Category: インタビュー

日本とカナダの架け橋ライダーに!/ライアン・ラウッシュ

カナダ人でありながら、日本でも活動し昨年はハーフパイプのシーズン王者、さらにはルーキー・オブ・ザ・イヤーという快挙を成し遂げたライアン・ラウッシュ。日本のカナダの架け橋となるライダイーとなるライアンに、日本に行ったきっかけ、日本人ライダーに足りない点、これからの活動予定など聞いてみた。


Photo & Interview by Fusaki Iida

ライアンは外国人でありながら、昨年、日本のプロ・スノーボード協会SPAで、見事、ハーフパイプにシーズン王者、さらにはルーキー・オブ・ザ・イヤーというなりました。このように日本で活動するようになったきっかけは?

高校生の時、姉妹校が京都にある立命館高校だったんです。交換留学生の制度で日本に行くことができました。当時、僕が通っていたキンバリーBC高校からは、日本に行く学生はほとんどいなくて、僕たちの高校が毎年、日本から5人の生徒を受け入れてました。そこで出会った留学生たち、日本人以外にもフィリピン、タイなどからも来ていたのだけど、彼らと接するようになって日本に興味を持ち、立命館高校に行きました。

ライアンは、当時からスノーボーダーだったの?

はい、その時はフリーラン中心だったけど、ジャイアント・スラローム種目に参加してました。BCの学生王者にもなっています。それで、Nitoro、Vansなどのスポンサーが付いていました。キンバリーの山は、パークとかなかったから、もっぱらフリーランばかりでした。当時は特にトゥリー・ランが楽しかったです。トゥリー・ランが最も好きなのは、今でも変わっていないです。

ウィスラーに来た、きっかけは?

日本でせっかく覚えた日本語を忘れたくなかったんです。それで、5、6年前に日本人が多い国際的なリゾート、ウィスラーに来ました。だけど、最初のシーズンは仕事ばかりで・・・、確か20日間くらいしか滑っていなかったです。当時は、ツアーガイドの仕事、夜はナイト・クラブのセキュリティ(注:入り口に立っているごっついお兄さん仕事)をやっていました。

この夏もブラッコム・グレーシアで、コーチをしながらパイプの練習をしていたライアン。

それでは、スノーボードを本格的に好きになったのは、その後?

はい、ウエストビーチ・スノーボード・ショップで店員をやっていたのですが、夏になる頃、「もう忙しくないので仕事あまりないよ」ということを聞いて、ボランティアでグレーシア(夏氷河)のパークを管理することになったんです。その時、スノーボードが楽しくて、毎日滑るようになりました。どんどん上達したのは、そこからだと思います。
そして、その翌年、インストラクターになって、その流れでCSBA(注:ウィスラーにあるスノーボード専門学校)でコーチもするようになりました。それから、さらにスノーボードに打ち込むようになりました。

昨シーズン、日本のパイプ王者になった要因は?

実を言うと、パイプがうまくなったのは、山形にあるAsahi自然観スノーパークのおかげ。あそこのパイプが調子良くて、上達できました。

ライアンは、コツコツ毎日練習するイメージもあるけど、カナダ人では珍しいよね?

そうかもしれないですね。ただ、カナダでもナターシャ・ゼレックとか、ブライアン・マグラーチとか、結構、練習肌のライダーもいますが。

ライアンは、カナダと日本のライダーを良く知っていますが、それぞれの国のライダーの特徴、または、日本人ライダーへのアドバイスとかありますか?

日本人のライダーというのは、うまくなりたい人は、必ず「うまくなりたい」と言いますね。だけど、カナダ人のライダーで、本当にうまくなりたい人は、そういったことは言わないで、スマイルしながらリラックスしながらやっているような印象があります。
日本人ライダーは、1つのことを一生懸命にやる傾向にある。パイプだったら、パイプばっかり。レールだったら、レールばっかりと。だけど、カナダ人ライダーは、いろいろやります。
アドバイスとしては、よくパイプを一生懸命にやる人を見かけますが、そういう人はぜひフリーランをもっと磨いてほしいです。というのもフリーランがしっかりとできていなくて、パイプを何度もハイクアップしても、なかなか上達しないからです。パイプというのは、スノーボードの技術の中でも最もライディング・テクニックが必要な難しいカテゴリーなんです。
あと、日本人は1つのことばかり見る傾向があるので、視野が狭くなっていて、返って上達を妨げています。スノーボーダーとしていろいろなことができることが、良いスタイルの確立にもなります。

ライアンが活動するウィスラーというのは、最高の環境だと思うけど、逆に日本の良いところはどこだと思いますか?

いろいろあります。
南郷にはいいパークもあるし、トゥリーランやステップダウンを楽しめるポイントもある。
Asahi自然観のハーフパイプが好きだし、牧の入X-Tripパークも大好き。あと白馬乗鞍も広くて、フリーランが楽しい。

好きなライダーは?
布施忠。彼のビデオのパートは毎年、変化を見せてくれる。凄いです。
同じ理由からデベッド・ベネデックも好きです。
それと、カズ(國母和宏)のパイプはうまい! デーロ・マーフェスのレールはヤバい。
MFM(マーク・フランク・モントーヤ)も好きです。以前、いっしょにDJをやったこともあります。
(注:ライアンはDJとしても有名だ)

夏はスケートでRの感覚を楽しんでしる。

カナダ人コーチもキャンプでいろいろ見たけど、ライアンはひじょうに日本人的できめ細かいアドバイスをしますよね?

そうですね(笑)。元々、僕がコーチングを受けるのが大好きなんです。だから、人にコーチングする時も丁寧にわかりやすく、そして楽しくやりたいと考えています。いろいろなスポーツをやって来たのですが、以前、アイスホッケーを真剣にやっていました。しかし、コーチが良くなくて、つまらなくなってしまった。だけど野球のコーチはとても良かったら、その時やっていた野球はとても楽しかった。だから、これからも良いコーチで、良いスノーボーディングを伝えたいな、と思っています。

ところで、カナダのインストラクターって、サマーキャンプのコーチと違って、教えることは丁寧だしマメだけど、あまりカッコ良くないよね(笑)。
カッコいい人もいるけど・・・、そうだね(笑)。

ライアンは毎年上達しているのが見える。結構、プロと呼ばれている人で、毎年、上達するのって難しいですよね?

今、27歳だけど、毎年新しい技もできるようになっているし、自分でも上達が感じられます。だから、とても楽しくてしょうがないです。これからもどんどん上達したいと思います。

ライアンのこれからの目標は夢を聞かせてください。

今シーズンは、X-Trail、TOYOTA BIG AIRに出場したいです。あと、FISのハーフパイプ、ビッグ・エアーにもトライしたい。ビデオ撮影ももっとやって、映像残したいですね。それと、今年の夏、グレーシア・キャンプで中国のナショナルチーム選手をコーチしていた関係で招かれているので、中国にも行く予定です。忙しくなるけど、頑張ります。
それと、あとは減量したいです。減量できてスノーボードも楽しくなったし、本当にもっと痩せたい。

Ryan Rausch
ライアン・ラウッシュ

SPONSORS:
Rossignol, quiksilver, deeluxe, smith, oran’ge, extreme(ex),thanks to Mayb’em

スタンス角度:前12、後-12

TOP RUNNER写真家/丸山大介(2)

ウィスラーを拠点に構え、世界中で撮影を続ける。世界ナンバー1の呼び声が高い全米トランズ誌と契約し、北米の業界関係者にもその名は浸透。日本という殻から飛び出してグローバルに走り続けるその姿は、まさにこの世界のTOP RUNNERだ。写真家Dice-K Maru、その魅力に迫った。

 

Interview by Fusaki Iida

全米のトランズ誌での契約、さらには今年、thatをリリースし話題となっているForumとの一年契約の撮影も行って、日本人でありながら世界の舞台で大活躍するDice-Kこと丸山大介。その活躍の原動力とは?

うーん、何だろう・・・凄いものを撮りたい、という気持ちは大きいですね。日本人であろうがどこの国の人であろうが、スタイルがカッコ良くて、一緒にフォトセッションできることが最高です。「そんなことやるんだ!」と驚かされることをやってくれて、それを撮っているのが楽しいです。

マルくんのそういう言葉を聞くと、改めて幸せそうに見えるし、また最高峰にいる人だと感じます。だけど、カメラマンの中には、そうしたくてもなかなかできない人、もう1つ自分の殻を破って飛び出したいけど飛び出せない人も多いでしょう。マルくんは、そんな壁がなかったようにも見えるのですが、どうでしょう?

いやあ(笑)、そんなことないですよ。なかなか入っていけない部分もありました。でも言い訳しないで、行動に移すようにはしましたけど。そうしていくうちに言葉の壁よりも文化の違い、そこを理解していかないと撮影しても歯車が合わないことが多いと感じていましたね。ヨーロッパ人でも、フレンス語圏のカナダ人でも片言の英語しか話せないのにやっているので、その辺は感心します。波長を合わせるというんでもなく、意思表示も大事だと思います。「日本から来て何にもわからないんですけど」じゃ駄目だと思うし、ただ振り回されるか、逆に振り回すかで終わっちゃうくらいなら、やっぱり話せなくても、自分で意思表示をして、輪の中に入っていかないと。だけど、いきなり「行こうぜ」ということもなかなかできないと思うので、なるべくコミュニケーションをとるようにして、自分の存在をアピールして行くことが必要だと思います。自分がカナダに乗り込んで来た時は、実際にそんなこと意識的には考えていなかったけど、現場に入るとどんどんそんなことを感じました。「お前を撮りたいんだ、あれを撮りたいんだ、お前を撮ったらスノーイング誌に出させることができる、トランズ・ジャパンの記事がができる」と、そういうふうにアプローチしてきました。そして、紹介が新たな紹介を生み出し、どんどんリンクしていったんだと思います。

文化の違いって、具体的にどのへんだろう?

例えば、日本の文化は自分をアピールする事が恥ずかしいことだったり、相手に対して自分のことを述べるのが失礼だとか、押し付けがましいと思ったり、思われたりする文化だと思うんです。でも日本以外のほとんどの文化は、自分をアピールすること、意思表示する事を教えられながら成長してきます。日本人は自分が英語を話せなくて堂々とやって行く、という人がそんなにいないと思います。そこが大きな壁になっているのは確かなんだけど。それは日本特有のもので、海外の英語圏以外の人でも、自分をアピールしたいとか、自分がこれをしたくて、ということで入っていく。そこで自分は言葉が話せないからとか、アマチュアだとか、そういうことはないんですよね。一生懸命やっていて、そのコミュニティーに交わろうとします。日本の文化では「やりたい」という気持ちがあるのに、言葉が話せないから無理だとか、自分を表現する前にストップしちゃうんじゃないでしょうか。

そうだよねえ、こっちは床屋の姉ちゃんなんかも、全然英語話せなくて堂々としているもんね。これで商売やっちゃうんだあ、って。だけど、それはマルくん日本にいる時はわからなくて、こっち来て理解したとかなの?

