橋本 通代(3)

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INTERVIEW: FUSAKI IIDA

1年目 カナダでスノーボードを始めて、BC州大会で3位入賞
2年目 日本でイントラ生活を続けて、ダブルのエアーを完成
3年目 プロ・トライアル戦にて、いきなり優勝するという快挙
4年目 FISワールド杯にて2位、現在世界ランキング6位
4年間という短い間にシンデレラ街道をまっしぐらに突っ走った橋本通代。だが意外 にもこのような特集インタビューに答えるのは、初めてである。奔放初公開、橋本通 代の魅力に迫ろう!

なんであんなに高く飛べるの?
橋本通代(以下M):スノーボードをウィスラーで始めたので、外人の人達が高く飛 んでいるのを見て、それが普通なんだと思ってた。高く飛んだらカッコいいから自分 も飛びたいと思った。ボードを始める前に、スキーをしていて、スピードに慣れてい たし、雪の上に転んでもそんなに痛くないことを知っていたので、うまい人の真似を して、突っ込んでいくのも恐くなかった。そうして、高く飛びたい飛びたいってずっ と願いながら練習してたら、高く飛べるようになった。突っ込んでコケて痛いことよ り、高く飛ぶことだけ考えてた。

飛んでいる時ってどんな気持ち? 気持ちいいという単純な表現でなくて、何か ディープに表現してほしいのだけど。
M:正直に言うと、「みんな見て!高く飛んでるよー!」って感じ。感覚的には、 「抜けた!」って感じ。でも、私はまだ余裕がないのか、高く飛んだ時の景色とかは見えない。景色とかよりも「抜ける」感覚が気持ちいい。

みっちゃんの上達の歴史を見ると、もの凄いプラス思考しているような気がするんだけど、 転んだら怖いなんて思うことないの?
M:始めた時からトライしたいことを積極的にトライしてきた。人と同じことをして いたら人と同じ結果しか出せないから、頭を柔らかくして、怖いって考えるより新し いことをトライすることを楽しむように考えてる。でも、怖いと思うこともある。その時、無茶はしない。例えば、10メートルのテーブルを越えるのは最初怖いけど、イメトレしたり、小さいのから飛んでいけば、いつか怖くなくなる。そんなふうにし てきたから、今まで自分ではそんなに無茶はしていない。

上達というと他には、「素直」が武器のような気がするけど、自分ではどう思う? 人のアドバイスを素直に聞いて、よく実行に移すよね。
M:「素直」と「バカ」の際どいところだと思う。自分をストレートに出し過ぎるし、人の意見もストレートに自分に入ってくる。それが武器になる時もあるけど、気 にしなくていいことまで気にして、泣くこともある。

例えば、どんな時、泣くの?
M:人からアドバイスをしてもらった時に、迷わなくていいことでも、その人の考えが入ってきて気にしてショック受けたりとか。

そっかあ。そういうこともあるんだね。ところで、小さい頃はどんな子供だった。
M:1歳下の妹がいるんですが、妹が一緒じゃないと公園にも行けない子供だった。泣き虫でおとなしい子だったと思う。小学生ぐらいからちょっと明るくなった。それからは男の子とプロレスしてるような子だった。

4年で凄いかけあがり方だけど、スノーボードの前に何か真剣にスポーツってやって いた?
M:19歳から5シーズンスキーをしていました。それまでは、スポーツ大嫌いでしかもスポーツ音痴だった。スキーをして初めて人にほめられて、それで調子にのってはまってしまった。冬休みや春休みを利用して、白馬にこもって1級をとった。スキー
ヤーの時から、飛ぶのとかモーグルが好きで、エクストリームで有名になりたくて、ウィスラ?のエクストリームの大会に出るために24歳の時にワーホリでウィスラー に行った。だから、ウィスラーのシーズン始めはBC州のモーグルチームと一緒に滑らせてもらった。でも4日後にはボードに変わってた!

1級というレベルからエクストリームに行ってしまう発想も凄いけど、いきなりスキーからボードに転向したきっかけは?
M:ウィスラ?でお世話になることになったお家の人(たかしさん)に「モーグルをしていた子は上達が早いからボードに転向したほうがいい」と強烈に薦められた。そして、吾郎くんから$100でボードを売ってもらって、ボードを始めた。たかしさ
んがボードを始める環境を完璧に作ってくれた。あとの理由は、ボードの方が歩くのが楽ということと、ウィスラーは、ボードで山を遊ぶのに天国のようなところだったから。

ところで、何か哲学とか宗教感ってある?
M:これは哲学と言えるのかわからないけど、「キラキラして生きたい」と思う。私の場合、自分がしたら楽しいだろうなと思うことがそのまま「夢」だから、それを達成するために努力してる時はキラキラしてると思う。一度しかない人生なので、キラ
キラ生きたい。宗教感は特にないけど、感謝の気持ちとかは常に持っています。

