文:齋藤 稔
先日友達のプロボクシングデビュー戦を観に後楽園に行ってきた。彼は25歳、学生時代からボクシングやるぞと言っていて、昨年プロライセンスを所得、ついにデビュー戦となった。彼はサラリーマンとして仕事もやっていてそのかたわら今回のデビュー戦に向けて練習してきた。メールや電話でやりとりをしていたのだが、減量の厳しさや、練習の辛さなど、プロとしてリングにあがるまでの方が大変なようだった。結果は1R1分12秒KO負け。プロの壁は厚かったようである。しかし、ほんのわずかな時間でも彼は彼の中のヒーローと同じ時間を持ち、同じ気持ちを味わった。彼にとってこの試合はいろいろな意味を持っていた。そう、彼は日本にたくさんいるボクシングファンの一人で、ボクシングの魅力に惹かれプロになったのである。試合後彼はこう語った「プロは厳しい。でも俺はやめない。日本チャンピオンが夢だったけど、今はそれが目標に変わった。」今彼は、本気で日本チャンピオンを目指すため、会社を辞めようか迷っている。ボクシングのファイトマネーはものすごく安い。四回戦の試合で約4万円だ。しかも自分の体がボロボロになる。それでも彼はボクシングをやめようとはしない。会社を辞めてボクシングに賭けてみたいと話している。彼の一つの夢「プロになってリングに立つこと」はかなったが、彼の新しい”夢“は始まったばかりだ。
今、日本にプロのスノーボーダーを目指している人間がどのくらいいるのだろう?かなりの人数がプロを目指していることと思う。その中には会社を辞めたり、はじめから就職しなかったりして、スノーボード中心の生活を選んだ人もいる。反対に仕事をやりながら、その中でプロを目指している人もいる。今、進路を悩んでいる人もたくさんいるだろう。僕もその中の一人だ。プロを目指す全ての人がその人なりのやり方で夢を追っている。この中の一握りの人が実際にプロとなり、多くの人に感動を与える側に立つ事になるのだろう。しかし、プロになったからと言って生活が豊かになるわけではない。話に聞くところではプロの中でもほんの一部の人だけがスノーボードだけで食べていける人だそうだ。何かのTV番組でサッカーのラモス選手が話していた。「プロは厳しい。自分たちはフィールドで結果を出すことが全てだ。そのためにはいろいろと我慢しなければならないことが多い。自分に求められた結果をきちんとだす。それがプロとしての義務であり、責任だ。」確かにそうなのだろう。プロになることで責任が大きくなる。その責任を果たせなければプロとは言えない。プロの人達は人生の全てをそのことに捧げている。だからこそ輝きを放ち、感動を与えることができるのだ。
何かを得るためには何かを失わなければならない。夢のためには犠牲が付き物だ。その夢が大きければ大きいほど犠牲もまた大きくなる。安易にプロを目指してもそれはかなうことはないだろう。本当に目指すのなら全てを捨てる覚悟が必要だ。その覚悟がある人は頑張って欲しい。いつしか夢は現実となるだろう。その時に自分がなくしたものより、大きなモノを得ていることは間違いない。それがどんなモノなのか、確かめられる日が来ること祈っている。
僕自身もまた進路について悩んでいる。人のことを言える立場ではない。夢と現実の狭間で揺れ動いている。どうすればいいのか全くわからない。ただ、ビデオや雑誌で輝いている人達から元気をわけてもらっている。いつか自分がこんなふうにいろいろな人達に感動や元気をわけてあげれる人間になれたらいいと思う。いや、絶対になってやる。僕自身も僕の夢を追おう。
全ての夢を追う人よ、頑張ろう。