オレもしかして天然だったのかもしれない(笑)。結婚してカミさんから言われて気付いたんだけど。家の姉ぇちゃんもおふくろも、ド天然だった(笑)。

あー、確かにマルくんは天然かもしれない(笑)。
ところで、日本と海外で仕事しているマルくんだけど、国内外では何が違いますか?

海外は限界がない。意思表示したことをとことんできる。日本はそういうものをさらけ出さないのが美しい、というような文化で、さらけ出すと「あいつやり過ぎ」と思われたり、出る釘はたたかれる状態が多いと思います。自分の個性をさらけ出すことはいいことなのだけど、周りに理解してもらうまでに狭い社会だけに他人からの評価が身にまとうところがあると思います。自分が「あれをやりたい!」と思っても、やはり世間的に押さえつけられちゃう。また自分でもそう思ってしまう。海外では「あれ、やりたい!」と言えば、「あいつこういう活動しているんだ」ってことで理解されて、話が来たり、サポートされたり、あるいは同じ方向に向かっている人とのコネクションができたり。だからチャンスは多いですね。海外の方が動きやすいです。
会社の中だと、上司の人が「ダメだ」と言ったからってダメになるなんて、オレの中ではあり得ないわけです。編集でもマーケティングにいる人たちでもみんなそうなんですけど、決定権を持つくらいプライドがないといけないですよね。その人たちが窓口になって、話しあって良いアイデアを実行に移すわけだから、結局上司と相談して「ダメになりました」なんて、あってはいけないですよね。日本でも担当者がプライドを持ってやっているのだろうけど、常に上司というのが付きまとうから、各担当者が自信を持って行動を移せるように会社のシステムに変えてもらいたいです。

つまらない話だよねえ。オレはまだ狭い視野の立場だと思うけど、ウィスラーの現場に立って今のスノーボード・シーンをかろうじて知れるわけで、デスクに座っている上司がわかるわけないのにねえ。

こちらのマーケティング・マネージャーとか、本当に現場に足を運んでいると思います。そして確実に力の源である現場のデータを把握し、上司に相談する前に、上司が納得せざるを得ない企画やアイデアを会社に取り入れようと動いていますね。自分がわからないのに、上司もわかるはずがないじゃないですか。上司も責任があるだろうから、やっぱり“一方的に”「ノー」なような気がします。

マルくんがよく言う、相乗効果の話ですが、そのへんのことも改めて伺いたいです。

自分で頑張って効果を生んだとして10の力が生まれるとしますよね。それがいっしょにやっていく仲間が10人いたら100の力、あるいはそれ以上か、またはそれ以下の力が生まれると思うんです。しかし、どんなに単体で頑張っていても、やはり一人では絶対に限界があるんです。例えば一年365日あって、その内100日雪山に上がれるとしたら、その100日を有効に使いたいんです。ただし凄いライダーとつるむ事だけが僕の言いたい事じゃないんです。そのライダーのスポンサーにとって、自分のサポートするライダーの写真が豊富に使えるだけある事だって相乗効果の一つだし、僕もそれで写真を売ることができたら飯が食べれるようになります。また雑誌社にそのスポンサーのライダーの露出が多くなる事は、スポンサーしているメーカーにとって広告以上の効果があると思うんですよね。全てチームワークでリンクしているのに、それに気がつかず単体で動いていたら、自分が生み出せる効果や人に気がついてもらうチャンスが極端に減るのではないでしょうか。もちろんそれだけじゃありません。協力し合いたいみんなとコミニュケーションをとって、自分たちが進みたい道をクリエイトしていかないとダメですよね。それが僕が言いたい相乗効果です。

マルくんがコンスタントに仕事していると言うと、忠くん(布施)ですが。

忠とはずっと撮影しているけど、先シーズンは4回しか撮影していないんですよ。でもお互いにやりたいことがわかっているので、結構、波長が合います。トランズ表紙が撮れたのは嬉しかったです。

あのシチュエーションは?

あれは1月で、ずっと雪が降り続けてコンディションが良かった時で、5日目とか。オレはFORUMのthatの撮影で最初の4日間拘束されていたんです。だけど、4日撮影して彼らも疲れて来て、彼ら曰く「もう撮影ポイントがない」と言い始めたんですよね。それで「明日忠と撮影行きたいなぁ」と思っていた矢先、ちょうど忠から電話があったんです。「オレ、明日空いたんだけど、一緒に山あがらない?」と聞いたら、「良いところ見つけたからトライコーニーに行きましょう」と。そこはパウダー・マウンテンなんですけど、一番標高低いんですよ。だから「雪、大丈夫?もう、パウダー残ってないでしょ?」と聞いたら、「いや、たぶん大丈夫、遊びに行きましょうよ」ということで翌日一緒に山にあがりました。「そこで何やりたいの?」と聞いたら、「ちょっと練習がてらやっても良いですか?」ってことになり、「楽しそうじゃん!」くらいの乗りで撮りました。そうしたら・・・あんな風になっちゃった(笑)。

忠くんが海外に出る時にマルくんがアドバイスした、というのは有名な話だけど、そのへんの経緯を。

アドバイスしたというか自分も海外に出たいというのがあって、「行こうよ」って誘ったんです。アラン・クラークとかケビン・ヤングとかと、いきなり撮影なんてとてもできるような感じでなかったので。

そうなの?忠くんに前インタビューした時、「マルさんに相談した」というようなことを言っていたけど。

会って2年間ずっとアメリカやヨーロッパなど様々なところで撮影したんだけど、いつも時間が足りなくて。お金がなかったから、雑誌社に企画出して、「布施忠と鎌田純、ライオと行くトリップ」というふうに口説いて経費を出してもらいました。でも撮影2週間行って、それほど写真がない、というような状況が多くて。それが自分の中でストレスとして貯まっていたし、それなら思う存分撮影できるように住んだ方がいいじゃない、と思ったんです。それからウィスラーのカッコいい映像や写真は、スノーモービルでバックカントリーにアクセスしていることを知りました。それであるシーズン、スノーモービルをレンタルしてトライしたんですよね。8人くらいで行って、そしたら全然行けなくて、凄いロケーションなんだけど、ローカルの連中はどこにいるの?どこで撮影しているの?って。だけど、こんなに良い場所あるなら、いっぱい撮影できるなあ、と実感して今まで一緒に活動していたライダーを誘いまくりました。僕はただいっしょに撮影できるクルーがほしかっただけで、忠が本当にいっしょに来たかったのかどうかはわかりませんでした(笑)。でもその時ロシニョールから忠に「経費を出すから契約しないか」という話も出ていたし、ジャパンブランドのままだと動けないから移籍した方が良いんじゃないかという話はしていました。ライオはオリンピック目指していて大会のために来れなかったし、他のライダーもあまりこの移住計画に賛同してくれなかった覚えがあります。

忠くんは、世界メジャー級になったねえ。そうなるってのは感じてた?

うん、ステップ全部見てたから(笑顔)。次ここ行ったって感じで。
最初はMOSSにて、MOSSからGRAYに分離してスノーボードを作っていたんですけど、日本だからそんなに経費が回って来なかったんですよ。だから、海外の写真がそんなに必要ないんですよ。それでロシニョールからオファーが掛かった時、日本でなくて海外のロシならいいんじゃないの?と言ったんですよね。そしたらフランスの本社と結びついて、金額も上がって活動費がもらえるようになって。
インターナショナルになっても、自分がどれだけ力出せるのかわからなかったら、とにかくガムシャラに撮影するつもりでした。ところがそんなにとんとん拍子に撮影が始まるわけでもなく、結構だらだらの生活が始まったんですよね。そんなある日、忠が「本気でやるなら本気でやっていく!」って気持ちをシフトする時が来たんです。「えっ、何その展開?お前昨日までタラタラしていたじゃん」とも思いましたが、忠の切り替えは波半端なものじゃありませんでした。それは刺激的だった。でも結局他のライダーや忠、自分までも歯車が合わなくなって来て、そのシーズンは解散したんです。でも次の年、本気でやり始めたら、本当に凄い量の写真になったんですよね。撮ったこともないほどの写真の量をいろいろな雑誌社にバラまいている内に海外の雑誌社でも使ってくれるようになって、日本の雑誌ではインタビューページで攻めまくりました。それがこっちの現地のライダーでも目にするようになったんです。でもまだその頃は「布施忠というライダーがいるから使ってもらえないか」と言っても、正直、難しい顔をされました。そんな中、チームメートだったJFペルシャに山に一緒に連れて行ってもらうようになって、ローカルの中で忠がブレークしたんです。そのうちビデオのフレンドパートとかなら入れてもらえるとなって、それでマックダグに入れてもらうことになったんですよね。で、それからも「あいつうまい!」ってことになって、またまたボーンと広がって行って。気がつけば忠は自分のパートがもらえて、世界的に名前が浸透して行ったんです。
それで3年くらい後にBurtonからのオファーがあったんです。忠曰く「Burtonは自分の好きなイメージのブランドじゃないから乗りたくない」と言ったんですけど。「でもいつか自分がプロ・スノーボーダーとしてやっていくなら、どこかで割り切らないといけないことがある」って言ったんですよね。Rossignolはそのままやっていても給料が上がらなかったし、スノーボードのセールスのシェアもバートンと比べたら影響力は全く違うという話になって。「Burtonは絶対にポテンシャルがあるから考えてた方がいい」って話をしたんですよね。で「自分が嫌いなブランドに乗るのが嫌だったら、自分がBurtonのイメージを変える力があるんだから変えて行けばいいなじゃないか」って煽ってみたんです(笑)。「忠ならイメージを変えて行ける」と言って。忠はそれを凄く納得していましたね。自分で変えて行くことができるなら、変えて行くって。本人はその言ったことを忘れているかもしれないけど、その気持ちは今でも反映していっていると思うんですよ。忠がBurtonのワールドチームに入ったことで、バートンのイメージがかなり変わったと思うんです。いざ契約の話になった時は、忠がイメージするスノーボーディングをBurtonを通して伝えていくのが契約の最低条件にしたんです。だからシグネチャーボードは絶対条件でした。あとはユウホ(布施忠の北米代理人)が入って来たから、お金のこととか、わけがわからなくなったけど(笑)。とりあえず、そこまではつなげて。

凄いなあ・・・(溜息)。おもしろいね!今の話を聞いていると、マルくんも忠くんも素直に世界に飛び込むんだね。普通の人だったら、何かしら理由付けて躊躇するところ。

オレは中間業というか紹介するのが得意なんですよ。この人とこの人を結び付けるというのは好きなんですよ。だけど、自分が入って行くというのができない。友達でも知り合いでもいろいろな人を紹介したり繋げて来て成功している人やパートナーや親友になっている人達が結構いるんです。自分も便乗できたら良いんですけどね。ハハハ(笑)。

忠くんも、期待に応えて行ったね。

あいつはバカ正直だから。特に自分に対してバカ正直で揺るがないんですよね。例えば何か課題があったら、自分たちはその課題が大きすぎるのか、消えちゃったり、緩んじゃったり、熱い思いでもフェイドアウトしちゃったりするじゃないですか。あいつは言葉で忘れちゃっても、ずーっとそういう感覚持っているから。結構それって凄いことなんです。そんな奴を凄く尊敬しています。

スノーボード業界全体を見渡すと、忠くんだけドカーンと抜けちゃっているような状況で他が付いて来ていないように感じるのだけど、マルくんから見てどう?

