WILD BOY/宮澤 悠太朗

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子供の頃は、特別に運動ができたというわけではないけど、結構、やんちゃ坊主だったという。そんなワイルド心が開花したのは、スノーボードで初めてジャンプをした時だ。これまで味わったことがない浮遊感に、たちまちその魅力にハマったという。
日本を代表するフィルムクルーの1つスクローバーや、世界を代表するスノーボード・ブランド、バートンが期待に掛ける若者の名は、宮澤悠太朗。
そんなWILD BOYにカナダで聞いた最新の声をお届けしよう。

 

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スノーボードを始めたきっかけは?

最初、家族でソリをしに行って、その時にスノーボードをやっている人を見て「やってみたいな!」と思ったんです。
でも、まだ幼稚園で小さかったから、レンタルがなくて、その時には諦めました。

初めた日は、どうだった?

いや、全然覚えていないです。小さかったので(笑)。

 

今、高2だよね。
じゃあ、それまでの過程でどうしてライダーのレベルに行ったんだろ?

小学5年までは、家族でシーズンに1、2回行くぐらいだったんですよ。
だけど、4年生の時だったかな。同じ年の女の子でバッチテストを受けている女の子がいて、僕も受けるようになり。その時のバッジテストの練習内容にキッカーがあり、初めて飛んだんですね。それで、「やっばー!」と思って。浮いている感覚って初めてのことで、スノーボードの魅力を強く感じました。
それで、5年生の夏にスノーヴァ溝の口に行くようになって、スノーボードにハマりました。
あれ、待てよ。バートンからアップされているインタビューでは、キッカーを飛んだのは5年生になっているぞ。

ハハハ、あれ!?
あっ、4年生から5年生に行く春だったんですよ。だから、ほぼ5年生。

 

あっ、そうか(笑)。
それで、スノーヴァに行ったということだけど、オフシーズンの場所だから、毎週通った感じ?

そうですね。毎週、水、木とか行ってました。
最初はちょっとという感じだったけど、その時、スノーヴァで夏期講習があり、「もっとやろう!」という気持ちになりました。

 

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(この春は、ウィスラーのパークを流していた悠太朗。まさにワイルド感が伝わる元気な滑りを見せてくれた。)

 
やっぱり、当時から運動神経が良い子だったの?

いえいえ、全然。特別悪くもなかったけど。
その時は、空手やったり、サッカーやったり、水泳もちょっとやっていた感じです。

 

へえ、じゃあ運動は元々好きだったんだね。
当時は、5年生だから11歳。今から5年前になるけど、そこからライダーになっていくきっかけというのは?

スポンサードさせていただくようなったのは、最近のことです。
前シーズン、敦士くん(石川)の伝手でFLOWとクイックシルバーを支給していただき、そして去年の夏前にバートンからお話をいただきました。

 

敦士くんと知り合ったきっかけは?

千葉キングスでキャンプをやっていて、それに入った時に会いました。
その時、「アメリカに行く?」って聞いてくれて、行くことにしたんです。

マジで!
凄いね。きっと頑張っている姿を見て、声を掛けてくれたんだね。それで、そのまま行っちゃう悠太朗も凄いけど(笑)。
アメリカのどこに行ったの?

ハイカキャンプがある夏のマウントフットです。

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いっしょにアメリカに行った石川敦士コメント

悠太朗は言葉に出さないけど、芯があり、頑固な一面があります。
10代特有の勢いも友基(角野)や朋碁(脇田)とは違いがあるけど、内なる勢いを感じます。
あと、去年の夏にMT HOODに行ったのですが、入国審査の時に指紋認証するため入国審査官に親指を押すように指示されたのですが、その際、悠太朗は勘違いして親指を上げて(グッド!)「yeah」と答えてました。
後ろで見ていて、爆笑しました。

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バートンに声を掛けてもらったきっかけは?

以前、長野のホワイトフォーレストというショップにお世話になっていて、そこでバートンのウェアをいただいていました。その時から話させてもらっていて。それで(バートンのライダーに)なったのはトモキと同じ時期です。FIS大会の後。でも、僕はその時は6位だったんです。

 

6位でライダーになったというのは、なんだったんだろ?

その時、言っていただたのは、「勢いがある。」って。「攻めていた。」みたいな。

 

確かに、自分も初めて悠太朗のライディングを見たけど、その勢いを感じたよ。撮影していても画になる。
自分では、そのへん意識しているの?

