文:飯田房貴 [email protected]
Burtonから、Step On®(ステップオン)の今季第一弾のプロモーションビデオ『W21 Step On®︎ x デイブ・ダウニング』がアップされました。
パウダーという環境の中、立ったままいとも簡単にビンディングに装着し、そのまま颯爽と気持ち良さそうに滑り降りるデイブ・ダウニング。
この姿を見て、「ほしい!」と思うスノーボーダーは、きっと世界中にいることだと思います。
そもそもこうした簡単着脱ビンディング方式の発想は、1990年の後半からあったと記憶しています。
当時のBurtonは、STEP-IN(ステップイン)というシステムで、3年ほど前に誕生したStep On®の前身の姿を持ち合わせていましたが、残念ながら浸透しませんでした。
またBurton以外にも、いくつかのメーカーが挑戦し、代表的なところではShimanoもSTEP-INというシステムをリリース。確かK2のシステムにもなっており、それは現在YONEXに引き継がれていったように思います。
Shimanoの源流が、その後どのようにしてYONEXとK2に分かれていったのか、よくわからないのですが、自分の記憶では確か、Shimanoが持つ特許をYONEXが買ったような話を聞いた記憶があります。間違っていたら、すみません。
ともかく、1990年の後半、ちょうど長野オリンピックが行われた頃に、Burton以外でもいくつかのブランドが、この簡単着脱ビンディング方式を製作し、各ブランド切磋琢磨して発展させて来た歴史がありました。
BurtonのStep On®が成功し始めたこともあるのでしょう。他のメーカーでもこの動きに注視し始めているようです。
K2のClicker™ も、本腰を入れた感があります。
最新のPV、『K2 Snowboarding Proudly Introduce Clicker™X HB』を見ると、そのことがわかります。
着脱の早さは意外と理由にならない
果たしてこのような着脱が楽にできるビンディング方式は、未来のスノーボード・シーンの当たり前になるのでしょうか?
実際にカナダのウィスラーでインストラクターして来た立場から、僕の考えを伝えます。
まず、多くの人がこのようなビンディング需要を考えた場合に、「早く着脱ができるから」という理由を挙げるのですが、僕自身はそれもあるかもしれないけど、それ以上のことがこのビンディングの未来を決めると考えています。
正直申し上げますと、初心者を教える現場では、古い簡単着脱ビンディング方式の生徒さんが来ると、思わず「アチャ!」と舌打ちします。
おそらく長年に渡りイントラをやっている方なら、多くに共感していただける感覚ではないでしょうか。
スキー場は、完全にフラットのところというのはあまりなく、リフト乗り場や降り場付近でも微妙に斜度があったりします。そんなところでは、ほのかにヒールエッジを引っかけて立ちながら、着脱を試みるわけですが、初心者の人はなかなかこれができない。他の生徒さん同様に座った状態から装着させようにも、デザイン的に立って行うようになっています。結果、こうした初心者は、他のストラップ式のビンディングの生徒さんよりも、苦労するのです。
ビンディングの着脱は、慣れた者にとっては簡単です。
よく見る光景としては、オリンピックやXゲームのハーフパイプ競技でゴールを切った選手が、素早く板を外すシーン。
両手で2つのバックルを「バシバシ」と外し、ボードを掲げてゴールの歓びを現すお馴染みのシーンですが、ものの数秒しか掛かっていません。おそらく5秒も掛かっていないのではないでしょうか。
同様に慣れているスノーボーダーなら、履くのも早い。リフト降り場でさっとバックルを締め始め、まだ助走の段階で最終の締め上げを行う。これもおそらく10秒程度のことだと思います。
僕自身、Step On®の生徒さんといっしょの時には、試しに「どちらが早いのだろう?」と、競争するように装着したことが何度かありますが、Step On®に慣れていない人だと僕の方が早かったですね。でも、慣れた人には負けてしまいますが、それでも5秒ほど負けた程度の話かなと思います。
もちろん、スノーボーダーの多くは、こうした脱着に慣れていなくて、時間が掛かる人もいます。
僕自身、イントラ経験で初心者から上級者の方まで見ていますが、初心者ほど遅い傾向です。中級者の人でも、かなり遅い人がいます。
ようは慣れというところもあります。
例えば、料理が上手な人は、薄くネギを素早くカットしますが、そうでないと時間が掛かってしまう。
それと同じなのだと思います。
ともかく、数秒から数十秒の短縮のために、Step On®を買う大きな理由に「?」というのが、僕の考えです。
Step On®が好きな人はハイエンド思考
それではStep On®を購入した人は、どんな傾向があるのか?
