使ったBrikoのピンク・レンズは、曇りの時など、雪上の凸凹などをしっかりと見せてくれたし、しかも晴れでも眩しくなく使えたのだから。それから、自分はSmithのスポンサードを受けるまで、ずっとBrikoを使用。ちなみに、bolleの前にはOakleyを使っていて、その当時のOakleyは、デザインはカッコ良かったけど、やたらに曇りやすくて困ったなあ。

Smithには、当時(注:10年以上も前のこと)V3というモデルがあって、それはどこのゴーグルよりも視界は広くて、調子良かった。しかも、日本人の鼻ペチャにも合うようなジャパン・モデルのオリジナルのフィット感もあった。
Smithというのは、歴史的に常にクオリティの最前線を行っているところがあって、自分の勝手な解釈では、技術のニッサン、デザインのトヨタみたいな部分で、クオリティのSmith、デザインのOakleyというイメージもある。
ただ、最近はどこのブランドでもクオリティやデザインもカッコ良くなっているようだ。
自分は途中、Zealという浮気もありながらも、今ではI love Smith!

以上の話は、レンズを選ぶ上での、ちょっとしたヒントになるかも、ということで、オヤジのレンズ・ヒストリーを紹介してみた。

オレンジとローズが定番だろう

最近は、ミラー系のレンズでも曇りOKというモデルが多く、はっきり言って、自分も混乱している。だから、この原稿を書ける身分なのか、という思いもあるけど、とりあえずスノーボード歴20年以上のおじさんの話は「ためになるかもよ?」ということで聞いてほしい。

まず、自分が思うに定番は、オレンジとローズだろう。
オレンジというのは、かなりオーソドックスなイメージのカラーで、全天候にOKだ。Smithの場合のオレンジは、ゴールド・ライトという表現のようである。
また、ローズというのは、厳密に分けると、レッドもあるようだけど、ともかくこれも全天候にOKレンズ。
オレンジとローズの違いは、オレンジの方がどちらかというと晴れに強く、曇りに弱い。しかし、これはどちらかと言うと、という話だから、ほとんど同じと考えてもらってもOKだろう。
ただ、独断的な意見として、自分は長年の経験上、ローズに親しんでいるので、オレンジよりもローズの方が好き。何か1つしか選べないとしたら、ローズを選びたい、と思う。ということで、自分の親しみや、過去のレンズ経験も考慮して、選ぶのも1つの方法だろう。

イエロー、クリアの使い道

いろいろなカラーがあって迷っちゃうよね。

レンズのカラーがダーク系のブラウンともなれば、それは眩しい日の晴れ用になる。そして、全天候型のオレンジやローズというレンズがある。さらには、曇りの日や雪の日に威力を発揮するイエローやクリアという領域がある。

イエローというのは、晴れではとても使えないほど眩しく感じるレンズだ。しかし、曇りの日や豪雪の日など、明るくしてくれて視界を確保してくれるもの。曇りでは最適なレンズだと言える。
しかし、自分の経験上では、曇っている日もローズ系でOKだから、ほとんどイエローというのは使ったことがない。でも、人によっては、イエローの調子良さというのは、凄く理解できるハズなので、曇りにはイエローという考え方も抑えておこう。

クリアというのは、曇りや雪の日でも使えるのだろうが、自分の経験ではナイターでとても見やすかった。最初にナイターでクリアを使った時、あまりにも快適でビックリしたほどだ。だから、クリアってナイター用で作っているのではないだろうか。たぶん、ね。

人の目はずいぶんと違うようだ

カナダに住んでみてわかったことだが、白人でブルーの目をしている方々はずいぶんと明るさに弱いようだ。彼らの目は、晴れイコール絶対にサングラスをしたい、という感じのようである。だから、ずいぶんと自分の目と違うようだ。自分なんか、晴れても雪山でなければ、サングラスなんかいらないから。

あと、同じ日本人でもずいぶんと違うことがわかって来た。例えば、ワタキチ・コーチの前のナショナルチームの阿部さんという方は、目の色がブラウン系で晴れに弱かった。だから、眩しいのには弱いという印象だった。それと、dmkクラブでもコーチをしてくれるカンジ先生の目、彼もずいぶんと眩しいのには弱い印象の明るいブラウン系である。

このように人の目というのは様々だから、人の意見というのはあくまでも意見として留めるべきである。現にこの原稿を書いて調べたのだが、ローズやオレンジは全天候型でもないようだ。さっき伝えたことと違うことを述べるので恐縮してしまうが、Smithのwebサイトでは、こう述べているのである。

ローズとゴールドライト(オレンジ)は、曇り用(注:英語ではGREYBIRDと表記されている)。

自分の目では、確かにローズは晴れにも使えるのだが、もしかしたら多くの人には眩しく感じるのかもしれない。

そこで調べていくと、さらに朗報が!
それは、Smithのローズコパーというレンズ。これは晴れも使えるし、曇りも使えるというもの。早い話、これを買えば問題ないようだ。凄い極論だけど、話はそれだけで終わってしまいそうである(笑)。これはSmith社オススメするオールラウンド・レンズなので、どなたにもオススメできそうである。

ミラーというレンズ

先にも述べたようにミラーというのは、かつては晴れ専用だった。しかし、最近ではゴールド・ミラーとか、ミラー系レンズで便利なものが出ている。この便利なミラーは、曇りでも使いやすいレンズたちなのだ。

左から2番目と一番右端がミラー。
ミラーでないものと比べると、かなり違う印象でだね?

このようなミラー・レンズは、通常のミラーではないレンズに、ミラーをコーティングしたという考えで行けばいいようである。例えば、ゴールドミラーは通常のゴールド(オレンジ)にミラーを重ねたようなものだと推測されるので、全天候型で晴れにも強いというものである。ゴールド・ライトよりも、ミラーが入っている分、晴れに強いようだ。

だけど、さすがに超ピーカンだと、このようなゴールドミラーでも眩しいようで、それでローズ・プラチウムという晴れで実力発揮できるレンズも存在するのである。このレンズは往来あったミラー、晴れはいいけど、曇りは適さない、というものだ。

ひじょうに乱暴なまとめ方であるが、往来、ミラーのレンズは晴れ専用だったけど、最近は曇りでもOKのものも多くなった。だけど、依然として晴れで実力を発揮できるミラー・レンズもある。ミラーの場合には、以上のことから選択の混乱も起こりうるので、そのメーカーのカタログを取り寄せたり、そして何より店員の方に確認したい。
ちなみにカタログでは、だいたいどこのブランドでも、晴れから曇りどのレンズが適しているか、という表があり、わかりやすく紹介してくれている。

結局、何を買えばいいのだろうか?

