オレの業界活性論

スノーボードの世界に生きる人それぞれが、もっとこの業界を良くしようと考えて行動している。その一方で、バブル期のようにスノーボードのことを知らないアホな奴がひっちゃかめっちゃかにするから「今のままでいい」という人だっている。だけど、オレのようにお節介派(?)は「もっとこの業界を大きくしたい」と思っている。

縁があってスノーボードを始めた。楽しくてハマった。夢中になってやっていたらうまくなって来た。この楽しさをいろいろな人に伝えたくなった。自分が楽しい気分を他の人にもシェアしたい!って自然のことでしょ?
それな気持ちでやっていたら、気づいてみたらこれで飯を喰っていたんだけど。もうスノーボードを始めてから21年目の冬を迎えようとしているのだ。縁あって付き合ったこの業界をもっと良くしたいと思ってる。

その肝心のスノーボーダーを増やすためには、どうしたらいいか?

1つにはこのスノーボードの文化を高めることが必要だろう。
例えば日本には食文化というのがあり、これは世界的に見ても最高峰だと思う。そのへんの人でも、おいしい食事にはうるさいんだ。きっと北米に来たら、「うわあ、海外の人ってこんなにおいしくないものを食べているんだ」ということを知る。だって、日本人なんか世界でも最高においしいものをしょっちゅう食べているから、アメリカとかに来て「毎日の食事がおいしい」なんて思うこと到底無理なことなのだ。

だけど、スノーボードの文化はどうだろうか?
低いと思わざるえない。日本でははっきり言って「これでプロって言っちゃっていいのか」なんてレベルの人までプロと堂々と言っちゃっている。もちろんプロにもいろいろな種類があるから、自分の領域や世界を作って、プロという宣言はありだと思うけどね。
だけど、日本のそのへんのイメージ系ビデオを見せてカナダ人ライダーが「やべえ」とか思ってくれるだろうか? 無理だと思う。
日本でもいろいろ良い動きもあることも認めるけど、まだ全体的に発信者の方が、甘っちょろいと思うのだ。発信者というのは、ライダーやらメディア、メーカーなど含めて、この業界に情報を発信する人のこと。発信者ならもっとしっかりと最前線のところを見る努力をし続けて、少しでも日本のスノーボード・シーンが良くなるように頑張ろうね、と。

こう書くと「フサキさんってコアだね~」なんて思うかもしれないけど、全然そうじゃないんだな。これは自分に会った人ならわかるけど、オレはむしろかなり一般層を意識している。ただ、その人の考え方からその話によって受け止めているだけのことだから。気分はタッキーとプロレスした猪木なんだ。
アントニオ猪木というのは、柔道王ウイリアム・ルスカからアイドルのタッキーまで、プロレスして観客を沸かせちゃったエンターテーナー。自分も同じように深さを前提に幅広いところを考えているだけのこと。そして、その軸となるのがスノーボード文化であると考えていて、高い文化があった上で底辺が広がると考えているのだ。

例えば北米の市場。高い横乗り文化がある。横乗りというのはスケートやサーフィンなども含まれる。そのスケート文化があったところで、スノーボードもかなりナチュラルに受け止められた。結果、凄い高いスノーボード文化が生まれた。専門誌を見ていてもライダーのやっているレベルは高いし、カッコいい。結果、今、北米の専門誌は広告がわんさか入って、「うわあ、繁盛しているなあ」という感覚を与えてくれる。実際、北米の市場は日本よりも安定している。日本の90年中頃のスノボ・バブルのようにドカーンとしたものはないが、着実にスノーボード文化というのが根を張っている感じで安定した市場を形成しているようだ。
そうかと言って、北米がすべてのことで日本のスノーボード業界よりも上であるとは思わない。だから、そこに自分が北米進出できる道があるとも思っているのだけど。ともかく文化を軸に強い業界が形成されているのは確かだろう。

今、高い文化を築き上げるべきだ、と伝えたけど、同時に必要なことは余計なしがらみを取ること
が大事ではないだろうか。このしがらみというのも抽象的な言葉だけど、例えば・・・、

「最初は29800円のセットでいいんだよ」と言ってあげて、スノーボードを始めたい人が最初に用具を揃える敷居を低くしてあげたり。
「スノボと言ったっていんだよ」と教えてあげたり。

