フサキのソルトレイク・スノーバード ライディング紀行

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意外に出不精の僕は、北米の山はウィスラー以外、ほとんど知りません。しかし、今回、NOMISのセールス・ミーティングでアメリカ・プロ・スノーボーダーの宝庫ソルトレイクに行くことができました。さすがライダーの宝庫というだけあって、別に約束もしていないのにアーロン・ビットナーに遭遇したり、またランチを食べている時、外を見ていたらマーク・フランク・モントーヤもいたり。その他、いろいろなライダーもいて。もちろん、シモンも来ていましたよ!
今回はそんなライダーたちと楽しく滑ったことや、日本から来た相棒ムラッチョの奮戦記、さらには今回目的であったNOMISのセールス・ミーティングのことなど、ご紹介しようと思います。
結構、みなさんの知らないスノーボード界のお話もあるかと思うので、ぜひ読んでみてくださいね!

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プロローグ

ソルトレイクシティ(Salt Lake City)というのは、アメリカユタ州の州都。ロッキー山脈の西部に位置する州の北部に位置し、周辺には雪質の良いスキー場を多数有しています。2002年には冬季オリンピックを開催したことでも有名ですね。アーロン曰く「夏はあまりやすことがない」ということだけど、なんと周辺には11個ものスキー場があるとか。

今回、僕が行ったのはスノーバード(Snowbird)です。ガイドブックには空港から最も近いスキー場で車で30分と書いてあったけど、実際には40分以上50分近く掛かりました。ソルトレイクというと五輪開催場にもなったパークシティ(Park City)というイメージがあり、そこにショーン・ホワイトとかハンナ・テーターとか五輪金メダリストなどが、たむろしちゃっているのかな!?と勝手にセレブなリゾートも想像しちゃったりなんかするけど、スノーバードというのは何かちょっと田舎っぽいリゾートのような感じがしました。

というのも、ここのゲレンデにはリフトがあまりないようだし(注:確かなことはわからないけど、3、4本か?)、基本的に僕が行った時期には、長いゴンドラ一本のみで遊ぶような感じ。パークもあるらしいけど、この時期はありませんでした。

その長いゴンドラだけど、なんと100人乗りのデカ物! 所要時間は10分程度。朝一番は結構、空いているけど、午前10時ぐらいから人がどんどん来て、ゴンドラはギューギューの満員になってしまうのです。このギューギュー、以前、僕がよく利用していた総武線と同じほどの混み具合。つまりスノーボードを持って、平井からお茶の水までずっと満員電車に揺られているような感じです。

いざ初日!

初日。午前中は、みんなでスノーボード時間です。
今回のセールスミーティングは、NOMISを動かしているブランドベースという会社の社長のジョンさんという方のお招きで来ました。そのジョンさんいきなりリスト券を渡す時、哲学めいたことをコメントしました。
「思い出は人生で最も大切なもの。滑って来なさい!」
ジョンさんの持つ独特な迫力に僕が押されるように「はい。チケットありがとう」と言いました。

ところでこのジョンさん、韓国のディストリビューター(代理店)のショーン曰く「ビジネスの天才」だとか。確かにジョンさんは、様々なブランドにお金を出資し、コントロールして、ブランドを成長させているようです。最近ではテックナインにマーク・フランク・モントーヤを入れて、さらに新ウェアー・ブランドも立ち上げる動きをするなどしています。その他、NOMISはもちろんフットウェアーや水着など、様々なブランドを動かし、ブランドの価値を上げることを生業としているようです。会った印象は、かなりやり手、という感じでした。

最初に山を案内してくれたテックナインのマーク。

話を戻して、初日のライディングの話を。
僕は、ここスノーバードで毎日シモンといっしょに滑り、撮影することを楽しみにしていました。しかし、この日の朝、シモンが見つかりません。だけど、各国のNOMIS代理店の方などいたし、またテックナインのライダーのマーク(Mark Edlund)というのがいたので、彼の案内で滑ることになりました。