これは、この特集のまとめになるテーマだろう。
まず、何を買えばいいのか。それは、その人の目のコンディションに委ねられる。
自分のように多少の晴れでも眩しくないという感じの人は、ローズ系が1つあれば問題ない。
さらにオシャレにミラー系にしたければ、晴れで実力発揮の最強ミラーのローズ・プラチウムもあればいい。出費は痛いが、もう1つのレンズを持つのだ。
それか、ゴールドミラーのように全天候型のレンズを1つだけ持っているのも手。ちなみにミラー系の方が、値段は高くなる傾向。

ところで、いつも自分は何か購入したいその商品知識が貧しい時、「じゃあ、店員さん、あなたの親友に選ぶなら、どれにするの?オレはあなたの親友のようアドバイスがほしい」と聞いてみたくなる。
以上のような質問をそのまま、今、読者から受ければ、こう答えるだろう。

スノーボードを年間5回しか行かない方
「ローズコパーのような全天候型のものを買いましょう。」

スノーボードを年間5回しか行かないけど、人とは違ったものを多少高くてもいいから購入したいという方。
「ゴールド・ミラーのように全天候型のミラーを買いましょう。だってミラーってカッコいいから。」

スノーボード年間10回以上。かなりハマってしまって、3度の飯よりスノーボードというタイプの方。
「ゴーグルは2つあると便利だから、おもいきって2つ購入しよう。
だって、レンズが曇った時など、もう1つのゴーグルあると助かるし、何よりゴーグルのレンズだけの取替えって面倒だ。だからゴーグル1つでレンズ2つあってもどうかな、と思う。
全天候型のローズコパーに、晴れで威力発揮のローズ・プラチウムとか。おもいきって2つ買いましょう。」

以上、かなり乱暴だけど、なるべく誰にでもわかるようにお伝えした。

ここで、自分がカメラにレンズをゴーグルレンズをくっつけて、撮影した写真(注:どんよりした天候、曇りで撮影)を紹介しよう。
写真設定により、その明るさは微妙に違うし、何よりパソコンの画面により、違う見え方するので、あくまでも参考にしかならないけど、それぞれのレンズでこんなふうに見えるんだ、ということを参考になるか、と思う。

ローズ。全天候でOKだが、晴れよりも曇り向き。 イエロー。曇りで威力発揮。晴れでは使えないほど明るい。
クリアーは、ナイターで使おう。 ブルー・ミラーと呼ばれるレンズ。ミラーならではのカッコ良さがあり晴れの日はOK。だけど、曇りの日には暗くて使い難い。

さらに、Smithのwebサイトでは、そのイメージが確認できるページもあるので、そちらもぜひチェックしてみてね。

http://www.opticallydelicious.com/v2/
実際の見え方のシュミレーションができて、おもしろいし参考になる。

以上のページから、ゴーグルの写真のLAUNCH SNOWをクリック。
そこからSIMULATORをクリックすれば、北米のパークであたかも自分がいるかのごとく、レンズの見え方のイメージが描けるぞ。

SMITH深山氏からのアドバイス
ミラーレンズの本当の役割とは?

視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚で五感。
人間が外の世界から得る情報の8割は眼(視覚)から得ているそうです。というわけで、言うまでもないって感じだけど眼って言うのはすごく大切なもの。イコールその眼と視界を守るゴーグルも重要なものというわけです。だってお気に入りのニュー・ウェアーに3時間かけてワキシングした最高に走るハイエンド・ボード、さらには一日中滑っても足が痛くならないスーパーブーツで装備を固めたって視界「ゼロ」なら全くの宝の持ち腐れでしょ?
だからボード、バインディング、ブーツなんかのギア同様にアイ・ウェアーも厳しい眼で選んでほしいと思っています。

僕たちはSMITHってブランドのゴーグルを扱っていて、それはもちろん最高だと信じているし自信もあります。だけど、これが100人中100人にとってパーフェクトではないのも事実。十人十色とはよく言ったもので人の眼や顔の形はそれぞれです。A君には最高でもB君には全く合わない、フィットしないなんてことは良くある話。だからゴーグルを選ぶ時には必ず試着するのをお奨めします。できればビーニーもかぶってできるだけ山に行く時に近いスタイルで試すのがベスト!いくらかっこいいデザインでも機能とフィッティングが伴わなければそれはあなたにとって最悪のゴーグルってことになってしまいます。もちろん僕たちのSMITHゴーグルは最高のパフォーマンスと全ての人にフィットするっていうのを目指しているので先ず一番に試してみてください!

ミラーレンズの役割に、こんなに深い理由があったとは!

そして本題のチョット専門的なレンズの話。
ミラーレンズって高いですよね?けどそれには理由があるんです。ベースとなるRC(ローズコパー)レンズやYELLOWのレンズにミラーコーティングをしたものがミラーレンズなんだけど、これはただ見た目をカッコよく見せるためにやっているのではないのです。太陽の光を分解すると赤・青・黄色などなどの色の要素プラス眼に有害な紫外線など実に様々な要素が含まれています。もちろんSMITHのゴーグルはミラー・ノンミラー問わず有害な紫外線は100%カットします。しかしノンミラーのレンズっていうのは紫外線等の有害な光線は除き、その他の様々な色の光線は通過させ眼に届かせているのです!!視界が黄色く見えたりオレンジっぽく見えたりっていうのは見た目通りレンズに色が付いているからそう見えるだけなのです。

それでは、ミラーレンズはどうなのってことなんだけど、その名の通り余計な光を鏡のように反射させているのです。眼に届くのは必要な光の色の要素だけ!つまり余分な光の色や要素を眼に届く前に反射させてしまうから不要な光は眼に入ってこないってこと。だからナニ?どうでも良くない??って思うでしょ?けど違うのです。実はミラー加工によって余計な光の要素が眼に入ってこないってことはかなり重要なことで、知らないうちに眼の疲労度が大きく違ってくるのです。

SMITHでは最高の素材のレンズに高度な技術でミラーコーティング加工をしています。これにより様々な余計な光の要素を反射させているのです。ダメダメなミラーコーティングのゴーグルってのはチョットのキズからミラーコーティングがベロベロと剥がれてきてしまうものもあるようですが、SMITHのミラーコーティングにはそんな心配は不要!特赦な素材と加工によって機能と耐久性を最大限まで高めています。これがミラーレンズとノンミラーレンズの性能と価格の差なんです。見た目がカッコいいのはもちろん、ミラーレンズの本当のメリットここにあるのです。SMITHでは新色のGOLD MIRROR,昨年デビューのNEWスタンダードのSENSOR MIRROR、,特に晴れの日に最高なROSE PLATINUMと3種類のミラーレンズを揃えています。ぜひ自分に合ったレンズを見つけて下さい。

最後に少しだけSMITHゴーグルの宣伝を。。。
06/07モデルのミラーレンズ装着のFUSEというSMITHの定番モデルにはなんとスペアとしてノンミラーのノーマルレンズが付属します!これってかなりオトクでお奨めです!それから今期デビューのNEWモデル「PHENOM」は男女を問わないジャストなサイジングとフィット感が自慢!もちろんデザインも気に入ってもらえると思います!是非一度お店で試してみて下さい。きっと新しいSNOWBOARDライフが待っています!!

スノーボード界を動かした伝説のライダーたち

スノーボード界を動かした伝説のライダーたち

Story by Fusaki Iida

Special Thanks: Hiroshi Nishiyama

プロローグ

僕が初めてスノーボードのようなものを見たのは、まだ小学生低学年の幼かった日のことである。親戚の兄ちゃんが荒川の土手の坂でスケートの板(トラック、ウィールナシ)でバインディングもなしで滑っていたのだ。きっと、その頃、アメリカではそれらしき遊びがすでにあり、またその流れがスノーボードを生んだのだろう。だけど、今でも僕は親戚の兄ちゃんがその時代、誰にも教わらずにそんな遊びをしていたことに対して、尊敬の念を抱かずにはいられない。だって、自分にとってスノーボードを初めて紹介してくれたのは兄ちゃんだし、またその後、正式ものが誕生してそれを紹介しれくれたのも兄ちゃんだったから。
それからその親戚の兄ちゃんが僕に正式にスノーボードを教えてくれたのは、高校2年生の時だった。その当時、僕たちが乗っていたボードはサーフィン・ブランドからやって来たという国産ボードのMOSSで、スノーサーフィンと呼んでいた。そのボードは底がVの形になっていることから、Vボトムのボードと呼ばれていた。
そして、僕たちはボード面がフラットに近いBurtonをカッコ悪いと考えていた。というのも、当時、象徴的だったライダーであるMOSSの玉井 太郎さんはすでにサーフィンのようなカーブ・スタイルで滑っていて、とてもカッコ良かったのである。その一方でBurtonのライダーであった大曽根 正さんは、テールを振り振りさせながら逆捻りでエッジングさせる滑りで、どうもカッコ悪かったのだ。だから、自分たちはBurtonが呼んでいた「スノーボード」という言葉を使わずに、というかそんな名称を知らずにMOSSが呼んでいた「スノーサーフィン」という言葉を使っていたのだ。歴史というのは不思議なもので、あそこでMOSSが踏ん張り、スノーサーフィン協会を盛り上げ続けたら、日本はスノーボードという言葉を使わずに、スノーサーフィンという言葉を使い続けたかもしれない。実際、どこかの国で、確かフランスだったかは、そのような言い方をしていると聞いたことがある。(※間違っていたら、すみません)

