「look」のか「see」なのか

広告 five  

「look」というのは、物事を集中して見る、という感じである。
「see」というのは、物事を広く見ているような印象の言葉だ。
日本語で言うと、「見る」と「観る」という表現とも言えそうだが、果たしてスノーボーダーは「見る」べきなのか、「観る」べきなのだろうか。

例えば、ボックスに入る時。まずはボックスの乗るポイントを見る。そしてボックスに乗ったらアウトするところを見て、真っ直ぐに進めるようにする。アウトまで来たら、ランディングを見ている。ボックスをストレートに擦る50-50では、このように「3つの見る」が存在する。

しかし、あまり集中して見ようとすると、他の部分がおろそかになって、逆に失敗することもある。緊張のあまり見過ぎて、失敗しちゃったというよう状態だ。

広告

先日、アキくん(平岡)とハウツーの仕事をしていた時も、緊張すると視界が狭くなる、というようなコメントがあった。確かに、何か新しいことをチャレンジする時には、あまりの緊張で周りが見えない、ということがある。そういう時こそ、「観る」方が大切である、と思う。

男女で違うと言ったら、叱られるかもしれないが、だいたい女性の場合には「観る」人が多いのではないだろうか。逆に「見なさ過ぎ」というか。
女性の場合には、なんとなくやるパターンが多いような気がする。
「あそこにボックスがあった。ちょっと入ってみようっと。あっ、バランス崩した。ケツ打ったよ。イテ~、アチャチャ~」
という感じ。

男性の場合には、
「よっしゃ!あそこにボックスがあったぞ。気合入れてボックス進入口をしっかりと見せ、メイクるぜ!」
という感じで、集中力が高いように思われる。

そんなことないよ!とお叱りを受けるかもしれないが、だいたい女性の方が広く物事を見ているのは確かなようだ。それは以前、「読んだ地図を読めない女、話を聞かない男」という本にも書いてあったが、男は「見る」ので、冷蔵庫にある目の前にあるチーズを見つけることができない、と。女性の方が、常にものごとを広く観ている。その分、女性は集中して見ることを苦手とするような傾向がある。

元々、男性は狩りをして獲物を集中して捕る必要があったから、「見る」習性があるのかもしれない。逆に女性は、家庭を守り、幼い子供の様子など絶えず「観る」必要があったので、観ることが得意になったのかもしれない。

まあ、男女に関係なく、これから自分が何かの技を決める時に、あまり根を詰めて見るのは、よくない。もちろん集中力を拡散させて、そのキッカーやレールなどを見ないのもよくない。そのへんのバランスは難しいが、
「オレはいつも見過ぎて失敗しているので、もっと広く観るようにしよう」とか、
「ワタシは、集中して見ていない傾向が強いので、もっと見るようにしよう」とか、
考えればいいと思う。

「look」なのか「see」なのか?
あなたにとって適度な見る(or 観る)感覚をお探しください。

<

広告