継続努力

最近、たまたま将棋の名人羽生善治の本を読んだ。その中で、継続する努力が大切だ、ということが書いてあった。それを読んで以来、「確かに継続するのは難しいことだし、またその継続できる力こそ、この業界で生きていく上の術。しかも、羽生名人のように、常に未来を見てチャレンジを続けないといけない。」としみじみと考えるようになったのである。

20年の間、スノーボードの世界を見て来たが、1年から3年の間、輝いていたライダーというのはいた。その輝いている時間というのは、永遠にそのライダーが、この業界のトップに君臨しているイメージもあった。しかし、こうして振り返ると、「あれっ、そう言えばあれほど活躍したライダーだけど、今、何をやっているのかね?」というプロも少なくない。

言葉は悪いがそのライダーは自分の実力に胡坐をかいてしまった部分もあったと思う。あの伸び盛りの輝いていた時間を継続できずに、チャレンジを怠ってしまったのではないか、とも思う。センスは一瞬の期間だけになり、そのセンスを永遠に磨き続けることを拒否してしまった。結果、そのセンスにカビが生えてしまった。だから、後から始めた若手が来ると、同じ土俵の勝負はできない、とあきらめて違った形で輝く道を探した者も少なくないだろう。

しかし、その一方でいつでも輝いているライダーはいるものだ。
例えば、ライオはもう30代も中盤に差し掛かるという年齢だと思うけど、若手に混じって常にチャレンジしているようだ。今でも東京ドーム大会のクォーターでは誰よりも高く飛んでしまうし、本当に恐れいってしまう努力家である。

今では、日本の多くのスノーボーダーたちの誇りとなっている布施忠も本当に凄い。自分のできないことはどんどんチャレンジするし、昨年の夏だったか、ワタキチ(ナショナルチームのコーチ)にハンドプラントを貪欲に習っていたことも印象的だった。いくらトップ・プロと言っても自分のビデオ・パートで見せることができる特別な部分もあれば、逆に苦手とする部分だってあるものである。だけど、忠くんは自分にとって必要し、チャレンジしたいと思う項目はどんどんと吸収しているようだ。「恥ずかしがっている暇があったら、滑る」という精神である。

よく、一般のスノーボーダーでも「見られるのが嫌」ということで、チャレンジできる場面を自ら捨てるようなことをしていることがあるが、そういうことは決して行わないのだ。そんな暇があったら滑るわけだし、そういったことを長い間やっているから、今では日本だけでなく世界から尊敬を受けるライダーだったのだ。

やや話しの焦点がボヤけてしまったが、ともかく1年から3年間の短い努力でなく、それが、4年5年と続いて、10年近くになれば、その人が引き出せる本物のパフォーマンスに近づけるのだと思う。そして、レベルの差はあれど、アマ、プロ関係なく、その自分に与えられた環境で最高に近づけるよう努力を続けるこそ、最も大切だと思うのだ。

例えば、自分は残念ながらルーブのように大きなクリフを飛べないし、シモンのようにカッコいい擦り技はできないけど、昨年の自分よりは今年の自分、そして今年の自分よりは来年の自分、というふうに永遠に進化を続けるスノーボーダーでありたいと思う。それが、どんなレベルのことでも、そのチャレンジして上達を築き上げてきら過程が、自分の中では素晴らしいものに感じることができると思うのだ。そして、この充実感こそ、スノーボードをやっている至福なのだと思う。

スノーボードをたまたま始めて、最初の頃、勢いよく上達し、自分に才能があるのでは?と思った人も少なくないだろう。だけど、本当のスノーボードの才能とは、まだまだ先にあり、オレたちはこれからも長い長いスノーボードの旅を続ける必要があるのだ。なぜなら、そういったモチベーションが消えてしまった時、スノーボードはつまらないものになるし、いくらプロ級の実力あっても、スノーボーダーとしてのライフ・スタイルを手放すことことになるのだから。レベルなど関係なく、このコラムを読んでくれた人が永遠のスノーボーダーになってくれたら、一スノーボード人としてはとても嬉しい。