ともかく、そんな兄ちゃんもすでに他界してしまっているのだが、今、自分がスノーボードを通して仕事をさせていただき、さらには多くの人との素敵な出会いがあったことを考えれば、本当に兄ちゃんには感謝の気持ちでいっぱいなのだ。改めて、「ありがとう!」と天国に伝わるように声を大にして伝えたい。

日本のスノーボード界では、生き字引のような自分であるが、最初の頃は、あの伝説のライダー、クレイグ・ケリーという存在を知らなかった。もうすでにクレイグなど活躍を始めていた頃なのだろうが、その当時はテリー・キッドウェルなどの方が有名だったに違いない。
だけど、この21年間のスノーボード歴を振り返ると間違いなく、クレイグこそこの業界に最も影響を与えたライダーであると思う。だから、今回の特集、「スノーボード界を動かした伝説のライダーたち」では、クレイグ・ケリーのことから話そう。

スノーボード神クレイグ・ケリー時代

確かあれば、1988-1989のシーズンだったに違いない。あの日、僕は神田ビクトリアのヴィエント館に遊びに行ったのだ。そこに中学の先輩だった本多さんという方が勤めていたので、そこでBurtonのカタログなどを見せてもらった。その時に聞いたニュース、「クレイグ・ケリーがSimsからBurtonに移ったよ」には、「へえ」と思ったものである。

「えっ、クレイグ・ケリーってSimsだったの?」と思うかなり古株スノーボーダーさんたちもいるけど、そうクレイグはSimsだった。というか、当時の大物ライダーのほとんどはSims出身で、その後、いろいろなブランドへ移って行った。あの頃のSimsというのは、Burtonよりももっとスケートっぽくてカッコ良かったのだ。さらには2大ブランド時代で、SimsはBurtonのライバルのようなブランドだった。
それで自分もそのSimsの雰囲気に憧れて、そのシーズンはSimsの1/2(ハーフパイプ)というモデルを使用していたのだ。
あの時期、クレイグ・ケリーは移籍問題によりBurtonのボードをBurtonとわからにように真っ黒のソールで滑っていて、そのミステリー感がカッコ良かったことを思い出す。
その移籍後から、クレイグ・ケリーは急激に台頭し、当時の世界のスノーボーダーたちを夢中にする。すでにワールドカップと称したアメリカ主体の世界大会がコロラド州ブリッケンリッジで行われていて、そこでクレイグ・ケリーは大活躍していたのだ。
そして、翌年89-90シーズンにクレイグ・ケリーは記念すべき日本で行われる世界選手権に現れるのである。この大会は、今、考えても歴史に残るものだから、その背景を説明しなくてはならない。

歴史に「もし」はないと言うけど、もしもクレイグがいなかったら・・・、これほどのまでにスノーボードが認知されたのだろうか。

当時、アメリカではコロラド州ブリッケンリッジなどでアメリカ主導の世界大会を開いていた。これどんな新しいスポーツでも共通するようなものだが、「勝手にアメリカが決めた形の世界選手権」という趣旨である。一応、西ドイツからピーター・バウアー、フランスからジャン・ネルバなどのアルペン・ライダーも出ていたようだけど。
そして、ヨーロッパでもアメリカ人がほとんど参加しない大会が行われていたようなのだ。そして、日本ではMOSSが始めたスノーサーフィン協会が、BURTONが始めたスノーボード協会に吸収されるような形で、1つのスノーボード協会を作っていた。(注:その後、一瞬というか2、3年だったか、JPSTという団体もできちゃったけど)
そのような状況の中で、ヨーロッパとアメリカが歩み寄り、中間的な立場でもあった日本で世界初の本当のワールドカップをやろう!ということになったのだ。そして、北海道ルスツにて、記念すべくISF世界スノーボード団体の大会が行われた。これは、文字通り、当時世界最高峰の大会であった。そして僕はその大会を「絶対に見たい!」という思いで、遥々北海道まで行ったのである。ちょうど空港には、Burtonの大きな旅行バッグを持っていたライダーたちがいて、あの時、千歳空港で見たピーター・バウアーの長髪が忘れられない。
その頃あったスノーボード種目は、アルペン種目の大回転、デュアル・スラローム、そしてフリースタイルのハーフパイプ。当時は、まだ多くの選手はアルペン種目にもフリースタイル種目にも参加していたのだが、すでにヨーロッパの選手では、ハードブーツでアルペンしか出ないという選手も出て来ていた。
しかし、そんな中、クレイグ・ケリーは全種目参加。そして全種目ソフトブーツで、好成績を収めた。そして何より、あの伝説のハーフパイプ大会! 雪不足の中、土が混じった茶色のパイプだったけど、あの時代では日本史上最高のパイプが完成していた。そう、あの日本初の本格的パイプ大会のこと、なんとか僕の使えない(?)左脳にある記憶という引き出しから、再現させないとなけば。

確か決勝リーグに残っていたのは、男子トップ16選手、女子トップ8選手。そこからノックダウン方式で争われた。男子で決勝に残っていたのは、ティム・ウインデル、ショーン・パーマー、ダミアン・サンダース、ジェフ・ブラッシー、キース・ウォーレンス、そしてクレイグ・ケリーなど。今の人たちにこのライダー名を並べてもちんぷんかんぷんだろうが、自分にとっては胸が時めく懐かしいヒーローたちだ。
そして、男子で決勝まで駒を進めたのは、クレイグ・ケリーとジェフ・ブラッシーだった。当時のクレイグ・ケリーのスタイルは、ソルトレイク五輪で金メダルを獲得したロス・パワーズとか、テリエ・ハーコンセンのように鮮やかにカッコよく決めるスタイル。そして、一方のジェフ・ブラッシーは同じBurtonチームだが西海岸の匂いを漂わせるスケートのようなスタイルだ。共にその当時、最高と言われる縦回転まで出して火花を散らしたが、結局、優勝したのはクレイグ・ケリーだった。ところが、そのジャジメントが覆されることになる。なんと、クレイグの縦回転JTエアーは、手が付いていなかったら失格となったのだ。
「えっ、手を付くと失格ってどういうこと!?」
そう、思う方も多いに違いないが、当時、縦回転は危険とみなされていて手をつかずにやってはダメというルールがあったのだ。それで、優勝はジェフ・ブラッシーになったのである。
ジェフ・ブラッシーは、この優勝をきっかけに一気にスターダム街道をまっしぐら。この後、フリースタイルもよりスケートスタイルになり、この後、ノア・サラスネイク、クリス・ローチなどのヒーローを生み出す。さらにその後のマイク・ランケットやブライアン・イグチなどの流れを作り名作となったビデオ「Road Kill」を生む要因にもなっている。

