【コラム】THE TEMPTATION OF FERNIE

文:MASANORI KAMIYA

PART 1

FERNIE(ファーニー)・・・、カナダはB.C.州の東端、カナディアンロッキー山脈に属しカナダ一の豪雪地帯。そして、なにより、最高の雪が降る秘密の場所・・・。

今日、ウィスラーと言えば世界にその名を轟かせる大リゾートである。スノーボード、モーグルスキーをやっている人なら知らない人はいないと言うくらい有名である。巨大な2つの山、WHISTLERとBLACKCOMB。広大なバックカントリー、充実したパーク、整備されたパイプ、有名ホテルの数々、しゃれた店やレストランが居並ぶヴィレッジ、それに見合った料金と人の数・・・。ようするに、いろんな意味で、すべてがリゾートとして完璧と言っても良いほどなのである。
そんなウィスラーで僕は3年の月日を過ごした。高校を卒業後、カナダに渡った僕はウィスラーに住みつき、スノーボードをし英語を勉強し仕事をした。カナディアン、日本人はもちろんヨーロピアン、コリアン、メキシカン、オージーetc。世界中からいろいろな人々が集まってきているので、たとえ少しでも他の国の文化・風習などを知ることができ、とても良い環境だった。
だったと書いたのは、今のウィスラーが少し悲しい現状にあるからである。多すぎる観光客、そのために増設されるヴィレッジ、新しくかけられるチェアーリフト、そのための森林伐採や変形してしまう地形、人々から出される大量のゴミ。でも、これらのことが悪いとは言わないし、言うことはできない。ウィスラーは観光業で成り立っている所だから、こうゆうことも必要なんだろうし。なにしろ僕自身ここで生活しスノーボードをしていたわけだから、当然ゴミも出すしチェアーリフトも使うし観光客のおかげで仕事もできるわけだしってなると、もう何も言えなくなってしまう。
スノーボードをしている時点で、いや、生活をしている時点で自分も自然破壊の加担者になってしまっている。それよりも、だいたい人間なんて生きていること自体が地球破壊だ!なんで他の生き物と違って人間だけがこうなんだ。なんてことを言い始めると人類起源の謎を解明してしまう勢いなのでやめときます。
でも、まあ何をする時でもそうなんですけど、そういういろんなことに対して考えを持ったり、リスペクトする気持ちを持ってスノーボードをするのと、何の考えも気持ちもなしに「楽しければ何でもいーじゃん」とスノーボードをするのとでは、結構な差があると思う。案外この差が、すべての、スノーボードの未来を左右するようにも思えるのだ。ちょっと違う話になるけど、実は、ウィスラーには夢の島のようなゴミの埋立地がある。僕も初めて見たときは少し驚いた。大自然の山々の中にある異質の場所。ウィスラーで出されるゴミの量を考えれば当然といえば当然の存在なのだけど、果たしてどのくらいの人がこの存在を知っているか?と考えたときに、観光客や冬の間だけ篭りに来る人は、まず知らないだろうと言える。僕は仕事の関係で数回行ったが、やっぱりいいもんではない。でもそういうことを知っとく必要はあるし、知れて良かったと思う。だからむやみにゴミをそこらへんに捨ててる奴がいると、蹴り飛ばしたくなるのを通り越してあきれるのだ。せめてゴミ箱に捨てろよ、と。
日本人にも結構タバコのポイ捨てが多い。それが、今のウィスラーの現状の一つだ。それともう一つ、ウィスラーに昔から住んでいるローカルのことも悲しい現状の一つ。そもそもウィスラーには、もともと住んでいる人はいなく、そこに鉄道が通り駅が出来た事によって、人が住み始め村ができた。そして、そこに素晴らしい山と雪があったので、そのために人々が集まり始めた。そういうノリで出来たところだったので、初期のころのリゾートは、ドカ雪が降った次の朝などは、どの店も仕事そっちのけでファースト・チェアを奪い合っていたそうである。そういうおもしろさが最近のウィスラー・ローカルには無く、仕事ばかりで滑りに行かなかったり行けなかったり、ただ商売のために移り住んでくる人もいる。別にそれはそれでいいんだけど、ウィスラー独特の気質や乗りが失われていくのは、少し寂しい気がする。そんな中、ローカル達のウィスラー離れが起きているのも事実であり、ますますローカルっぽさが失われていくばかりである…。
ここで勘違いして欲しくないのは、僕はウィスラーを否定しているのではないということ。それどころか、僕にとって大切な大切な場所であり、第二の故郷である。今でもたくさんの友達が住んでいるし、年に何回かは戻っている。やっぱりそれほどに良いところなのである。 ただ、僕が言いたいのは、ウィスラーだけにこだわっているのはもったいないということ。B.C.州はカナダの中でも唯一標高の高い山々が密集する州(他の州はまったくと言っていいほど山が無い)で、広さは日本の2倍以上とくれば、他にもおもしろい山があるんじゃないのかと考えるのはあたりまえのこと。それで、いろいろ探していた僕に、FERNIE(ファーニー)の情報が飛びこんで来たのは、ウィスラー3年目のシーズンも終わりにさしかかった夏の頃だった・・・。