確かにプロライダーとして、他のライダーと比べても特化しているところはあると思います。そして忠がこうなるまでにいろいろな人が周りでサポートしてきました。普通なら「お前一人で来たんじゃないぜ」とでも言いたいのですが、周りでサポートして来ている人たちでさへ、忠に影響されて頑張っている人たちがほとんどだと思うんです。もちろん自分も含めてです。
海外に出なくても日本でも特化している人たちは沢山居ると思うんですよ。それはメディアの力不足だったり、その人たちをキャプチャー(捕らえる)できる人がいなかったりで、世にあまり伝わっていないんだと思うんです。
スノーボード文化みたいな話になっちゃうんですけど、忠って1つの日本人文化を築いていると思うんです。日本では「アクロバットみたいなことやって、スノーボードじゃないじゃん」って言っている人もいました。だけど、その人たちにもちゃんと自分たちの活動を表現して伝えていかないといけない責任があると思うんですよね。飛ばないんなら、彼らは彼らで追求すべくスノーボーディングの世界があると思うんです。自分ができないことややりもしていないことにヤジを飛ばすんじゃなくて、これからもスノーボードありのライフスタイルが楽しめて、自分たちがもっと楽しめるように、文化をちゃんと築いていかないといけないと思うんですよね。日本は景気が悪いから無理だと言って、すぐに社会や人のせいにする人多いですけど、それもどうかと思います。メーカーさんや、メディアの方たち、あるいはローカルでブイブイ言わせているライダーたちに、もっと自分たちの好きなスノーボーディングが伝わるように頑張ってもらいたいです。
忠もそうだと思うんですけど、忠だからとか、オレだからとか、特別視されるのが凄い気に食わないんですよね。同じ立場でやっているという意識は僕らの方が強いようにも感じられるし、好きなことやりまくっているんだから、それに共鳴して仲間を増やしていきたい気持ちは一緒じゃないですか。
自分がやりたいと思っていることがあるのに「あれじゃいけない、これじゃいけない」っていううんちくが多すぎるんですよね。なんか一種の見栄的なことしか感じないし。やりたいんだったらやればいいんですよ。入ってくればいいんですよ。例えば「一緒にやろう」ってなった場合、別にほったらかしにするつもりで言っているじゃないし、「一緒にやろう」というからには、本当に一緒になってやっていきたい気持ちなんですよね。「オレ、スノーモービルできないしなあ」とか、そういう何か表面的なもので押さえられちゃうと「やる気ないのかな」と思っちゃうし。逆に下手だけどやって行きたい、という人がいたら「下手なんて承知の上じゃん!」って、一緒に頑張りたいです。

結構、日本に行くと、「いっしょにやりましょう」って誘われるの?

例えば、ここウィスラーとかマンモス、フッドとかでセッションしている時、フィルム・クルーとか、ライダーとかに「いっしょにやろう」と言われたり、メールでコンタクトがあったりもしますよ。でもなんだかんだ考えたあげく、最終的「あれができないから、これもできないから」ということで話はなくなります。逆に思うと「そこまでやる気はなかったんだなぁ」とも思うし。それぞれ事情もあると思うから、一概にやる気とか言ったら失礼だけど、魅力を感じてないのかな、と思いますね。

これからのマルくんの活動と目標などがあれば、お願いします。

内容については、隠さないといけないこともあるのだけど(笑)。まあ、やって行きたいのは相乗効果ですね。ライダー、メーカー、メディア、それと自分がチームワークを組んで、目標を持って行きたいです。「こうすれば、こういう効果が生まれるんじゃないかぁ」とバクチみたいなことかもしれないけど、ある程度想像できることに、自分の力、時間を投資していきたいです。
1つのムーブメントを生んだり、ちゃんとした文化というのを築いていきたいですね。だから、今はメーカーさんに「自分をサポートしてくれ」って口説いています。海外の雑誌社とのリンクはできたので(注釈:Dice-K Maruは全米トランズ誌の契約カメラマン)、ある程度のベースはできたと思うんですよ。自分が表現できるという場所は確保できたわけじゃないですか。アメリカのトランスワールドであっても、USトランスは世界ナンバー1のスノーボード雑誌なんで、自分が追っているものを表現できる場所はあると思うんですよね。撮影したいライダー達ともセッションできるし、去年だったらForumは自分にとって大きかったです。Forumのカメラマンをやりたいと思っていた時に、Forumのフィルム・クルーから専属のカメラマンをやってとオファーがあって、自分の希望とリンクできてやったんですけど、来シーズンは同じライダーを2年も撮りたくないのでオファーを断ってしまいました。忠という人間に会う前なら、喜んで来シーズンもForumクルーと撮影していたと思いますが「やはりクリエイティブに突き進んでいかないと」と思ってます。
若手のライダーでオレをもっと必要としてくれる人たちもいるし、特に日本なんですけど、こういうライダーが海外に出て来ているってことも雑誌に載せたいんですよね。今までアジア人であるというギャップが大きかったんですけど、それは自分の中で思っていたギャップであって、世界から見てもそこに全くそんな国境の壁はないんです。本当に鎖国をしていた日本人らしい概念なんですけどね。僕の頭にもそのDNAは潜んでいました。トランスワールドは、本当に表現に自由をもたしてくれる雑誌なので、とことん僕にしかできないことをやっていくつもりです。日本人ライダーたちがもっと海外でもデビューしていけるように、あるいはその動きを見てくれている消費者の方達が夢を持てるようにしていきます。

じゃあ、来季に具体的にどんな形で出るか、楽しみだなあ。

ところが、ほとんどのメーカーさんの意見は「現状のままでいい」というのが本音なんですよね。僕は「今の現状をキープしていくためにもクリエイティブにどんどん先に進んで行かないと」と伝えているんですが。決して今儲かっていたとしても来年はいいって保証はないじゃないですか。現状の数字を崩したくないし、あるいはもっといい売り上げを望むなら、今のマーケティングでOKってことは絶対にないと思うんですよ。みんなメーカーさんも競争しているし、ライダーも競争しているし、さっき言ったフォーマットにはめて「安泰だ」って言っていちゃダメだと思うんですよ。クリエイティブにやって行かなきゃいけないのに「これがあるから大丈夫だ」とか聞くの辛いです。どんどん進んで行ってほしいですね。
雑誌社の人ともよく話をしますが、シークエンスの本が売れるからって、そんなミーハーな数字に誤摩化されちゃいけないと思っていることは伝えているんです。
確かにシークエンスの本が売れてしまうのも国民性だと思いますが、やはりスノーボードがイメージできる環境、もしくはスノーボードをしていけるライフスタイルを伝えられないと、本当にスノーボード業界は死にますね。
10年前に訪れた奇跡のバブルなんて二度と起こる訳はないけど、今よりは確実にスノーボード人口が増えるポテンシャルはあるはずです。自分たちが経験した、本当に楽しんで来たスノーボードを、後輩達に伝えられないまま終わらしてしまうのは、僕ら個々の問題ですからね。改善が必要ですよ。

どうしたら文化が築いていくんだろう。

例えばニール・ハートマンは1つの日本のスノーボード文化を創造していると思います。あるいはずっと滑り続けている小さいメーカーさんだったり、ショップの人たちでも頑張っていて、消費者の人達だって表現の立場を多く持っている人達は沢山居ると思うんです。ところがそれを伝えていくはずの媒体で働く人達が知らないケースが多いし、感じ取っていないと思うんです。本来雑誌社は報道の立場にあるのだから、編集者達は山にこもってスノーボード現場を知る必要があると思いますし、メーカーの方達も実際に自分たちでスノーボードを楽しむことをしていかないと、文化すら育たないし、伝えていくものすらなくなると思うんです。
こないだフサキくんとリフトの上でもそんな話したけど、雑誌の人たちが現場に行かないから現場がどうなっているか、わからない。現場というのはその文化が創られているプロセスそのものだから、それを知らないで他から聞いても大切なところがミッシング(失っている)していると思うんですよね。

うーん、寂しいよねえ。昨日もコンビニでトランズ誌買ったけど、広告の量とか凄くて。やはり文化が形成された上にビジネスができているから強力だよね。

日本はただフォーマットにハメているだけだと思うんですよね。クリエイティブなことに欠けていると思いますし、見えないエネルギーが本当はスノーボード業界を向上させていくのに大切なのに、そこにお金を出すのを渋っていますから。

それじゃあ、つまらないよねえ。マルくんも新しいことやっていきたいでしょ?

はい。結構、それも忠にやられるんですよねえ。あいつは凄えクリエイティブな人間だから、同じことをやらないんですよ。だけど、オレはどっちかと言うとぬるいお湯が好きだから、同じことにちょっとでも浸っていたいんですよね(笑)。でも、それをやっちゃいけないんですよ。クリエイティブにやっていかないと、道が開けていかないし。進行していくためにも、そんなぬるま湯に浸かる時間って本当はないと思うんですよね。どんどんどんどん自分の時間と活力をインベスト(投資)して、突き進んでいかないと。僕のスノーボードに携わっている人生は、投資人生です。
そう考えると日本のメディアだったり、メーカーさんの発想は本当に乏しいっすね。失礼ですけどね(苦笑)。
海外とどんどん差が開いていきますよね。
フォーマットさへあれば、そこに従って行けば安泰のように錯覚しますからね。

例えば、そのフォーマットって具体的にはどんなものだろう?

例えば広告を年間1千万円で契約しましょう。月々百何万払うよりは安いとして。メーカーからしてみたら、表2表3(注釈:表紙の裏にある見開きページで、最も印象度を高めることができる広告ページ)に広告を出せば、ノルマも埋められて達成感ありますよね。なんか田舎の道路工事のようですけど。でも、本題は「そのスペースをどうやって有効利用するか」ということなのに、埋め合わせるというフォーマットがあるから、そこにあるイメージを入れるじゃないですか。いい写真があるからとかじゃなく「広告に自分たちのブランド・イメージを入れて売りに出そう」というのに、そのプロセスは本当に乏しいと思うんですよね。よく「誰がこれをディレクションしているんだ!?」っていう広告ありますよね。真剣に自分たちの商品を売ろうとしてこのイメージなの?と、考えてしまいます。そこにあてはまる写真を使う、というのもおかしな話です。
消費者がコンセプトが見えないブランドを、どう指示していくんでしょうか?

読者って、結構、頭いいよね?

うん。それを見た時に読者や消費者は、スノーボード業界って活気がないんだな、って思うでしょね。広告の写真が、中の編集のページよりも勝っていたら活気があるなあ、と思いません?そこに「凄え」というものがあったら、活気があると思うんですよ。
そんなことどうでも良い人達が会社のプロモーションをし、スノーボードという文化を営んでいますからね。雑誌社にはせめて、日本の熱い現場のスノーボードシーンを取材していただきたいです。

それで、来シーズンの動きは?

