ハンナ・テーターが米五輪委員会の最優秀選手に

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ハンナ・テーターがUSOC(アメリカオリンピック協会)による2006年のウーマンオブ・ザ・イヤーに見事投票で1位に選ばれた。これは彼女の2006年トリノオリンピックハーフパイプでの金メダル獲得だけでなく、彼女の人道的努力も認められた結果である。

人道的支援も積極的に行ったハンナの功績が賞として認められた!

「ハンナの素晴らしい情熱とエネルギー、そして五輪ハーフパイプでの創造性が満ち溢れる演技。彼女の人道的活動への努力は、アメリカのスノーボード・アスリートたちの良い見本となっている。彼女は自分の才能を、他の人々を支えるため使っている。この決定に心から拍手を送りたい。」と、USSA会長兼最高経営責任者ビル・マロルトはコメント。

トリノでの勝利に続き、Chevorlet U.S. Snowboard Grand Prixでも勝った19歳のこのチャンプは、「Hannah’s Gold」と呼ばれるバーモントのメープルシロップのラインナップを作り上げた。世界規模でのパートナーシップを通じて、すべての利益がアフリカの貧しい子供たちに寄付されるものだ。

「私が小さな頃から私達家族にとってメープルシロップは欠かせないものでした。メープルシロップのプロジェクトを進めるうちに私達家族の関係は良いものとなった。私はこれを食べ物や衣類を必要とする人々に捧げることに決めた。またさらにハンナゴールドはアフリカで1600万人といわれるエイズ孤児にも寄付することを決めた。」とハンナは言う。

「私が小さな頃から私達家族にとってメープルシロップは欠かせないものでした。メープルシロップのプロジェクトを進めるうちに私達家族の関係は良いものとなった。私はこれを食べ物や衣類を必要とする人々に捧げることに決めた。またさらにハンナゴールドはアフリカで1600万人といわれるエイズ孤児にも寄付することを決めた。」とハンナは言う。

ハンナはバーモントの砂糖藪の中で男の子ばかりの四兄弟で(うち2人はプロスノーボーダー)唯一女の子として育った。両親は子供達にシロップの作り方を教えた。「それが私達家族の‘カタチ‘だった。」と貧困救済プロジェクトの原点となったことをハンナは言う。

「私は安全、私はアメリカに住んでいるから。けれど世界の他の場所でどんなことが起きているかわからなかった。私は小さな頃からいつも興味があり、世界が常に変化していることや自分とは違う人々について本を読んだ。それが世界のすべてを学びたいという気持ちをさらに膨らませた。」

今日までハンナゴールドはスポーツイラストレーデット誌の表紙を飾ることからデイトナ500マイルレースで緑旗を振ることまで、オリンピックメディアツアー中に彼女の個人的なマーケティングにより10,000ドルの報酬を得た。

「去年は素晴らしい家族のおかげでたくさんの素晴らしい経験ができ、充実していた。その経験が私の基盤となり私の強さとなった。私のスノーボードスタイルを表現することや、世界の舞台に出るパワーとなった。そして私は進化し続ける。」とハンナは言う。
「最初から私のゴールはもし私ができるのであれば人間が可能なことを最大限に成し遂げることでした。他の人や他の場所に触れることや、物事を変えていくことに繋がっている今、現在が私のゴールです。」

彼女はESPYの女性部門ベストアクションスポーツ選手として、オリンピックゴールドメダリストショーン・ホワイトに続き、男性に匹敵する名誉を与えられた。彼女はさらに女性スノーボーダーとしてFUSEアクションスポーツ賞と女性スポーツ財団による今年の最優秀女性アスリート賞にノミネートされている。

ロングトラックスピードスケーターのジョイ・チークやパラリンピック水泳選手のジェシカ・ロングが男性部門とパラリンピック部門でUSOCに認められている。
過去の受賞者はタマラ・マッキーニ(アルペンスキー・1983)、ピカボ・ストリート(アルペンスキー・1995、1998)、ローリー・スティーブンス(パラリンピックアルペンスキー・2005)である。


http://www.usoc.org/