なんかみんなテンション高かったので、一発目から凄いとか行きそうな予感していたのですが、やっぱり行っちゃいました(笑)。迂回コースから反れて、いきなりバックカントリーっぽいところに行ったのです。僕は、相棒のムラッチョがいたので、心配でした。ムラッチョは、10月に綿谷くんの室内キャンプで行ったぐらいで、実質初滑りだったし。しかも、日本から来たムラッチョは、昨夜サンフラシスコ径由の便が遅れるハプニングもあり、10時間以上もの長旅でソルトレイク入に入り、だったのです。ベスト・コンディションとは程遠い状況です。

グルーミング(圧雪)されていないコースは、この時期、岩も多いし危なさそうです。僕は、山の地形を見て、彼らがこれから滑って来そうなところを判断し、先回りするようなコースを選択しました。残念ながら、みんなを見失ったけど、案の定、安全なコースを取った僕たちの方が滑り降りて来るのが早かった。最初に乗ったゴンドラステーションのところで待っていたら、次々にみんなが降りて来ます。一部、雪ダルマになっている人もいました(笑)。ヨーロッパなど世界各国からやって来たディスリビューターたちは、いきなり朝一本目から試練だったに違いありません。「ボードのベースがやられた」という人もいて、やはり過酷な一本であったことが想像できます。だけど、なんだかみんな楽しそうな笑顔。

シモンもいないし、2本目も僕とムラッチョは自分たちのペースで行くことに決めました。山頂で記念撮影もして。ところが、どうも最初、みんなが行ったパウダー・コースが気になります。岩とか出ていそうな感じもあるけど、行ってみたい。だけど、ムラッチョ大丈夫か、心配。ところが、そのムラッチョがとても行きたそうな目をしています。ちょっと不安もあったけど、僕たちは勇気を出してトラバースして、そのコースへのアクセス開始しました。すると、ビックリ! パウダー・コースがあったのです。確かに一部、岩とかありそうだけど、かなりおいしい感じ。道理で、みんな充実した笑顔のわけだ。

僕とムラッチョはこのおいしいパウダーをいただきました。ムラッチョは、初滑りでいきなりビッグマウンテンのパウダーで、かなり夢心地のよう。

ところでこのスノーバード、雪が軽いです! ソルトレイクというところは、ウィスラーよりもずっと南に位置するけど、高度も高いようで雪が軽いのです。NOMISデザイナーのジョーダンが「標高が高いので、ちょっと息苦しい」とも言ってました。普段、ウィスラーを滑っている人が言うのだから、確かに空気が薄いのかもしれません。僕はまったく気づかなかったですが。

かなり気持ち良さそうにパウダーを攻め始めたムラッチョだけど・・・ 嗚呼、一番のシャッター・ポイントで撃沈してくれました。さすがに普段dmkクラブでお笑いのツボを鍛えているだけのことはあります。

アーロン・ビットナー

2本滑った後、ゴンドラ乗り場のところに、あきらかにプロ・ライダーのオーダーを出している奴を発見しました! 「あっ、アーロンっぽい!?」
この夏、キャンプ・オブ・チャンピオンで見たから、間違いありません。あの時は、DC軍団に囲まれて声を掛けれなかったけど、今回はチャンス!
僕は、「やあ、アーロン!」と、こちらのアメリカ人風に気軽に声を掛けて、話し始めました。

なんとアーロン・ビットナーに山を安心してもらうことに!

「僕の友達のハジメってのが、アーロンのこと凄い尊敬しているんだよ。アーロンは世界で一番50-50がうまいって」
アーロン、とても嬉しそうです。きっと、かなり安定したスタイルを出すために練習して来たのでしょう。このシンプルな技に、相当、磨きをかけて来たようです。これまでに練習して来たことなど、話し始めました。

そして、気を良くしたアーロンは「僕が案内してあげるよ」という感じで、その場にいた友達を無視するかのように、僕とムラッチョといっしょにゴンドラに乗りました。その時、アーロンは先週、マックダグで撮影したことを話を始めました。なんとその場で自分で撮影したデジカメの映像も見せてくれたのです。

「うわあ、この車からの追いかけ、カッコいい!誰?アーロンかい?」
「違うよ、だって僕が撮影したんだもん。これはジェレミーだよ」
「へえ、凄え~」

その映像を見てかなりビックリしていたムラッチョ。しかし、ムラッチョはあまりプロ・ライダーの名前を知らないので、ジェレミーがどんなライダーなのか、わかっていなかったと思います(笑)。

「JPもいっしょだったよ。彼はステップに乗っていたよ」
「ワーオ、そうなんだ!」

アーロンは、来季ディケード10周年となるダブル・ディケードの話をしてくれたのです!