話戻りますが相乗効果を狙ってチームで頑張りたいです。メーカーさんにもメリットがあって、燃えるライダーがとことん頑張れる環境になるように、また消費者の人たちにスノーボードという文化をもっと見る機会が生まれるように頑張ります。具体的な動きは、だからといって日本のライダーたちを海外に連れて来ることなんて考えていないんです。雪が良いところでベストなシーンを残すことが大切だと思うし。希望はウィスラーにいたいですよ。だけど、ウィスラーの雪が悪くて日本のシーズンが良ければ、日本にも、ヨーロッパにも行きます。
あとは、自分にビッグスポンサーが付いて、家買えるくらい裕福になりたいですね(笑)。

世界の舞台で活躍を続けるDice-K Maruのwebサイトが立ち上がった!

その作品のクオリティも凄いがバリエーションも凄い。おまけにいっしょに撮影しているライダーがビッグ・ネームで、まさにこの世界のトップ・ランナーを証明するwebサイトだ。
Dice-K Maruのこれまでの撮影した写真、仕事内容などが拝見できるのだが、その内容はまさに圧巻! これまでに撮影された雑誌の表紙がたくさん紹介されている。その数ハンパなく、まさにこの世界のトップ・ランナー。また写真を紹介するコーナーでは、1枚1枚に大きな感動を与えてくれるぞ!

ホワイトをベースにされた写真家Dice-K Maruのwebサイトは、あまりにも写真が美しくて、いつまでもこのサイトに浸っていたい気分になってしまう。

これからさらに世界で活躍するDice-K Maruが、クライアント向けに名刺代わりのように作ったサイトとも言えるが、世界中多くのスノーボーダーたちに見てほしい芸術感が満ち溢れたwebサイトだ。

http://www.dicekmaru.com/

 

snowstyle誌ADdirector/辻村 慶広

snowstyle誌ADdirector

辻村 慶広
Yoshihiro Tsujimura

このインタビューの歴史は、自分にとってインタビューしたい方の歴史でもある。ほとんどのインタビューは、自分が担当している。この人が、あの人が、どんな思いで行動しているのか。どんな考えてを持っているのか。そんな興味を持った人にアタックして、気づいてみれば、ここ最近、専門誌のエディター(編集)の方がいなかった。たまたま良い人がいるのにめぐり合っていない可能性も高いのだけど、なんとなくインタビューが想定内に収まりそうなこともあり、興味が沸かなかった、ということもあったと思う。
だけど、最近やたらと熱い人がいて。なんと言うのだろう、最初会った時には別段それほど強く引かれるものはなかったけど、その後のアプローチなどがひじょうに物怖じせずにアグレッシブ。なかなかガッツがあるなあ、と思ったのだ。
考えてみれば、このマガジンは今ある専門誌で最古参。最も伝統がある専門誌で、若い彼がどんな思いで雑誌作りをしているのか。そう、今回はそんな熱いsnowstyle誌エディターの辻村氏が登場!



Interview by Fusaki IIDA

憧れのプロ・スノーボーダーと接し、大好きなスノーボードの仕事に携わる専門誌作りに憧れる人、そういう職に就きたい方など少なくないと思います。辻村さんが、この仕事を選んで経緯、また就職までの道のりは?

もともと私自身スノーボードが好きで、オンオフとわず身に着けるものはいつもスノーボード・ブランドのものばかり。こだわる理由はスノーボードがカッコいい遊びだと今でも思っているので、スノーボードを続けることは生涯貫きたいと思っています。スノーボードというバックグラウンドを今まで多くのムービーや雑誌、実際の雪山で感じてきました。だからこそ、私生活でスノーボード・ブランドのアイテムを身につけることは自分を表現していることにもなると思っています。

4年前に滑った時のもの。パークに夢中になっていたがパウダーにもどんどんはまり、ゲレンデの脇パウで楽しんだ思い出の1枚。

僕が雑誌というメディアに興味を持ったのは、4年間勤めたショップスタッフの時からです。自分一人ではたくさんのギアをすべて使うことは限界があったし、1シーズンでイベントに行ったりする場所や雪山へのアスセスも限られる中で、迫力あるライディング写真やゲレンデの情報が溢れているページを読む時間が、楽しくてどうしようもなかったです。それで気づいたら履歴書を送っていました。「もっとスノーボードについて知りたい」と思っていました。雑誌を作る環境がスノーボードの楽しさやカッコ良さを追求でき、自分の一番好きな遊びだからこそ正直にリアルなものが伝えられると思いました。面接では、その熱意が伝わり入社できました。

実際に仕事を始めてからは世界中から本当にたくさんのスノーボード情報が入ってきますが、毎月1冊の中でスノーボーダーがこの情報を知ったら楽しさの世界が広がると思うページを考えています。多くの時間を雪山で滑ったりスノーボードする人と話をするのについやすことで、本当の今の流行や「どんな人がどんなところでがんばっている」という情報が伝えられるように心がけています。勝手に雑誌が突き進むのではなく、ライダーの活躍やトリップなどを追っかけて読者に伝えたいですね。それが最高の「瞬間」を伝えることのできる1枚の写真を掲載することのできる雑誌の魅力で、「雪山に行きたいな」とか「カッコいいな」と思ってもらえたら嬉しいです。雑誌はずっと「残る」ものですから、その分、僕自身がもっともっと足を運んで「残すべき」スノーボードのページを見つけていきたいと思います。

スノーボード専門誌の中では、今あるものではスノースタイル誌が最も古くからあります。他誌と差別化させるために、何か考えていることはありますか? snowstyle誌のモットーのようなものは??

snowstyle誌は常に読者に近いフィールドにある雑誌であり続けていると思います。わかりやすく読みやすいページを試行錯誤し、世界のスノーボーダーの「NOW」を歴史と共につかめるスノースタイル誌。16年という長い年月のそれぞれの一冊一冊の中に詰まっているのです。だからこそ私の意見としては、スノーボードファンのために歴史を感じてもらったり、今後の期待や感動をつくっていければと思います。今のスノースタイルは雪山にパークを設け、webサイトを始め、携帯サイトも行う立体的なビジョンでの媒体になりました。いろいろな発信ができる媒体として、よりスノーボーダーと近い存在の雑誌とも言えると思います。一番古いスノーボード専門誌として、「歴史を知り、今のシーンに一番近いメディア」と言えるように努めて行きたいです。

今まで仕事していて、思い出に残っていることは?

業界の方一人ひとり考え方や今後のアプローチをお聞きすることが毎日の勉強になります。でもゲレンデの方とイベントの打ち合わせをしたことが一番の思い出です。内容は明日の天候。これがスノーボードの楽しみの一つ、コンディションによる緊張です。「当日が大雪ならどうすべきなのか、また晴天の場合はどうなのか。」というようなことを考えながら時間の掛かり具合や撮影の準備の仕方などを話すわけです。最終的には僕は雑誌の立場として、どういう方が参加したのか、そしてこのイベントが次回にどう繋がるのか、雑誌掲載の編集内容はどういうものが残すべきページなのか。そこまで考え、こなせるようになるには経験が必要でした。今後も型にはまらない「常にベターな新しいこと」にチャレンジしていきたいと思います。

仕事していて辛いと思うのはどんな時ですか?

辛いと思うことはありません。雑誌への期待や内容の良さが反響に直結していると思いますので、すべては僕の提案や雑誌の努力にあると思うからです。「どうして思い通りにならないのだろうか」というようなことは決して思いません。自分の雑誌のどこが良いのか、どこが悪いのかを自分自身で考えて知り、それを常に改善してベターをさがすのが雑誌の基本でしょうし、自分の雑誌の色やイメージを自分が知らないでは、なにも良くはならないですよね。それはどんなことでも同じだと思います。辛いと思う前に、「どうしてなのか」を真剣に考えることが大切だと思います。

最近、注目しているライダー、気になるライダーは?

トラビスケ・ネディとか、マイク・カサノバとかレールのテクニックがヤバいですよね。難易度の高い技ができることって一つの魅力だと思いますが、その難易度の高い技がクールで、しかも彼らはその技に彼らのカッコいいスタイルが出ていると思います。

あとはトラビス・ライスとエーロ・エッタラですかね。彼らのストンプにぶっ飛びっぷりはズバ抜けていると思います。コンペからバックカントリーまで、2人は現代の旬なオールラウンダーでしょう。

ライダーというよりもNOMIS、ACADEMYそれにM4やFRUM、PLANETEARTHといったチームにも注目しています。熱き世界中のスノーボーダーたちが憧れたり、彼らの出演ムービーを何回も繰り返し見てしまうような魅力が詰まっているいわば「ヒーロー」たちは常にチェックしたいです。「はやり」とかもここから生まれると思います。

日本人ではどうでしょうか?

別に日本人だけではないことかもしれませんが、シューティングやDVD制作が比較的作りやすくなった今日ではライダーたちが自分の滑りを表現できるものとして普及しているように感じます。もちろんそこからビデオスターが生まれることもあるとは思いますが、やはり大会やイベントでの「リザルト」を残すことはそのライダーが有名になることにつながりますよね。優勝をしたり、ベストトリックに輝けば、自然とフィルミングの声がかかったり、メディアやメーカーからのアプローチも出てくると思います。それがヒーローの始まりだと思います。話はずれてしまいましたが、私が気になるのは大信雄一。彼のライディングはクールだし、なにより挑戦心に溢れているまなざしに圧倒します。
それからみなさんも同じように思う方いると思いますが、國母和宏。STANDARD FILMS作品に出演を果たし、パイプを中心としたコンペで数々のリザルトを残した彼が、今後どこまでいろいろな意味で大きく世界で活躍するのかは注目ですね。エアーの高さや技のキレも一年間でもの凄い上達ですしね。

スノーボードの楽しさが一気に広がったマウントフッドで撮ったもの。いろいろと教えてもらった当時のコーチとの思い出は忘れられません。

元々どんなライダーに憧れていましたか?

ダニエル・フランク。彼を見てスノーボードに一気にハマりました。あのバカみたいな硬いボードを動かしているスタイル、キレのあるロデオ。単純にかっこいいと思いました。そして僕もダニエルモデルを乗ってみましたが何もできませんでした(苦笑)。英語の専門学校を出たのですが、卒業論文は「ダニエルとスノーボード」というテーマでした。カセットテープのケースにもダニエルのライディングショットを切り抜いて貼り付けてコラージュして友達に自慢したり。とにかく僕がスノーボードを今でも続けているのは彼の影響です。

ところで、ここ何年かの日本のスノーボード・シーンを見ていると、海外に比べて、新しいライダーが出て来ないような状況があると思うのですが、辻村さんはどう思いますか? もっと現場に行ける取材人が、才能あるライダーを引き上げて行けたら、いいと思うのですが。

これはひじょうに難しい話ですね。私が感じるままを話すと、海外に比べると日本人ライダーはお互いのプッシュが少ないように感じます。具体的には日本人ライダーは雑誌やスノーボードムービーをあまり見ないというか、行く先々でのライブのみ他のライダーを見て参考にしているようで、多くのライダーから影響を受けているとはあまり感じないというか・・・。海外の方が、ライダー同士もメディアも、一般でイベントや大会を見に来たスノーボーダーも、盛り上がることを自ら期待し、ライダーたちの熱いライディングを見ることを楽しんでいるように思えます。「自分を表現する」ために大会に出てみることやムービーを制作することは大好きな日本人ですが、そこで満足してしまうのはもったいないですよね。あと一歩、それはきっとお互いのプッシュで世界に日本のスノーボードが盛り上がっているとわかるくらいに「見る」ことの気持ちよさを味わうことでしょう。偉そうなことを言ってしまいましたが、私も世界中の雪山で活躍する日本人ライダー、クレイジーなことに果敢にチャレンジするビックなライダーを見つけるべく、ライダーを追っかけたいと思います。メディアやブランド、ショップがライダーたちを窮屈にせず、開放的にかっこよく頑張る姿をもっと見つめられるような環境を作りたいですね。もっともっと雪山に行きます!

