フサキのカナダ・ブラッコム大会観戦記

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オレは見た!誰も知らないワールドカップの裏舞台
フサキの勝手にカナダ・ブラッコム大会観戦記

歴史的なメダルラッシュでスノーボード界に良い風が吹き込んだ今回のワールドカップ。新聞、テレビ、そして専門誌でも今回の模様は紹介される。オレもSnowBoarder誌の撮影で岩田さんと共に取材を続けた。オレたちが取材した内容は、岩田さんの文章を通してSnowBoarder誌に紹介される。
今回の特集では、一般的にあまり知られることがないような大会の裏舞台を2つ紹介したい。
成田童夢の涙の背景と、中井孝治の勝負魂の話だ。
そして最後に五輪内定に関する、オレの勝手な意見を述べさせていただく。

Story & Photo: Fusaki IIDA

Special Thanks: Katumi IWATA and Takumi
今回、岩田さんとの共同取材を通して、改めに選手の見方、技や得点の付け方に対する認知度、そして大会背景にある裏事情などの知識を得ました。この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました!
※この大会の全体のストーリーは岩田さんが執筆するSnowBoarder誌に掲載。そのアーティクルに敬意を現し、ここでは主に雑誌には載せることができなかった写真を掲載します。さらにカッコいい選手の写真は、ぜひ1月6日発売のSnowBoarder誌をご覧ください。国母和宏のマックのシークエンス、成田童夢のカッコいい写真、そして女子優勝の中島志保の鮮やかなメソッド・エアーなど必見。
そして、日本人選手や上位選手のルーティーンをビデオ撮影し、チェックしてくれたタクミへ、ありがとう!
岩田さん
タクミ

成田童夢の涙の意味

成田童夢は優勝した時に、涙を流した。
その涙の意味には、どんな舞台裏があったのか。

童夢がキスマークと契約し、本格的にワールドカップに参戦したのは2002-2003年シーズンから。その年いきなりワールドカップウイスラー大会での初優勝の後、2003年ストーンハム大会で第3位に入っている。この年のワールドカップ世界ランキングは見事に3位で、この時点ではオリンピック代表最右翼の候補だ。
2003-2004年シーズンも大会で上位に入る活躍を見せ続け、ワールドカップ世界ランキング4位となった。 このままの調子で行けば、間違いなくオリンピック日本代表だった。
しかし、2005年ワールドカップ第2戦となったイタリア・バルドネッキア大会で第3位の後、大会トレーニング中に靭帯を損傷し、以降のワールドカップ出場を断念。
さらに童夢を悩ませたのは、一連のニュース報道であったスポンサー問題と父親との決別。
9月までにスポンサーが決まらなければ、オリンピック選考選手から外れるということ、また長年コーチングを行った父親と確執があり決別するということも起きた。
そんなゴタゴタの中、9月にはスポンサー問題も解決し、晴れてキスマークと再契約。さらに10月のスイスのワールドカップでは5位に入った。しかし、國母が優勝し五輪内定が決まる中、2002-2003年シーズンから五輪出場を夢見る童夢には、まだ内定の通知は来なかった。

童夢にとってスノーボードを始めた時からトレーニングをして来たブラッコムは、最も愛称の良い地。そして見事にワールドカップで初優勝を決めた記念すべき場所でもあった。今年12月20日までに内定を決めたいSAJ連盟の事情も絡み、このブラッコム大会で是が非でも優勝して内定を決めたいという状況だった。 そして今回のブラッコム大会は続けて2戦もあり(注:雪不足などの状況によりカナダ東で行う大会がブラッコムにやって来た)、童夢にとって大きなチャンスであった。

そんなブラッコム大会に挑んだ童夢。
1戦目決勝ラストの1本目では、フロントサイドでロデオ720、キャブ1080まで決めたが、3発目のフロントサイド720でミスして転倒してしまった。
勝つためには、なんとしても2本目でスーパーランを見せるしかない。童夢は果敢に攻めて、ロデオ720、キャブ1080を鮮やかに決めた。しかし、着地の時に、ややボードがフォールラインに流れてしまった。4発目に、見事にフロントサイド720、キャブ720を決めたが、最後にライン超えてからインディを決めることになってしまった。キャブ1080からボードが流れて、5発目の技を残せない結果となってしまったのだ。

ジャッジングの1つの目安として、バリエーションというのがあるのだが、童夢は最後のベーシックなストレート技インディが入らなかったことになる。スピンをしない基本技を標準技と呼んでいるが、それがラインを超えて決めただけにカウントされなかったのだ。回転技の他に標準技を入れることができずに大幅な減点となったのだ。