この大会の後、僕はカナダに旅立ち、ウィスラーで1シーズン過ごすのだが、その夏、ブラッコムにクレイグ・ケリーがキャンプでやって来た。あの長野五輪でマリファナ騒動中、金メダルを獲ったロス・ロブアリティが「僕の友達」ということで自慢げに連れて来たのがクレイグ・ケリーだったのだ。(注:ロスとはウィスラー、ブラッコムでいっしょにトレーニングし大会に出た仲)
そう、当時、僕はウィスラーでスシ・シェフでカウンターに立ち、クレイグ・ケリーに寿司を握ったのだった。いきなり、目の前に現れたのでかなり緊張し、トビコが入った入れ物を落としたことを思い出す。目の前に憧れのクレイグがいて、かなり頭ポワポワ状態でサービスしたのに違いない。クレイグは次の日、当時彼女だったケリー・ジョーを連れて来てくれた。このケリー・ジョーというのも有名なプロ・ライダーでルスツでのワールドカップでもパイプで2位に入っている。ちなみに2人はこの後、結婚した。そしてその何年後に離婚してしまった。
クレイグ・ケリーがウィスラーから故郷マウントーバーノン(注釈:シアトルの近くの街、実を言うと僕は高校の時、ここでホームステイをしたことがある。なんと言う機縁! ついでに言うなら僕はクレイグのホームマウンテンにしていたマウントベーカーも高校3年生の時に単身で行ったことがあるのだった)に帰る日、ケリー・ジョーはクレイグ・ケリーのキャンプTシャツ(サイン付き)を持って来てくれた。あの時は、涙が出るほど嬉しかった。

ところで、僕はここまでスペースを使いながらも、全然クレイグ・ケリーの魅力を伝えていないと思う。よしっ、ここから先は怒涛のごとく伝えて行くぞ!

クレイグ・ケリーの凄いところは、あのテリエ・ハーコンセンでも倒していないという大会での圧倒的強さ。そして何よりパウダー・ライディング、オールマウンテンでの滑りがハンパなくカッコ良かったこと。ボードがまるで生き物のように動く姿は、とても美しかった。バックサイドではやや首を傾げながら入り、上半身をクローズドさせて、ターン後半の抜重のところで一気に開放する。そしてその切り替え時にも絶妙なポジションでボードの乗り続ける姿は感動!フロントサイドでも「ここしかないでしょ!」と思える最高のポジションニングでボードを操る。そう誰が言ったか、「クレイグ・ケリーはバインディングをしているのを感じさせない」ほど、超ピン・ポイントで乗っていた!」 今でも誰もあの領域に達していないのでは?と思えるほどの芸術品のターンだった。
ターンだけでなくエアーもカッコ良かった。メソッドエアー、クレイル・エアー、JTエアー、キャバレリアルなどなど、あきらかに当時のライダーにはなかった輝きあるトリックだった!

そして忘れてはならないのは、シグネチャー・ボードを世界で初めて出したのが、クレイグ・ケリーということ。当時、クレイグ・ケリーのシグネチャー・ボードを多くの人がほしがった。僕はSimsを買っちゃったけど。

当時のクレイグ・ケリーは、両方のバインディングの下にヒザが内側に入る内カウントというものを入れていた。後ろ足だけに内カウントを入れていたのが主流の時代、両足内カウントはセンセーショナルで、僕も真似するようになった。
そして、M8という180センチぐらいの長いボードを、ソフトブーツで乗る姿も、クレイグ・ケリーならでは。これに関してはさすがに僕も、そして多くのスノーボーダーたちも真似できなかった。それくらいクレイグはボードに乗れていたので、このような芸当ができたのだと思う。当時のソフトブーツって、本当に今では考えられないくらいソフトだったから。

大会でのライバルは、前途の伝説の大会、ジェフ・ブラッシーの他、ショーン・パーマーもいた。確か、日本で行われたワールドカップの翌年のブリッケンリッジでは、華麗な技のクレイグが、ともかく横回転連続でグラブもしないでゴリゴリに回す(FS540コンボ)ショーン・パーマーに負けたのだ。その後、というか同時期だったか、ジェイソン・フォード(当時Burton)にも負ける大会もあり、だんだんとクレイグは大会に出ない、バックカントリーの人になっていく。まあ、あの頃、全勝していなくても、やはりクレイグがナンバー1だったように思えるが。

クレイグ・ケリーは「テリエに勝ち逃げ」した状態で大会から足を洗い、その後もアラスカやカナダでのパウダー・シーンで魅力的な映像、写真を見せて多くの人に見せて来た。そして、2003年1月21日カナダBC州レベルストークにおいて雪崩に巻き込まれて他界してしまった。あの日、僕はたまたまテレビのニュースを見ていてその報道を知り、本当に・・・、本当にビックリした。そして、心から哀悼の意を込め、冥福を祈った。

クレイグ・ケリーがもしこの世の中にいなかったら。
きっと90年前半、あれほどスノーボーダーが急激に増えなかったに違いない。そして、誰もがパウダー・ターンの真の美しさ、エアーのスタイリッシュさを知らずに、次の時代を迎えていたのではないだろうか。クレイグ・ケリーは、生きている時から「スノーボードの神」と形容されるほど、当時特出したカッコいいライダーだったのだ。
そして、クレイグが大会に出なくなってから、台頭して来たノルウェーの少年が、次の時代を引き受けることになっていった。

テリア時代からコア層時代へ

クレイグ・ケリーが活躍していた頃、すでにテリエ・ハーコンセンは登場していた。
あれは確か僕が2回目のニュージーランド遠征だったから、89年か90年夏だったと思う。ニュージーランドのライダー仲間から、テリエという凄い若手が出て来た、ということを聞かされた。
そしてそのシーズンだったか、Burtonビデオにその少年は出て来た。美しい音色の音楽の中、なんとハワイの山でターンしていたのだ。

またテリエは、91-92年にリリースされたビデオ「Road Kill」でもそのスタイリッシュなスタイルを見せる。
このビデオは、今でも語り草になっているが、テリエ・ハーコンセン、デイヴ・シオーネ、ブライアン・イグチ、 ジョン・カーディエル、マイク・ランクエットと言った当時最先端のスタイルを持つライダーが登場。1976年型のキャデラックに乗ってカナダからアメリカまでパウダーを探し求め、あらゆる場所で滑り倒すという、彼らのライフ・ストーリー。

昨年東京ドームで突然引退したテリエのハイ・エアー。今でこそあたり前の高さだが、90年初期にこの高さは強烈なインパクト!だから宇宙人と呼ばれた。
Photo by TOP END

しかし、今、考えても不思議なのは、確かにテリエはあのビデオで重要なパートを持ち超人的なコントロールも見せたのだが、何かテリエだけは違ったカラーだったように思える。というのもテリエもクレイグを継承するように、スタンス角度は前方向におもいっきり振ってあり、いわゆる後ろ向きで滑る姿もフェイキーと呼ぶのにふさわしいスタイルだったのだ(注釈:フェイキーというといかにも後ろ向き滑りスタイル、スイッチというと逆向きに滑っているけどそう見えないという意味。自分の勝手な解釈なんだけど)。ブライアン・イグチや他のライダーは、袴のように太いバキーパンツを履いてスタンスがダックで広め。お陰で当時このスタイルに憧れたライダーたちが、よくボードを折ったこと。 よくよく考えてみれば、あれがスノーボード界の流れの分岐点だったのかもしれない。あの時、僕はテリエは最先端だと思ったし、その時代のテリエはクレイグのように特出した実力の持ち主でもあった。だから、今からちょうど12年前に行われた長野オリンピックではテリエが登場しないおかげで、五輪のパイプ大会は真の実力ナンバー1決戦とは程遠くなってしまったのだから。