最後になりましたが、今後の辻村さんの抱負、そして夢を教えてください。

抱負・・・、そうですね、スノーボードに出会った方、いろいろな方がいると思います。お子さんができ、滑りに行かなくなった方、仕事が忙しいくて時間のない方、ケガをしてもう滑りたくなくなった方、つまらなくなった、そんな方たちがスノースタイルを読んで「ああ、たまには雪山にスノーボードしに行こうかな。」という気分になっていただける雑誌になるように頑張りたいですね。専門誌なのでコア層が読んで楽しい本であり続けることは大切ですが、一般層の方がちょっとカッコ良さに憧れたり、知識をつけようと思ったり、趣味が深まるきっかけとして読んでいただいたり、スノーボードから離れている方がまた滑りに行きたくなっていただける本制作に努めたいです。

夢は実はカリフォルニアでスノーボード・ショップを出店すことなんです。かなり難しく、本当に夢見てる感じですが・・・。理由としましては、西へ行けばすぐ海でサーフィンができ、ストリートにはキッズから当たり前のようにスケートしていて、北はレイクタホまで上がればスノーボーディングができるし、日本から来てアメリカでは一番近いので最高の立地条件かと。アメリカの影響力って結構いろいろなところであるじゃないですか、ファッションとか、映画とか。私の夢であるショップがうまくいくのは相当な努力と苦労が必要ですが、日本人がスノーボードをプロショップで買いたくなるムーブメント、オシャレをするためにカッコいいバックグラウンドのあるスノーボードブランドのアパレルを着たくなる魅力を探しに行きたいです。そしてそのアメリカで起こるリアルな話をどんどん日本のスノーボーダーに伝えたいです。で、スノーボードショップをやりたい理由は、もともと始めたての頃(13年前)客としてスノーボードを買いに行ったときはプロショップへ買いに行っていて、店員さんがカッコよくて、大好きなスノーボードのことで話が尽きなくて。私がスノーボードにどんどんはまっていった大きな存在でした。それで友達が最近ネットでスノーボード用品買ってるの聞いて「プロショップで買うことってクールだぜ」っていつも言っちゃうんですよね。私は今の仕事でたくさんのメーカーさんやショップ、業界の先輩方に勉強させていただき、この夢に近づけるようにと考えています。みなさん、時間があるときにはぜひお近くのスノーボード・プロショップ行ってみてください。スノーボードが好きなあなたなら、お金では買えない素晴らしいできごとがたくさん詰まっている空間です。

snowstyleインフォメーション

スノーボード専門誌snowstyle誌は、毎月6日発売!

最新号snowstyle11月号には・・・
マックダウ・プロダクションズがsnowstyleのためだけに協力制作を手がけたマックダウ・ベストとも言えるFLASHBACK LE」が付録。
スノーボードの歴史(特にスリースタイルの歴史)をマックダウ・プロダクションズのボス、マイク・マッケンタイアがナレーション。ぜひ見ていただきたい入魂作品!

そして来る12月6日発売のsnowstyleの付録は、最もパーフェクトなキッカーを作るために集まった12名のライダーの物語「THE GAP SESSION」DVDが付録。究極のキッカーを作るライダーたちの奮闘の物語はメガヒットを飛ばした制作「ロボットフード」の中心人物の一人デイビット・ベネデックらが手がける。

出演の12名はマシュークレペル、クリストフ・ウエバー フレディ・カルバーマッテン、トラビス・パーカー、トラビス・ライス、ニコラス・ミューラー、ステファン・ギンプル、マーカス・ケラー マルコ・グリッチ、クリストフ・シュミット、ギギ・ラフ、そしてデイビット・ベネデック。こうご期待!

snowstyleでは、最新情報も詰まったスノーボードwebサイト「snowstyle.tv」を配信中。
http://www.snowstyle.tv/

携帯サイト携帯版「スノースタイル」も配信中。

今年のsnowstyle parkは群馬県の川場スキー場と岐阜県の鷲ヶ岳の2箇所がすでにオープンが決定!

マツモトワックス教祖/松本年一

ワクシングを正しく行ったボードはよく滑る。どのメーカーのものでも滑る、と思う。だから極端な話、ワックス・メーカーは世の中に1社だけあれば事足りるのかもしれない。だけど、世の中にはたくさんのワックス・メーカーがある。特に日本はワックスのメーカーが多く、そのシェア争いはまるで戦国絵巻。未だに天下統一は成し遂げておらず、ワックスメーカーが乱立している状態だ。
思えば、今回の主人公であるマツモトワックスが出る前には、Toko、Briko、Swixの大手スキー・メーカー・ブランドの実力がスノーボード業界にも強く影響されていた時代であった、と思う。例えば、スノーボードを販売しているショップに、TokoやBrikoのワックスがあるのはあたり前だった。もちろん、今でもそのようなショップはあるが現状ではスノーボーダーに認められたワックスがスノーボード・ショップのシェアを奪うというマーケットになって来ている。マツモトワックスの同じ時代に立ち上がったR≒0やそのずっと前からあったガリウムなどはスノーボーダーに人気のあるメーカーだ。
このような乱立時代になって、さらなるシェア拡大に必要なことは、そのワックスの特長を人々に伝え、そのワックスが与える滑走効能が上がる快感を与えることではないだろうか。これは宗教家がその宗教から得られる「満ちた心を持つ方法」などを伝える布教する活動と似ているかもしれない。
今回は、そんなマツモトワックスの創始者=教祖さま(?)とも言える、松本さんにインタビューご登場していただくことになった。

Interview by Fusaki IIDA

Special Thanks: MatumotoWax Ranger
このインタビューの質問はマツモトワックスを深く愛し、布教活動のお手伝いをするマツモトワックスレンジャーさんからのご意見を参考にさせていただきました。ご協力ありがとうございました。

今年2月の展示会で独立という形を取ったマツモトワックスですが、どうですか? 例えば、実際に自分がすべてコントロールできる立場になり、今、考えてることなど伺いたいのですが。

去年の12月にマツモトワックスカンパニーを創業したのですが、今まで感じなかった大きな責任を感じているね。
何せ、これまでのマツモトワックス7年間の結果として、300店舗近くのお取引先様、延べ数万人に及ぶ商品を購入していただいたお客様に対する、全ての期待と責任を背負うわけで。
お陰で、この春2ヶ月間ほど、根っから楽天気質のオレが、生まれて初めて重度の不眠症に陥りました(笑)。

でも、その一方で今まで感じることができなかったほどの大きな遣り甲斐と、生き甲斐を感じているのも事実です。
今はマツモトワックスに専念出来る環境ですから、時間も有るし今まで自分がやりたかった事を、思いのまま実行に移すことが出来るわけで。
会社は変わったけれども、伊藤&青山両氏とのパートナー関係や販売チャネルは基本変わらず、各地の販売代理店と連携しながら、メーカーとして今迄以上に中味の濃いモノを発信していこうと思っています。

えっ、不眠症になるほど。どのように克服していったのですか?

最後は、開き直りかな!(笑) だって毎晩酒飲んでも眠れないし、かと言って薬は嫌いだから飲みたくないしで。いつの間にか事務所の窓が明るく、外からスズメの鳴き声が聞こえてくる毎日で(笑)
新たな環境と背負った責任が、気付けば大きな不安とストレスにもなっていたようで・・・。
でも、結局あれこれ悩んでいても自分の信じたことを、実行に移すことでしか何も先に進まないことに改めて気が付いて。
今できること、今やるべきこと、今やらなきゃいけないことを、精一杯やっていくことしか今の俺には出来ることないしな・・・って考えたら、悩むこと自体が馬鹿らしくなってきてね。
基本に立ち返ることで、自然と気持ちが楽になってきました。それと、仲間の存在も大きかったですね。あっ、俺には仲間がいるじゃんって。一人で悩むことないんだなって。
それと、最後は神頼み! 近所に目黒不動尊があるんですけど、良くお賽銭持ってジョギングに行ってます。“今日も、ありがとうございます。”って(笑)

そんな経験をしていると、今まで以上に、人の温かさ、優しさと言うものを身に染みて深く感じるようになってきました。
だからこそ常に感謝の気持ち忘れず、その気持ちを素直に表現しながら、生きていこうと考えるようになりましたね。
ある時、人生のワビサビを経験されてきた、62歳の知人が教えてくれました。
何ごとに対しても、感謝の気持ちを忘れずに素直に“ありがとう”と言えるような人間になれると、良いよねって。
今、改めてその言葉の意味を実感しています。

2006年1月、ニセコでのフリーライディングキャンプにて。自ら滑りを楽しむのも、仕事のうちです(笑)

うーん、まさに身をもって言葉の真の意味を感じたようですね。

世の中は、決して自分一人じゃ生きて行けないんだって。当たり前の事ですけど、改めて実感しています。
今回、会社を創る時にも家族、仕事関係の取引先、仕入先、ライダー、友人達など多くの方々から、応援やアドバイスを受けて創業に至ることが出来ました。
みんな僕自身に対して、今は期待をしてくれていると思っています。そして、今はチャンスを与えてくれていると思っています。
だからこそ、自分に課せられた義務としては、与えられたチャンスを活かすこと。その為には、常にベストを尽くしマツモトワックスを長きに渡り継続していくことが、みんなに対する感謝の応え方だと思っています。

なるほど。葛藤の後に生まれたポジティブな道を発見し、まるで1つの悟りを開かれたような松本さんの気持ちが伝わります。

今の自分があるのは、スノーボード業界のお陰であることに間違いありません。15年間、メシを食わせて貰ってきた業界だし、それ以上に何事も半端だった俺を少しは人間としても成長させてくれたと思うし。
これまでの15年間、この仕事を通じて出会ってきた多くの方々から、いろんなことを教わり、それを肥やしに自分の根っこも少しづつ太く長くなってきたと思っています。
古い話ですが、僕がこの業界に入った頃は、業界の成長著しく、それゆえ夢と活気が満ち溢れていました。
そんな中、同世代の若い営業マン達を中心に、毎年秋が到来すると、週末毎に全国各地で開催される展示即売会での応援販売の為に、全国を巡り巡っていました。
気付けば、まるで同志の絆みたいなものが生まれたりしてね・・・(笑)
しかし業界のバブルが弾けた後、止むなく会社を辞めていった者、辞めざるを得なかった者達もこれまで沢山いたのも事実です。
僕と同時期にこの業界に入り、これまで業界を担ってきた仲間達も、今では数えられる程しか残っていません。

僕自身にもこの当時、自分の立場ではどうにもできない会社の問題が立て続き、業界に入ってからの5年の間に、3回も会社が変わりました。
1つの会社で4年以上過ごせたのは、昨年まで勤めていたSMJが初めてなんですよね。
それでも幸いにして、僕は今でもこの業界で好きな仕事に携わることが出来ていますが。

時折、もし神様がいるとしたら、“お前にはまだこの仕事を通じて、やるべきことがあるんだぞ”と、一時の時間を与えてくれているのではないか。そんな考えを抱く時もあります。
その、やるべきことがあるとしたら、自分がこれまで体験してきた、スノーボーディングの楽しさ、大自然の中で仲間達と遊ぶ喜びや尊さを、今はマツモトワックスを通じて表現していくのが自分の役割なのかと思っています。

お聞きし難いことですが、そもそもどうして独立したのですか?