ところで、アーロンがこの自分のデジカメを見せてくれていた時、ボードはまったく知らない人の背中に立てかけてありました。ゴンドラの中では、混んでいるのでこのような技はあたり前のようです。

ジバーのイメージが強いアーロンだけど、やっぱポコジャンもうまかった!

さあ、いよいよアーロンと滑ることになりました。
相棒のムラッチョが付いて来れるのか、心配です。アーロンに「あまり難しいコース行くとヨシ(注:ムラッチョの本名)が付いて来れないよ」
と言うと、「心配しないで」とやさしいアーロン。

アーロンは迂回コースを流し、時より迂回から外れるようにジャンプして遊んでいました。完全にここのローカルということがわかります。細かいヒッツ・ポイントも知っています。さすが世界で一番50-50がうまいと呼ばれる男、超安定しています。しかし、結構、細かいところで攻めて転がっています。シモンや忠くんもそうだけど、よく攻めて転びます。うまいライダーというのは、常に適度に攻めて転がっているものなんですね。

アーロンがあまりにもカッコいいので、滑りの写真を撮らせてもらうことになりました。
アーロンは時よりポイントで待ってくれたりして、撮影に協力してくれました。マックダグで撮影しているアーロンにとって、かなりほんわかモードの撮影だったに違いないでしょうが、僕の方は「こんなうまい話はない!」ってわけで、結構必死でした。何よりほとんど滑りながら、撮ったものだから大変だったのです。
きっと今、アーロンのこのような普段着のライディングを撮影する者など、世界中で僕しかいないでしょう。だって、撮影しているのは、ゲレンデのポコジャンなんだから(笑)。だけどお陰で、いつもアーロンがやっている自然なジャンプの写真を収めることができました。

お昼までいっしょに滑り、僕はお礼に「飯をおごるよ」と言っていました。もちろん支払いはムラッチョ持ちですが(笑)。

この時、アーロンは、ここスノーバードで4年間ピザ屋やオークリー店で働いていたことなど話してくれました。また、かなり練習している、ということも語っていました。すべてのトップ・ライダーが、ハードな練習によりそこまで到達できた、ということは理解しているけど、こうして聞くと改めて「そうなんだ」と、関心してしまいます。アーロンは、3人兄弟で一番上の兄貴で。弟の面倒を見たり、結構、苦労人のような感じもしました。テックナインから出てしまったことは、やや引け目そうな印象を受けました。冗談で「彼らはオレを殺すよ」とも言っていたし。
だけど、プロである以上、喰っていかなくてはならない。もしかしたら、気のやさしいアーロンは、弟たちの学費まで稼いでいたりして!? 考え過ぎか。でも、サポート面が強力なところに移ることも理解できます。

ランチをほぼ食べ終わった後、僕は窓の外にマーク・フランク・モントーヤのような人を発見しました。「うわ、あれMFMみたい」と言うと、アーロンは一目散にレストランを出て走っていきました。

「うわあ、やっぱりそうだよ。アーロンとモントーヤ話している。なんかモントーヤ親分っぽいなあ」
「マーク・フランクって、かなり有名なんじゃない」
「あたり前だよ!そんなことも知らないのかい、ムラッチョは。超ビッグなライダーだよ」
「スッゲえなあ」

ワーオ、MFMまで来ちゃったよ。

と、まあ、僕たちの会話は、ほぼ素人レベルです(笑)。
すると、二人はなんとレストランに近づいて来ました。
「うわっ、ヤベ、来ちゃうよ。」「マジで」

レストランに入ると、アーロンはモントーヤに、僕とムラッチョを紹介してくれました。まるで「僕たちこのおじさんに飯をおごってもらったんだよ」と言う感じです。そして、モントーヤは「ウチの若いもんの面倒を見てくれて、ありがとうよ」という感じでした。ワーオ、まさにロック・スターのようなオーラが出ていました。