PART 2

FERNIE(ファーニー)の街の灯が見えたのは、もう真夜中近くであった。「やったー、やっと着いたー!」と感動したと言うより、ただ、ほっとした安堵感があった。

ウィスラーからファーニーまで車で15時間、B.C.州の西の端から東の端まで1200kmの道のりである。今でこそ、B.C.州とその隣のAlberta州を縦横無尽に駆け回る僕だけど、ファーニーに移り住むまでは3年間ウィスラーから出たことがなかったので、ファーニーはとても遠くそして未知なる場所であった。そこにどんな山があり、どんな人が住んでいるのか。ウィスラーを出発したその朝は、まだ10月下旬だというのに大雪が降ったことをおぼえている。

その年の夏、ウィスラーを離れどこか他の場所にいってみようと探している僕に、カナディアンの友達がそっとおしえてくれた。「ファーニーはやばいよ」
実は、僕がファーニーに決めたのはもう一つ理由がある。そこに、アイランド・レイク・ロッジがあったからである。かのフリーライディングの天才、クレイグ・ケリーが愛し、みずからがそのオーナーになったほどの山である。彼ほどの人を虜にさせてしまうその場所とは、いったいどんなところなのか。これは自分で行って確かめるしかないと思い、僕はウィスラーを離れたのであった。

ファーニーの街は、本当にただの田舎の街で、何もない。何もないと書くと誤解されそうだが、まあ、数軒のBAR、スーパーマーケット、カフェ、レストランetcくらいは普通にある。だが、ウィスラーと比べると田舎である。ずっとウィスラーに住んでいたせいもあり、何でも比べてしまうのは悪い癖だが。しかし、そんなウィスラーにないもの、失われつつあるものが、ここファーニーにあるのもまた事実で、それがとてもいい雰囲気なのである。もともと鉱山の街として昔からあった街らしいので、人々(特に老人達)はとてもおおらかでひとなつっこい。特に僕らみたいな若いアジア人は珍しいらしく、好奇の目でみられる。僕らが日本から来たとわかると、どうしてこんなところに?みたいな反応をする。どうやらスノーボードのためにこんなところまでくる神経を理解できないらしい。そのギャップがとてもおもしろい。また、夕方6時を過ぎるとほとんどの店は閉まってしまいシーンとなる。ファーニーの夜はとても静かで、ゆったりと時間がながれる。暇な夜などは、数軒あるBARに行く。一杯飲みながらプール(ビリヤード)をしていると、ほろ酔いの奴が話し掛けてきて、ビールをおごってくれる。一緒にプールをして、いろいろ話しているうちに仲良くなってしまう。こんなことをちょこちょこやってるうちに、そこらじゅうに顔なじみができる。そんな出来事もファーニーの魅力である。しかし、なんと言っても最大の魅力はスノーボーディングだろう。