結局のところ、僕自身がマツモトワックスの仕事に専念したかったからなのです。

僕は学生時代に、スポーツイベント会社で3年間アルバイトをしていました。体育会育ちで体力だけは人一倍あったから、殆ど汗を流しながらの肉体労働でしたけれど(笑)
実はそこで初めてスノーボードと出会い、この業界に入るきっかけとなったのですが。
そこでの色々な仕事を通じて、表舞台で選手達が繰り広げる華やかなイベントを、裏方で支えている喜びみたいなものを強く感じていました。
余談ですが、サザンオールスターズの“旅姿六人衆”の歌詞が大好きなんですよね!
そんなこともあってか、今まで自分が表に立って会社の代表になりたいとか、看板になりたいとかっていう欲が全くなかったんですよね。

だから、ぶっちゃけ言えばマツモトワックスのブランドネームだって、今でこそ誰よりも愛着を持っていますが、最初は一人で大反対してましたから!
本当の話、僕がたまたま伊藤さん(クリプトンチューンナップファクトリー代表兼マツモトワックス レーシングサービスマン)から青山さんを紹介され、それがきっかけで社内会議でワックス事業の企画を提起したことが発端となり、
強引に僕の名前をブランドネームに付けられてしまい。9対1位の圧倒的な賛成多数でね。
さらにはその会議の場で、先輩に言われた一言が、“この商売に失敗して在庫が残ったら、お前全部買い取れよ”ってね(笑)
今思えば、ふざけた話ですけど真実なのです。ただ、勢いは感じましたね、このワックス事業の企画自体には。即、全会一致でやりましょう!でしたから。

それで、スタートさせてみてどうでした?

初年度は準備する時間も少なく、勢いだけでスタートしたものですが、2シーズン目あたりから思いの他反響が出てきました。結果的には、ブランドネームのインパクトも大きく影響したように思います。
それと、ワックスの滑走性能自体にも、予想以上の評価を得ることが出来ました。

やがて、取引先やユーザー数も増えていく中で、当時社内における僕の役割がSMITH GOGGLE & マツモトワックスの総括責任者だったのです。当然ですが、売上自体もSMITHの方が圧倒的に多く、それだけ時間のかけ方もSMITH優先で。
ある時マツモトワックスにとって、このままで良いのかなと考え出したら、答えは“う~ん、やっぱり良くない”と自問自答。
なぜなら、自分自身が容量も悪く器用なタイプじゃないので、このまま行くと、二兎を追うもの一兎も得ずになってしまう恐れもあって。
それにマツモトワックスの場合、いわゆる純粋な自社ブランドで、それこそ自分たちがエンジンとなって動かさないと、全てが機能停止してしまうわけなのです。
こうした思いを抱きながら、いづれ時期が来たらマツモトワックスを専業できる環境に移して、一本立ちさせる必要があるなと思いまして。
そのタイミングが、たまたま今回だったと言うことです。

なるほど。だけど、これまでの話を伺って、松本さんのブランドに対する思い、そして何よりこのブランドに出会った機縁のようなものを感じます。
ところで、ワックス業界というのは、どういう世界ですか? 日本はかなりブランドもあり、ワックス文化というのができているようにも思いますが。

確かに日本は世界的に見ても、ワックスブランドの多い国だと思います。この点は、ワックスに限った話ではありませんが。
需要が多い結果として、ブランドも増えていったと言う背景があると思いますが、ワックスに関しては国民性にも所以があると思います。
日本人って、車のワックスがけも大好きじゃないですか!あまり関係ないか・・・(笑)

実際マツモトワックスを始めてから強く感じることは、とにかく市場に対し発信していく作業の多い世界です。
勿論、言うまでも無く商品作りも重要な作業ですが、それ以上に情報を発信していく作業がとても重要に感じますね。
過去に、板、ブーツ、ゴーグルの商売をやってきただけに、よけいに実感します。
ですから様々な手段を講じて、伝えていきたい、伝えなければいけない情報を、発信していく作業に多くの時間を注ぎますね。

具体的には、どんな手段で市場に発信して行くのですか?

その手段とは目的に応じて、広告、webサイト、店頭POP等の活字による情報発信や、店頭、ゲレンデなど人の集まる場所での実演講習、サンプリングを含めたPR活動・・・。
前者は浅く広く。後者は狭くとも深い浸透を目的としています。その中でも、特にスタート時期から一貫して注力しているのが、現場でのPR活動です。
やはり、お客様と直に向かい合ってのライブ活動は、何も優ると思っていますから。それとレスポンスを直ぐに感じることができるから、遣り甲斐もあります。
店頭で、ワクシングサービスをしてあげたお客さんから、“うわ~!こんなにピカピカによみがえった!”とか、ゲレンデのサンプリングで“すっごい滑りました!!”なんて笑顔で言われたら、ほんと嬉しいし僕自身も幸せ感じますからね(笑)
ただ現状では、こうしたPR活動自体が、限られた時間の中で人的パワーにも限りがあるもので、なかなか全国的に実施することができないジレンマもあるのですが。その点をどう対応していくかも、今後の課題の1つです。

こうしたPR活動における、僕らの一番の目的は“一人でも多くのユーザーにワックスをかけることで、気持ち良く滑って楽しい一日を過ごして貰いたい”そんな思いからなのです。

ここ数年、業界内でスノーボード、スキー愛好者の、1シーズンにおける滑走日数の減少傾向が話題にも上ります。当然、この問題は業界全体にとって痛手となります。
その理由として、景気の問題や、趣味、遊びの多様化、携帯電話やパソコンの普及に伴う毎月の小遣いの減少などいくつか挙げられます。
ただ僕等の力では、どうしようもない問題で頭を悩ませるより、一ワックスメーカーとしてはワックスを普及していくことで、“雪山で過ごす一日を、気持ち良く滑って楽しんでもらうこと”に繋がるはずだと考えるのです。
「楽しかったな」と振り返った時に、今日はワックスもちゃんと塗って来たから板が良く滑ったね。なんて思ってくれたら良いのです。そんな楽しい滑走日があり、「来月にもまた行こう!」なんて思ってくれたら嬉しいですからね。

だからこそ、ワックスに興味はあっても、かけ方がわからない人。雪山で、ぜんぜん板が滑らない人。そんな方たちのためにも、キッカケを作ることも僕らの重要な役割だと思っています。

左、ゲレンデにテントを張っての無料ワックスサンプリング。右、毎年恒例のクリスマス時期の御茶ノ水での店頭ワクシングサービス。みなさんも黄色いテントを見かけたら、板を持ってぜひお気軽に声をかけて下さいね!

マツモトワックスはネーミングとか、デザインとかとてもユニークです。あのセンスで勝負しようとした理由は?ステッカーにもある、変な顔のマークは松本さんがモデルという噂がありますが。

結果的に、スタート段階におけるブランドネームが決定した時点で、一つの方向性が決ったような感じです。ブランド名を決めた後に、デザイン会社に頼んでプレゼンされた物が、他でもなくあのロゴデザインでしたから。
そりゃ誰が見ても、そこから湧くイメージは“格好良い”とか“COOL”なんて間違っても思いませんよね。それに、最近ではだいぶ減りましたが、“これって、マツ○ヨのワックスですか?”って、本当に良く言われました(笑)。
実はスタート時点において、ブランドの方針として唯一掲げていたのは、“高性能なワックスを、リーズナブルな価格設定とし、シンプルで選びやすい商品構成とする”これだけです。
元々、僕をはじめ社内のスタッフに、誰一人ワックスに精通している人間もおらず、伊藤さんと青山さんに実技、学科面の“いろは”を教わりながら営業を始めていったしだいですから。
そんなわけで最初の2年ほどは、ブランド政策、方向性をかなり模索していましたね。

それでお客さんの反応が良かった、ということですね。

商品を使っていただいたお客様からは、予想以上の性能評価を得ることができ、またそれ以上のスピードでブランド名が浸透していきました。
特に2シーズン目、まだまだ売上自体とても少なかったのですが、その中でもステッカーの売上比率は相当なものがありましたね。
取引店様に聞くと、“何故かワックスを買わないお客様でも、マツモトワックスのステッカーだけを購入していくケースがやたら多いんですよ”と。
実際その冬、スキー場に行くと、マツモトワックスのステッカーを貼っている板が想像以上に目に付いたり。
また、取引先へ営業に行くと、店員さんなどから“他ではマネできない このノリが良いんだよね!”って言う声もよく耳にして。
そこで、当面はこのノリを基調にして、しばらくやってみようじゃないかと社内での意見が一致し、その結果として商品名にも個性・特徴を打ち出すことにしました。
一応、商品名を決める時のコンセプトは、商品の用途、目的などを、日本語で表現したらどうなるかと言うのがテーマだったんです。
そんな具合で、極上下地仕込(最高のベースを作ることが出来るベースワックスセット)、はじめの一本(固形ワックス初心者が、初めて買うならコレ!)、極楽(とにかく楽に塗れて、気持ち良く滑れる)・・・。
僕等にとって実は、商品名を決める会議の場は、結構楽しい時間なんですよね!

あー、その気持ちわかります。そんな楽しさが、ユーザーにも伝わるのだと思います。でっ、例の似顔絵はどのよにして?

