
まさか東京のど真ん中、水道橋・後楽園にスキー場があったとは――そんな驚きの過去がSNSで話題となっている!
1950年頃、現在の東京ドーム周辺に、人工的に作られたスキー用の施設が存在していたという。この情報は、Facebookページ「叡智ヒストリア【歴史雑学】」で紹介され、思わぬ反響を呼んだ。
投稿には、昭和を知る世代やスキーマニアたちから、懐かしさや驚きを交えたコメントが続々と集まっている。
コメント欄からはこんな声が寄せられている:
「ザウスや狭山よりも前にこんな施設があったとは…」
「コースアウトしたら即◯亡ってレベルの斜度😅」
「これはスキー場というより、ジャンプ台にしか見えない」
「1950年に単管足場なんてあった?当時は木製のはずでは?」
「どうやって登ったんだろう。やっぱりハシゴか?」
「地元なのに聞いたことなかった。生まれる前の話だけど」
「上部は狭くて直滑降しかできなさそう。完全にジャンプ競技向け」
「戦後5年、こんな施設を作っていたなんて信じられない」
「陽当たりを避けて北向きに設置してるのがリアル」
「雪はひたすら“かき氷”方式?当時にしては画期的」
「太平洋側の冬の低温乾燥を利用して、水を撒いて凍らせたのでは」
「これ、屋外の“元祖ザウス”って感じだな」
スキー場というよりは、“シャンツェ”だった?
画像を見る限り、滑走距離は短く、斜度も急。スキーリゾートというより、競技用のジャンプ台(シャンツェ)に近いという意見が多数派。特設のイベント用施設として運営されていた可能性が高そうだ。
また、当時は現在のような造雪機器なども存在せず、自然環境を最大限に活かした“人力のスキー場”だったと考えられる。放射冷却と夜間の冷え込みを利用し、水を霧状に撒いて凍らせるといった、知恵と工夫が光る方法で雪を確保していたという説も。
「信じられないけど、確かに存在していた」
都市のど真ん中に現れた、幻の人工スキー場。時代背景を考えれば考えるほど、その存在は不思議で面白い。
「本当にあったの?」「嘘でしょ?」と思わず言ってしまいそうな話だが、戦後の復興期にあっても、人々が娯楽やスポーツを楽しもうとしていた情熱が垣間見える歴史のひとコマだ。