ファーニーの山は正式にはFERNIE・ALPINE・RESORT(ファーニー・アルパイン・リゾート)と言う。山の規模は、ウィスラーなどと比べてしまうと、とても大きいとは言えない中規模の山だが、その起伏に富んだ地形(土地の隆起によってできた山なので複雑な地形をしている)。スティープな斜面(ロッキー系の山なので上部は鋭い)。広大なバックカントリー(山脈なので山々が周りに連なっている)。膨大な降雪量(カナダ一の豪雪地帯、パウダートライアングルの一角)。なによりも最高の雪質(太平洋から来る雪雲が途中で余分な水分を落とし、最後に雪を降らせる場所がファーニー)。そして、独特なローカルの雰囲気。シーズンを通して滑りこんだ僕は、これらの魅力にすっかりはまってしまった。雪などは本当に軽くて、ターンする時に板を切りすぎると、そのしぶきで前が見えなくなるどころか、呼吸ができなくなる。おもわず笑みがこぼれてしまう。そんな最高のファーニーの日々のなかで忘れられないライディングがある、そう、あの月夜のライディング・・・。

PART 3

FERNIE(ファーニー)・・・、カナダはB.C.州の東端、カナディアンロッキー山脈に属しカナダ一の豪雪地帯。そして、なにより、最高の雪が降る秘密の場所・・・。

今日、ウィスラーと言えば世界にその名を轟かせる大リゾートである。スノーボード、モーグルスキーをやっている人なら知らない人はいないと言うくらい有名である。巨大な2つの山、WHISTLERとBLACKCOMB。広大なバックカントリー、充実したパーク、整備されたパイプ、有名ホテルの数々、しゃれた店やレストランが居並ぶヴィレッジ、それに見合った料金と人の数・・・。ようするに、いろんな意味で、すべてがリゾートとして完璧と言っても良いほどなのである。
そんなウィスラーで僕は3年の月日を過ごした。高校を卒業後、カナダに渡った僕はウィスラーに住みつき、スノーボードをし英語を勉強し仕事をした。カナディアン、日本人はもちろんヨーロピアン、コリアン、メキシカン、オージーetc。世界中からいろいろな人々が集まってきているので、たとえ少しでも他の国の文化・風習などを知ることができ、とても良い環境だった。
だったと書いたのは、今のウィスラーが少し悲しい現状にあるからである。多すぎる観光客、そのために増設されるヴィレッジ、新しくかけられるチェアーリフト、そのための森林伐採や変形してしまう地形、人々から出される大量のゴミ。でも、これらのことが悪いとは言わないし、言うことはできない。ウィスラーは観光業で成り立っている所だから、こうゆうことも必要なんだろうし。なにしろ僕自身ここで生活しスノーボードをしていたわけだから、当然ゴミも出すしチェアーリフトも使うし観光客のおかげで仕事もできるわけだしってなると、もう何も言えなくなってしまう。
スノーボードをしている時点で、いや、生活をしている時点で自分も自然破壊の加担者になってしまっている。それよりも、だいたい人間なんて生きていること自体が地球破壊だ!なんで他の生き物と違って人間だけがこうなんだ。なんてことを言い始めると人類起源の謎を解明してしまう勢いなのでやめときます。
でも、まあ何をする時でもそうなんですけど、そういういろんなことに対して考えを持ったり、リスペクトする気持ちを持ってスノーボードをするのと、何の考えも気持ちもなしに「楽しければ何でもいーじゃん」とスノーボードをするのとでは、結構な差があると思う。案外この差が、すべての、スノーボードの未来を左右するようにも思えるのだ。ちょっと違う話になるけど、実は、ウィスラーには夢の島のようなゴミの埋立地がある。僕も初めて見たときは少し驚いた。大自然の山々の中にある異質の場所。ウィスラーで出されるゴミの量を考えれば当然といえば当然の存在なのだけど、果たしてどのくらいの人がこの存在を知っているか?と考えたときに、観光客や冬の間だけ篭りに来る人は、まず知らないだろうと言える。僕は仕事の関係で数回行ったが、やっぱりいいもんではない。でもそういうことを知っとく必要はあるし、知れて良かったと思う。だからむやみにゴミをそこらへんに捨ててる奴がいると、蹴り飛ばしたくなるのを通り越してあきれるのだ。せめてゴミ箱に捨てろよ、と。
日本人にも結構タバコのポイ捨てが多い。それが、今のウィスラーの現状の一つだ。それともう一つ、ウィスラーに昔から住んでいるローカルのことも悲しい現状の一つ。そもそもウィスラーには、もともと住んでいる人はいなく、そこに鉄道が通り駅が出来た事によって、人が住み始め村ができた。そして、そこに素晴らしい山と雪があったので、そのために人々が集まり始めた。そういうノリで出来たところだったので、初期のころのリゾートは、ドカ雪が降った次の朝などは、どの店も仕事そっちのけでファースト・チェアを奪い合っていたそうである。そういうおもしろさが最近のウィスラー・ローカルには無く、仕事ばかりで滑りに行かなかったり行けなかったり、ただ商売のために移り住んでくる人もいる。別にそれはそれでいいんだけど、ウィスラー独特の気質や乗りが失われていくのは、少し寂しい気がする。そんな中、ローカル達のウィスラー離れが起きているのも事実であり、ますますローカルっぽさが失われていくばかりである…。
ここで勘違いして欲しくないのは、僕はウィスラーを否定しているのではないということ。それどころか、僕にとって大切な大切な場所であり、第二の故郷である。今でもたくさんの友達が住んでいるし、年に何回かは戻っている。やっぱりそれほどに良いところなのである。 ただ、僕が言いたいのは、ウィスラーだけにこだわっているのはもったいないということ。B.C.州はカナダの中でも唯一標高の高い山々が密集する州(他の州はまったくと言っていいほど山が無い)で、広さは日本の2倍以上とくれば、他にもおもしろい山があるんじゃないのかと考えるのはあたりまえのこと。それで、いろいろ探していた僕に、FERNIE(ファーニー)の情報が飛びこんで来たのは、ウィスラー3年目のシーズンも終わりにさしかかった夏の頃だった・・・。