初期の頃、一時“変な顔”をロゴに加えましたが、あれはSMJ(松本氏がマツモトワックスを立ち上げた会社、今年の独立前まで働いていた会社名)の社長がなにげなく書いた僕の似顔絵だそうです。これも勝手に決められたような具合ですがね(笑)

でもこうした中で、おちゃらけたノリだけのブランドと言う、ネガティブな声が出てきたのも事実です。
そこで次の段階としてやるべき事は、ノリはふざけているように見えても、実際には真面目に商売取り組んでいる姿勢を打ち出す必要性を強く感じまして。
実はネーミングだって、地味な存在だったワックスにも“何これ!?”ってユーザーの目が向くように、意図的に付けた背景もあるわけで。
そうしたネガティブなイメージを払拭する上でも、とにかく現場に出る機会を増やし“親切丁寧に、わかり易く何でも教えます!”と、PR活動を強化していき我々のスピリットを発信していくことに注力しました。
その結果として、今のプロモーション活動の基盤ができあがったような具合です。

これがあれば手軽にマツモトワックス信者になれる。あなたのボードの滑走性能アップ! フサキも愛用のベースワックス。結構、これだけでも滑るんですよ!

そもそも根本的にワックスを売ろう、と思った理由は?

実は、ワックスを売りたいと言う気持ちで始めたわけではないんです。
だって、当時僕をはじめ社内には誰一人ワックスに精通する人間なんていなかったですし。まして同じウィンタースポーツ業界でも、ワックスだけは、なんだか難しい別次元の世界だと思っていましたから。
たまたま伊藤さんが、熱心にアプローチしてきたから、話だけでも聞いてみようと思い。そこで紹介されたのが、この業界にはまずいないタイプの青山さん!
口角泡を飛ばしながら熱くワックスの話を聞かされているうちに、単純に、この人たちとならおもしろい仕事ができるかな・・・と思ったことがそもそものキッカケです。

自分はそんな松本さんの人を見る目が好きなんです。だから、松本さんを慕う人、ひじょうにバラエティにとんでいると思うんですよね。当時、たぶん魅力的に見えなかった自分にSmithをサポートしてくれたこと。一生忘れないですよ。今でもろくなこと報告しないで、ほしいものいただいているし(笑)。

いやあ、そんなことないって(笑)
フサキの活動内容からは、人間愛とフロンティアスピリットに満ち溢れたパワーをいつも感じていましたからね!尊敬しているし、とっても魅力的です(笑)

ありがとうございます。
ところで、最近、武術を始めたようですが、ビジネスにも役立つことありますか?

今習っているのは、打撃・関節・絞め技などを取り入れた、総合系の武術です。
小学生の頃、たまたまテレビで観たブルース・リーの映画がきっかけとなり、強い男に憧れ、中学生の頃は極真空手の創始者である大山倍達氏を生まれて初めての尊敬対象とし、執筆本を読破していたものです。
そんな幼少時代からのルーツもあり、この10年程の格闘技ブームはひじょうに嬉しい限りです。生前のアンディ・フグが活躍していた当時のK-1や、PRIDEにはとてもハマってしまいました。
特にPRIDEなんて、小学生の時テレビにガブリツキで観たアントニオ猪木vsアリや、ウィリー・ウィリアムスたちとの異種格闘技戦、また活字の世界で読んだ大山倍達氏の体験を、リアルタイムに競技として体現してくれている真に夢の世界ですからね!
そりゃ、観ているだけで熱く興奮しますよ!ちなみに先日、無差別級王者となったミルコvs皇帝ヒョードルの再戦を、早く実現してほしいと願っています!

このまま格闘好きの私たちが話すと、格闘技通信誌や紙プロレス誌の原稿になってしまうので、お戻し願いたいのですが・・・。

まあそんな中、自分でもやりたくなってきたんですよね・・・(笑)
と思っていた矢先、たまたま僕の友人の旦那様が、自分の理想を求めて独自の武術流派を創設されているとの話を聞きまして。2年前に稽古を見学に行き、その師範の人間的魅力にもひと目惚れして入門しました。
師範は、ビジネスとして流派を創設したのではなく、武術の真理を、求めたい者に対してのみ教えていく。更には武術の真髄を身に付けることによって、人間力も高めて貰いたいと言う哲学を持っておられる方で、少人数で指導の行き渡る稽古を実践しています。
38歳の僕でも無理なく長く続けられるような稽古プログラムもあり、肉体と精神をバランス良く強化していくことを重視して、自己をコントロール出来る重要性をわかり易く説いてくれます。
ちょうどスターウォーズに喩えると、ヨーダがフォースのパワーに目覚めた戦士に、ジェダイの騎士となる教えを説くみたいなね。
(この後、もうちょっと格闘談話になっておりますが、もう少々のご辛抱を)

例えば、ローキックがツボに入るとマジで痛いんですね。しかも暫く辛い痛みが残るし。さらには関節技を極められると、ほんと耐えられない激ヤバの痛みが走ります。PRIDEのリングで、逆十字極められて一瞬でタップしてしまう選手の事を理解出来ました(笑)
ですからスパーリング中など、たとえ手加減されていたとしても、常に恐怖感も伴うわけで。そんな中でも、自ら踏込む勇気と折れない心を身に着けたいと、きっと今の自分が求めているのかなって思います。
これから先、人間として男としての生き方を探る上でも、とても良いキッカケを与えてくれる世界です。
余談ですが、そんな師範が昨年僕が会社を創った直後に、次の言葉を教えてくれました。
“大海にコップ一杯の水を流し続ける。必ず清い水を求めて、下流から上流に魚がのぼってくる”
この言葉の真意が、今まさに自分がこの仕事において実践していきたい理想なんです。目から鱗が落ちました。

師曰く、回りや立ち塞がるものが大きくても、初心であるコップ一杯の水を流し続けることが即ち企業理念であったり武術の要諦であると思います。
物事を広めることに拘るよりも、深めることに拘ろうと思います。深めた結果として、三角錐の底辺は自然に大きな円になっていく・・・。

なるほど、これでやっとのことで通常のインタビューの話に戻せそうです(笑)。「清い水」という部分で、松本さんがそのような仕事を行う努力を続けている。それは広めるという作業ではなく、深める作業であると。その結果、マツモトワックスの良さを理解した、ショップの方、そしてユーザーの方に浸透していく、ということですね。

決してどちらが良い悪いの話ではなく、今、マツモトワックスが置かれた状況、そして自分たちが持っている力を考えると、より深い浸透を図っていくべきだと考えている次第です。
そりゃ、広く深い商売が出来たら凄いと思うけれど、今の自分たちにとっては到底そんな力はありません。未だ根っこが太く長く育ってもいないのに、見た目だけ立派な樹木にしようとしても風が吹いたら倒れちゃうからね。
深みを追求していくこと、それを継続していった結果として、少しづつでも着実に拡がっていけば良いかなって思います。まさに、コップ一杯の水を流し続けていくように。
これから先10年後20年後と、時の経過とともに確実に大地に根を張り、中味の詰まった樹木に育てることが僕自身の責任ですから。
せっかく何かの縁で、このブランドには自分の名前も付いてますからね。だからこそ長く続けていきたいんですよ!
このブランド、オレの子供みたいなものですから(笑)

なるほど。くれぐれもその子供が不良にならないように、これからも成長していくように見守ってください。そして将来は大輪の花を!最後に松本さんの夢を教えてください。

夢は・・・爺になってもゲレンデに黄色いテント張って、“そこの兄ちゃん姉ちゃん、その板ワックス塗ったらもっと気持ち良く滑れるぞ!ほれ貸してみろ、塗ってやっから”な~んて、世界中で言っていたいかな。(笑)

●インタビュー後記:
ワックスのビジネスとは、どういうものなのか?
今回お話を聞き、その行き着くところは、その発信者である人間性とか、道徳観にあるのではないか、と思えて来た。
ビジネスだから、売り上げをアップさせることは目標とされてしまう。しかし、その目先の数字ばかり見ていると、肝心のことがないがしろになりミスを犯す要因にもなりかねない。例えば、売りたいばかりに過剰なセールス・トークとなる。それが長い目で見たら痛手となるような過ちであったり。
大切なのは、使用するスノーボーダーたちが実際にマツモトワックスを使って、喜んでライディングしていることを想像すること。できるだけ正しいマツモトワックスのかけ方を丁寧に説明していくこと。実際にユーザーにその使用方法を伝えていくこと。一人ひとりの人間に深くマツモトワックスの良さを説明するということ。その結果、大きなビジネスになっていた、ということなのかもしれない。
今回のインタビューで自分はそんなことを考えたし、また本来ビジネスのあり方というのは、すべてにおいて発信者の人間性、道徳観の大切さに左右されるのではいか、と思った。

ワックス=滑るボードを作る、結果、喜びを与える、といういたってシンプルな方程式により、このワックス・ビジネスという市場が、まるで、まるで宗教家が布教するような活動をしていくかのようでもある。それぞれの教祖、さらにはお弟子さんがその良さを伝えていくのだ。これからも松本さんを慕い、そしてマツモトワックスの良さを理解した信者が徐々にだけど確実に広がっていくのだろう。

 

CORE CAMPSヘッド・コーチ/ターナー・モンゴメリー

人生は一度きり!ウィスラーで良い思いでを
CORE CAMPSヘッド・コーチ
ターナー・モンゴメリーからのMessage

昨年度から始まったウィスラーの新レッスン・プログラムのCORE CAMPS。この新しいプログラムは、まだ日本ではそれほど認知されていないが、長年コーチング経験を持つターナー・モンゴメリー氏が始めたもので、その内容はコア(芯)にスノーボードを学べる可能性を秘めている。スノーボードを真剣に学びたい!というスノーボーダーたちへ、ターナーのMessageを伝えよう!

ターナーがスノーボードを始めたきっかけは?

パンク・スキーヤーだった頃。

1990年、まだ僕がパンク・スキーヤーだった時、スノーボーダーを見てとても興味が沸いたんだ。それで早速、バンクーバーのローカル・マウンテンでレンタルして始めた。やってみてすぐにスノーボードの楽しさに虜になってしまったよ。それで、高校卒業したらすぐにウィスラーに篭ってもっとやってみたいと思っていたんだ。
それから3年後、1993年からウィスラーに過ごすようになった。1シーズンくらい過ごして大学に行こうとも考えたけど、実際にはもう13年も住んでいる。スノーボードは、僕にいろいろなことを学ばせてくれたから、大学に行かなかったことを後悔していないよ。そして何よりスノーボードもウィスラーも大好きで、今の仕事ができて本当に感謝している。

プロになったのはいつくらいから?

96年にアメリカのブランドKingpin、そしてカナダのブランドのConceptがスポンサーが付くようになった。そして99年にQuiksilver、それから3シーズン前くらいからPriorスノーボード(カナダのブランド)に乗っている。カナダでは日本みたいに競技プロとかなくて、実力が付いてスポンサードされてお金をもらえるようになってプロになる、って感じだね。

良い写真を残すことでプロのきっかけを作った。

こうしてスポンサーが付くきっかけを作るのは、どのようにするの?

Quiksilverの場合、ポール・モリソン(カナダの大御所スキー・カメラマン)の写真がきっかけになった。彼と一日ずっと撮影した写真をQuiksilverで見てくれて、「よこそ我がチームへ」って言ってくれたんだ。あの一言はとても嬉しかった。それからずっと良い関係を保ち続けている。まるでファミリーの一員になったように。Quiksilverはギアも最高だけど、何よりそこで働く人たちが素晴らしいんだ。
Priorの場合には、ちょっと工場(ウィスラーにある)に用事があって寄った時、たまたま話しをしていたら、スポンサードされることになったんだ。

ターナーはとても長いキャリアを持っているけど、どんなライダーに憧れていた?