今でも少なくなったのだけど、この業界には「バカ野郎、スノボって呼ぶな、スノーボードって言うんだぞ!」と怒る人がいて困る。まあ、自分も以前はそんな種類の業界人間であった部分もあり(笑)、その怒る人の気持ちもわからないわけでもないんのだけど。まあ、オレたちがマクドナルドをマックと呼んだり、関西ではマクドと呼ぶのと大して変わらないと思うので、勘弁してあげてほしいと思う。もっと新規参入者にやさしくしてね、と。

dmkクラブのアヤ部長によれば、サーフィンもずいぶん敷居が低くなって、静かに(?)密かに(?)盛り上がっているとか。かつて12万くらいのボードでないとバカにされていた雰囲気はなく、今では6万円ボードでもウエルカムな雰囲気があると。やはり、スノーボードもそうしたいよね。専門誌は広告の絡みもあっていつも高いボードばかり掲載しているようだけど、別に29800円の市場があってもいいでしょ?だって、10万円以上出してギア揃えていたら、本当、今のようにニッチな世界が継続されそうだ。北米だって、そういうボードたくさんあるんだから。先週スポーツチェック(大手チェーンのスポーツショップ)に行ったら、かつてブランドものだった5150のボードが200ドル(2万円)で売っていた。リキッドとかラマーなんかも、おもいっきり安売りボードになっていたね。だけど、これでも充分にスノーボードができる。

ここで一応まともにやっているメーカーさんの言い分も伝えておこうか。
この業界は誰かがデザインを含めた開発費用を負担しないと進んでいかない。例えば、すべての人がチープなボードに乗っていたら、いつまで経ってもチープな市場、チープのモノしかできないだろう。だって、きちんとお金をいただかないと、凄いクリエイターやらデザイナーさんに仕事していただけないし。開発費用だって出せはしない。そのへんは自分も同意。やはりきちんとしたメーカーというのは必要だね。

だけど、その一方で新規参入者の市場をもっと拡大する意味で、デザインを含めてコピー屋さんのような安いボードのメーカーの商品でもOKと言ってあげたらどうだろうか? 以前の自分ならこういう考えはなかっただろうが、今はもうちょっとこういうものもOKと言ってあげた方が良い時期なのかな、とも思うんだ。だって、実際に今の安いボードって悪くないでしょ? 間違いなくオレが20年前に乗っていたMOSSのV1よりも良いのだから(笑)。ちなみにあのエッジがない板だって、猛烈に楽しかったぞ!

こう考えればわかりやすいんじゃないかな。確かにお金積んで良い大学に行った奴は優秀な奴が多い。政治家だって、様々な会社の重役だって、勉学にしっかりとお金を使って来た奴が多いでしょ。だけど、世の中には中卒でも立派に社会に貢献したり、ある世界でのトップに行き、社会の模範的発信者になっている人だっているでしょ? つまり、高い一流ブランド・ボードを買って始めた奴は確かに志も初歩の段階から高いので、凄いライダーが出る可能性も高い。だけど、超ビンボーな家庭でもスノボやりたくてしょうがない奴がいて、そいつが29800円セット買ってもいいじゃない。そもそも底辺を広げるからこそ、文化を高める可能性があるライダーだって出るだろうし。その29800円セット世代から、スノーボード文化を高める業界人が出てくれたらありがたい。そいつが将来「ああ、あの時スノボを3万円以内で買えなかったら今のオレはいなかった」って語ったりするかもしれないよ。また、そいつだってきっといつか気づくだろう。29800円のセットでは長いシーズンを熱く強く、滑り切ることは難しい、と。そうしていつか気づけば、死に物狂いでカッコいいもの買うだろう。だけど、彼がそうやって一流ブランドを求めるきっけを生んだのは、29800円のボード・セット。

というか、根本的にこの楽しいスノーボードを他の人にも味わってほしいと思うのだ。余計なお世話かもしれないけど、お節介焼きの自分は、そう思う。だから3万円のセットでスノーボードができない!という風潮はおかしいし、もしそういう嘘言う人がいたら、ひじょうに残念。でも、今、業界を見渡せたそういう風潮が蔓延しているようで仕方ない。誰かが言わないと、本当に大切なことが伝わらなくなってしまう。

業界を広くしたい、と考えている人は、本気で自分たちのライバルが誰なのか考えた方がいいだろう。こういうことはSBNのツカダさんがたぶん日本で一番くわしいのだと思うけど、ライバルはディズニーランドであったり、ケータイの請求書で悩んでいる若者だったりするんだよね。「えっ、オレのことかって!?」と思ったりするかもしれないけど、まさにそういうことなんだと思う。