家族の人はみっちゃんの活躍を何か言っていた?
M:両親、親戚ともにとても喜んでくれて、みんな応援してくれています。お母さんはすっかり私のマネージャーで、資料とかも作ってくれます。毎回オフシーズンには、地元大阪でみんなからエネルギーをたくさんもらって、またシーズンに頑張れるという感じです。

一生懸命やって良い結果を出しているにもかかわらず、あまりメディア、特に雑誌が扱ってくれなかったけど、どんな気持ちだった? その原因は何だったのだろう?
M:うーん、わからないです。ガムシャラにやってきたから。メディアにとりあげられることは大切だと思いつつも、目標に向かうことも大切だったので。今回このような機会をもらって感謝しています。

そう言えば、みっちゃんの最初の雑誌の登場ってスノーイング誌のニューカマーだったよね。あの時はどんな気持ちだった?
M:スキーヤーの時の夢が、雑誌に載ることだったので、めっちゃくちゃ嬉しかったです!20冊ぐらい買って、親戚とか友達とかに配りました!本屋さんで、自分が載ってるページを何回も見て、なんかむずがゆくて顔がにやけた。本当に嬉ししかったです!

初めてスポンサーついた時は、どうだろう? よく聞く話しでは、あまりの嬉しさから腕立て100回やってもパワーあまっちゃうというけど。
M:1シーズン目が終わってすぐにHILLHOUSE(SURF&SNOWBOARDSHOP)とザイアック(バートン関西)のスポンサーが決まった。めちゃめちゃ嬉しかった! でも最初、ライダーっていうプレッシャーに負けそうになった。

ああ、確かにそれはあるよね。特に大会とか結果が左右する場面では、緊張するんじゃない? カナダから帰って日本の大会に出る時、どんな気持ちだった?
M:絶対楽勝で勝てると思っていたけど、予選落ちして、ザイアック(バートン関西)の人とかに見捨てられるかなあ、とか心配したけど、とても温かい目で見守ってくれた。ライダーを大事にしてくれる気持ちが伝わってきたから、スポンサーをプ
レッシャーに感じるんじゃなくて、バートンや自分のショップで頑張ろうと素直に思えた。

スノーボードを4年間やっていて、一番楽しかったことは?
M:初めてから2シーズン目までは本格的に大会に出ていなかったので、ウィスラーや白馬・岩岳で仲の良い友達と一緒に滑っていた時。新しいことをみんなでどんどんトライしていったり、頑張った日は、山降りてからみんなでゆっくりお茶したり、本当に楽しかった。その時の友達は今も一緒だけど、この友達がいたから、今の私があると思う。

逆に一番辛かったことは?
M:2シーズン目に初めて日本で地区大会に出て、予選落ちしたこと。あと先シーズンのワールドカップかんばやし大会で予選落ちしたこと。

みっちゃんにとって、カッコいいライダーは?
M:トレバー・アンドリュー、大会で超飛んでるのを見たから。ニコラ・トースト、文句なしにカッコいい。ミッシェル・タガート、ウィスラ?で見たけど、超うまい!三宅陽子ちゃんには、常に刺激をもらう。これからもすごい楽しみ! 金田由貴子ちゃん、スタイルかっこいい! 水上真理ちゃん、常に新しい事にチャレンジしてる姿がかっこいい! 他にもいっぱいる。

尊兄するライダーは?
M:頑張ってる人みんな。でも特に、吉川由里さんは尊敬してる。ピュアなところ。

じゃあ、友達として好きなライダーは?
M:二葉明子、磯野理恵、代田友美、この3人がいたからここまでこれたと思う。3人とも自分のスタイルを持ってる。ボードを始めた時から4シーズン一緒に滑ってるけど、常に新鮮な気持ちで楽しくボードできる。他には吉見茉保・早映姉妹。作シーズンのワールドカップから友達です。2人ともセンスあるし、ボード大好きだから、一緒に練習してて楽しい!!! 下仲智子は飲み仲間。大阪人だし、パイプでぶっ飛ぶ から大好き!