これから一気にこのストーリーは、スケートスタイルから今のスノーボードのスタイル、そしてスノーボード界バブル崩壊の話に行ってしまいそうなので、もうちょっとテリエのことをくわしく説明しておきたい。

当時のテリエ・ハーコンセンがなぜ凄いと思われたか。それは宇宙人とも形容された特大エアーである。特にRの使い方が絶妙で、圧倒的な実力感が漂っていた。だから、その頃の多くのスノーボーダーたちがテリエを尊敬していた。そして、その実力が一般スノーボーダーでもわかりやすい存在だった。このことはひじょうに重要である。なぜなら、クレイグ・ケリーも一般層にも理解されるスターだったからだ。

しかし、この後のスノーボードの歴史を見ると、一般層には理解され難いスターがどんどんと出て来る。確かにジェイミー・リンのメソッドは凄いし、その後にパークというカテゴリーを広めたピーター・ラインも凄い、またレールという世界をクローズアップさせたJPウォーカーだって凄いのはわかる。しかし、彼らはクレイグやテリエのように一般層には理解されやすいライダーでなかったと思う。彼らは北米のようにスケート文化がしっかり根付いている世界では、きちんと受け止められたが、日本のスノーボード市場では難しかったと思うのだ。つまり、いわゆるコア層と呼ばれる人にはヒーローであったが、そうでない一般スノーボーダーたちにとってはわかり難い存在だったようにも思える。もしかしたら、90年代中盤から後半にかけて、グーンとスノーボーダーの数が減り、完全にスノーボード・バブルが弾けてしまった要因には、そういったことも関係しているのかもしれない。つまり、90年代後半にも、クレイグ・ケリーやテリエ・ハーコンセンのように一般層にも理解されやすいライダーが君臨していれば、もっとスノーボード業界も盛り上がっていたかもしれない。日本のライダーで言えば、竹内正則さんのようなオールラウンドにターンの美しさも表現できるライダーが、第一線で活躍していれば、また違った展開があったかもしれない。今、日本のスノーボード雑誌のメーカーからの広告数の減少を見れば、まさにコア層に理解された者だけがこの業界を形成しているとも言えるのだから。

だけど、見方を変えれば、このような現象も良いのかも!?
というのも、今、スノーボードの雑誌やビデオを購入される方は、あのスノーボード・バブル期とは違ってよりコア層だから。彼らがスノーボード文化を徐々に成長させれば、日本もいつかは北米市場のようにより安定することだって考えられるからだ。

話は長くなったので、ここらでまとめておこう。

クレイグ・ケリーがいて、また日本には竹内正則がいて、日本のスノーボード界は盛り上がって行った。そして、テリエ・ハーコンセンの全盛期にスノーボード・バブル絶頂期を迎える。しかし、その後に出て来たヒーローたちジェイミー・リン、ピーター・ライン、JPウォーカーなどはちょっと一般層にはわかり難かった。その結果、日本のスノーボード市場が小さくなる。その一方で北米はスケート文化があり、彼らを受け入れる土壌があった。よって、安定した市場を形成している。しかし、今、日本の市場を形成している人たちは、あのバブル期と違ってスノーボードをより理解している。結果、その者たちが新たなスノーボード開拓者となり、徐々にスノーボード文化を広げれば、長い目で見て日本も大きなスノーボード市場を形成できる可能性がある、と。

歴史から学び未来へ

実を言うと、僕はここの特集で単純にスノーボード界を動かしたヒーローたちを紹介しようと思っていたのだけど、執筆している内にこのような「日本スノーボード市場の縮小化」の構図も紹介することになってしまった。もちろん、これは僕が執筆の流れで生まれた1つの考え方、1つの推測に過ぎないのだが、歴史を紐解くというのは、確かに将来を考える上で重要であると思える。というのも、今、僕は歴史の中で忘れてしまった大切なことをこれから改めて表現していこうと考えるし、また新しいライダーがどんどんと最新スノーボード・シーンを開拓していく上で、そのことも尊重しながらやっていきたい、と考えるからだ。つまり、忘れてしまったあの大切な感覚を改めて最新鋭のライダーと共に、ビデオや雑誌などで表現していくということ。

具体的な提案としては、以前のようにもっと映像を流れで見せたいと思う。というのも最近のビデオ・シーンではただ凄いトリックを並べているような編集方法だが、そうでなくもっとライダーのライディングを見せたいのだ。そのカッコいいトリックを見せるためのオールマウンテンでのフリーラン・シーンを見せたい。そうすると、1つのトリックの価値観がより一般層にもわかりやすくなると思うからだ。

最近は、「ビデオを見ても実際にそのライダーといっしょに滑らないとその実力がわからない」なんて言葉も聞かれるが、その要因には最近のビデオ作りの風潮が影響しているように思う。かつてクレイグが活躍していた時代には、クレイグが行う最新鋭のトリックから、そのへんの斜面のグラトリなどもビデオの中で表現されていた。そして、それらはまるでクレイグと共に1つのマウンテンを滑っているような印象を与えた。何度も言うが、今のように街中レールでの3秒の出来事のようなことをただ並べるような編集ではない。

例えばシモン・チェンバレンと共にピークに行く。途中の迂回コースでグラトリをしているシーン、さらにはパウダーを滑っているシーン、ちょっとしたクリフで見事なトリックを決めているシーン。そこからパークを流すシーン。
他の例では、ターンの美しさを表現できるビクトリア・ジュルースとの撮影。トゥリー・ラン、自然の地形を利用したジャンプなど。
スノーボードが最高にうまいライダーがオールマウンテンで生き生きとライディングしているシーンだ。スノーボードをやったことがない人から、コア層と呼ばれる人まで「凄い!」と思わす映像、そして編集、さらには表現力。そういったことをやりたい、と強く思うのである。

最後になるが、あくまでも自分の主観であるが、スノーボード界に歴史を刻んだライダーを紹介していこう。

クレイグ・ケリー、ジェフ・ブラッシー、ダミアン・サンダース(元祖ぶっ飛び屋)、ノア・サラスネーク(スケートスタイル先駆者の一人)、ショーン・パーマー、ジェイミー・リン、テリエ・ハーコンセン、ダニエル・フランク(テリエ全盛時代の好敵手)、ピーター・ライン、JPウォーカー。

日本では、
玉井太郎、竹内正則、小川マサト(海外ビデオ出演先駆者)、ライオ田原、布施忠。

本邦初公開!フサキのSB的オフトレ術

本邦初公開!
フサキのSB的オフトレ術

先日メルマガで『専門的なジャンプ練習している』って書いたら、「それどんなトレーニング何ですか?」って何人かの方から聞かれた。いやあ、実を言うと大したことないってのが実情なんだけど・・・。それじゃあ、これを機会に自分が考案したトレーニング方法を紹介しよう、と思った。往来、ナショナルチーム選手がやっているようなスタージャンプとかそういうのもやるけど、自分で工夫したものだけを披露してみたい。なぜなら凄いバカげた練習なんだけど、実際、この練習が一番おもしろいし役に立つと思うから。多少周りから白い目で見られる可能性はあるけど、勇気がある人ぜひやってみて!
ところで今回はこのトレーニング効果を実感していただこうと、このようなトレーニングの未経験者を呼ぶことにした。今年、ウィスラーのクラブ活動でいっしょに参加する孝一(コウイチ)である。コウイチはまだ19歳でなんと自分の歳の半分!中学の時にはサッカー部で、ちょっと不良っぽい感じがいかににも運動センスありって感じ。でも、実際やったら、かなり辛そうだった。そんなに大変な運動だったかな!?
ともかく、昨日、僕たちがやった練習をここで再現しまーす!

