ライバル

今の若いスノーボーダーたちを見ていると、自分の思いとダブることが多い。とりわけ、同じ年頃のスノーボーダーたちが、同じような目的を持つと、どうしてもライバル心を持ってしまう。自分自身、このような年になっても、そういった気持ちを抑えられないこともあるし、逆にそういうものがなくなったら、若さが薄れるような気もしてくる。そういった意味では、必要なものであると思う。

だけど、このライバル心は使い方を間違えると、悪い方向に行ってしまうことがある。 例えば、大会で自分の滑りが失敗した時、ライバルも失敗したら喜んだり。ライバルになると、どうしてもそういった相手の失敗まで見て喜ぶ傾向が出るから困ったものだ。

自分なんかも、今、ヤンキース・ファンで(というか松井ファンなんだけど)、ヤンキースが優勝するために、その上位のチームが気になってしまう。ヤンキースが負けても、上位チームも負ければ、「ヨッシャー」なんて思ってしまったり。

だけど、個人個人のライバル関係で、こういった相手の失敗を喜ぶことは慎むべきだろう。

例えば、ライバル同士で初めての360をトライをした。相手の方が先にメイクできた場合には、相手を称えてみよう。そして、なぜ360ができるようになったのか、素直に聞いてみたらいいのだ。そのアドバイスがそのまま自分に当てはまらないかもしれないが、同じような境地で始めたライバル同士なら、良いアドバイスになる可能性が高い。

そして、先にメイクした方も、ここで隠さずにすべてをさらけて説明することをオススメする。

ずっと前にあるガールズ・ライダーから、本当に大事なポイントはキャンパーに説明しない、ということを聞いてショックを受けたことがあった。自分が血と汗でにじむようなトレーニングして結果得たコツは、誰にも教えたくないのだと言う。彼女の気持ちも理解できないこともない。しかし、これまで自分は知っている知識をすべて出すようにしてキャンパーに覚えてもらいたい、という気持ちでいたので、彼女が伝えた言葉にひじょうに疑問を持った。当時、彼女はトップの方のライダーであったが・・・。

しかし、今になって考えてみると、やはり自分の感は当たった。そう、ある知識はすべて出しても大丈夫なのだ。なぜなら、出せば新しいモノが入ってくるからである。これまでの自分の知識をたくさんの人とシャアすることにより、スノーボードの神様は見事に新しい知識を授けてくれる! 自分は長年スノーボードをやって来て、そういったことを強く実感できるのだ。きっと、出すことにより、新しいものを探す意欲が増すからだろう。いつまでも古い知識にしがみつかずに、どんどんと新しいものを吸収して行く力が沸くのだ。そして、その結果、上達魂は燃え続けるのである。

案の定、そのガールズ・ライダーは、今ではスノーボード界で活躍していない。 (まあ、それが原因とも言い切れないけど)

自分ができないのに相手はできる。確かにジェラシーを感じる瞬間だ。
だけど、よくよく考えてみると、自分に与えられた道は1つしかないと思わない?
つまり、自分自身が気付き、上達しなくちゃいけないのだ。相手は関係ない。ともかく、自分が何かしらの方法により上達しなくてはいけないのだ。
そう考えると、昨日の自分よりも今日の自分。そして今日の自分よりも明日の自分。というふうに本当のライバルは、過去の自分であることに気付く。そう、今という時間を通過している自分に新しい向上のための変化を与えないといけないのだ。

だから、オレたちには停滞している暇はない。常に向上を燃やし、スノーボーディングを楽しむ。

まあ、人生いろいろだから、スノーボードだけに情熱を燃やすこともないだろうけど。だけど、せっかく好きで付き合ったスノーボードだから、もっと探求したらいいのでは? そのためにもライバル(=自分)ということを、を見つめなおしてみたらどうだろう?