意識しているというか、楽しんでやる!という気持ちはあります。あと、撮影になると、気合が入るというか。

 

でも、凄いよね。小学生の時は、特別運動神経が良かったとかでないのに、今、ライダーとして活躍を始めているんだからね。
子供の頃は、どんな感じだったんだろ?

何も考えないで突進していくという感じかな。やんちゃだったんです。
ちなみに、お父さんもやんちゃ。仕事はお坊さんだけど(笑)。

 

(以下、カナダ・ウィスラーでの悠太朗の最新映像。)

 

2014-2015シーズン、自分の中でのハイライトってどんなこと?

そうですね、この終わったばかりのシーズンですよね。
スクローバーで北海道にナチュラルの撮影に行ったこと。
そこで他のライダーを見ていて、パウダーの着地とかできるでしょ、と思っていたんですけど、実際やったら全然難しくて。「はい、着りました。」と思った瞬間、フロントフリップでボンボンボンって転がったり。逆に後ろに乗り過ぎて、ボーンって潰されちゃったり。
雪がちょっと少なかったこともあるけど、思ってたよりもうまく着地ができなくて。「ああ、こんな世界もあるのかあ。」と思いました。

 

じゃあ、改めて映像を残すライダーたちのうまさを知ったのでは?

そうですね。大会とかあまり出ていない上の人たちとかいるじゃないですか。
たまにいっしょに滑ったり、映像見たりしていても、フリーランうまいな!って思いますね。
映像見ていて、国母和弘くんうまいと思ったし、あといっしょに滑っていて圭司くん(岡本)、敦士くん(石川)もうまいし。
すぐに画を残すんですよね。パッと終わらせて「違うのやる?」って。だから、いっぱいカット(画)を残していて。
結局、ナチュラルでのランディングのコツ、それは何だった?

そういう意識とかでなく、慣れていくことかなあ、と思います。経験かな、と。
みんなが終わっても、「あと、一本行きます。」って入ったり。

 

このインタビューを読んでいる人は、やはりコツを知りたいと思うんだよね。
普段、パークの構造物を飛んでいるライダーが、ナチュラルに行くと戸惑う。そこには、どのようなアジャスト(調整)テクニックが入るのか?

そうですね・・・。もうキッカーのイメージというのは捨ててましたね。キッカーの着地のイメージは捨てて、とりあえず空中から出たら、ランディングを見ながら、合わせて行くみたいな。

 

逆に言ったら、普段のパーク・キッカーでは、あまり着地見ない?

いや、見ているんですけど、感覚でなんとなくわかるんです。同じような形だから。
でも、ナチュラルの場合には、ドロップだったり、アップだったり、いろいろなランディングがあるので、そこに合わせていかないんです。例えば、着地のところに木があったら、そっちには行けないとかもあって。
そういう経験させてもらって、スノーボードを全体的にスキルアップしたかな、と思います。

 

ここまでの話を聞くと、大会の方も撮影の方も両方、という印象を受けたけど、今後の活動は?

いや、大会です。
ナチュラルの撮影とかは経験でやらせてもらっている感じです。スノーボードの幅も上がって来るじゃないですか。だから、うまくなると思うし。
去年の八幡平でのキッカー撮影のお蔭で、デカいキッカーも怖くなくなったという経験もあるので。
そういうのは大事にしていきたいです。
(※以下、動画は八幡平でのキッカー撮影の様子。)


目標は?

オリンピック・・・、金です。
オリンピックだけでなく、X Gamesとか、USオープン、ユーロオープンにも出たいし。
外人選手に勝ちたいですね。

じゃあ、今季、2015-2016の目標は?

まずは、世界に行く前に、日本の大会でちゃんと成績を残すこと。ケイタやユウキみたく、そのまま世界の大会に出て活躍できたらいいな。

 

意識しているライバル選手は?

特にはいないけど、同年代の朋碁(脇田)、壮希(脇田)とか。ちょっと上の奎汰(稲村)、友基(角野)、樹(稲村)とか。
ナショナルチームのメンバーはいっしょに滑ったり、同じ大会に出ることも多いので、負けたくないです。

 

ちなみに、みんな仲がいいんでしょ?(笑

はい、みんな仲がいいです(笑)。兄弟みたいな感じですよ。

 

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宮澤 悠太朗
Yutaro Miyazawa

出身地:東京都
1999年1月25日生

スタンス角度: 前足9°後足-12°
スタンス幅52cm

Sponsors:
BURTON、ムラサキスポーツ、oakley、アイスチューン、Sclover、小布施 埼玉クエスト、スノーヴァ溝の口、body works、Earu.first、たばる針灸整骨院

 

 

 

 

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