Text: Fusaki Iida
Photo Takumi Ohara

今日はオレが考えた本邦初公開のトレーニング方法を紹介するぞ。よろしく!
こちらこそよろしくお願いします!

まずスノーボーダーというのは、踏むってことが大切なんだ。だから、こうして中間姿勢で保ち続けることが必要なんだよ。やってみな。
はい。

うわあ、これ結構、疲れますね。
そうだろ、結構、これだけでも疲れるもんだよ。でも、スノーボーダーというのは、こういう筋力が必要なんだ。なるべく、自分のスノーボードのスタンスといっしょくらいに構えるとより実践的だし良いトレーニング効果を発揮できる。
そうしたら、今度はその体勢からオーリーしてみな。

こうっすか?

よーし、高くていいぞ。そのまま連続10回やれ!
えっ、10回っすか!?
そうだ、そうだ早く10回行けー!そして今度はスイッチオーリー10回連続で返って来い。

ウッヒャー、これってハンパなく疲れますね。
バカヤロウ!これくらいで疲れているって言っていたら、スノーボードできないぞ。 スノーボーダーというのは、体力があった上に技術力をつけて、そしてさらに精神力も加わりうまくなっていくんだ。だけど最も基礎となるのが体力で、それのない奴は上達の壁にすぐにぶつかる。技術ばかり求めていても長い目で見たら、上達しないんだからな。

次は両足を揃えてカエルみたいに連続で跳ぼう。そして、絶対に着地した後、よろけちゃいけない。着地の後、踏ん張って、そこからさらに飛ぶことで効果が出る練習だ。よしっ、付いて来い。
はい。

うわあ、これも疲れますねえ。よろけたくなくても連続でやっていると、よろけてしまう・・・。
そうだろ。でも、よく頑張った。これでどれだけ耐えるか、それが着地の時の踏ん張りにもつながるんだ。日本人は基本的にこのへんが弱いと思う。いくらテクニックがあっても耐える力がないから、メイク率が低くなってしまう。着地する時、意地でもピタッと決まるように。
そう言えば、オリンピックの体操選手を見ていても、よろけると減点ですよね。
なかなか良いこと言うな。そうだよ、どれだけ凄い技でも最後よろけるってことはメイクしていなってことだからな。技術も重要だけど、こうした筋力も必要になるってわけさ。

なるほど。

次の練習は、これからオレが行うジャンプを真似してやること。今度はコウイチが何でもいいから違ったジャンプしてトリックの形を作る。それをオレが真似をする。それを交互に行うんだ。

これ、結構楽しいっすね!
そうだろ。これは、真似能力を鍛えるトレーニングでもあるんだ。あるライダーのカッコいいトリックを見るだろ。それがどんな動きで成立するか観察するんだ。足の先から手の先、そして肩の動きなど細かいところまで注意して観察するようにする。基本的なベーシック・トリックでもそれぞれで特長あるし、また回転系になると、かなり複雑になりま真似するのが難しくなる。

はあ~、なるほど。真似する能力を鍛えるってわけですね。
そう、同時に体力も鍛える。

よしっ、今度はあそこの坂をカエルみたいに両足でジャンプ上がって、降りて来る。上がる時には、脚の裏側の筋肉を鍛え、降りる時には脚の表側を鍛えることができる。
オレこれ得意っすよ。サッカーで鍛えたから。
能書きはいい、さっさと行くぞ!

次は段差を使った練習。両足揃えてジャンプして飛び乗り、またジャンプして返るんだ。この時もスノーボードをイメージしていることを忘れずに、なるべくスノーボードのスタンスでやること。
ジャンプで返る時にスピンとかしていいっすか?
それは良いアイデアだ!だけど、何度も言うけどスタンスのこと忘れるな。着地の時もしっかりと両足を広げてピタ着するんだ。結局、この手のトレーニングはスノーボーダーのスタンスから離れると効果が薄れるから。あくまでも実践を意識してやること。


よし、それじゃあ、いよいよセッションやるか。ここをゲレンデだと思え。おいしそうな壁あるだろ。思わずアーリーウープとか決めたくなるおいしそうなヒッツもあるだろう。
はあ~。
お前、そんな自信ない顔するな。もっとバカになるんだよ。今の奴はバカ度が足りなさ過ぎる。バカ正直とかバカ真面目とか、そういう奴がうまくなるんだ。ちゃんとスノーボードやっている気持ちでスタンス広げて行くぞ。付いて来い。ドロップ・イン!
うわあ、フサキさん、オレたち完全にバカっぽいですよー!
つべこべ言わずに付いて来やがれ!

うわあ、これかなりおもしろいですね!
そうだろ。
オレこういうの得意っすよ。スピンとかできますから。
それなら今度はお前が先に行け!
よっしゃ、ドロップ・イン!!
オーイ、コウヘイー!ダメだよ走ったら。もっとスノーボーダーっぽくスタンス横で攻めないと~。普通に走ったから、チャーリー(フサキの犬)乱入しちゃったよ(笑)。

いやあ、今日は楽しかったっす!どうも、ありがとうございました。
いや、こちらこそ撮影協力ありがとう。最後に記念撮影しよう。

それにしても疲れますねえ。
そうだろかなり短い時間だったけど良い運動になるし、何しろ楽しいしな。
よしっ、解散!

はい。
でも、ちょっと待て、帰り道も油断するな、途中ジブできるところたくさんあるから。
えっ、まだやりますか!?
あたり前だよ。スノーボード・バカになればどこでも練習できるんだ。付いて来い!
はい。

かくしてスノーボード・バカの旅は永遠に終わらないのだった・・・。

おばばスノーボーダーのちゃれんじ記 Part 3

好評シリーズ!
おばばスノーボーダーのちゃれんじ記
Part 3

dmk名物企画!あの好評おばばボーダーが、半年間以上もの沈黙を破って帰って来た~!!
スノボやるのに年齢なんて関係ねえぞ。永遠にチャレンジを続けるスノーボーダーは、どんなうまいプロにだって負けないぞ。世界で最も輝いているライダーだ。今回のおばばボーダーの内容も失敗あり、笑いあり、そして感動あり!
さあ、久々にカマしてください。よろしくお願いしまーす、おばばボーダー!


一話

みなさん、お久しぶりでやんす。おばばボーダーのちかやんです。

先シーズンは5月のゴールデンウィークまで滑りまくって、数えてみたら45日滑ってました。あら、ビックリ!もちろんその滑走日数は主人を10日ほど上回り、シーズン終了後しばらくは優越感に浸りきっておりました。まぁ、相変わらず主人へのライバル心は根強く残っていて、技術では敵わないから何とか他のところで・・・、なんちゃって、諦めの悪いおばばです。

しかし、先シーズンもいろいろありましたよ~。そうだ!目標だった念願のJSBA1級にやっと合格しましたよ。ここまで長かったぁ~。でも、目標に向かってがむしゃらに頑張った自分に“よ~やった!”と言ってやりました。さぁ、今度は何を目標にすっかな?って、そうだよ!次はB級取るよ!懲りないおばばの目標は果てしなく続くのでした。

先シーズンの初滑りは12月10日。雪がなくて当初のオープン予定が伸び伸びになり、おばばはこの日が初滑りに。シーズン前にワックスかけまくった板の調子はなかなか良い感じ?そりゃビックリするくらいの勢いでワックスかけたんだからいいに決まっとるじゃんって?それがさぁ~…ワックスのことがちょいとさぁ~…ワックスを偉そうに語れる身分じゃないけどよー、ちょいと落ち込んじゃったことがあったのよ・・・