ライバルは?
M:うまい人みんな。

趣味は?
M:ビールを飲むこと。遊ぶこと。

好きな食べ物は?
M:からあげ、お好み焼き、チーズ。

好きな男性のタイプは?
M:心が大きい人。頭がきれる人。背中に色気がある人。優しい人。価値観が一緒の
人。

朝起きて一番最初にやることは?
M:トイレに行ってから、朝ご飯を食べる。

寝る時にやることは?
M:ストレッチして、音楽を聴きながら寝る。

おばあさんになった自分って想像できる。どんなことやっているだろう。その 時、リビングの部屋にはオリンピックに行った時の写真が張ってあるのかな?
M:たぶん、自然がいっぱいの所に住んでて、バルコニーで孫とかが遊んでるのをニコニコしながら見てる。旦那さまとはずっと仲良しで、二人でキャンピングカーで旅行に行ったりする。リビングにオリンピックの写真貼ってるといいな。

日記を書いているということだけど、どんな内容のことを書いているの?
M:日記といってもスノーボード日記で、その日の天気や、山のコンディション、いっしょに滑った人の名前とか、人からもらったアドバイスや、その日の反省、次の日の課題などを書いてる。これはスキーヤーの時からつけていて、今では10冊ぐらいになってる。思い出にもなるし、人に教える時にとても役立つし、毎日何か意識しながら練習できて、早く上達するのでは? おすすめです!

どんな時、その日記を読み返すの?
M:前にできたことができなくなった時に初心に戻るために読み返したり、人に教える時に読み返すと、自分がどうしてたかがわかるのでいい。あと、調子の良かった大会や、悪かった大会の精神状態も書いてあるので、あとで読み返すと参考になる。「ああ、そういう風に考えたから、気持ちをリラックスさせることができたんだあ、次はこうしてみよう」とか。

もし、スノーボードに出会っていなかったら、今ごろ何をやっていると思う?
M:自分でもしんどいくらいいつも夢があるので、もし結婚していたとしても、何かに向かって頑張っていると思う。スノーボードを始める前に、ケビン・コスナ?の「ダンス・ウィズ・ウルブス」に感動して、映画のスタッフになりたくて、ちょっと考えたりした。何でも、人の心を動かすものが好き。

橋本通代にとってスノーボードとは?
M:短い言葉でまとめるのは難しい・・・。大好き。1番の遊び道具。楽しいこともつらいことも一緒にしてきた戦友のよう。スノーボードが私に与えてくれたものは数え切れない。いろんな人とたくさん出会えたり、いろんな所にトリップできたり、自
分のいたらなさも、人の優しさも、本当にたくさん教えてくれる。そして、これからもスノーボードで自分を表現していきたい。

現在、ワールドで6位。昨年はプロ戦でもいきなり優勝という快挙を成し遂げている。そんな自分をいつの日から想像していた? 僕は初めての年からガッツのある女の子だと思っていたけど、みっちゃんはその時から今日のできごとを考えていたの?
M:大学を卒業させてもらったのに就職もせずスキーを選ばせてもらって、バイトしてお金貯めて、24歳で1人カナダへ。スキーをしてた時から自分のことは信じてた。カナダに行って自分が何かチャンスをつかめなければ、スキーをやめようと思ってたけど、カナダに行けば何かあるっていう嬉しい予感はあった。そして、スキーの時と変わらずボードを始めた時からずっと自分のことは信じてる。カナダで始めたことがラッキーだったから、最初から世界に通用するライダーになりたいと思ってた。だからISFやFISのワールドカップに出たいために、プロやナショナルチームになりたかった。今はまだ出発点。

出発点かあ。いつもみっちゃんを見ていると、そういう新鮮な感情が伝わってくる。今が出発点なら終着駅はどこになるのだろう?
M:うーん、終着駅はまだわかりません。終着駅がわかったらいやかも。いつもキラキラしてたいから、終着駅は見えない方がいいな。

こんなこと聞いていいのかな? みっちゃんの年収っていくらなの? 教えられる範囲でもいいのだけど。もちろんノーコメントでもOK。
M:昨年までバイトをしている時は年間100万ぐらい。今シーズンからは、まだちょっとわからない。

えっ、そんなに少ないの? よく、それでワールド周ったね。
M:自分のトレーニング費用だけなら100万でぎりぎり足りたけど、ワールドカップを転戦するにはどうしても足りなくて。それでオフ・シーズンにバイトと企業スポンサー探しで、精神的にも体力的にもクタクタになっていました。そんな時に、国際スポーツ交流委員会ISECの協力で、「ミッチャンズクラブ」を結成して頂きました。ワールドカップ転戦のための寄付金を募り、地元寝屋川市民の方々を始め、応援してくださったみなさんのおかげで、先 シーズンのワールドカップを転戦するだけの資金を準備することができました。だから、「ミッチャンズクラブ」のみなさんがワールドカップの舞台で戦うチャンスを与 えてくれました。本当に心から感謝しています!