この後に滑った國母は、マックツイスト、フロントサイド720、キャブ720、フロントサイド900、そして最後に標準技のトゥイークを決めて、見事にスイス大会に続いて2戦連続優勝を決めた。五輪内定をすでに決めている國母が改めてその実力を発揮したのだ。

この時、この大会を見ていた多くの人は「もし、童夢の2本目のインディがフィニッシュラインを過ぎていなかったら、どちらが勝ったかわからない」と感じた。そして童夢が優勝していたら、五輪内定となったのは間違いなかった。この時にオレは、童夢は低いポイントながら予選ギリギリで決勝に行った幸運のツケがきてしまったな、と感じた。だから、明日の2戦目はイーブンな状態で挑めるのだろう、と思っていた。

2戦目超気合で望んだ童夢は、ドロップインの時のテンションが高かった。両手を煽るようにして観客を沸かすパフォーマンスがいつも以上にも派手に映った。そんな中、予選ヒート1の1本目では39.3ポイントを出し、予選ヒート1中2位、全体では5位で決勝に上がった。

決勝1本目は、ロデオ720、キャブ1080まで決めたが、またしてもフロントサイド720でミスしてしまった。昨日のブラッコム1戦目の1本目と同じ結果である。五輪出場枠を巡る童夢のライバル村上大輔は予選でトップに入る素晴らしいラン。さらに弟の史行は、フロントサイドで超特大のインディを決めると、バックサイドでメランコリー、軸ズレのフロントサイド720、スイッチロデオ720、フロントサイド720で、見事に41.5ポイントを獲得し優勝に王手を賭けた。

この時点で、もし2本目で誰も村上史行の高いポイントを超えることができなければ、村上史行が優勝という状況であった。そして、童夢にとってはこの2本目で決めることができなければ、優勝もないし、五輪内定もない、という苦しい状況だった。

普通、オレは大会取材では最後の2本目では、ゴールエリアにいるようにしている。というのも優勝した感動したシーンを間近で見たいと思うからだ。しかし、2本目の童夢は、1本目のスコアに7位という順位により、3番目スタート(注:1本目の順位をリバースした順位で滑走するルール)だったから、童夢のスタート前の様子を見てから、ゴールエリアに行くことを決めた。彼のスタート前の心理状況など見たかったのである。

そんな時、スコアボードを見守る童夢のところに妹のメロが来て、アドバイスを始めた。
「今、あなたがしなくてはいけないことは勝つことなのよ。観客を煽ることではないのよ。あなたの実力があれば、きっとメイクできる。自分を信じて、滑ればきっと良い結果が残る」

その童夢を諭すように話すしっかりとした言い方は、長年、童夢を見て来てどのようなさじ加減で童夢が良い結果を出せるのか、わかっているような印象を受けた。妹でありながら姉のようで・・・。
そして、童夢はこのアドバイスを受けた後、苦笑いをしながら「(妹は)怖いんですよ」と言った。この瞬間、自分の頭に過ぎったのは、長年、童夢をコーチングして来た父親の存在だった。今では決別となってしまった童夢・父は幼年の頃から、大会で勝ち方を教え続けた。オレも童夢・父の話を聞いたことは何度かあるか、その分析能力は天才的だった。しかし、その父は童夢にとって最も怖い存在でもあり、まるで童夢は父親の姿に萎縮する少年のようにも見えた。しかし、ある意味、童夢の気持ちを増長せず、常に謙虚に直向にしているのは、その父の怖さでもあったと言えた。父との決別をニュース報道で知った時、この点が一番の懸念材料であった。しかし、童夢にはまだ妹という強いパートナーがいたのだった。

五輪内定の運命を賭けた童夢のラストラン(2本目)は、いつものように元気に「ドロップ!」と叫ぶ姿はあったが、妹に諭されたので観客を煽るようなパフォーマンスは控えられた。
一発目、FSロデオ720でインディをしっかりと決める。高さはやや抑えられたようだが、それでもかなり高いエアーだ。それからキャブ1080、これはグラブはなかったがしっかりとコントロール。さらにフロントサイド720、キャブ720をしっかりと決めて、最後はジャッジ好みのパキーンと決めるフロントサイド・インディだ。この追い込まれた状況の中、鳥肌が立つような見事なランだった。童夢は、まるで子供のように無邪気に飛び回り駆け回った。この瞬間、オレは童夢が勝ったな、と思った。この後、カナダの最強ライダーであるクリスピン・リップスコムもいたが、1080を出すことは考え難かったし、村上史行も高さでは童夢に勝てるもののそのルーティーン内容では難しいと感じたのだ。結果は、クリスピンも史行も最後に転倒してしまい、童夢の優勝となった。