シーズン前にチューンナップに出した時に、サーモバッグちゅうやつもお願いしたのよ。しかも3回しっかりコース。サーモは何十回もホットワックスを塗ったのと同じ状態になって、シーズン中のメンテナンスが楽々!って言うのが売りなんだけど、おばばはそれだけに止まらず、さらに中温用、低温用のワックスを20回ほどかけまくり、滑るたんびにも毎回ワックスをかけてたんだけど・・・

それがさぁ~、予想もつかない現実が・・・、滑走わずか数日で、ソールの周りが毛羽だっているじゃあーりませんかぁ!何ですかこれは?一体どうゆうこと?おばばは目を疑ったよ。おばばのかけ方が悪かった?それともマツモトワックス使わなかったから?だって、そうじゃない?サーモ入れて尚かつ数十回もかけまくり、滑りに行く度も必ずワックスかけていてこれだよ?フサキさんじゃないけど、これじゃあシーズン前にアンチBBかけて、滑らなくなってきたらちょっとかけて・・・それでいいじゃん!って思っちゃった。

ワックスの効き目ってどうなんだろう?って疑問をひしひしと感じたシーズンだった。クロスの様にタイムを競う競技に出たり大会に出場するんならともかく、おばばのようなフリーランを楽しんでいるボーダーにどこまでのワックスが必要なんだろうねぇ?

おばばがお世話になっているチューンナップショップには、プロの人たちやオリンピック選手、テク選上位の人達も愛用なんだけど、そこで聞いた話でビックリしたことがある。あるライダーが先シーズン、生まれて初めてチューンに出したと聞いてびっくらこいちゃった。だって、そのライダーはここ数年ずっとテク選上位で、しかもデモの人なんだよ。ってことは?それまでチューンなしで成績を残しているってことじゃん。

で、何でそのライダーがチューンナップを出すことになったか?って言うと、たまたまショップのオーナーがサポートでテク選会場のルスツにいた時、挨拶がてらにそこでワックスをかけてあげたら、本人がその効果にひっくり返るほど驚いてしまった。それがきっかけでワックスの重要性に目覚めてしまったらしいのです。こんな話しを聞くと、おばばにゃあ、ますますワックスちゅうもんがわからなくなっちゃった。もちろんワックスのおかげで、すいすいと若い奴らを抜いていける優越感にはたまらないものがあるけど、あの毛羽立ちを経験しちゃったら、ちょいと考えが変わっちゃった。

ってことで今シーズン、おばばはちとワックスのかけ方を変えてみることにした。早速チューンナップには出したんだけど、今回はサーモバッグはやめた。シーズン前のワックスも、先シーズンからは全然少なく10回程度にするつもり。これで今シーズン滑ってみて、どんな結果が出るかはっきりするんだろうな?おばばなんてまだまだ経験が少なくて偉そうなこと言えないんだけど、結構ワックス頑張っていたから、この毛羽立ちの結果はあまりにもショックだった!

でも、道具を大切にする気持ちは変わらないし、ピカピカに光ったソールはカッコイイからね。今シーズンはどんな違いがわかるか楽しみだやぁー。おばばはこれからも全力で頑張っちゃうよ。

二話

そう言えば覚えているかなぁ?スクールで出会った不思議な青年のこと。その青年とさぁ、再会しちゃったのよ。正に“しちゃったのよ”って感じ。おばばが1級合格目指して入ったバッジテスト攻略キャンプになんと彼が・・・

その日おばばは燃えていた。なんせ、ちょいとおいしいキャンプだったから。なんでおいしいか?って言うと、そのレッスン内容がバッジテストに的を絞ったものだったからだ。

朝9時に集合場所に行くと、うっ?えっ?見覚えのある顔が・・・、まさか?でも・・・ヒモがだらしなくダラーっと垂れ下ったグローブ。へっぽこドイツ軍のように下がっちまっているヘルメットのかぶり方。間違いなくそうであってほしくない彼だ!!おまけにヒモがほどけているブーツもあの時のまんまだ!だけどよ~、何でいつもほどけてるんだよ~そのヒモ?なんで縛り直さないんだよ~??おばばはすでにヒートアップしていた。何で?どうしてちみはここにいるわけ?まだ受けてるの?何級を?おばばの頭の中で質問攻撃の弾丸が飛びまくり、もうノックダウン寸前!

でも、とにかくキャンプは始まった。呆然とするおばばと相変わらず我が道を行く彼と他に検定を控えた生徒を乗せたゴンドラは、ゆっくりと山頂目指して動き出した。ゴンドラの中でイントラさんが冗談半分で彼に話しかけた。

「○○さん、今度は何級を受けるんですかぁ?」
『1級!1級!』
「あれ?2級はいつ合格したんですかぁ?」
『この前10回目で受かりました』
「えっ?10回目?あっ、そうですか…」

って、ことは?彼も1級を受けるわけ?私といっしょに~?勘弁してくれ~!それだけは・・・。おばばはレッスン前からクタクタになっちまって体に力が入らんかった。レッスンはショートターンのノーズの廻し方、斜面に落とされない方法、リズムの取り方や目線。ロングでは、切り上げ方から立ち上がり切替のポイントなど、検定間近のおばばにはおいしいキャンプだ。とにかく1級に合格しなきゃ!そう思ってレッスンに集中した。

午前のレッスンが最後の一本になった時、事件は起こった。

一番手で滑ったおばばの後に続いたのは彼だった。2ターン目にかかったところだった。上から滑り降りてきたスキーヤーが彼に激突したのだ。彼の板とスキーヤーの板がぶつかり「カーン!」という鋭い音とともに彼はすっ飛ばされ、大きく一回転し、頭から落ちた。

「キャー!!」おばばはびっくりして大きな声を上げてしまった。彼は動かない。すぐにイントラさんが彼の元へ駆け上がっていった。おばばは、すっ飛んでいってしまった彼のゴーグルを途中で拾いながら付いていった。そこからだ!おばばが初めて体験する記憶喪失の現実。彼はしばらくすると、撃った頭を抱えて頭が痛いと訴えながら上半身を起こした。イントラさんは、彼の無事を確認すると、慣れた様子で矢継ぎ早に質問を繰り返した。

「何が起きたかわかりますか?」「今何をしていましたか?」「私が誰だかわかりますか?」

どうやら激しく衝突した際に記憶を一瞬無くすことが多いらしく、イントラさんはそれを確かめたかったらしい。イントラさんの質問に彼がどう答えたかって言うと、
「僕は何しとる?」「何で、転んどる?」「頭が痛い!でも、ヘルメットかぶっとったから助かった!」「なんもわからん!」
それを何度も何度も繰り返す。

この繰り返す言動も、こんな時の特徴らしかった。虚ろで視点の定まらない目は、ちょこっと怖いような危険な目に見えた。しばらくして彼は立ち上がり、「午後からのレッスンにも参加する」そう言って、止めるおばばたちを無視して滑り降りてしまった。

けれどだよ!その滑りが彼ではなかった。いつもとはまったく別人の滑りだったし、スピードに乗った切れ上がるターンは見事で驚いてしまった。イントラさん曰く、恐怖心も不安も一切なくなったからあの滑りができるんだそうな。そうだよな~、おばばだって恐怖心がいつだって最大の難関なんだから。いつだったかも言ったように、“恐怖心”という神経を抜いちまったら、何だってできそうな気がするもん!そんなんで午前のレッスンは大幅に延長して終わった。

午後のレッスンの集合時間が来ても彼はやっぱり現れなかった。心配したおばばたちは、しばらく探したのだけれど、見つからなかったから結局先に始めることになった。でも、とうとう最後まで彼は現れなかった。