凄いありがたい支援をもらったね。まあ、ともかく今年は1千万はいくでしょ。ワールドで2位になったんだから! それはさておき2001年の目標をどうぞ。
M:FISワールドカップで、表彰台に3回のること。内1回は優勝したい。ケガしないように、たくさん練習したい。

将来の夢は?
M:カナダに別荘とキャンピングカーを買う! 2ヶ月ぐらいかけて、家族でカナダ・アメリカを旅行する。スノーボードのキッズ・スクールしたい。自然の中で住みたい。両親・友達を大事にしたい。

最後にスペシャル・サンクスをどうぞ!
M:バートン・ジャパン、ザイアック(バートン関西)、SMITH、BRIKO、C3・デザイン・オブ・カナダ、HILL HOUSE、ミッチャンズクラブ、白馬村スキークラブ、岩岳スノーボードスクール、お母さん、あっこまん、りえっぺ、ゆみちん、ゆうほ、ゆたくん。たかしさん、ゆかりさん、うぎたん、その他、私を支えてくれた全ての人達。

Profile
Michiyo Hashimoto
1972年 7月6日生まれ
1992年 スキーを始める
モーグル・スキーで有名になるべく、5シーズン・スキーに取り組む
SAJスキー1級検定取得
1996年11月 カナダ・ウィスラーでスノーボードを始める
同年9月 帰国
この成果が認められて、HILL HOUSE SURF SHOP、BURTON関西(ザイアック)、C3
デザイン・オブ・カナダのライダーになる
1998年 白馬・岩岳スノーボード・スクールにてインストラクターを勤める
同年2月 バドワイザー・スノーボード・サーカス第6戦オープンクラスにて1位
同年3月 JSBAバッチテスト1級取得
同年4月 トレーニングのため再びウィスラーへ
ウエストビー・クラッシック(アマチュア・クラス)にて9位
同年7月 帰国
この年の成果が認められて、SMITH・ウィードのライダーになる
1998年12月 12月 再び岩岳スノーボード・スクールにてインストラクターを勤める
1999年の戦歴
FISかんばやしスノーボード・パーク・カップ第一戦 2位
同大会第二戦1位
ポッカ・ナイトロ・ジャパンオープン(プロ戦)1位
この大会にてプロ取得
長野県スノーボード選手権1位
FIS公認第5回全日本選手権3位
この年の成果が認められて、バートン・ジャパンと契約
全日本スキー連盟 ナチョナル・ハーフパイプチームC指定に決定

2000年の戦歴
WC ウィスラ? / カナダ 14位
WC モンサンタン / カナダ 7位
WC タンダダ?レン / スウェーデン 3位
WC タンダダ?レン / スウェーデン 24位
WC 真駒内 / 北海道 5位
WC かんばやし / 長野 16位
WC パークシティ / アメリカ 4位
WC サンカンディード / イタリア 5位
WC リヴィーニョ / イタリア 2位
FIS WORLD CUP FINAL 終了後

国内ランキング: 1位
世界ランキング: 6位

現在、ナショナルチーム A 指定

出身地: 大阪府
身長: 157cm
体重: 46kg
使用ボード: バートン
スタンス:レギュラー 前 24° 後 0°
スタンス幅 45.5cm
SPONSORS: バートン・ジャパン、ザイアック・バートン関西、RED、 スミス、C3 DESIGN、BRIKO、HILLHOUSE
ホームページ:Girls Web Online
http://www.nn.iij4u.or.jp/~fukuzono/girls/

インタビュー後記
「You are a lucky man!」 橋本通代をカナダで撮影している時に、回りの外人カメラマンから必ずこのように声をかけられる。自分で飛んでいるわけではないのだが、回りからそのような目で見られて、ちょっと鼻が高々しい気分。それに答えるかのように彼女のエアーはますます高くなり、またハイクアップもたくさんして何度も撮影チャンスを与えてくれる。カメラを向けたとたんにテンションが上がり、爆発的なデカさのエアーを見せる橋本は、まさに「本番への強さ」を感じるライダーだ。その高くなるエアーのお陰で、こちらの方はいつも意表をつかれてしまう。考えていたよりも高く上に飛んでいってしまうので、下にあるリップがフレームから切れてしまうことが多いのだ。そのような写真を撮ると、「必ずリップ入っている?」という橋本のチェックが入るので、こちらとしてはちょっとビビッてしまう。「うん、思ったよりも高く飛んで凄かったよ。」なんて言ってお茶を濁すのだが…。彼女にしてみたら、リップが写らないと真実が伝わりにくいので敬遠するのだ。それは、幾人かのライダーからも感じるエネルギーだけど、彼女が結果を残すためにどれだけのこだわりを持っているかわかる一幕でもある。今回のインタビューでどれほどまでに橋本通代の魅力が伝わったか定かではないが、近い将来、彼女がまたビッグ・ニュースを運んでくれそうで楽しみだ。その時、このインタビューがまた違った輝きを持って読者に伝われば、インタビューアー兼、写真撮影、また彼女のスノーボードをやり始めた時から見てきた者としてはひじょうに嬉しい。?飯田房貴

●このインタビューは、SNOWing2000年10月号に掲載されました。

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