例えば、あなたは以前、スノーボードに夢中だった。だけど、最近ひょんなことで子供の買い物に付き合いオモチャ屋で懐かしのガンダムに遭遇してしまった。それで、あのオタク心が持ち上がって、買ってしまった。気づけば、それはスノーボードに投資すべきお金だった、なんてね。
そこでオレが考えたのは、まったくスノーボードに関係ない反対方面の人に、スノボをやってもらおう!という発想。それが、最近、提唱を始めた『萌えキャンプ』なんだ。

この萌えキャンプというのは、あるスポーツ新聞の記事がヒントになった。老舗のメガネ屋が秋葉原で萌えメガネ店をしたら大繁盛した、と。そこでオレは、秋葉原にいるオタクを萌えパワーで雪上に運んだら、おももしろいな、と思ったんだ。まったくアウトドアとか関係なく、オタクにお金を使っていた人たちをスノーボードに使わせようという作戦。

バスで秋葉原に集合。可愛いメイドさんが、「ご主人様いらっしゃいませ」なんて迎えてくれる。「ご主人様、バスの中は乾燥します。この喉アメを舐めてください。あーん」って。もう、これが間違いなく行きのバスから大盛り上がりだよ(笑)。
雪山ではそのメイドさんとアキバ・オタク軍団が、共にスノーボード・レッスン。そして遂にはターンができるようになる。「ご主人様、凄ーい!」なんて超感動のフィナーレだ。きっとこのドキュメンタリー、シモンとかこっちのライダーに見せてもドッカーンだね!

もちろんこういう萌えキャンプができる土壌という前提に、ある程度、高い文化がなくっちゃダメなんだ。先の日本の90年中頃のスノボ・バブルはその文化ってものが弱かったために、凄い勢いで崩壊したんだと思う。北米にもブームというのはあったのだけど、しっかりと文化があったからバブルでなくブームで終えることができた。これは大きな違い。

オレなんかも散々ハウツーをやったし、今でもガンガンやっているのだけど、最近ハウツーというのも考えものだな、と思うようになった。確かに底辺層を広げる役割もあるし、スノーボードを始めた人が永遠のスノーボーダーになれるような道しるべにもなれることがハウツーなんだけど・・・。これが度を過ぎると、薬の取り過ぎというか。またこのハウツーだけに頼っている専門誌というのもヤバイと思うんだよね。だって、ハウツーよりもそのライダーの写真だったり、そのライダーの一言だったりが、あるスノーボーダーのライフ・スタイルを変えてしまう力があるからね。まさにコンテンツ力があるストーリーや写真って大切なところなんだ。それがあった上での便利ものハウツーという感じがいいと思う。ハウツー主体ってなんか高いサービスばっかりうたっているどっかの安売りショップのような感じになってしまう。それは一時期は儲かるのだけど、長い目で見たら弱いと思うんだ。そこに本当にスノーボーダーの心を揺るがすものがなければ。

そう考えると、ハウツーは良薬にもなるし、毒薬にもなるのかもしれないね。特にハウツーなんて、キャッチフレーズに勢いがあるものほど、「臭い」と思った方がいいかも(笑)。コレで絶対にできるカービングターンとか、これさえ読めばパイプでダブルヘッド可能!とか、かなり嘘っぽいね。自分もこういう傾向で物事を書いてしまう悲しい性もあるけど、最近はなるべく言葉にはもっと謙虚に責任持って発信したいと考えている。だって長い目で見て、飯田フサキというスノーボード業界人(=発信者)が信用されないことにもなるわけだから。そう、発信する言葉にもっと責任を持ちたいんだ。「極上」だったら本当に極上でないといけないし、「完全」だったら、完全でないといけない。だから、最近、自分で作ったメーカー・リンク集の名称は、ほぼ完璧リンク集。結構笑えるタイトルだよね。だって、普通の発信者の発想って「完璧リンク集」で行ってしまうから。だけど、自分の感覚では、良いタイトルだと思うんだ。だって、凄い信憑性が高まったから。「ほぼ」が付いたことで、嘘ではなくなった。雑誌やビデオのポスターだって、売りたいがために嘘を言っちゃダメだよね。

『オレの業界活性論』なんて、大層なタイトル付けてしまったけど、ようはもっと発信者の人が真剣にこの業界を考えた方がいいんじゃないの?と思ったんだ。まあ、余計なお世話かもしれないし、知ったこっちゃない、と思われるかもしれないけど、一人でもこの意見に賛同してくれる人がいたらありがたいね。そして、変わって行くきっかけができたら嬉しいな。