僕のイントラ経験上は2パターンあります。
まずは新しいモノに興味があるハイエンド層のユーザー。スノーボードへのギアへの関心が高く、「新しいモノを使いたい!買いたい!」というタイプです。そういう方たちは、もちろん機能前提ということもありますが、ハイエンド=ファッション的な感覚で買っているというところもあるように思います。
これは、この簡単着脱ビンディング方式に限った話ではないですが、スノーボーダーの中には必要以上の機能を求めて、それがファッションになる傾向があります。高性能のジャケットしかり、もちろん足回りのギアしかり。
宝の持ち腐れと言っては失礼かと思いますが、スノーボーダーなら誰もが「容赦なく良いギアを使いたい!」という思いはあるでしょう。
よくプロ・カメラマンは、機材の良さでマウントを取れると言いますが、同じようにスノーボーダーもより良いモノを使うことで、雪山において優位性を高めたいという気持ちは誰でもあるのではないでしょうか。
スノーボードをする時は、ワクワクする高揚感があるわけですが、一方で多少苦手で不安なことにも挑戦するもの。そんな時、高性能のギアというデポジットは、スノーボーダー・マインドをサポートしてくれます。そうした気持ちが、Step On®にも導かれていると思います。
Step On®使用者に年寄りとデブも多い
2つ目の理由ですが、Step On®を買う人は、ちょっとお腹が出ている人が多かったりします。また、ちょっとお年を召している方も見受けられます。
そういう人は、凄くしゃごむのが苦手だったりします。
そして、座った状態から立つのが難しい人。
ヒールサイドではとてもじゃないけど、立てない。立つ時には、座った状態でトゥサイドに方向転換しないと立てないというタイプの方です。
僕は、このことはひじょうに大きいと考えています。
BurtonやK2などの製作者側が、このことをどこまで深く考えているかは定かでないですが、とてつもなく大きいことです。
というのも、もしあなたが若く、肥満でないのなら、歳をとったことや太ったことを想像してみてください。
足腰の筋力は弱り、お腹周りには脂肪が付き、プラス50キロになった自分をイメージしてほしいのです。
きっと、立つのも大変だと思うことでしょう。
そんな立場の人が、雪山を楽しみたいと思った時、何をするでしょうか?
スノーボードでなくスキーをするのです。
イントラをしていてよく行く初心者のエリアには、スキーヤーの人もいますが、あきらかにスノーボーダーよりも年上の方が多い。また、太っている方も見受けられます。そんな人は、スノーボードをやりたくても体力的にも体系的に難しいのです。
個人的には、スノーボードは何歳になってもできるものと信じているのですが、おそらく一般的には70歳台が限度というところではないでしょうか?
70歳以上のおじいさんがスノーボードしていたら、それだけでリスペクトしてしまいそうですね。そんなおじいさんをゲレンデで見かけたら、「カッコいいですね!」なんて思わず、一言掛けてしまいたくなります。
でも、スキーヤーで70歳以上の人は、たーくさんいます。ウィスラーにも毎年、ゴールデンウィークになると、元気なおじいさん&おばあさんたちが日本からやって来ます。みなさん、本当に楽しそうに滑っています。ウチのお袋と同じような年代の方たちが、元気にカナダに来て滑っている姿を見ていると、「スキーって遊びは大したものだな」なんて改めて思います。
しかし、その中には、残念ながら一人もスノーボーダーがいません。
スキーは板が2本で分かれているので、立ちやすいということも年配者に支持される大きな要因ですが、このスノーボードの簡単着脱ビンディング方式が浸透していけば、きっと将来、多くのお年寄りや体系的に太った方でもスノーボードをやってくれると思うのです。そう考えると、改めて凄いアイデアだと思います。
人生80年時代から100年時代に突入すると言われる昨今、将来的には80歳になってもスノーボードを楽しめるという世界が、広がっているように感じます。
僕は、10年前に今のようにスマートフォンを様々な形で利用することは想像できませんでした。
でも、なんとなくですが、10年後のスキー場では、Step On®のような簡単着脱ビンディング方式のスノーボーダーがたくさんいるような世界があることを想像します。
「昔はなあ、リフトから降りて、みんなでいっしょのとこ座って、ストラップを締めたもんだよ」
「へえ、そんな時代があったんすか!」
「うん、でも今は、パチって踏みつけるだけでいいんだもんな。便利になったなあ」
コラムニスト・飯田房貴
1968年生まれ。東京都出身、カナダ・ウィスラー在住。
シーズン中は、ウィスラーでスノーボードのインストラクターをし、年間を通して『DMKsnowboard.com』の運営、Westbeach、Sandbox等の海外ブランドの代理店業務を行っている。日本で最大規模となるスノーボードクラブ、『DMK CLUB』の発起人。所属は、株式会社フィールドゲート(本社・東京千代田区)。
90年代の専門誌全盛期時代には、年間100ページ・ペースでライター、写真撮影に携わりコンテンツを製作。幅広いスノーボード業務と知識を活かして、これまでにも多くのスノーボード関連コラムを執筆。
今でもシーズンを通して、100日以上山に上がり、スノーボード歴は35年。