
世界最大のスノーリゾート企業、Vail Resorts。
北米を代表するVail、Park City Mountain、そしてカナダのWhistler Blackcombなど、名だたるビッグリゾートを傘下に収める巨大企業だ。
同社が展開するシーズンパス「Epic Pass」は、北米のみならず世界各国の提携リゾートで滑走可能という圧倒的なスケールを誇る。日本でもルスツや白馬エリアとの連携により、グローバルなスキーヤー・スノーボーダーの往来を生み出してきた。
最盛期には、北米スキー人口の約20%がVailのリゾートで滑走しているとも言われ、「実質的な業界支配者」と評される存在となった。
しかし今、そのVailが“客を失っている”というセンセーショナルな指摘が浮上している。
その衝撃的なレポートを報じたのは、アメリカを代表する経済紙The Wall Street Journalだ。
https://www.wsj.com/us-news/vail-resorts-epic-snow-db7feb5b
伸び続けた帝国
Vail Resortsは2010年代後半から積極的な買収戦略を展開。
2010年に約10リゾートだった保有数は、2020年代半ばには40以上へ拡大し、北米最大の寡占企業へと急成長した。
シーズンパス「Epic Pass」の販売枚数も、コロナ禍前には200万枚規模に到達。アーリーバード(早割シーズンパス)という“魔法の呪文”によって、シーズン前に巨額のキャッシュを確保できるこのモデルは、降雪量や天候リスクをヘッジしながら安定収益を生む“勝ちパターン”として機能してきた。
実際、2022年前後には年間売上が約28億ドル規模に達し、営業利益率も業界トップクラスを維持。
「パスを売り切れば勝ち」という構造は、投資家からも高く評価されてきた。
だが、その構造にいま、静かな変化が起きている。

来場者数の減少と顧客満足度の低下
直近シーズン、Vail Resortsの来場者数は前年比で約3%減少した。
一見すると小幅に見えるが、同社の年間来場者数は約1,600万〜1,800万回規模。仮に1,700万回とすれば、3%減は約50万回分の来場消失を意味する。巨大企業にとっては決して軽微とは言えない数字だ。
しかも問題は単なる「天候ブレ」ではない可能性がある点にある。
ピークシーズンの混雑、リフト待ち時間の長期化、駐車場不足。こうした不満がSNSやレビューサイトで顕在化し、「滑走体験の質」が問われ始めている。
かつては「パスを買えば好きなだけ滑れる」という自由さが魅力だったEpic Pass。
しかし利用者が増えすぎたことで、“Unlimited access”が“Unlimited lift lines(終わらないリフト待ち)”になっているという皮肉すら聞かれる。
さらに、1日券価格は一部リゾートで200ドルを超え、日本円に換算すると3万5千円以上となる。
「高価格×混雑」という組み合わせは、顧客の体験価値とのバランスを崩しやすい。
成長を前提としたスケールモデルにおいて、3%減は単なる誤差ではない。
それは、拡大路線の副作用が数字に現れ始めた“シグナル”とも言える。

人件費・インフレ・気候変動
加えて、北米では人件費がここ数年で大きく上昇。
リフト係やパトロール、飲食スタッフの確保が難しくなり、営業制限やサービス縮小が発生するケースもある。
エネルギーコストや保険料も上昇し、利益率を圧迫。
さらに温暖化の影響で、低標高リゾートでは降雪の不安定さが課題となっている。
Vailのビジネスモデルは「規模の経済」によって成立してきたが、規模拡大による固定費の増加は、来場者数がわずかに減るだけでも収益に大きな影響を与える構造になっている。

ローカル文化との摩擦
積極的な買収によって拡大を続けてきたVail Resorts。その一方で、“全国チェーン化”したリゾート運営は、各地のローカルコミュニティとの摩擦も生んでいる。
もともと多くのスキーリゾートは、地元資本や家族経営に近い形で発展してきた歴史を持つ。地域に根ざした文化、常連客との距離感、ローカルライダーやスキーヤーを中心としたコミュニティ――それらが「山の個性」をつくってきた。
しかし大手資本の傘下に入ることで、価格体系や運営方針は本社主導へとシフト。チケット価格は上昇し、1日券が200ドルを超えるケースも出てきた。結果として、地元住民が「気軽に滑れない山」になったと感じる声もある。
さらに深刻なのが住宅問題だ。
人気リゾートでは観光需要の拡大と不動産投資の流入により、住宅価格や家賃が急騰。リフト係やレストランスタッフなど、季節労働者が住居を確保できず、車中泊や長距離通勤を余儀なくされる事例も報告されている。労働力不足はサービス低下につながり、それがまた顧客満足度を押し下げる――そんな悪循環も指摘されている。
一部地域では、こうした変化を揶揄して「Vail化(Vailization)」という言葉まで生まれた。
それは単なる企業名を超え、「大資本によってローカル色が均質化される現象」を指す言葉として使われている。
規模拡大によって利便性や安定性は高まった。しかし同時に、“山の個性”や“コミュニティの温度”が薄れているのではないか――。
成長を続ける巨大リゾートグループにとって、数字には表れにくいこの文化的摩擦こそが、長期的なブランド価値を左右する鍵になるのかもしれない。
それでもVailは沈むのか?
現時点でVail Resortsが経営危機に陥っているわけではない。
依然として数十億ドル規模の売上を維持し、世界最大のポートフォリオを誇る。
だが、
- 来場者数の微減
- 顧客満足度の低下
- 人件費・インフレ圧力
- 気候変動リスク
これらが同時進行する中で、「成長ストーリー」に陰りが見え始めているのは事実だ。
北米スキー人口の約1/5を取り込んだ巨大帝国は、これから“量の拡大”ではなく“体験の質”をどう再設計するのか。
Epic Passモデルは今後も業界標準となるのか、それとも新たなプレイヤーが台頭するのか。
世界最大スノーリゾートグループの次の一手が、北米、そして日本のスノー産業にも波及していくことは間違いない。

