2008 US OPEN 本日幕開け!

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いよいよ本日からBURTON  US OPEN 2008が幕開け!
アメリカ・バーモント州ストラットンにて、熱い戦いが繰り広げられることになる。
数多いスノーボード大会の中でも最も歴史が古く、権威あるイベントだ。

世界の主要大会を結ぶTTRツアーのチャンピオンが決まり、また世界五大陸で開催されたオープン選手権シリーズの覇者を決める大会でもある。

現在、このオープン選手権シリーズの1位は、國母和宏だ。若干18歳ながら日本を代表する天才ライダー、シリーズ制覇するか注目される!

US OPENの歴史とスノーボード時代背景

US OPENが始まったには、まだ世間にスノーボードという言葉がまったく知られていなかった1982年だ。
「National Snowboarding Championships」という名称の元、スノーボードの原型となったスナーファーと、スノーボードに乗ったライダーたちが参加した。
当時、スノーボードは、どのようにして世間に広げていいか、模索中だった。また誰が一番うまいのか、ということもわからなかった。そこで単に遊びというものからスポーツの1つとしても認知してもらえるように大会を開くことになった。スキー場で遊ぶものだったので、とりあえずスキーをお手本として、スラロームとダウンヒルを行ったのだ。
ダウンヒルで優勝したのは、この後、Burtonと熾烈な争いを繰り広げることになるSimsの創始者トム・シムスだった。

US OPENでスノーボードの魅力を教えてくれた故クレイグは、レースもパイプも圧倒的にうまかった。
Photo by Hubert Schriebl

1987年のスラロームでは、後にスノーボードの神ともまで拝められることになるクレイグ・ケリーが優勝。すべてのトリックに美しさを与えたというクレイグだが、まだこの年、ハーフパイプ種目はなかった。

翌年、1988年。遂にハーフパイプ種目がUS OPENに誕生!記念すべき初代チャンピオンは、フリースタイルの教祖とまで言われたテリー・キッドウェル。2位は後のLamar創始者となるバート・ラマー。そして3位はクレイグ・ケリーだった。
ちなみにこの頃、レースでは東海岸系のBurtonのライダーが強かったが、フリースタイルでは西海岸系のSimsのライダーが強かった。テリー・キッドウェル、ショーン・パーマーもSimsだったし、クレイグ・ケリーでさえSimsだった。それだけに当時は、その数年後にBurtonが圧倒的にSimsよりも上に行くとは考えられない時代だった。むしろSimsのフリースタイル・イズムが、この業界に力を与えると考えている者が多かった。

1989年、クレイグ・ケリーがハーフパイプ、ダウンヒルで優勝。
クレイグを獲得したBurtonが、飛躍的にギアを向上させるきっかけをつかんでいた。同時にクレイグは、そのライディングの美しさ、大会での知名度などによりスノーボードというものを世間に知らしめ始める。

1990年のハーフパイプは、1位クレイグ・ケリー(Burton)、2位ショーン・パーマー(Sims)、3位ジェフ・ブラッシー(Burton)。90年代前半、スノーボード界で輝いたスーパースターたちだ。
当時、ハーフパイプはアメリカ勢が強かったが、アルペン競技ではヨーロッパ勢が強かった。
また、この年、日本で最初の記念すべき世界規模の大会がルスツで開催された。クレイグ・ケリー、ピーター・バウアーなど、当時のスーパースターたちが来日し、日本のスノーボード界普及に一躍買った。まだスノーボードという言葉は、あまり知られていなかったが、この頃から急速にスノーボードは発展して行く。すでにスノーボードの存在は、スキー場に知られていて、アメリカでも日本でも滑走禁止をしていたゲレンデが多くなっていった。