FERNIE(ファーニー)の街の灯が見えたのは、もう真夜中近くであった。「やったー、やっと着いたー!」と感動したと言うより、ただ、ほっとした安堵感があった。

ウィスラーからファーニーまで車で15時間、B.C.州の西の端から東の端まで1200kmの道のりである。今でこそ、B.C.州とその隣のAlberta州を縦横無尽に駆け回る僕だけど、ファーニーに移り住むまでは3年間ウィスラーから出たことがなかったので、ファーニーはとても遠くそして未知なる場所であった。そこにどんな山があり、どんな人が住んでいるのか。ウィスラーを出発したその朝は、まだ10月下旬だというのに大雪が降ったことをおぼえている。

その年の夏、ウィスラーを離れどこか他の場所にいってみようと探している僕に、カナディアンの友達がそっとおしえてくれた。「ファーニーはやばいよ」
実は、僕がファーニーに決めたのはもう一つ理由がある。そこに、アイランド・レイク・ロッジがあったからである。かのフリーライディングの天才、クレイグ・ケリーが愛し、みずからがそのオーナーになったほどの山である。彼ほどの人を虜にさせてしまうその場所とは、いったいどんなところなのか。これは自分で行って確かめるしかないと思い、僕はウィスラーを離れたのであった。

ファーニーの街は、本当にただの田舎の街で、何もない。何もないと書くと誤解されそうだが、まあ、数軒のBAR、スーパーマーケット、カフェ、レストランetcくらいは普通にある。だが、ウィスラーと比べると田舎である。ずっとウィスラーに住んでいたせいもあり、何でも比べてしまうのは悪い癖だが。しかし、そんなウィスラーにないもの、失われつつあるものが、ここファーニーにあるのもまた事実で、それがとてもいい雰囲気なのである。もともと鉱山の街として昔からあった街らしいので、人々(特に老人達)はとてもおおらかでひとなつっこい。特に僕らみたいな若いアジア人は珍しいらしく、好奇の目でみられる。僕らが日本から来たとわかると、どうしてこんなところに?みたいな反応をする。どうやらスノーボードのためにこんなところまでくる神経を理解できないらしい。そのギャップがとてもおもしろい。また、夕方6時を過ぎるとほとんどの店は閉まってしまいシーンとなる。ファーニーの夜はとても静かで、ゆったりと時間がながれる。暇な夜などは、数軒あるBARに行く。一杯飲みながらプール(ビリヤード)をしていると、ほろ酔いの奴が話し掛けてきて、ビールをおごってくれる。一緒にプールをして、いろいろ話しているうちに仲良くなってしまう。こんなことをちょこちょこやってるうちに、そこらじゅうに顔なじみができる。そんな出来事もファーニーの魅力である。しかし、なんと言っても最大の魅力はスノーボーディングだろう。