クレイグ・ケリー、ジェフ・ブラッシー、ショーン・パーマー、ジェイミー・リン、トッド・リチャード。彼らのスムーズなスタイルに憧れていたんだ。そして、自分もそうなりと思いながら滑っていた。トッド・リチャードは、未だに凄い滑りを披露しているし、とても尊敬している。
あとハードブーツでトゥイークでぶっ飛んでいたダミアン・サンダースとかも凄かったね。

プロになって、いろいろなところにも旅したでしょ?

スコットランド、フランス、あとニュージーランド。日本にはワーキングホリデー・ビザで一年間過ごしたこともたったんだよ。とても良い経験だったなあ。あと日本には、クイックシルバー・ツアーでも何度か訪れているよ。長野、ニセコなどに行き、とても良い思い出となった。


世界中の旅を続けたターナーが最後に行き着いたのがコア・キャンプだった。

それぞれの国で素晴らしいポイントがあったと思うけど、ウィスラーが他のリゾートよりもおもしろいと思うところは?

ともかくたくさんのトレイン(木を伐採したいわゆるスキー場のコースのこと)があるところ。あとトゥリー・ランができること。フランスも大きくて素晴らしいけど、これほどのトゥリー・ランを楽しめない。日本もニセコとかトゥリー・ランが楽しめるところがあるけど、ウィスラーとはちょっと違ったタイプだし、規模も違う。ウィスラーは悪天候でも、トゥリーの中は、穏やな風でパウダー・ライディングを楽しむことができる。トレインとトゥリーランに関しては、ウィスラーは無敵だよ。
そして何よりウィスラーとブラッコムは信じられないくらい大きい! クリフ、シュート(斜度40度以上あるような急斜面)、最高なトゥリーラン、ヒット(コースのあちこちに自然にできた地形でのジャンプ)ランなど。春までずっと楽しませてくれる。世界中のそれぞれの良いところがウィスラーという場所に集まっているようだ。
このウィスラーの良さをコア・キャンプに来てくれた人に伝えたいんだ。上達させることも目的、だけどウィスラーの良さを伝えることも目的なんだ。それもまさにコア(真髄)を伝えたいんだ。僕たちが共有できる時間を大切にして、できる限り深く伝えたいと思っている。そして、ウィスラーで得られた経験をその生徒さんが将来長く胸の中に抱き、良いライフスタイルになれるように願っている。


ウィスラーの魅力を最も知っているターナーが、ウィスラーでコア・キャンプを始めたのは自然の流れだった。

でも、ターナーは元々、そういったコーチングをしていたよね。独立してまでやりたかった、というのはどんな理由から?

たくさん良いアイデアがあったんだ。そしてそれを実行したかったから。例えば、以前のところでは半日滑って、その後クラスでの実習だったんだ。僕は一日山でいっしょに滑っていたかった。
あとフォータブルにしかったんだ。その意味は、余計なところにお金を使わずに、来てくれた方に適切なサービスを適切な価格を提供できるようにしかった、ということ。それは、プログラム自体がチープ(安い)なのではない。サマーキャンプなどで実績を持つレベルの高いコーチがいるし、常にベスト・スポットを探すナビーゲーター(コーチ)がいる。ローカルのアコモデーション(宿)を提供し、ホームステイか共同で借りるアパートなど選べるようになっている。ジムに行くパスの提供、ローカルのバス定期券など、必要なものをプログラムに組み込んでいるけど、無駄のところには経費をかけずに良い値段を提供できるように努力しているんだ。

ターナーがコーチを選ぶ時に考えていることは?

コーチとして経験をしっかりと持っていること。例えば、いくら凄いライダーでも、コーチとして経験がなくて、教えることがうまくなければ意味がない。だから、コーチの技術が長けていることとを基準に、さらに偉大なる才能を持つライダーであることが望ましい。
そして、素晴らしい人柄であること。ジョークなど話リラックスさせてあげて、生徒を楽しますことが上手でないといけない。
それに山をよく知っていること。ウィスラーに長くいて、天候に左右されず良い環境を提供できること。パウダーの日ならここ、そしてパウダーがなくなればあのトゥリーに行けば楽しめるとか、その日のコンディションをしっかりと理解し、生徒がおもいっきり楽しめる環境で上達させてあげることが大切だ。

ターナーはコーチ歴が長いけど、コーチとしてのモラルとかルールのようなものはある?

3つのテーマがある。
1つはFun(楽しむ)こと。滑っている時もそうだけど、リフトに乗っている時もジョークを飛ばして、楽しんでもらえるようにしている。みんなが良い時間を共有できるようにしている。このことはあまり考えなくても自然にできていること。
「安全」は大きなテーマだ。キッカーを作った時、クリフを滑る時、パークに入った時、そしてアイスバーンのコンディションなど、常に安全を考えている。ケガは最悪だ。みんながそのプログラムで最後まで楽しいレッスンができるようにとても気をつけている。そして、そのことはすべてのコーチが認識している。
そして上達させること。ターンの基本を教えたり、新しい技はできるようにサポートしたりする。その生徒さんにとって、常に何か新しいことを提供できるようにしているよ。

昨年スタートしたばかりのプログラムでまだ認知度は低いが、とてもアットホームな雰囲気が伝わるクオリティの高いキャンプだ。

コア・キャンプには、世界中から生徒さんが集まるけど、言葉の壁とかはない?

これはコア・キャンプの良い特徴だと思う。スイス、ドイツ、フランス、そして日本からも。いろいろな国が集まってとても楽しい気分さ。山に来たらスノーボードというのが言葉で、あまり話せないことなど問題にならない。生徒さん同士も様々な国の仲間を楽しんでいるよ。山で話す言葉はそれほど難しくないし。

そうとは言っても、英語が苦手な日本人には話せないことが心配だと思うんだ。まあ、ターナーは日本語もうまいけど他のコーチも含めて、言葉の壁で気をつけていることは?

確かに自分がコーチする時には、いくつかの日本語も織り交ぜながら、伝えることができる。コア・キャンプ全体の言葉の壁という点では、ハンド・ジェスチャーを多様して視覚から理解してもらえるように努めている。また、キーワード(鍵となる言葉)を使って理解してもらえるようにしている。キーワードというのは、だいたい誰でも理解できるものなんだ。
それと、みんなが理解したのか確認するんだ。
「じゃあ、Aさん、これからここで何をするの?どんなことを気をつけてやるの?」
とか。
そして彼らが伝える言葉から、彼らが理解しているかどうか確認するんだ。

結婚式でちょっとオチャメな格好をするターナー。

ところで2010年にオリンピックがウィスラーに来るけど、ターナーはどう考えているの?

ここのとことずっとバンクーバー、ウィスラー間で4車線にするための工事の影響でところどころストップさせられるのは困るけど(笑)。2010年までには素晴らしい道路ができるだろうし・・・。
うん、ぜひ来い!って気持ちだよ。オリンピック期間の2週間ウィスラーがどんな風に見えるのか、とても楽しみだ。とても忙しくなるだろうし、また世界中から人が集まるし、そんな風景がどんなものになるのかなあ、って。それまでにまた新しいコースができて、新しいリフトもできて。すでに認知度の高いウィスラーがさらに世界中にその素晴らしさを伝えるきっかけになるだろう。
コア・キャンプにもいろいろなレベルの生徒さんが来るだろう。スノーボードを趣味として楽しみたい人にも一生懸命コーチするし、またプロを目指す人にもそれ相当のコースで受け止める(注:コア・キャンプにはプロ育成コースもある)。そして、将来オリンピック行ける選手をサポートしていきたい。

ところで結婚おめでとう!結婚により何か変わったことは?
(※ターナーは今年の6月日本人の奥さんと結婚した)

変わったことは何もない。僕たちはずっと最高の関係だし。変わったことと言えば「僕のガールフレンドと紹介していたのが、僕の妻」と紹介するようになったくらいだよ。

最後にメッセージを!

人生が一度きりです。
新しい経験をして、新しい人々との出会いをし、そして楽しむためにあります。
だけど人々は、時々このことを忘れて他のものに集中してしまいがちです。

スノーボード、そしてスノーボードをすることは、純粋な楽しみ。山から受ける素晴らしい気分、仲間と共に新しいことをして、互いをプッシュし合う。 スノーボーダーはスノーボーダーだけが知っている「結び付き」を共有できます。

ウィスラーはスノーボードを経験する世界一良い場所。 山、トレイン、人々、町、、そしてライフスタイルなど本当におもしろいことが待ち受けています。
ある人にとっては、それが人生の中心になるようにスノーボードをすることをとても愛します。

私と他のプロはスノーボーディングに人生を捧げました。そして、ウィスラーにこれから来て楽しみ方へ手助けします。 それが私たちがコア・キャンプを作った理由です。 いっしょにスノーボードをする仲間と共に、好意的なプロの助けの手助けで向上して、ウィスラーのスノーボード・ライフスタイルを経験してください。とても多くの楽しみを持つために! そのことが私たちはとても好きで、提供できるものです。

このメッセージはとても重要なので後日ターナーにメールしてもらった。以下、英語だけどこのキャンプに興味を持った人はぜひ読んでみてください。英語が苦手な人でも何度も繰り返し読むことでターナーの気持ちが伝わって来ると思います。ぜひ最低3度は読んでみてください。ターナーの人柄、そしてなぜdmkがコア・キャンプを応援しているか、わかっていただけると思います。

The message is simple. “You only live once”.
Life is all about new experiences, meeting people and having fun. Sometimes people forget this and get too focused on other things.

Snowboarding and everything about snowboarding is pure fun. It’s such a great feeling to be on the mountains, snowboarding with friends and pushing each other to do new tricks and new things. Snowboarders share a bond that only snowboarders know.

Whistler is the best place in the world to experience snowboarding. It has everything. The mountains, the terrain, the people, the town and the lifestyle is really fun.
Some people love riding so much that they center their lives around it.

I and some other Pros have dedicated our lives to snowboarding and helping other snowboarders have fun in Whistler. That’ s why we created Core Camps. To snowboard together, to improve with the help of friendly Pros, to experience the snowboard lifestyle in Whistler, and to have so much fun ! This is what we offer and we love it.

It’s a simple message, “You only live once”.
Don’t just think about snowboarding, get to the mountains and do it.
Whistler is an amazing place. Check it out. Life is only once.


スノーボードへの情熱はコア・キャンプによってますます高まるターナー。キャンパーと共にこれからもチャレンジを続ける。

ターナー・モンゴメリー
Turner Montgomery

My sponsors are:
Quiksilver Clothing & Eyewear
Prior Snowboards

Stance
23 inches(58.4cm)
Front angle 12
Back angle -6

ウィスラーで本格的にスノーボードを学ぶ
CORE SNOWBOARD CAMPS in Whistler
詳細に関しては、以下のページをご覧ください。
↓↓↓
http://www.dmksnowboard.com/club/corecamp.htm