
中井孝治、國母和宏、成田童夢、山岡聡子など、2年後に行われるイタリア五輪でメダル獲得が期待される日本代表選手たち。
そのナショナルチームで、阿部氏の右腕として活躍を続けているのが綿谷直樹コーチだ。
中井をはじめとする北海道の“ヤングガンズ”たちを幼少期から見守ってきたこともあり、彼の人望は厚い。
また、dmkの北海道キャンプなどでは“綿吉親分”の愛称でも知られ、コーチとしても多くの支持を集めている。
今回のグローバル・インタビューでは、これまで雑誌などではあまり語られてこなかった綿谷氏のコーチングに対する想いや、目標、そして夢について語ってもらった。
トリノの先を見据えて、今すべきこと
フサキ(以下F): コーチの調子はどうですか?
綿吉(以下W): 100点満点で言えば、60点くらいですね。やらなければいけないことがまだたくさんあるのに、今の自分はそれができていない。たとえば、選手を育てる仕組みがまだできていないんです。現状は主力選手の成績に頼っている部分があって、その選手たちは僕たちがゼロから育てたわけではない。昨シーズンは選手たちが良い成績を残してくれたけれど、それに甘えてはいけないと思っています。
今はトリノ五輪が目の前に迫ってきていて、そこに集中しているぶん、若手を育てるための環境や道筋を作れていない。それは反省しています。
F: うーん、深いですね。
W: いえいえ。トリノが目前に迫っている今だからこそ、すでに次のことを考えなければいけないと思っているんです。その次のオリンピック、つまりバンクーバー&ウィスラーに向けて、「どうすべきか」をいろいろ試行錯誤しているところです。
F: 日々そういうことばかり考えていると思うのですが、具体的にはどうしたらいいのでしょう?
W: まずは日本の環境を考えて、それを良くしていくことが大切です。すでに中井、カズ(國母)、フミオ(村上史行)、石原タカといった選手たちは海外に出て行きました。彼らのように、強くなれば海外に挑戦すればいい。でも、これから出てくる若手たちには、まず日本の環境しかありません。だから、その環境をどう整えるかを考えなければならない。
これからを見据えた時、鍵になるのはジュニアです。若手の育成に本腰を入れなければ、次の次のオリンピックには間に合わなくなる。大会を企画したり、合宿を組んだり、フィジカル面の強化、チャンス作り。やるべきことはたくさんあります。
今朝も橋本さん(ミッチャン)と話していたのですが、日本のFIS公認大会に出場している選手の年齢分布を調べた結果、女子に関しては10代が全体のわずか6%しかいなかったんです。これは誤解のないように言いたいのですが、逆に26歳〜30歳の選手が全体の60%を占めている。つまり、トリノ五輪をターゲットにしている選手たちが多く、トリノ以降のオリンピックを目指す若手がほとんどいないという現実があります。
このままでは、その次のオリンピックに出場できる女子選手が育たない。だからこそ、自分たちが今、何をしなければならないのかを真剣に考えないといけないんです。
F: ミッチャンがやっているキッズキャンプみたいな草の根活動も、やっぱり大事ですね。
W: そうなんです。そういう人たちがいるからこそ、僕には2つの動きがあると思っています。1つはナショナルチームのコーチとしての綿谷直樹、もう1つは、個人としての綿谷直樹。
F: 個人としての綿谷直樹、というのは?
W: 1人のスノーボーダーとしての僕自身の動きです。橋本さん(ミッチャン)のようにキッズキャンプを実施している方々の存在をしっかり理解するということ。教える人たちと、教わる子どもたち。その両方の存在を、僕自身がしっかりと理解しなければならないと思っています。
たとえば、まだ歩き始めたばかりの赤ちゃんに対して、「こっちにおいでよ」と呼びかけるような存在になること。そういう働きかけをしないと、子どもたちが夢を持てなくなるから。道を作ってあげたいんですよね。
それを、今ナショナルチームのコーチをやっているこのタイミングで実現したい。川を最初に作る時って大変だけど、一度流れができれば、水は自然と流れていく。そんな川作りのようなことを、今のうちに一生懸命トライしたいと思っています。

左は、橋本ミッチャンにアドバイスする綿吉親分。
右は、グレーシア・キャンプに参加していた一般のスノーボーダーをコーチしている様子。
グレーシアでのコーチングは、中井、國母、村上兄弟ら、ライダーとして参加していたコーチたちに、少しでも滑る時間を確保してあげたいという配慮から行われたものだった。
「裏方に徹する」コーチの信念と、未来へつなぐビジョン
F:なるほど。他にナショナルチームのコーチとして考えていることはありますか?
W: 選手がどんどんグローバル化しているので、もっと世界基準の環境にしたいですね。たとえばカナダ、アメリカ、フランス、スイスなどでは、ジュニアの育成が基本ですが、それと同時に即戦力となる大人の選手が「ナショナルに入りたい」と望めば、スムーズに入れるようなシステムがある。
日本でも「オレを出せ!勝ってやるから」っていう選手がいれば、そういうチャレンジ精神を持った人を受け入れられるようにしたい。もちろん、国内のFIS大会で結果を出すのが前提ですが、ナショナル活動以外の海外大会で活躍している選手にも門戸を開くような仕組みを作りたいと思っています。
F:具体的に、どんな選手がそれに当てはまるんでしょうか?