とても静かで、雲ひとつ無い夜だった。白く輝く月が、周りの山々をさらに白く浮び上がらせていた。そして、その世界にいるのは自分たちだけだった…。
その日の朝は、とても早起きだった。昨夜のうちにまとめておいた荷物を持って車に飛び乗り、まだ夜の明けきっていない冷え冷えとした薄暗いなかを友達の家へと急いだ。友達は眠そうな目をこすりながら朝食を作っている最中だった。山へ向かう途中の7-ELEVENで、朝焼けで真っ赤に染まった空を見ながら熱いコーヒーをすすった。今日は晴れると確信した。
この日の何日か前から、友達の間で、山の裏にあるキャビンに行ってみようという話が持ち上がっていた。いつも山に行く途中に見えるあの斜面を狙ってみようと言うことになった。そうとなれば膳は急げで、キャビンの状態や位置、ルートの確認や所要時間の割り出しをして、ビーコンやらスノーシューやらの装備を整え、必要な食料を買いこみ備えた。あとは天気予報とのにらめっこと、雪の神様に祈るだけだった・・・。
山のロッジに着き、荷物の最終確認、ビーコンのチェックなどを済ませ、装備を整えた。その日が土曜日だったせいもあり、朝早くから人や家族連れがけっこういて、重装備の僕達の方をしきりに気にしていた。とりあえずはチェアー・リフトに乗り、山の上を目指した。そこからずーっとトラバースをし、ちょっとハイクアップをすると、そこからは out of boundary・・・、バックカントリーの世界が広がる。まずは、隣の尾根までトラバースとハイクでたどり着き、そこからスノーシューに履き替え、山頂を目指す。さすがにこの辺りは人が踏み入れていないため、手付かずの深い雪が残っていて、スノーシューを履いていても足が潜ってしまう。それに加えての急斜面なので大変だ。
とりあえずは山頂にたどり着き、一息入れる。周りを見渡す。白い山々が奥へ奥へと続いており、僕達を奥へ奥へといざなう。しばし疲れを忘れる。そこから板に履き替え、山の裏側をトラバースし、隣の山の麓を目指すのだが、古木や岩が突き出しているうえ、風がとても強い。思ったより雪が弱く、滑落の危険性もあったが、無事登り口に到着。そこから、さらに急な斜面を登り始める。
太陽が照りつける。真冬なのに汗が吹き出る。必要に応じて服を脱いで体温調節をし、こまめに水分補給をする。そしてようやく山頂に到着。と同時に雲が立ち込めてきて視界が悪いので、ビバークついでに昼食をとる。ここで大体1/3だ。この後、また斜面を登り、次のピークを目指し、そこからピークリッジをひたすら歩くのだが、間違えて雪庇を踏み抜くと、そのまま雪庇と共に転落し、雪崩を引き起こし、死亡事故につながるので、細心の注意を払いながら進む。神経を使うので倍の疲労感を感じる。そしてまた、さらに上のピークを目指す。この頃になると雲がなくなり、見渡す限りの青空が広がる。周りには白銀の山々が連なる。そして、この辺りでは一番高いピークに到着。そこから裏の斜面を見下げると、下の方にポツンと緑色の屋根が小さく小さく見える。キャビンが見えた!嬉しさが込み上げてくる。後はもうキャビンに向かって滑り降りるだけだ。バインディングを締める手がかすかに震え、我先にと、ノートラックのパウダー・バーンへとドロップしていく。おもわず嬉しい悲鳴をあげてしまう。日の光で輝くパウダー・スプレーを全身に浴びながら、一気にキャビンまで滑り降りる。超高速で。最高の一瞬。
キャビンに着くと、無言でお互いの顔をながめあう。みんな笑顔。心はひとつ。とりあえずは荷物を解き、一息入れる。そしてまず一番最初にすることは、水をつくらなければならない。ストーブに蒔をくべ火をつけ、その上に雪をいっぱいに入れた大鍋をおく。解けてきたらまた雪を足す。これを繰り返して、大鍋いっぱいに水を作る。これで料理にも使えるし、飲み水にもなる。が、このまま飲むと雪臭いので、お茶にして飲むのがベターだ。これさえしておけば、後はもう暗くなるまで周りにゴロゴロしているパウダー・バーンを滑りまくる。遊びまくる。戯れまくる。ハイクはもちろん自分の足でね。へとへとになって帰ってきた後は、ランプとロウソクの灯をたよりに夕食を作って食べる。もちろん電気なんてない。で、夕食後の片づけも終わり、あとは寝るだけと思っていたけど、この後が忘れられないライディングになった。
お茶を飲みながら、トランプをして、今日の感想をあーだこーだと言い合っていると、外がやけに明るい事に気が付いた。気になって外に出てみると、その明るさはさらに増した。月の光に照らし出された山々は、まるで自らが光を発しているかのように白く輝き、その世界を照らし出していた。そして、目の前の山の輝きは、まるで僕たちを呼んでいるようであった。まるで誘われるように板を取りに戻り、無我夢中で飛び出していった。月の光の中に・・・。