翌日おばばはいつものように朝一番で滑り、いつものように少し早いお昼にしようと戻った時だ、なんと彼がいるじゃないか!ちみはどこにいたわけ?何しとったわけ?おばばが近づいて行っても、おばばのことをまったく気にしていない様子。って言うか、おばばなんて見たこともないっていう顔をする。
「大丈夫だった?」「私がわかる?」

そう聞いたらこうだ。
「何かみんなが昨日、僕はスキーヤーとぶつかって頭を打ったって言うだけど、僕全然覚えておらん」「でも、家に帰ったら頭が凄く痛かったから、病院に行ってきた」
おい!家に帰ったんかい!そして彼はおばばに言った。
「あなたは僕といっしょに滑っとった?」
滑っとったぁ~?いい加減にしろよ!おばばは顔ではニコニコと笑いながら、腹の中は煮えくりかえっていた。

聞けば、あれから午後のスクールを忘れ、もちろんロッジに泊まって次の日も滑ることも忘れて、そのまま家に帰ってしまったらしい。頭が痛いから医者に行って(その辺はしっかりしている)、翌朝オリンピックの中継で荒川静香のイナバウアーを見ていたら、突然自分はボードに行くことを思い出して、家を出て来たと言うのだ。

はぁぁぁ~?やっぱり不思議な子だ。それでも、兎にも角にも無事で良かったとおばばは心から思っちゃった。そして、肝心な彼のその後の滑りなんだけど、残念なことに恐怖心だけは完全に元に戻ってしまったようで、当然滑りも元通りの彼の滑りになっておりました(笑)

おっと、それからこんな不思議なご縁?で、彼とはその後もスクールとは関係なくいっしょに滑ったり、シーズン終了後もゲレンデで知り合った仲間と共にバーベキューをしたりして遊ぶ友になっちまったことを報告しておこう!そして、彼にはブーツのヒモの縛り方も教えてやった。ついでにダラーっと垂れ下がっただらしのないグローブのヒモは、「切っちまえ!」と言ってやった。

三話

先シーズンは腰の手術からわずか4ヵ月足らずでゲレンデに立つことができちゃった。だって、リハビリめっちゃ頑張ったもん!多少の不安はあったけど、しっかりとプロテクター付けて万全の体勢で望んだから4本のボルトは無事だった。

そうだ、プロテクターは付けにゃいかんよ。先シーズンもプロテクターとヘルメットのおかげで何回助けられたことか。プロテクターはもちろんHAZAKだよ。ケツパットにニーパット、それに腰を守るプロテクターの計3個付けて滑っていたから、安心して滑ることができちゃった。

1級の検定にエアーがあったから、先シーズンは練習でよく転んだんだけど、プロテクター付けてるおかげで飛ぶ時もケガへの恐怖心も少ないし、実際に転んで落ちてもなんともなかったのは、まさにプロテクターのおかげ。まぁ、見た目のスタイルが悪くなるのは少々難ありだけどね(笑)

そうだ、意外にまだまだ少ないね、自分の身を大切に考えている人が・・・。だってゲレンデのレストランなんかでね、プロテクター付けてる人なんて見ないよー!飛び系のお兄さんたちは別として、女の子たちが付けてるのはほとんど見たことないもん。ヘルメットも大事だと思うよ。おばばにゃあなくてはならんモノだよ。今シーズンからは亀の甲羅みたいなやつも背負って滑るだよ。ちっちゃいおばばには、ちょいと重いけど、命には変えられましぇん。

先シーズンはね、たくさんスクールに入ったけど、プロのキャンプにも結構参加しただよ。いろんな人たちと出会ういいチャンスだし、それにおばばよりうまい人たちと滑ることがとっても良い刺激になると思ってさ。だから、どんどんチャレンジしたよ。

でも、入る時は凄く迷ったし心配した。おばばみたいなへたくそがいると、他の人たちの足手まといになるんじゃないか?って・・・でも、心配しているおばばに主人がね、こう言った。「ちかやんのことなんて誰も見てないし、気にもしてないと思うよ」って。

ちょいと傷ついたけど、考えてみたらそりゃそうだ。確かにそうだよ!おばばだって、自分のことが精一杯で他の人のことなんて気にしたことなんかないもん!おばばはちょいと自惚れてたかぁ~?

なんか吹っ切れちゃったらさ、キャンプも楽しくてさ。検定の極意といっしょ。自信はなくてもいつでも一番手で滑っちゃった(笑)やっぱり一番手は収穫多いよ。二番目から滑る人たちのイントラのコメントを全部聞けちゃうし、おまけにみんなの滑りを見ている間に質問もできちゃうし、こっそりいろんなコツを教えてもらえちゃうし、凄く得した気分だよ。

先シーズン参加したキャンプの中で印象に残っているキャンプはね、『マ○ツキャンプ』。
そのキャンプは凄くためになったしおもしろかった。今まで誰も教えてくれなかったことをたくさん教えてもらっちゃった。マ○ツ(今期デモ)の教え方は理論的で凄くわかりやすいから、あんぽんたんなおばばにはあり難い。いろんな人がいるし、いろんな教え方があるから一概には言えないけど、おばばも主人も感覚で覚えるタイプじゃない。きちんと考えて一つずつクリアしていくタイプだから、マ○ツの教え方はうちらにはぴったりだ。

マ○ツが教えてくれたことの一つに『足裏の意識』っていうのがある。マ○ツはブーツの中での足裏の動きの重要さを説いてくれた。足裏に常に圧をかけ続けること。体全体を使って足裏を意識すること。雪面を足裏で感じる意識の大切さ。マ○ツは滑る時常に足裏に雪の壁があるような・・・って言う表現をよくする。それが何となく体でわかる感じがした。

そして、目から鱗は『後ろ足の操作』。今までずっと前足重視で考えてきたけど、実は後ろ足も同じぐらい重要だってこと。特にズレやすいバックサイドは後ろ足が肝心。ぐっと後ろ足を曲げてやると、あれれ?いつもとちょっと違う感じ。おばばにとったらこんなちょっとしたことが、もの凄い感動につながった。

そして、もう一つは板の上での動きの幅を広げると言うこと。板の上で前後、左右、上下が自由自在に動けて初めて板と追従できるし、どんなバーンでもリカバリーができる。その練習法を教えてもらっちゃった。(これは言えんな!マル秘だからね。)板に素直に乗ってあげること。行きたい方向に行かせてあげること。そうするために何が重要で、何が大切なのかがだんだんとわかってくるような気がした。とってもいいキャンプだったよ。

そうだ、“抱え込み”なんちゅうやつも他のキャンプで教わっちゃったよん!立ち上がりとはまったく逆の動きで、これまた難し~!立ち上がる時に抱え込んで、低くなる時に立ち上がって…おばばは頭の中がこんがらがっちゃってさ、主人曰く、すっとこどっこいな動きだったそうな。でも、おばばは新しいことにどんどんチャレンジすることを忘れない!いつだって「チャレンジ!」だよ。チャレンジしなきゃ、な~んも始まらないもん!

ちかやんのプロフィール

なまえ: ちかやん
生年月日: 1959年6月26日
スノーボード歴: 6年
年間滑走日数: 約40日

愛用ギア
ボード: OGASAKA CT148
バイン: FLUX PLATINUM
ブーツ: DEELUXE VICIOUS
プロテクター: CCC & HAZAK
ワックス: マツモトワックス

スタンス: レギュラー46cm F21°B0°
得意技: バックサイドターンからのヒップスライド(単におしりから転ぶともいう)
スポンサー: ZORA
愛車: パジェロイオ

おばばボーダーちゃれんじ記 Part 2は以下からどうぞ
http://www.dmksnowboard.com/special/special-060.htm

おばばボーダーちゃれんじ記 Part 1は以下からどうぞ
http://www.dmksnowboard.com/special/special-054.htm