ところで、海外で握手をする時、スノーボーダーの間では、パーで軽くタッチして、その後、グーをぶつけ合ったりする挨拶あるのだけど、知っていますか?
北米の若造たちは、ほとんどこの方式で、最近はさらに複雑した、挨拶タッチがあります。僕は、この手の挨拶が、未だに苦手で・・・。もちろんムラッチョなど、そんなご挨拶方法があるなんで知るハズもなく、モントーヤが自然にパー・タッチでグーしようとしているのに、かなり無理矢理な感じで握手するのは笑えましたね。おお、まさに日本のおじさんって感じのオーラを放ってました(笑)。

モントーヤは、レストランで、アーロンの残してあったポテトフライをガツガツ食べ始めました。
そして、僕はモントーヤに、テックナインの契約のことなど聞きました。
いろいろ話してくれたけど、ここでは明かせられないこともあります。
ナイトロから出ることは聞いていたし、テックナインと契約していたことも聞いていたけど、このように直接取材ができて光栄でした。これも、まさにやさしいアーロン気配りがあったからですね。この日は、本当にアーロンに素敵な思い出をもらったような一日でした。今度はぜひしっかりと雑誌のハウツーなどで、アーロンと撮影したいなあ、と思いました。

ps
ところでこの夜、僕たちはパーティでもモントーヤに会いました。その時、モントーヤは、女の子に囲まれていて。そこで一人のイケイケ姉ちゃんからキス攻撃を受けていました。モントーヤはここでもロックスターでした(笑)。


2日目はシモンと
 

今日こそシモンといっしょに滑りたい!という気持ちです。ここでシモンと撮影したい!という気持ちが強かったし。シモンには朝食の時に、「いっしょに滑るぞ」ということを伝えました。しかし、このミーティングに来ている関係者60名ほど、ほとんどの人がシモンといっしょに滑りたいに違いありません。だから、どれほどいっしょに滑ることができるのか、また撮影できるのか、疑問ですが。
 
実際にいっしょに滑った人数は10名ほど。シモンの双子の兄アンドレもいっしょです。
 
シモンは、アーロンと違ってローカルでないので、もう1つ山の攻め方がわからないようです。しかし、僕たちクルーは一番うまいシモンに付いていかないわけにはいきません。
僕たちは、かなり凸凹の激しいコースに連れて行かれて一苦労させられました。カメラを持って撮影しながら滑っている僕には、さらにもう一苦労加わります。しかし、そこはスノーボード歴22年のライダー。こんなことではへこたれません。シモンをピッタリとマークして滑ります。
 
ここの山は、急に日向から日陰になるので、露出などの設定が目まぐるしく変わります。ホワイトバランスまでも滑りながら合わせるでの大変でした。しかし、結局、苦労した割りには素材が残っていなくて。まあ、しっかりと撮影する、と決めた撮影でないとうまくいかないのだけど・・・、残念。編集ディレクターのアキにまた、叱られそうです。
 
相棒のムラッチョが、この日、どこまでシモンに付いて来て滑っていたか忘れちゃったけど、とりあえずジャパン代表ムラッチョが、シモンといっしょに初めて滑る記念日だったのかな、と思います。
 
 
NOMISセールスミーティング
 
さあ、いよいよ僕たちのメインイベントがやって来ました。セールスミーティングです。
このためにここにやって来た!と言ってもよいでしょう。かなり気合です。僕とムラッチョはど真ん中の最前列に陣取りました。しかも、僕はビデオカメラも持っています。60分テープも5本あり、これなら充分に全ミーティングが撮影できるでしょう。
 

初期のフーディを見せながらNOMISの歴史を語ったマット代表。

壇上にNOMIS代表取締役のマットが上がり、まずはNOMISの歴史から話し始めました。

現在もいっしょに仕事しているデザイナーたちが、ウィスラーの同じスーパーマーケットで働いていたことなど語り始めました。
そして、本気でこれを仕事にするきっかけになったのは、ここに座っているフサキの友人ハジメの一言だった、ということを語り始めました。
 
