
あちゃちゃ、とんでもないボードが出てきたね。
フィールドゲートのムラッチョ社長(※中学からの幼なじみ)から、「オレのお下がりのボード、処分するぞ」という連絡がありました。
なんか、これ逆にヤバくねえ!?と思ってしまいました。
私はかつて、若き日の頃、ミナミスポーツというところのライダーをやっていました。
今でこそムラサキやビクトリア、アルペンが大手のスノーボードショップとして有名ですが、
自分がミナミにいた当時は、日本全国で80店舗以上でスノーボードの販売展開していた記憶があります。
残念ながらミナミは私が辞めた後に倒産しちゃったけど。
もともとは確か靴屋さんから始まったはずで、
自分が高校生の頃、神田スポーツショップ街のミナミスポーツに行くと、
レジ前の椅子におばあちゃんが座っていました。
あの方、たぶん先代の奥さんだったんじゃないかな。
風格のある、カッコいいおばあちゃんでした。
まあ、ともかく、そのミナミスポーツでお世話になった時のこと。
当時の宣伝部部長、長谷川さんという強面のおじさんに、
「ウチのライダーは3年ももたない。10年頑張ってくれ!」
みたいに発破をかけられまして。
自分も下町育ちで、銭湯に行けばそんなヤクザっぽいおじさんたちを相手にしてきたから、
「わかりました。頑張ります!」と大きな声で返事をしてしまいました。
で、本当に10年も頑張っちゃったわけですが、
そんなミナミスポーツが扱ってきた古い板を、今回ムラッチョが発掘してきたのです。
最初にチェッカーピグという板を輸入し、
その後、その文字から取ったのか「CPコクーン」という、
わけのわからん欧州の板を販売するようになって、
さらにK2で当時部長、のちに社長にもなられた田中さんにお願いして、
オリジナルボードを作ってきた、そんな歴史があります。

そんな板が、今になって出てきたのです。
dmkって、最初はベースボールキャップを作って、
そう言えばデッキパッドも作ったんですよね。
そんな写真も見られて、なんだか嬉しいな。
そして今では、みなさまご存知の通り、
このようなサイトを運営しているわけです。
いやはや、本当に懐かしい。
あの時代、ミナミスポーツでさまざまな経験をさせていただいたことは、
今の自分にとって大きな財産です。
当時は若すぎてわからなかったけど、あれだけいただいた経験は、本当、感謝感謝デス。
左氏さん、有一さん、高橋さん、椎名さんなど、いろいろお世話になったなあ。そして、いろいろやらかした思い出も(笑)。
この古いボードの写真を眺めながら、
そんな時代にふけってしまいました。


