カナダのレジェンド/ケビン・ヤング

LINEで送る
Pocket

Peak#03のレジェンド・インタビューでも登場してくれたケビン・ヤング。90年からスノーボードを始めた人にとっては、懐かしライダーだ。しかし、今、多くのスノーボーダーたちは、この伝説のライダーを知らないのではないだろうか。そこで、今回のグローバル・インタビューでは、このレジェンドのインタビューをご紹介しよう。ビデオにも出てこなかった注目のコメントがここで明らかになる!


Interview by Fusaki Iida

どんなきっかけでスノーボードを始めたの?

僕はパークシティというところで1998年にスノーボードを始めた。最初のボードはBurtonのクルーザーさ。
始めたきっかけは、スケート仲間が始めたから。当時、その友達は、スノーボードをやって、僕はスキーをやっていたのだけど、彼のカッコいいスタイルを見ていたら、僕もやりたくなってしまったんだ。
彼に一生懸命についていったお陰で、一日でターンすることができた。彼は速いライダーで、僕を待つことがなかったから、早く習う必要があったんだ。

ケビンと出会ったのは、91年のウエストビーチ大会だったね。あの当時、パイプなんてなかったのにすでにうまくてビックリしたよ。

僕が滑っていた、オンタリオのスキー場は狭かったけど、ウィスラーよりも早くハーフパイプがあったんだ。
ここは雪が降り過ぎるし、みんなパウダーを滑りたがっただろ。
だけど、地元の方は固くて。だけど、パイプがあったからよく滑っていたんだ。

次の年、ウエストビーチ大会では、プロで優勝したね。あの大会はケビンにとって大きかったのでは?

ウエストビーチ大会はケビンの人生の転機となった。

うん。最初にフサキと滞在した翌年、僕の彼女がやって来たんだ。スタッフハウスに20日滞在して、アルパインにマーク・モリセットとショーン・ジョンソンと住んだんだ。
ショーンとはウエストビーチ大会で会ったことがなかったし、話したことがなかった。だけど、あの年にルームメイトになった。
ショーンは、プロでマークもプロになろうとしていた。それで僕もなれるかも、と思ったんだ。
チャイニーズレストランで皿洗いの仕事を得て、毎晩たくさん働いたよ。お金を節約して、大会のために時間を割き、その年、僕はカリフォルニアの大会PSTAツアーに行った。そしてファイナルまで行き、トップ16に入ったんだ。
ジェフ・ブラッシー、ショーン・パーマーなど当時のヒーローは、みんなショーン・ジョンソンが紹介してくれたんだ。

そう、その大会で良い成績残して、それからジューン・マウンテンのOPプロに行って、トップ10に入った。
表彰式でみんなスポンサーのためにボードを持ってるのだけど、僕はブラックボードで、誰も僕のことを知らなかった。それでエアー・ウォークがアプローチしてくれてスポンサーになったのさ。
また同時に、ウエストビーチのアマチュアライダーになれた、
お金は出ないけど、プロダクト(ウェアーなど)をくれて、ウエストビーチクラッシックのため、シーズン最後に戻って来て、僕はプロ・カテゴリーで優勝。

とてもおもしろい話なんだ。というのも表彰式があり、ゴンドラステーションの上で僕は大きな賞金、小切手のボートを掲げて、1000ドルだったかな。だけど、僕はすぐに仕事があるから行かなくてはならなかった。小切手は友達のホテルルームに置いて、それから皿洗いに行き、皿洗いが終わったところで、ベランダに行き(表彰式後の)パーティーを見ていた。
それでボスが聞いたんだ。「大会どうだった?」と
それで「僕は勝ったよ」と。
みんなパーティーしているのに、僕は汚いエプロン姿さ(笑)。
だけど、それが僕の最後の仕事になった。大会後に僕はK2のプロ・ライダーになった。
あのウエストビーチの大会は人々に僕の存在を知らしてくれたんだ。

あの頃、大会に出ていた人、教えてくれる?

ダノ(注:現在大御所カメラマン)は、大会に出ていた。
クリス・ニコルは、凄く良かった。たくさんのスピン、たくさんのニュースクールのライディングを見せてくれた。
ジェイミー・リンも良かった。3位に入ったね。

あの大会は、初めてのジャム形式大会だったんだ。僕たちはランしたいだけランすることができた。ジャッジはベストランをチョイスする。
そして、僕とショーンが優勝を競い合った。
ショーンをやっつけて、そしてジェイミー・リンも勝った。
僕は、あの大会でプロになれるレベルがあることに気づいたんだ。

あの頃の大会はおもしろかったけど、今の大会と違うところは何だったのだろう?

今の大会と違うところは、今のレベルの方がずっと上。
ハーフパイプのサイズやクオリティは良くなかったけど、もっと楽しんでいたね。

当時、大会はとても大きな存在だった。
スノーボード・フィルムはクリティカルコンディション、スタンダートフィルムのフォールライン・フィルムしかなかった。
それらは絶対に出れないような領域の高さにあった。あの時代のとても有名なプロしか出れなかったのさ。
僕のような若い奴が出世できる道は大会しかなかった。

あの時代のパイプのルーティーンはどんなものだった?

