【フサキ日記】レジャー白書で知る実際のスノボ人口の推移

今日、フェイスブックつながりの友人からの投稿で知ったのだけど、観光庁『スノーリゾートの投資環境整備に関する検討会』報告書に
興味深い、スキー・スノーボードの参加人口の推移を知りました。
自分の認識とは、若干ズレもありました。興味深いデータです。

画像=観光庁「『スノーリゾートの投資環境整備に関する検討会』報告書」2020年4月28日から

スキーはピーク時の平成10年に比べて23%に減少。
スノーボードは、平成14年(2002年)がピークで46%かあ。

平成9年からスノボ人口(オレンジの部分)が出ているけど、1997年と言ったら長野オリンピックの前の年。
自分の感覚では、95年、あるいは96年あたりが、ピークという認識でした。だけど、あの誰もが「これください!」というノリでスノーボード用具を買っていた時期は、レジャー白書に登場できない。もしかしたら、この時期の白書は、スキー、スノボの分けがなく、混合してカウントしていた可能性が高そう。

僕の中では、スノーボードは、90年に入って急激に人気が出て、90年半ばにピークを迎えたというイメージです。
しかし、実際のピークは2000年過ぎだったのです。

2000年と言えば、FORUMが全盛のピークだったから、まあ考えられなくない感覚でもあります。
日本でも一番大きいスノーボード・ショップと言われた神田のど真ん中にあったMINAMIのスパッチオ店で、当時は1階全部がバートンで2回全部にフォーラムという展開もあったから。あの時が、一番のピークだったのです。

そうか、あの時が一番多かったんだ。でも、結構あの後すぐに、「売れなくなったボードで、港の倉庫は困っている」という話が出ていたけど…。それだけに、白書のデータはちょっと怪しいなあ。

一方、スキー人口を見ると、昭和63年、平成元年あたりから急に伸びていますね。
ちょうど社会現象にまでなった大ヒット映画、『私をスキーに連れてって』が昭和62年(1987年)だから、あの後スキーは伸びたんだなあ。

現在は、スキー・スノボ人口の低下と共に、どこのスノー関連も喰っていくのが大変な状況。でも、同じ業種をライバルに見立てて、あの企業よりも上に行こう、という考えではなく、もっと広い視野に立ちライバルは本当のところ、どこなのか?ってことを考えていかないといけないと思います。

例えば、僕のような立場、スノーボードのメディア側から見れば、それぞれのメディアに特徴があるし、良い部分があります。そういうところをみんで引き出して応援していかないと。

また、ヘルメットの販売事業という点でも、各メーカーにも特徴があり、その良いところをしっかりとアピールすること。
昨年でしたか、北海道でメーカーが集まってヘルメット推進するようなイベントがありましたが、素晴らしいアイデアでしたね。
そういう方面に力を注ぐことが大切です。

明治維新の時と似ているかもしれませんね。
幕府と薩長の争いの間に、世界の国は日本を狙っていた。だけど、坂本龍馬が薩長連合を生み、大政奉還に導いた。
あの時、龍馬さんの本当の敵は、土佐の上士、下士でもなく、幕府でもなかった。
バラバラだった日本をまとめて、海外の発展した技術を学び、日本という国を強くしたという。

スノーボード界で言えば、スキーを含めたウィンター事業をみんなで盛り上げることが大切。
スキー、スノーボードの魅力を配信していきたいです。みんなでウィンター業界のヒーロー作りを後押し。新規参入者の支援づくり。
どこかの国の団体とかのお偉いさんの覇権争いや潰し合いなど、もっての他!