W: たとえば、フランスのドリアン・ビタル。カナダならギオーム・モリセット、スイスはヤン・シメン。アメリカで言えば、トミー・シェシーンやスティーブ・フィッシャーはFISワールドカップに出てるけど、ロス・パワーズはあまり出ていないし、ダニー・キャスなんかもオリンピックにしか出てこない。そういう例って結構あるんですよ。
F:綿谷さんの話からは、コーチとしてすごく高いモチベーションを感じます。そのエネルギーはどこから来てるんですか?
W: うーん、自分でもよくわかりません(笑)。でも、この仕事の話をもらった時にまず思ったのは、これは生活を含めてすごく厳しい世界だってことでした。
それに、ずっと引きずっていたわけじゃないけど、長野オリンピックに出られなかった自分に、一区切りつけたい気持ちもあった。そういった想いが、自分の中に動機としてあるのかもしれません。
※注釈:綿谷直樹は長野オリンピックの代表最有力候補だったが、北海道で調整中に他の選手が海外で結果を出したことを受けて、代表から外されるという出来事があった。当時はスポーツ紙にも取り上げられるほどの騒動に。
F:その「道筋」が形になった時、逆にモチベーションは消えたりしませんか?
W: いや、たぶん僕はそういうタイプじゃないですね(笑)。一つの目標に向かって動いて、それが達成できるとまた新しい目標が出てくると思うんです。だからナショナルチームで自分ができる仕事がある限り、続けていきたい。逆に「もう必要ない」ってなったら、スッと身を引くつもりです。
F:その「必要とされなくなる」ことに不安はないですか?
W: 最初は不安でしたよ。家族もいるし、生活を支えなきゃいけない。でも今は、「そうなったらそうなったで仕方ない」という心構えです。
もしかしたら、スノーボードとまったく関係ないところで、自分の能力を求めてくれる人がいるかもしれない。
ただ一つだけ、自分を必要としていない場所にしがみつくのは嫌だなと思います。それに、自分が妥協したら終わりだと思っているので。
F:昔からそういう“ガッツ系”だったんですか?
W: いやいや(笑)。子どもの頃なんて、夏休みの宿題は立派に計画立てるだけで、全然やらないタイプでした。ダメ人間でしたよ(笑)。
でも、長野を目指していた頃にトラブルに巻き込まれたり、辛い経験もたくさんして、外国で多くの人と出会って、五輪を迎える時に結婚もして。そういう一つ一つの出来事が、自分を成長させてくれたのかなと。
F:そういった経験が、人間味として選手にも伝わっているのかもしれませんね。
W: 僕はもう現役じゃないけど、常に選手と同じ気持ちにならないといけないと思ってます。選手はパイプの中で戦って、僕は外で戦う。
そして「裏方に徹する」ということ。これがコーチとして一番大事。コーチは目立つ必要はないんです。そういう覚悟がないと、コーチはできません。
ただ、公開練習で自分が滑るのは、パイプの形や癖、注意すべきポイントを自分の身体で把握するため。2~3本だけしか滑りません。だって、選手だって「お前滑ってみろよ!」って思うでしょ?(笑)
世界と戦うために
F:今度の五輪で、綿谷さんが“脅威”と感じる選手は誰ですか?ショーン・ホワイト以上に怖い選手がいるとも聞いたことがありますが?
W: 男子なら、フィンランドのリスト・アンティ。カナダはクリスピン。アメリカはフィンチ、キャス、メイソン、エライア。ノルウェーのホルバー、キム。ドイツはクサバー、ヤン、シュミット。オーストラリアもレベル高いです。
女子はカナダのサラ、ニコル、アメリカのハンナなど若手が勢いある。ノルウェーはシャスティ、ドイツはシルビア、オーストラリアはトラ。フランスにはソフィーがいますね。
F:その中で、日本の選手で対抗できるのは?
W: たくさんいますよ。中井、ダイキ、フミオ、カズ、童夢、石原タカ、樋口守、渡部耕大。このあたりは昨シーズンも決勝に進出しています。
女子では山岡聡子さんと伏見さんがファイナル進出。橋本さんもまだまだ高さがあるし、来季も期待できますね。
F:来季の大会では、何が勝負の分かれ目になりそうですか?
W: フリーランがうまい人が有利かも。パイプの規格が変わって、スタートから1ヒット目までの距離が長くなったんです。ここをうまく使わないとスピードが出ない。
パイプの形も、US OPEN、NIPPON OPEN、イタリアや上越国際のワールドカップと似てくるでしょう。
全体的にパイプが大きくなる分、高く飛ばないと評価されないと思います。
F:最後に、夢を教えてください。
W: スノーボードのナショナルチームの仕事って、目に見える形には残らないんですよね。だから、いつか何かの形に残したい。
YONEXの板の開発は、そういった意味で形に残せたものの一つです。
でも、それ以上に、スノーボーダーとして何かを残したいと思っています。
それと、年に一度はdmkのみなさんと一緒に滑りたいですね。

●インタビュー後記
12月のブラッコムで開催されたワールドカップで綿谷くんに再会し、食事を共にした。そして今回、夏のウィスラーでもまた彼とじっくり話をする機会に恵まれた。
彼と会うたびに感じるのは、「本当に深く物事を考えている人だな」ということ。ナショナルチームのコーチとして、どのように選手を育て、どんなチームをつくっていくべきか。綿谷くんはその一つひとつを丁寧に考え、実際に行動している。そして、彼のビジョンには大きな共感を覚える。
いつも謙虚な姿勢を崩さない彼だけれど、その背中からは確かな覚悟と熱量が伝わってくる。きっとこの男は、将来スノーボード界において大きな仕事を成し遂げるだろう。そんな確信を持たせてくれるインタビューだった。