歴史を刻んだレジェンドも今では二児のパパに。

当時の僕の持ち技は、フロントサイド540、フロントサイド540、バックサイド・グラブ、ハンドプラント、フロントサイド360、ハーフキャブ、それにストレート・エアー。

パイプは立っていなくて大きく寝ていた。高さを出すためには頑張らないといけなかった。そしてトラックジャンプ(滑り跡が付いたラインに乗って飛ぶ)だったね。
だからみんな同じ場所で、ヒップジャンプしている感じ。そのヒップジャンプをつねがたのが、パイプって感じだった。

あの時代、ケビンは一番ぶっ飛んでいたよ。

そう、あの時代としては。
思い出したよ。今でも一番好きな技は、メソッド・エアーなんだ。
シンプルで大きく、スムーズに一番最高の気分が味わえる技。
人々はよくどのトリックが一番が聞くと、900だったり、名前がクレイジーな大きなトリックだったり。
だけど、今、僕は自信を持って言うよ「メソッド」って。「インディ」も。
だって、気分いいんだもん。

ウエスビーチ大会後にケビンは、スターになってビデオでしか見れなくなった。あの時の心境は?

夢が叶ったという気分さ。僕はプロになった。トリップに行くようになった。もっとスポンサーと仕事するようになった。
スノーボードは、スポーツとしてどんどん成長して行った。
僕はウェアーをデザインした。スノーボードのシェイプを変えた。
あの時のスノーボードのトップとテールは長過ぎて尖っていたから、カットして丸めた。

パンツはスケートボードように大きくした。あの時代のスケートはバギーパンツで、僕たちはスケートボーダーだったし。

僕たちはスケートボードのオーリーを使って飛ぶようになった。

今と大きな違いは、誰も金持ちでなかったけど、ストレスもほとんどなかった。
みんなスノーボードで生活できたし、みんなをハッピーにしていた。

ケビンはバギースタイルとかいろいろ作ったけど、ロデオもケビンでしょ?

まるでフィッシャーマンのようなバギー・パンツが流行した。その先駆者となったのがケビン・ヤングだった。

僕はロデオ・フリップを開発し、名前を考えた。
ロデオフリップは、ウインドサーファーを見て思いついたんだ。
ウィンドサーファーは、波にぶつける時、大きくバックフリップする。だけど、サイドに流れるんだ。
僕は、スノーボードでできるな、と思ったのさ。

あの時、マウントフッド、そしてマウントバチェラーまでロードトリップをしていて、そしてマウントフッドでメイクったんだ。とても嬉しかったね。

同じ日、マウントバチェラーへ車で向かう時、トリックの名前はまだなくて。
オレゴンで運転していていたら、看板でロデオと出ていたんだ。ちょうど街にロデオがあったから。
それで僕が「ロデオ・フリップ」と言ったのさ。

将来のスノーボードはどうなるのだろう?

常にジャンプは大きくなってクレイジーになっていくだろう。
若い世代は常にプッシュし続ける。彼らの標準値はどんどん上がって行くし、プログレッション(上達)は決して止まらない。
ギア面だけでなくテクノロジー、スキー場も。
なんのことでも思い描けることは、実際に起きるんだ。だから、もっとクレイジーになっていくだろう。

ところで、ケビンは無名な時から、有名な時、そして今でも全然態度が変わらないね。

友達を尊敬すること。それは一貫して変わらないし、それは僕にとって一番大切なこと。
だけど、僕は今まで多くの雑誌の表紙を飾ったし、ビデオにも出たけど、こうしてインタビューしたのはフサキしかいなかったね(笑)

●インタビュー後記
僕は、90-91にカナダ・ウィスラーに行き、日本食レストランで寿司を握っていた。あの時、スタッフハウスで職場の日本人同士で住むことに、何か後ろめたい気分があった。せっかくカナダに来たのに、もっとその土地に溶け込まなきゃ、という気分があったのだ。それでハウスを出て、地元のスノーボーダーたちと住むようになった。
その時、居候でやって来たのがケビン・ヤングだ。僕は、当時からケビンのセンスに驚き、また毎日いっしょに滑る楽しさも味合わせてもらった。その後、ケビンはウスエトビーチの大会をきっかけにどんどん有名になり、またカナダでは伝説のライダーと呼ばれるようになった。しかし、意外にもこうしてインタビューをしたのは、僕だけだったと聞かせれてビックリした。以前、スノーイング誌で一回、そして今回のPeak#03で2回目だ。

ケビンは、最も好きなトリックで、「メソッド・エアー」とコメントした。
とかく、僕たちは他人と自分を比べて勝手にプレッシャーを感じたり。また、自分の好きなトリックが簡単そうに聞こえるものだと、何か恥ずかしい気持ちになったりするもの。だけど、ケビンのように、自信を持ってシンプルに自分の好きな感覚を表現すること。それがとっても大切なことなんだな、と思った。

今回のインタビューでは、Peak#03に収録したところも、収録していないところも入っている。逆にPeak#03でしか、リリースしていないところもあるので、ぜひこの機会にレジェンドのインタビューをDVDで見てくれたら、コンテンツ制作者として嬉しい。

 

LINEで送る
Pocket