吾郎

今日は山に上がらなかったので、まず昨日撮影した素材をチェックしつつ、それぞれアラの原稿に写真を当てはまる作業をした。残念ながら、再撮影しなくてはいけないものも出て来たけど、一応、明日の撮影を最後に予定していたので、今の時点でわかって良かった。
それから、今日は猛烈にいろいろな原稿を執筆したり、いじったりした。今、残っている仕事の全体像をつかむために、その原稿の切り口などをさらに深めていったりしたのである。
例えば、タイトルの後にリード文やプロフィール文まではしっかりと書いて、さらにその原稿の大枠、項目によるページの割り当てのようなものをやった。これらのような作業を、いろいろな原稿でやったのである。だから、万が一、「その原稿を明日送ってくれ!」と言われても、一応、設計図というか、それぞれの原稿の書き方は決めたので、徹夜すればなんとかなる、という状況だ。もちろん、そんなことは言われないけど、ともかくこうしとけば何かと安心なので。
夕食の支度でポークをバーベキューしていたら、吾郎くん(小松)が参上! 相変わらず笑顔がいいね。ちょっとビールを飲んだこともあり、最近の吾郎の考えなど突っ込んで質問してみた。そうしたら、ひじょうにおもしろい内容を聞くことができた。いつかニュースで発表できるだろう。
ところで、吾郎というのは最初、オレがウィスラーにいた90年からすでにカナダに住んでいた。確か当時は中学生だったのかな。図工の時間にスケートを作っていた吾郎少年を思い出す。最初の年はほとんどいっしょに滑らなかったのだけど、夏のパイプでいっしょにJTエアー(当時憧れの縦回転技)をやったのは、今でも良い思い出。あの日、他にも周くんがいて(今、CSBAの先生)、結局、できなかったのはオレだけだったんだけど。悔しかったけど、あの日、3人でチャレンジしたことは本当に良い思い出だったと思う。
次の年は、吾郎はダイナマイト・キッズの看板ライダーだったね。つまり、今のdmkの前身のチームだ。オレはスノーボード・ショップで働いていて。そう言えば、オレは昔からスノーボードの仕事をやっていて、吾郎は昔から頂点を目指し頑張っていたんだ。そんで今でもお互いのやっていることは当時の延長にあることで。人生っておもしろいもんだなあ。オレたち5年後、10年後はどんなことやっているのだろうか。きっとお互いスノーボード関連だろう。