最初、友達にTシャツなどを販売していたNOMISが、きちんと会社としてやっていこう、と思ったのは、ここにいるフサキの友達であるハジメの一言だったんだ。ハジメが、日本にもNOMISを紹介したい、と言ってくれた。販売する数も増えたら、スタッフにも給料を払うことができ、会社としてこの仕事ができると思ったんだ」
と、語り始めたのです。
 
さらに、マットは「フサキは、まだこんなモノしか作れなかったNOMISの初期時代、シモンと撮影して雑誌で8ページも紹介してくれたんだ」ということもスピーチしました。

60人以上も世界のNOMIS関係者が集まるセールスミーティングでハジメのこと、そして自分の名前を出してくれたことは超感動でした。

この時、相棒のムラッチョが何を考えていたか、わかりません。英語がよくわからないムラッチョは「なんで、フサキやハジメの名前が出たんだ」と疑問符だったでしょう。
しかし、僕はマットの律儀な性格に感動してました。マットの誠実そうなスピーチは、人々を魅了する力が強く、心を打つものがあったのです。ちょっと涙もこぼれそうなほど、感動していたのです。

ちなみにこの後のミーティングでも、何人かの方から声を掛けられました。フサキはNOMISをビジネス化にしたきっかけの人物、またNOMIS初期時代からの重要な人物だと思われたのです。最初にこのきっかけを与えたのはハジメなんだけど、何やら他の国のディストリビューターは僕がその人物だと勘違いしたようです。なんだかハジメの手柄まで僕が取ってしまったようです。
また、最初にNOMISを日本に入れたのもRSSさんという会社なんだけど、それも僕の会社でやったような錯覚を与えてしまったようです。
しかし、この尊敬の眼差しのようなものを受け続けていたら、あまりにも気持ち良くて、そのまま思われるようにしておいちゃいました。しかも自分の会社でもなく、ムラッチョの会社なのだけど(笑)。
 

ところでこのNOMISセールスミーティングは、午後1時から始まったのだけど、何時に終わったと思いますか?
なんと、夕食の時間にも終わらなくて、一度、夕食を取りに行き、なんと夜11時まで掛かったのです。本当はアウトウェアーもあったのだけど、それは明日に回されました。

NOMISの来年度の秋冬モデルは、それぐらいラインナップが増えたのです。早くこの斬新でポップなNOMISのデザインを、みなさんにお見せできたらなあ、と思います。来年NOMISは、さらに新化を遂げるので楽しみに待っていてください!

シモンとの思い出ラン
 
3日目、昨日に引き続きシモンといっしょに滑りました。
この日は、韓国のショーンというのもいっしょでした。ショーンは今年から韓国でNOMISのディストリビューターを行います。このセールスミーティングの期間中は、何かと僕たちに絡んできました。一人で来たので寂しかったのでしょう。夕食や飲み、さらにはジャクジまでともかくいっしょに行こう、と声を掛けて来ました。お陰で僕たちは、とても仲良くなりました。あまりにも仲良くしていたので、一部の国のディストリビューターの方は、僕とショーンがいっしょにビジネスをしているように見えたかもしれません。
 
さて、そのショーンもいっしょに滑るということになり、僕は「任せておいて。案内してあげるから」と言っていました。ところが、3日目もシモンが過激なラインで攻めたので、ショーンは追いつくことができません。最初の一本はムラッチョといっしょに付いて来たようですが。
 

思い出のシモンとのパウダー・セッション!

僕はこの日、カメラのスチール撮影です。ビデオのカメラよりも写真のカメラの方が軽装ってことで、かなり動きも良くなりました。2本目は、裏山の方に行くことになり、「あれ、ショーンとムラッチョ、どこに行ったのだろう?」と思いつつも、シモンたちといっしょに滑りました。デレック・デニソンも合流し、最高のセッションです。シモンも僕のことを乗らせてくれます。パウダーを攻める僕に対して、「イエー、フサキー!」と大きな声を掛けてくれるのです。このシモンの声を聞くと、かなりノリノリになりますね。いつも以上に攻めてしまいます。お陰でパウダーに隠れていた岩をガッツリと踏んでしまったけど(笑)。楽しかったなあ。