1992年、ハーフパイプで優勝したのは、テリエ・ハーコンセン。しかし、クレイグは1991年のシーズンの後、大会での引退宣言をしていたので、結局、テリエは一度もクレイグに勝ったことがなかった。
一方、クレイグは、フリーライディングという新しい世界に入っていた。クレイグは、自分の滑っている映像や写真を、ビデオや雑誌でリリースすることで飯を食べて行くというプロ・スタイルの第一人者であろう。
また、写真やビデオに掲載するページ、時間(分数)でスポンサーからお金を取るというフォト・インセンスティブ契約、ビデオ・インセンスティブ契約を始めたのもクレイグが最初のライダーと言われている。

1993年、テリエが2年連続でハーフパイプ優勝。ここからテリエは、恐ろしいほど強いライダーとなっていき、宇宙人とまで形容されるようになる。

1994年、パイプ優勝はトット・リチャーズ。彼の名を上げるきっかけとなった大会だ。

1995年、パイプで再びテリエ優勝。この年、テリエは日本で開催された苗場の世界大会でも優勝していて、パイプ競技に置いては、全盛期を迎えていた。
ちなみにこの頃、世界プロ団体『ISF』も全盛期。ISFの元、世界大会を開いていた。今のトップ・プロは大会での成績を重要視せず、むしろビデオ撮影に力を入れる傾向にあるので、世界と名の付く大会でもあるトップ・プロがいないのはあたり前、というのが現状。しかし、当時はまだ世界のトッププロが世界大会に出場していたので、真の世界チャンピオンという名にふさわしい時代だった。
一方、スノーボードがオリンピック種目になったことで、世界スキー団体である『FIS』との対立が激しかった時代。オリンピック側はすでにFISにスノーボード種目を任せてしまっていたため、スノーボード界を作って来たというプライドあるISFのFISに対する憎悪は激しかった。

ちなみにこの頃から、スノーボードはスキーを圧倒し始める。もはやスキー場はスノーボーダーなしに経営できなくなったので、スノーボーダーはウエルカム体制だ。アメリカの10代のキッズたちは、すでにスキーヤーやよりもスノーボーダーの方が多かった。
日本ではバブル経済が崩壊していたが、スノーボードだけはバブル景気になっていたので、スキーはもちろん、多くの職種の人たちが、スノーボード市場に乗っかった。そして、この後、日本のスノーボード界は、長野五輪をピークにして、スノーボード・バブル景気が弾かれることになる。

1997年、トッド・リチャーズがパイプで優勝。2位はテリエ。この大会、7位に入ったのは、FIS大会で結果を残し続けて来たロス・パワーズだった。オリンピック前年に開催されたUS OPENで、ロスは良い結果を残していなかったが、翌年のオリンピックでは金メダルを獲ることになる。

1998年、長野オリンピックの年に、US OPEN覇者だったのは、FIS大会でも結果を残して来たロブ・キングウェル。2位はテリエ、ロス・パワーズは10位。
長野五輪で、日本パイプ界のエース的存在であった渡辺伸一が16位に入っている。

スノーボードが記念すべき初五輪種目となった長野五輪、パイプの金はロス・パワーズだった。テリエは不参加のため、「真のチャンピオンを決める大会ではなかった」と言われた。
また、トッド・リチャーズは五輪に参加したが、そのジャッジ方法に不満があったのか、「五輪なんて出なければ良かった」とコメントしている。

1999年、ハーフパイプでロス・パワーズが優勝。この当時、ハーフパイプで最も強いという印象のライダーは、ロス・パワーズとなった。長野五輪で金メダルを獲得した時のロスは、スノーボード界ではそれほど影響力のある選手でなかった。しかし、五輪金メダル獲得を機会に上昇。

2001年、US OPEN当初からあったアルペン種目が遂に消える。US OPENの大会種目の特徴は、その時代に注目度が高い競技である。その時代の流れの中で、ボーダークロスが登場し、消えた。そしてビッグエアー、スロープスタイルが生まれた。80年代後半は、アルペン種目の方が主力であった。90年前期はアルペンとパイプがスノーボード界の発展に努めてきた。しかし、こうしてアルペン種目が、消えてしまったことでUS OPENの歴史と伝統はハーフパイプに受け継がれた感がある。