最後に。
僕がウィスラーからファーニーに移って、2シーズンになる。ウィスラー地域ほどではないけど、ファーニーのバックカントリーもそれなりに広大で、それこそヘリで狙うような斜面がごろごろしている。それを、自分の足で登り、手に入れるのがバック・カントリーの醍醐味だと思う。キャンプを張りながら何日もかけて行く場合もあるし、日帰りで満足するときもある。その時の天候、状況、雪の状態、自分の体力、その他いろいろなことにも左右される。そういった自然との駆け引きがあり、それを楽しむと共に、やはり自分達は自然に生かされていると感じる。どんなに前に進みたい、ここを滑りたいと思っても、自然からNOという答えが返ってくれば、それは NOなのだ。そこを無理に行こうとすると、痛い目にあうか、あわよくば死だ。だからこそ、天気がよくて、気持ちよくパウダーを滑ることができた時などは、心から自然に対して、滑らせてくれてありがとう!と思えるし、リスペクトする気持ちも生まれてくる。しかしこの気持ちは、やった人にしか理解できないというのも事実だ。よく、自然にリスペクトするってどういうこと?って思う人がいるけど(大部分の人はそうだと思う)、その気持ちもよく分かる。例えば、東京なんかの都会から出たことがない人にとっては、水が飲めるのもあたりまえのことだし、太陽が輝くのもあたりまえのことだ。まあ、それほど自然の力を感じることのない環境っていうのもある。僕自身、東京の出身だから、なおのことよくわかる。都市部に大雪が降ったりするとパニックになるけど、すぐ忘れてしまうのもそのせいだと思う。まあ、忙しすぎるっていうのもあるげど。今の例は極端だけど、ようするに自分がその立場、状況になってみないと、やってみないと分からないことってたくさんあると思う。僕たちスノーボードする者にとっては、雪がたくさん降るのはありがたいけど、実際その地域で普通に生活をしている人にとっては降って欲しくないと思うことかもしれないし、本当に自然に左右される生活をしている農家の人からすれば、ちょっと雪山に入っただけで自然がどーたらこーたら言っているのをバカらしく思っているのかもしれない。また、どんなに心から自然をリスペクトしていようが、勉強をしてようが、経験・知識が豊富だろうが、そんなことには関係なく、自然災害が起きる時は起こるし、死ぬ時は死んでしまう。自然の力とは、そんな絶対的な力なんだと言う事を忘れてはいけないと思う。でも、「どうしようもなかった」で済ませるにはあまりに悲しすぎると思う。
「楽しい」っていいことだと思う。人生だって、悲しいより楽しい方がいいにきまってる。僕は、更なる楽しさを求めてファーニーに移った。ファーニーの、スノーボードの、人生の中の、あるひとつの楽しみ方を知って欲しいと思った。感じ方は人によって、それぞれだけど。
「楽しければいいよ、何でも」じゃなくて、本当の意味での「楽しい」を考えたくなった。人生を、もっと「楽しく」するために。