
文:飯田房貴 @dmkfusaki
この時期、ウィスラーではCASI(Canadian Association of Snowboard Instructors)の講習が盛んで、ビレッジでは毎朝、受講者たちが集まっている光景を目にします。誰かが高いところから話し、周囲に受講者が集まる様子は、まるで宗教の朝の集会のようにも見えます(笑)。
CASI、通称キャシーはカナダのスノーボードインストラクター資格で、レベル1から4まで存在し、世界中から受講者が集まります。カナダ国内だけでなく、ヨーロッパ、オセアニア、そして中華圏の人々も多数参加しており、人気の高さが伺えます。
日本のインストラクター資格と大きく異なる点は、滑走技術だけでなく「教える力」が同じくらい重視されていること。特にレベル1では、中級斜面での安定したターン技術と、初心者へのティーチング力が求められます。
👉 以下、参考動画:CASIレベル1講習の滑り
私が働くウィスラーのスノースクールには約1,400人のインストラクターが在籍しており、そのうちスノーボード担当はおよそ20%ほどでしょうか。ここで働くには、CASIレベル2がひとつの基準とされており、最近では「子どもへのレッスンも可能か?」という面接質問も定番になっているようです。会社としては、子供レッスンが増える忙しい時期に対応できるインストラクターがほしいのでしょう。
私はというと、CASIレベル2の資格を持っていますが、それを取得したのは30年も前。当時と今ではテストの内容もレベルも変わっているので、今の基準で合格できるかはわかりません。
私が所属する「アルパイン」部門は、中・上級者を対象にしたレッスンで、同僚はほぼ全員がレベル3以上。実は私もかつてレベル3に挑戦しようと思った時期がありました。でも、日々の仕事に追われ、結局受験に踏み切れませんでした。
とはいえ、私が資格にこだわらなかったのには理由があります。それは、スノーボードにおいて“肩書”よりも“スタイル”を重視したいという価値観。そして、CASIという資格自体にそこまで魅力を感じていなかったからです。
私がスノーボードを始めた40年前、憧れていたのはクレイグ・ケリーでした。今でも、地形をスムーズに、そして躍動感たっぷりに滑る彼のスタイルに惹かれ続けています。そして、私のスノーボード人生における変わらぬ目標は、メソッドエア。あの一発のカッコ良さは、今も昔も、私の憧れの象徴です。
CASIの資格よりも、クレイグのようにカッコよく滑りたい。そんな思いは、きっと多くの人が持っていたはず。私よりも一世代が違えば、ジェイミー・リンやテリエ・ハーコンセンに憧れた人もいたでしょう。
そもそも私が資格を取ったのは、30年以上前に自分で制作・編集したハウツービデオや本の“肩書”が必要だったから。当時、何の資格もない私がカナダに住んでいたというだけで、ウィスラーで撮影中だった日本のプロダクションに声をかけられたのです。
それ以来、その資格はビデオのパッケージ裏面にある「カナダ公認インストラクター」という肩書以上の役割は果たさず、18シーズン前にウィスラーでイントラを始めたことで、ようやく本格的に活きることになりました。
ちなみに、イントラを始めたきっかけも少し変わっていて、当時、保有していたコンドミニアムのバスルームが火事になり(幸い小火で済んだものの)、その修繕費を稼ぐためにパートタイムで始めたのが最初。やってみると、意外に楽しく、翌シーズンからはフルタイムに切り替えました。今では、天職と思えるほど、インストラクターの仕事ができることに日々感謝しています。
「あなたの資格は?」中国系スノーボーダーからの突然の質問
先日、レストハウスを歩いていたら、中国系のスノーボーダーに声をかけられました。
「あなた、先日、私の友人を教えましたか?」「ああ、○○さんのご友人ですね。」
そこまでは普通の会話でしたが、そのあと彼が真剣な面持ちで聞いてきたのがこの質問:
「あなたのCASIレベルは?」
戸惑いつつも「レベル2です」と答えると、彼は「ありがとう」とだけ言い、すぐに立ち去っていきました。
何が目的だったのか…。その意図は今でも分かりません。
ただ、その○○さんという女性は、私とのレッスン中にこんなことを言っていました。
「私は友人のように、CASIレベル2に合格したいのです」
彼女に「今日は何を練習したいですか?」と聞いた際の返答がそれでした。
たしかに資格を目指すのもひとつのモチベーション。ただ、違和感があったのは、その“熱量”がどこか、名誉や他人に自慢したいという欲求に近いものだったからです。彼女は、友人のようにCASI資格を持つステータスがほしかったのかもしれません。技術そのものよりも、資格を持っているという“証明”に価値を感じているように見えたのです。
最近の中国系スノーボーダーには、この「CASI熱」が顕著です。朝の集合場所では、試験官の周囲が中国系の受講者で埋まっていることも珍しくありません。
一方、同じ中国系でも、香港から来た私の友人はまったく違うタイプ。彼の目標は、パウダーの日に雪庇から美しくジャンプを決めること。あるいは、パークでのバックサイド360。
こうした目標の方が、スノーボーダーとして健全に思えます。
自由なスノーボードをもう一度
これは中国人に限った話ではありません。私たち日本人を含むアジア人全体に、どこか共通して見られる傾向のようにも思えます。
資格やブランド、ステータスに強く価値を見出し、他人からどう見られるかを常に気にしてしまう。そうした国民性が、スノーボードという本来“自由であるべき遊び”にまで影を落としているように感じるのです。
もちろん、CASIの資格を目指すことは悪いことではありません。それを通して技術を磨き、教える力を育むのは素晴らしいことです。ただ、忘れてほしくないのは、資格があるかどうかに関係なく、自分のスタイルで雪山を楽しむという純粋な喜びです。
資格のために滑るのではなく、滑ることが楽しいからこそ、そこに目標が生まれる。そんな順番でスノーボードと向き合ってほしいと思うのです。
雪面を切る音、風の感触、重力から解き放たれるあの瞬間。何ものにも縛られず、自分の感覚と対話しながら滑るスノーボードは、日常では味わえない自由そのものです。
憧れから始まった滑りを、もう一度思い出してほしい。そして、自分だけのスタイルで、雪山を自由に駆け抜けてください。
それが、スノーボードの本当の魅力だと思います。
飯田房貴
1968年生まれ。東京都出身、カナダ・ウィスラー在住。
シーズン中は、ウィスラーでスノーボードのインストラクターをしており、年間を通して『DMKsnowboard.com』の運営、Sandbox、Endeavor Snowboards等の海外ブランドの代理店業務を行っている。日本で最大規模となるスノーボードクラブ、『DMK CLUB』の発起人。所属は、株式会社フィールドゲート(本社・東京千代田区)。
90年代の専門誌全盛期時代には、年間100ページ・ペースでライター、写真撮影に携わりコンテンツを製作。幅広いスノーボード業務と知識を活かして、これまでにも多くのスノーボード関連コラムを執筆。主な執筆書に『スノーボード入門 スノーボード歴35年 1万2000人以上の初心者をレッスンしてきたカリスマ・イントラの最新SB技術書 』『スノーボードがうまくなる!20の考え方 FOR THE LOVE OF SNOWBOARDING』がある。
今でもシーズンを通して、100日以上山に上がり、スノーボード歴は39年。
スノーボード情報を伝える専門家として、2022年2月19日放送のTBSテレビの『新・情報7daysニュースキャスター』特集に、また2022年3月13日に公開された講談社FRIDAY日本が「スノーボードの強豪」になった意外な理由にも登場。
インスタ:https://www.instagram.com/fusakidmk/
ツイッター:https://twitter.com/dmksnowboard