2003年、前年オリンピックで胴メダルを獲ったロス・パワーズが優勝。しかし、ここで2位に入った國母和宏の方が、エアーの高さやライディングの迫力でロスを圧倒したため、「ロスはベテランならではのポイントを獲得するテクニックで勝った」とも言われた。
2002年のソルトレイク五輪では、すでに中井孝治などの侍たちが、ジャパン旋風を巻き起こしていたが、この國母和宏の2位は、さらに「日本のキッズはぶっ飛ぶ!」という印象を与えた感がある。
1990年の世界大会で、竹内正則がスラロームやハーフパイプで決勝に残ったことは、「日本の奇跡」「日本のヒーロー」など呼ばれた。しかし、2000年初期の日本の侍キッズたちは、世界のプレッシャーをまるで感じないかのように、普通に表彰台を狙う存在になっていた。
ちなみにこの年、ショーン・ホワイトは5位。すでに凄いライダーだったが、もっと凄いことになってしまうのは、もうちょっと時間が掛かる。

また、この年の1月にはスノーボード界の神様と言われたクレイグ・ケリーが雪崩事故で他界。

2006年、ハーフパイプでショーン・ホワイトが優勝。この年のショーンは、どんな大会でも負け知らずで、イタリア五輪でも金メダルを獲得。ショーン・ホワイト時代の扉が完全に開く。

US OPENで歴史を振り返ると、そこには3人のライダーが浮かび上がる。
クレイグ・ケリー、テリエ・ハーコンセン、そしてショーン・ホワイトだ。
Burtonは常に時代のリーダーたちを所有し、その影響力を発揮し続けた。スノーボードの普及に献立し、スノーボードというスポーツをたくさんの人に知ってもらうきっかけを作り続けている。そして、US OPENは、そんなBurtonの思いを受け止めているかのように、26年間も開催し続けているのだ。今年も多くの人たちにスノーボードの魅力を伝えてくれるに違いない。

2008 US OPEN スケジュール
Monday, March 17
男女ハーフパイプ練習 (10am – 3pm)

Tuesday, March 18
男子ハーフパイプ予予選(9am – 1pm)
男子ハーフパイプ予選 (1pm – 3pm)
男女スロープスタイル練習 (1pm – 3pm)

Wednesday, March 19
男子スロープスタイル予予選 (9am – 4pm)
男女ハーフパイプ練習 (10am – 2pm)
Thursday, March 20
女子ハーフパイプ予選 (8am – 10:30am)
男子スロープスタイル予選 (9am – 3pm)
男女ハーフパイプ練習  (11am – 3:30pm)
男女ビッグエアー練習 (1pm – 3pm)

Friday, March 21
男子スロープスタイル予選 (8am – 2pm)
男子スロープスタイル決勝 (2pm – 4pm)
スロープスタイル表彰式 (4pm)
ミュージック・ライブ (8pm – 9pm)
男女ジュニア・ハーフパイプ練習 (9:30 – 2pm)

Saturday, March 22
男女ハーフパイプ予選 (8am – 1pm)
男女ハーフパイプ決勝 (1pm – 3:30pm)
ハーフパイプ、オープン選手権シリーズ、TTRシリーズ表彰式 (4pm)
男女ビッグエアー練習、決勝 (5pm – 8pm)
ビッグエアー、Volvo最優秀ライダー表彰式 (8pm)
ミュージック・ライブ (8:30pm – 9:30pm)

Sunday, March 23
ジュニア・ジャム女子練習、決勝 (8:30pm – 10:30pm)
ジュニア・ジャム男子練習、決勝 (10:30am – 3pm)
ジュニア・ジャム表彰式 (3:30pm)


http://opensnowboarding.com/Home.aspx?openid=USO

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