優勝が決まった瞬間は、童夢は彼女と抱き合って顔をクシャクシャにしながら泣いた。今までのうっぷんを晴らすかのようなスーパーランで優勝を決めて、その安堵感から涙を流したのだろう。この大会で成田童夢の喜怒哀楽を見てきて、なかなかドラマチックな男だな、と思った。


優勝が決まった瞬間、彼女と抱き合いながら涙を流した童夢

中井孝治の勝負根性

中井孝治は、先の日本での室内ゲレンデ合宿中にカカトを痛めたようだ。ブラッコム大会に来たが、中井の滑る姿はなかなか見れなかった。相当痛いことが想像が出来たし、出場は難しいだろうと思っていた。

そして大会本戦の1日目。そこに中井の名前はなかった。
ソルトレイク五輪では、最高の演技をしながら5位に終わり、幻のメダリストと当時の新聞に書かれた。しかし、その年、オレは中井とインタビューした時に、こう言ったことが忘れられない。

「出るからには一番を狙う」

そして、その言葉の意味するところは、次回の五輪にも出場し、きっちりとケリをつける、ということであった。

綿谷コーチは中井のことを日本のエースと呼んでいる。確かに、その実力とカッコ良さは世界に誇れるところで、ワールドカップでは國母を抑えて優勝したこともあった。しかし、なかなか五輪を決定する結果を出せないでいた。

あくまでもオレの勝手な推測だが、綿谷コーチは中井を最も早い時期に五輪内定選手にしたかったのでは?と思う。というのも内定が決まればワールドカップでの結果にこだわらずに、五輪でメダルを取るための練習に専念できる。そして、中井孝治なら世界のどんな選手にも負けない実力を持っているし、メダル獲得も夢ではないからだ。

昨年の世界選手権では、表彰台に乗れば五輪内定が決まると言われていた。しかし、日本人選手は誰も表彰台に乗れなかった。そんな中、中井は男子最高位で8位となった。この成績は日本人のエースを再確認させるものであったが、五輪出場を決定づけるものでもなかった微妙な成績と言えた。

しかし、この世界選手権で見せた中井の勝負根性には恐れ入った。決勝2本目のラストランの最後の技は1080だったのだ。それまでの中井のルーティーンが高さありレベルの高いものだっただけに、そんなリスクを背負わなくても良かったのに、と思えたが、彼は勝負師。1位を狙っていたし、何より五輪でのルーティーンを考えていたのではないか、と思う。そう、もうすでに中井は五輪に向かってエンジン全開だったのだ。しかし、その1080の着地で転倒し、表彰台に乗り損なったのだ。

五輪内定の切符がほしい中井は、このワールドカップで表彰台に乗りたかった。しかし、カカトが痛くて出場できない。そこで1戦目はあきらめた。 大会3日前から練習を続けている他の選手とは対象的に、ただパイプ近辺で仲間を応援していた。

だが大会最終日となった日、中井は2戦目に出場を登録していた。出場するのだ!
この大会中、常に笑顔で仲間を応援する姿を見せていた中井、しかしスタート前はさすがに厳しい表情に変わった。いっしょに取材していた岩田さんは、「中井にはオーラが出るようになった」と語っていたが、オレもそう思った。スタート前の集中力を注ぐ姿は、その光景だけでも惚れ惚れするようなものだった。 まさに一発勝負に賭ける勝負師の顔。

そんな中井がスタートした。
パイプ上部のスタート場所からパイプに達するまでの急斜面は選手にとって大事なスピードを出すところ。しかし、中井はその部分を横滑りするようにして降りていった。カカトが痛くてまともなドロップインができないのだ。しかし、その超低速なドロップでもうまくRでスピードに乗せて、まったく無駄のないエッジングにより、 スイッチロデオ720 を高く決めたのだ。「オオー!なんてこったい!!」
オレはこの最初のエアーを見ただけでも涙がちょちょ切れそうなほど感動した。
さらに驚くべきは、2発目のフロントサイド・インディも高かったこと。
そして3発目に特大サイズのマックツイスト。その高くて鮮やかなエアーを見た瞬間、オレはこの大会で最も大きな感動を得た。しかし、着地でややボトムに流れる。痛めたカカトは限界。それでも必死にサトゥフリップを試みたが、そこまでだった。
しかし、サトゥの前の3つ目のエアーまで中井はこの日のどの選手を比べてもトップでなかったのではないか、と思う。ともかく高くてスムース。完全にスピンを制している姿はとてもスタイリッシュ。まさに日本のエースが見せた勝負根性で、とても感動させられた。


