【コラム】スノーボード・マガジンの歴史

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文:飯田房貴

スノーボード界に生きる者にとって、興味深い動画がアップされた。
SNOWBOADER MAGAZINEのクリエイティブ・ディレクター、パット・ブレージス(PAT BRIDGES)氏がスノーボード・マガジンの歴史を語る『Permanent Ink Ep. 1—The History of Snowboarding Media』だ。

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パットさんと共に以下動画で、スノーボード・マガジンの歴史を振り返ろう。

最初にスノーボードが取り上げられたのは、1981に発行されたACTION NOW MAGAINE 。カバーには、今は亡きSIMS SNOWBOARDSの創始者トム・シムスが登場した。

また、同年に1冊だけだが、スノーボード雑誌としてSNOWBOADER MAGAZINEがリリースしたそうだ。しかし、この雑誌は現在あるSNOWBOADER MAGAZINEとは違うそうで、北カリフォルニアで発行されたとのこと。

ここまでの2冊が、スノーボードの「取り上げ」と「単発モノ」だったが、季刊誌として最初に登場したのが、INTERNATIONL SNOWBOARD MAGAZINE。
さらに、スノーボードというカルチャーを大々的に広げることに成功したのは、スケートなどを扱っていたTHRASHERだ。「スラッシャー」は、今でもよく耳にする言葉で、横ノリストに取ってバイブル的な響きがある。

そして、現在の流れも汲む2大専門誌が1987年に誕生する。お馴染みTRANSWORLD SNOWBOARDING、そして今もパットさんが在籍するSNOWBOARDER MAGAZINEだ。

現在、アメリカではこの2大誌の影響力が高く、このアメリカ発の雑誌は世界にも影響を及ぼしている。

日本でのスノーボード・マガジンの歴史

ちなみに日本では、どうだったのだろう?
確か、1986年にFINE誌がスノーボードを「スノーサーフィン」という形で取り上げたのが最初だったと思う。
さらに87年か88年にOLIIEというスノーボード専門誌があった。こちらは2冊で終わった記憶があるが、80年代によく映画館で売られていたシネマブックのように薄い雑誌だった。

89年にスノースタイル誌が単発(ムック本)として発行して、その後90年にスノーイング誌が季刊誌として6冊ほど出した。(※記憶が確かでないので、その一年前後に誤りがある可能性も。)
だけど、そのスノーイング誌は、強引に(?)季刊誌として6冊も発行したため、内容が弱かった。そこでカナダから自分が手紙を出して「何かお手伝いたい!」と連絡。その後、僕はスノーイング誌で編集助手のような仕事をするようになった。思えば、あれが専門誌と自分をつなぐきっかけだった。

90年初期の方に、スノーボード・バブルが発生するように日本版トランス誌ができて、後のスノーボード専門誌の国内リーダー的のような専門誌になる。

またスキー系出版社からもスノーボード専門誌が登場する。
スノーボード・ニッポン誌(スキージャーナル社)、スノーボード誌(山と渓谷社)、ボドレップ(※後のスノーボーダー誌で事業之日本社)、あとは双葉社のスノーボードはじめてBOOKとスノーボード3年目BOOK(※ブラボースキー編集)。

その後にフリーラン誌も登場し、近年までスノーボーダーに影響を残る専門誌として生き残っている。
現在はムック本的なガールズ誌や、書店では販売しない形の専門誌バックサイドマガジンなどもある。

しかし、ご存知のように、現在はスノーボード専門誌はあまり書店やコンビニで見かけなくなった。
ハウツーや最新ギアの情報は、ネットや動画の方がわかりやすくしかも早くリリースできるし、専門誌らしい本当に良いコンテンツを作るというのは骨を折る作業だ。
これからのスノーボード専門誌は、業界を応援できる力があるスノーボード・カンパニーにお金を出してもらい、また数少ない真のプロフェッショナルな編集者の力によってわずかながら生き残って行くのかもしれない。

おそらく専門誌は、どんどんコアになる方向で、スノーボードをよく知る者を満足させるような内容になっていくのだろう。逆にウェブや動画の方はより一般層にスノーボードの魅力を伝えたり、ハウツーなどサポートする情報メディアになるように思う。

専門誌という方向では、ナンバー誌にようにレベルの高いスポーツ専門誌から一発モノとしてリリースしてもらうのもおもしろいと思う。

パットさんのように、アメリカにはスノーボードの歴史を知る方が今でも活躍し、スノーボード・カルチャーを継承している。日本でもそういった歴史を知る方が、スノーボードの素晴らしい文化を伝えていってほしい。自分も陰ながら、その一員となれればと思う。

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