 
また、この日も昨日と似たようなメンバーと滑り、長兄マットもいっしょだったのですが、一本だけ僕とシモンが二人で違うコースに行くことになりました。シモンは、誰も行っていないところを攻めるのが好きなのです。僕は常にシモンに付いて行った結果、一本だけだけどシモンといっしょにパウダーを攻めました。
 
シモンと会ったのは、かれこれもう5年も前でしょうか。しかし、こうして二人でいっしょに滑るというのは、意外になかったです。いつも僕はシモンの撮影で上がっていたし、そういうモードだったし。しかし、この日はカメラを持っているとはいえ、いっしょに滑った、という感じでした。今、振り返ればとても貴重な時間だったと思います。シモンが僕に対して、どう思っているのかわからないけど、僕はシモンを尊敬しているし、大好きだし、こうしてパウダーセッションをできたことをとても嬉しく思います。リフト乗り場で近くて、バイタミンジブで学んだグラトリもシモンの前で披露できたし、何だか良い思い出になりました。
 
山を降りると、ちょっとぶんむくれているショーンがいました。「フサキ、面倒見てくれるって言ったじゃないか」と。
「ゴメン、ゴメン。シモンを追いかけて行ったら、裏山に行って・・・。」
「明日こそいっしょに滑ろうよ」
「わかったよ」
 
 

NOMISという合言葉で国際的なミーティングができました!

この日は、NOMISのアウトウェアーのミーティングがありました。

ウェアーはNOMISらしい、かなり斬新なデザインです。まだアイテム数は少ないですが、確実に人気が出そうな気配です。
 
夜、夕食、飲んで、そしてショーン、ムラッチョといっしょに屋上のスパ(ジャクジ)に行きました。
外のプールが気持ちよかったなあ。
しかし、あまりにも気持ち良過ぎて、ややボケボケとなっていた僕は、誤って女性の更衣室に入っていました。入った時には気付かなくて、一人でしばらく更衣室の中にあるサウナにずっと入っていたのです。しかし、サウナから出ると、なぜか女の人がいて、唖然! まさに「ワー!」って感じで、驚いて「ゴメン!」と言ってました。だだけど、その女性は、やさしくて「夜遅いし、私以外には二人しかいないよ。安心して」と言ってくれました。とりあえずサウナから出た時、フルチンでなくタオルを巻いていただけでも良かったあ。
 
と、まあちょっしたハプニングがあった日になりました。
ファイナル
朝早くから。というか、昨晩からずっと相棒ムラッチョがガチャガチャと忙しく動いていました。まだ朝4時です。しかし、ムラッチョはこの日の朝、日本に帰るのです。かなり眠たかったけど、頑張って起きて見送りしました。
そして、その後、また部屋に戻って一眠り。
 
この日はショーンといっしょにスノーボードをする約束だったけど、ショーンが突然、家庭の事情でロスに行くことになりキャンセル。ということで、NOMISのデザイナーのジョーダンとジャクジしたり、また部屋でたまりにたまったメールと格闘したり。
夜は、パーティに行き、楽しんで。
いつもいっしょにいたムラッチョがいなくて、またこの期間で仲良くなったショーンもいなくなって、何だか寂しい感じもしたけど、逆に新しい仲間ができたり。それはそれで良い経験になりました。
 
これからNOMISのアウトウェアーは、マニューバーラインさんが行うことになります。それで、日本から鈴木さんとティムも来ました。マニューバーの鈴木さんともこの期間、短かったけどいっしょに飲んだり、話すことができて、良かったです。
 
また、世界のNOMISのチームと毎日いっしょに食事をとり、またいっしょに滑り、本当に良い経験をさせてもらいました。
NOMIS本社の人たちとも改めて、いろいろなことを話すことができたし、とても良いセールスミーティングだったと思います。
 
世界のディストビューターと話して、一ブランドだけをやっているのはかなり珍しいということも改めてわかったけど、これからもNOMISの仕事をできることを誇りに持ち、多くの人にNOMISの素晴らしさを伝えたいと思う、旅でした。
楽しい思い出ありがとう、スノーバード。また、来年も帰って来るぞー!

 


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