【フサキ日記】北京オリンピックでスノボ盛り上がったけど30年前のバブル期にはまだまだか

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昨夜、SNOW RESORT JAPANをやっている岩田克己さんと、メッセンジャーで今回のオリンピックのことを話しあっていたのだけど、最後に以下のような厳しい意見も出ました。

「大切なことは、歩夢が金メダルを取ったことで、大きな業界に影響を与えるか?というところ!
アスリートの世界とレジャーの世界を、一緒にしてして、金メダルを獲ったから、スノー業界が良くなる!と思っている人が多いこと!
これは、毎回繰り返しています。オリンピックでメダルを獲って、業界が活性化するのは一過性のことで、メダルの獲得に関係なく、業界はどんどん下降線をたどってます。
メダルを獲ることで、一時的には子供たちがスクールに行ったりしますが、ほとんどが一過性のものです。ブームに影響されるこてなく、スノー業界を活性化させる方法は、いまだ見つかっていない現況が、そこにはあります!」

確かにそうなんだけど、「じゃあ、自分ができることは何なのか?」と立ち止まって考えた時、やはり自分は目の前の仕事を頑張ることしかありませんでした。

日々、スクールのレッスンで世界中の人たちにスノーボードの魅力を伝えること。
日々、サイトを通して、スノーボードのコンテンツ、ためになる情報やハウツーを配信すること。


それ以外となると、「?」で…。
大きな力はないので、本当にコツコツとできることを毎日行い、自分でコントロールできる範囲内で頑張りたいな、と思いました。

そんなことを思って、ベッドにゴロンした時、スマホをいじっていたら、たまたま入って来た懐かしい映像が!
以下の
【新潟の懐かし映像】1990年(平成2年)ごろの湯沢町 30年前の苗場と越後湯沢駅・ガーラ湯沢駅開業・幻のバブルの巨塔「湯沢ダイヤモンドタワー」・ゲレンデでミスコン【タイムスリップNST】
です。

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たしかにあの時代は凄かったんですよ。今、スノボは盛り上がっているけど、あの30年前のバブル期には遠く届かない。まだまだですね。
もう、このようなフィーバーにないにしろ、スキーやスノーボードの持つ素晴らしいところを少しでも多くの人に伝えていきたいです!

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