TRANSWORLD SNOWBOARDING JAPAN が休刊

LINEで送る
Pocket

 

トランスワールドジャパン発行、SNOWBOARDING+(PLUS)が休刊した。
今後は、ウェブサイトの方のみでスノーボード情報を発信していく模様だ。

news160422b

10年以上にも渡り、日本のスノーボード専門誌として、スノーボード・メディアを牽引して来たトランス誌。
アメリカのトランス誌の日本版として発行され(注:2015年9月から、SNOWBOARDING+(PLUS)に雑誌名変更。)特にコア系スノーボーダーたちに支持されて来た。
当時すでにあった専門誌、SNOWing誌、SNOWSTYLE誌の後発としてリリースされたトランス誌だったが、スノーボーダーのインスピレーションをくすぐる写真やストーリー感あるコンテンツなどで人気専門誌に浮上。

特にカタログ号のブランド数はどの専門誌よりも多く、一部メーカーからは、「カタログ号はトランス誌しか出さない。」という声も聞かれるほどだった。

しかし、時代の流れと共にコア専門誌を漂わせるコンテンツだけでなく、ハウツー、そして漫画という領域にまでコンテンツ・カラーは広がった。
その結果、一部のコア層からは「トランス誌らしくコアにスノーボード・カルチャーを広げてほしい。」という意見もあったようだ。

販売部数をキープするためには、どこにシフトを置くのか舵取りが難しい。

ユーザーからお金をもらってビジネスするという専門誌の役割を果たしていかなくてはいけない。どんなに一部のコア層が「COOLにスノーボード・カルチャーを深めろ!伝えろ!」と言ったところで、運営する立場になれば一般層を無視することはできない。それは致し方ない決断と言えよう。

また、時代の変化も大きかった。今や人々は、情報はネットで探し、雑誌を買わなくなって来ているのだ。特にギア系の情報、ハウツーなどはネットの方が充実している。ハウツーは誌面よりも動画の方が伝えやすい部分も大きい。

加えて、現在の最新スノーボード・コンテンツの映像は、ネットでしか得ることができなくなって来ている。より専門誌の意味は薄れてしまっている状況だ。

それでも、日本を代表するスノーボード・エディター、野上大介氏が編集長の元、日本のスノーボードの専門誌のリーダー的立場を走って来た。優秀な編集長がいたために、ここまで突っ走って来たことは間違いないところ。野上氏ほど、トッププロの言葉から、一般ユーザーに耳を傾けた幅広い受信アンテナを持っていた方はいなかったと思う。言葉は悪いが、わかった上で、あえてコア層にするとダサいこともやって来たのだろう。それは、日本の一般的なスノーボーダーに有益なコンテンツを発信するため。もっとスノーボードの楽しさを知ってもらうための入り口作りだったと言えよう。
そんな中でも、野上氏は大胆にヒストリー企画をやったし、今のスノーボード界に思うことなどを真剣に冒頭コラムなどで発信して来た。

しかし、そんな野上氏も10年以上の編集活動を終えて、先月にトランスジャパンを退社。
専門誌の時代は、1つの節目を迎えたような気がする。

スノーボード専門誌のヒストリー

80年代後半、OLLIEという怪しいスノーボード専門誌が、日本に初めて誕生した。その雑誌は2回で終わった。丘サーファーの言葉が流行していた時代、サーフィン・ファッション誌のFINEが「スノーサーフィン特集」を紹介してくれた。
1990年。まだスノーボードという存在が世間一般にはあやふやな時代、SNOWSTYLE誌が誕生!続くようにSNOWing誌が生まれ、さらにSNOWing誌は内容が伴いまま、強引に季刊誌の舵を取った。今、思えば凄く大胆な行動だが、あの時代のスノーボード界の勢いを象徴していたようにも思う。

あの頃はスノーボード専門誌の創世記時代だった。

さらにSNOWing誌はカタログ号という、当時画期的なアイデアを生む出し、一年の利益をカタログ号でほぼ賄うというビジネスを作った。これは後にアメリカの専門誌が真似をしたビジネス・モデルだ。
さらに、池袋のサンシャイン60で、スノーボードの展示会ということも始める。現在のSBJ、インタースタイルの流れを作った。
(※現在インタースタイル展示会で指揮する渡部透氏は、元々スノーイング誌にいた経歴を持つ。ある意味スノーイングあったからこその流れだったのかも。)

まさにスノーボードがイケイケバンバンという匂いが強烈に漂った90年代に、誕生したのがトランス誌。さらに同じような時期に、SNOWBOARDER誌(実日)、SNOWBOARD Nippon誌(ジャーナル)、SNOWBOARD誌(ヤマケイ)などのスキー系雑誌も参戦。そして、トランス誌から枝分かれのような形で生まれたFREERUN誌だ。
コア系、ハウツー系、競技系など、それぞれ様々なカラーを武器に、戦国専門誌時代を戦っていた。
(※トランス誌元編集長の野上氏は、ヤマケイ出身。プロ・スノーボーダーだった傍ら編集者として実力を培っていった。)
(※SNOWBOARDER誌の全身はボドレップという雑誌名で、苦戦していたが名前を変えてハウツーという領域を広げることで成功した。)

今回、トランス終焉という1つの時代が終わり、日本の専門誌の時代は、コア系にFREERUN誌。一般ユーザー向けにSNOWBOARDER誌が残った形となった。雑誌不況という大波が押し寄せる中、彼らは生き残りを賭けていく。スノーボード専門誌ができることは何なのか。ネット・メディアの上を行くことは何なのか。今、彼らのアイデンティティが問われていると言えよう。

 

 

LINEで送る
Pocket