さようなら!ブラッコムの名物Tバー

ウィスラー、ブラッコムに来たスノーボーダーなら、おそらく一度は体験したであろう、ブラッコム 名物のTバー(ホースマンTバー)。
残念ながら、このTバーとはお別れすることになったようだ。北米の最新スキー場のニュースを配信するUNOFFICIAL NETWORKSが伝えている。
https://unofficialnetworks.com/2020/07/13/whistler-removes-ski-lift-climate-change/

かつて毎年のように取材していたキャンプ・オブ・チャンピオンズもグレーシア雪不足のために、2017年に終焉。この写真の向こう側に見えるのが今回外すことが決まったホースマンTバーだ。

ブラッコムグレーシアには2つのTバーがあるが、このホースマンTバーは、ブラッコムの頂上、セブンスヘブン・チェアと連結している。
ブラッコムの頂上に行くには、表側からセブンスチェアで上がる方法と、裏のグレーシアチェアからこのホースマンTバーを利用して上がる2種類あった。
しかし、近年、氷河の雪が減ってしまったことで、このTバーの乗り場付近の雪がなくなってしまい、使い物にならなくなってしまった。

このホースマンTバーは、乗り場から9割ほどまでは中級者の斜面が続く平坦なものだが、残り1割ほどのところが急斜面。特にTバーを苦手とするスノーボーダーにとっては苦労させられるものだった。

夏のスノーボード・キャンプでは、このTバーのアクセスが集中し、常に待ち時間は20分以上となったもの。
そのため、このTバーはシングルで乗ったりすると、余計に混雑することから、キャンパーキッズたちに雪玉を投げられる始末。
まして、転倒するようなら「ブーイング」も浴びせられるということで、名物Tバーになっていた。

記者も毎夏のように取材していたが、一人で行動する時には、偶然シングル同士で合わさった人がスキーヤーであることを願ったものだった。なぜなら、キッズのキャンパーさんよりも、スキーヤーと乗ると安定感があるからだ。

2009年の夏、朝早くCOC専属フォトグラファーのマルくんDice-K Maru(写真左)がウチに迎えに来ていただいて、いっしょに上っていた日々が懐かしい。

このグレーシアの雪量を守るために、これまでにウィスラーは様々な試みをして来た。
このことは、当サイトで何度か紹介して来たが、1つは降雪機による雪量の復活
もう1つは、今年の夏から行われて来たダイナマイトによって地形を変化させること

しかし、どれもうまくいかなかったようだ。
実際、ウィスラーはオフィシャルにこのTバーのことをリリースしていないので、事実、確かなところは不明だが。

ともかく、このホースマンTバーが外されることになれば、1つの時代が終わると共に、近年の地球温暖化への懸念が一層高まる思いになる。
ちなみにもう1つのショーケースTバーは、まだあるのでハイクしてグレーシア・エリアを滑走することは可能だ。

今後、この頂上へのアクセスはこれまで通りセブンスヘブン・チェアだけになるのか、将来的には裏側からチェアを掛けるようなことがあるのか、気になるところだ。

以下、夏の取材時に撮影した懐かしい写真も紹介しておこう。

まだ少年時代の角野友基は、2発目の巨大キッカーをクリアするには身体が小さ過ぎた。デコ落ちしても懸命に何度もハイクする根性が印象的だった。
若き日の田中幸とシモン・チェンバレン。いっしょにジブセッションしていた日、サッチャンのうまさに驚いていたシモン。
まだ世界に名が知れぬ前のトースタイン・ホグモと出会ったのもこのグレーシアだった。カメラを向けると誰よりもハイクを続ける姿に、将来大物ライダーになると確信させられた。
確か小4ぐらいでカナダまで来てしまった雅ちゃんと、サンドボックス創始者ケビン・サンサローン。この経験がメジャー機運を上げ、今では世界トップのMIYABI ONITSUKAに!
当時のスターライダーたちがブラッコムグレーシアに集結!左からジョー・セクストン、マイキー・レンツ、JPウォーカー、シモン・チェンバレン、ジェレミー・ジョーンズ、アーロン・ビットナー。
撮影の後は、お決まりの(?)ブラッコムベースで飲み会!スノーボード大好き人たちの素晴らしい時間でした。