
私は、普段カナダのウィスラーでスノーボードのインストラクターをしていて、これまで世界中の生徒さんにレッスンしてきました。
その中でよく目にする光景があります。滑走前に、ビンディングのストラップ、特にアンクルストラップをやたらと締め直す生徒さんです。
緊張したり、少しナーバスになったときほど、この「増し締め」は顕著に現れます。でも、正直に言うと、ほとんどの場合、必要ないと思うのです。
なぜかというと、これまで滑ってきた状態からさらにビンディングをキツく締めると、適度な遊びがなくなり、ライディングが窮屈になってしまうことがあるからです。ブーツまで締め直す生徒さんもいますが、これも同じで、これまでの感覚を無理に変えると、返って違和感が出てしまいます。
もちろん、場面によっては増し締めが有効なこともあります。例えば、これから硬いバーンの上級者斜面に行くなら、エッジのホールドを高めるために少し締めるのもアリです。その場合は、操作が少し敏感になったり、窮屈さを感じることもあるのでその覚悟が必要です。
多くの人は「敏感にコントロールできる方が良い」と思いがちですが、実は身体はある程度ルーズに動くほうが自由に動き、結果的に滑りも安定します。極端に言えば、全部スーパーバチバチに締めたら、足がうっ血してしまい、良いパフォーマンスはできません。
プロ野球選手も同じです。バットを振るとき、小指・薬指・中指で力をかける一方で、人差し指・親指は軽く曲げるだけ。力を抜く部分があるからこそ、効率よくスイングできます。運動には、時にこうした「遊び」も必要なのです。
だからこそ、ビンディングの増し締めを考えるときは、本当に利に適ったことなのか、自分の身体や滑り方に合った判断なのかを、一度立ち止まって考えてみてほしいと思います。
滑る前のほんの少しの不安やナーバスさで、無意識に増し締めしてしまうことは誰にでもあります。でも、その気持ちをちょっと落ち着けて、自分の感覚を信じて滑ることで、逆にスムーズで自由な動きが生まれます。
最終的には、ビンディングを「締める/締めない」という行為は手段でしかなく、目的は快適に、そして自分らしく滑ることです。その感覚を大切にしてほしい——私はそう考えています。

飯田房貴(いいだ・ふさき) プロフィール
@fusakidmk
東京都出身、現在カナダ・ウィスラー在住。
スノーボード歴は40シーズンを超え、約20年にわたり雑誌、ビデオ、ウェブなどを通じてハウツー記事の発信に取り組んできた。
1990年代を代表するスノーボード専門誌『SNOWing』では、「ハウツー天使」というコラムを執筆。季刊誌という発行ペースの中で100回以上の連載を達成し、金字塔を打ち立てた。『SnowBoarder』誌でも初期からハウツーコーナーを担当し、中でも読者へのアドバイスコーナー「ドクタービーバー」は大人気となった。
自身が監修・出演したハウツービデオやハウツー本も大ヒットし、1990年代のスノーボードブームを支える存在となった。
現在はカナダ・ウィスラーを拠点に、インストラクターとして世界中の人にスノーボードの魅力を伝え続けている。
著書に『スノーボード入門 スノーボード歴35年 1万2000人以上の初心者をレッスンしてきたカリスマ・イントラの最新SB技術書』、『スノーボードがうまくなる!20の考え方 FOR THE LOVE OF SNOWBOARDING』がある。