スタート前テンションを高める中井孝治。

 

日本代表内定について

ところで、この大会の後、オリンピックの出場内定選手が出た。
男子は国母和宏、成田童夢、中井孝治、そして村上大輔か史行のどちらか。
女子は今井メロ、山岡聡子に加えて、中島志保、伏見知何子が決まった。

垂直の壁から飛んでいるのにエアー頂点でフラット(水平)にしてしまう技術は、世界でも石原タカのみだろう。こんな選手を今の時点で五輪に出させないと決めてしまうのは、どうなのだろう???

これを見ていくつかの疑問とオレの考えを。
中井は五輪内定を決める大義名分が弱いが、今までの実績や滑走内容などから見てメダルを取る可能性があるので、良しとする。だけど、この時点で村上兄弟を決めるとうのはどうか、と思う。というのも、かなりポテンシャルの高いライダーの石原崇裕の存在はどうなんだ、と思うからだ。確かに結果は残していないが、オーストリアで表彰台に乗る可能性もあるのだ。石原は転んだから結果は残していないが、あのフラットスピンの評価は高く、ともかく転ばずにスムーズにランを終了してしまえば表彰台に乗ってしまう可能性が高いだろう。そうなった場合に、村上兄弟との出場の兼ね合いは、どうなるのだろう?

女子の中島志保は優勝したから内定は納得。だが、伏見知何子は?
確かにこの時点での3位は大きいし、最近の戦いぶりは素晴らしいものがある。男並のカッコいいアーリーウープができる。そして、全体的にレベルの高い演技には並外れた努力をしていることも想像できる。しかし、2位になった村上史行の内定は決まらずに、3位で内定が決まるというのはどうなのだろうか。

メダルを取るのは至難の技だ。特に現在の日本の女子は、ひじょうに難しいと思う。
なんとかうまくいって銅が取れればラッキーというところだろう。なぜなら、現在の日本の女子の選手で900回転をやっているのは見たことがないし、本番で挑むのも難しいと思うのだ。だが、世界の女子トップは900もやるし、縦回転ももっと高く決めれる。
期待できるのは山岡で、彼女はフロント、バックサイド共にバランスよく回転技を持っている。そして、今持っている力を発揮できれば表彰台も夢ではないだろう。

もっと男子に厚みをもたした選択をしてみたらどうか、と思う。
実績がありメダル可能性もある国母、成田、中井の3人の他、転倒せずに決まれば強い石原、そしてともかく世界を驚かすぶっ飛びを持つ史行。前回の五輪で宮脇健太郎が伝説的な高さのエアーを決めたように、史行なら観客を最も沸かす演技をする可能性が高い。五輪はメダルを取るところと言われれば、オレの意見は受けいられないが、五輪はショーでもあるこも考えれば、ぜひ史行も出してほしいなあ。 何より日本チームの景気付けにもなるだろう。テレビで五輪を観戦している人が、「日本人スノーボーダーってカッコいいな」と思うのだ。

最後に。
今回のワールドカップのレベルは、「ワールドカップ」という名称が付きながらも、これから行われる五輪レベルには及ばないレベルだったと思う。この後、行われたアメリカ国内メインのUSグランプリでもっと優れたルーティーンが出ているのも事実。五輪では間違いなく、数段高いレベルの戦いになるのだ。

だが、日本人がメダルを独占したことで、周囲の目がスノーボードに目が注がれた。業界にとってはひじょうに好ましい状態となった。実際、このワールドカップ取材には、テレビ東京、フジテレビ、朝日新聞、読売新聞などの報道関係者が来ていた。これにより、広くスノーボードのことを伝えてくれるのは間違いない。多くの人がスノーボードに興味を持つきっかけとなった。
この流れで五輪でメダルを取ることができれば、スノーボードの魅力をより多くの人に伝えることができるだろう。だから、五輪では日本人選手の活躍している姿を見たいし、カッコいい姿も見たい。そして何より結果が出れば本当に嬉しい。
ともかく、五輪では参加するすべての日本人選手を心から応援したい。ワールドカップを長年見て来た者の一人として、いつか誰かがメダルを取ることを夢見ている。