本ウエブ編集長が今後のdmk展望を語る/飯田 房貴(1)

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スノーボード界に飯田フサキという男がいる。御存じの通りこのwebマガジンの編集長である。
このwebマガジンも最初の立ち上げから5年あまり。
しかし、この人物をweb読者が知る機会はほとんどなかった。そこで今回は、飯田フサキという人物そのものにスポットライトを当て、今シーズン 自らが企画したビデオを手掛け、新たな分野に発展を始めているdmkについて語ってもらった。

:dmkのwebサイトを初めたのは、いつでした?
–あれは1997年の12月10日だね。

:dmkのwebサイトを初めたきっかけは?
–最初のきっかけはクラブ活動。新しく入って来たクラブ員の子に「ホームページはないんですか?」と質問されて、「ない」と答えたら、その子がやってくれるみたいに言ってくれて。それで作ろう!ということになった。

:一番最初のコンテンツってどんな感じだったんですか?
–ホームページというものが、どんなことなのかを理解していなかった。だから、最初はクラブ活動の情報だけを載せようってことにしていた。だけど、 あまりにもホームページがいろんなことができるってのを知ってじゃあマガジンぽくしようってことで、急に自分の夢が乗っちゃったという感じ。
ハウツーのことを載せたりとかライダーをプロモーションするために、ライダーのリストを載せてみたりだとか。もともとdmkというのは世界で集まったスノーボーダーたちのチームだったこともあって。

:じゃあ、最初はクラブ活動の広報とかそんな意味合いで考えてたと?
–そうそう、ただホームページってものをまったく知らなかったオレが急にホームページを知って、これはおもしろいなって。だから出だしからマガジンぽさはあったよね。

:それまでインターネットとかってやってたんですか?
–まったくNO。

:コンピューターもなかった?
–まったくない。だからwebサイトの立ち上げのほうが先。

:最初からみんなが見てくれたわけじゃないと思うけど、ヒット数上げる為に何かしたんですか?
–う~ん、特には・・・、ただ自分が雑誌に執筆してたから、それと同じかそれ以上のクオリティのものを提供しようとは思った。それがだんだんヒット数につながってきたんだろうね。最初に1日に10人もの人が見に来てくれた時は、 感動したし忘れられない。今ではどうやればヒット数が上がるとかわかって来たけど、とにかく更新を裏切らないことだと思っている。くわしくは、会社案内にある運営方針を見てほしい。

:今後のdmkのwebサイトの展開は?
–脱マガジン化宣言がキーワード。
webサイトのできる範囲って凄く大きいからマガジンの範囲を超えたものをやっていきたい。うちらはウィスラーっていうスノーボードに関して最高の場所にいるわけだからトップライダーや一般の人も含めて限りなくくライブに近い形で情報発信できるよね。だからテレビ番組みたいなのも作りたい。それがひとつ。
もうひとつは、うちらが今やってるハウツーみたいなこととかってアメリカなんかでほとんどやってないんだよね。今、スノーボードのことやネット業界でも注目されている韓国でもやってないし。だからそういうものをもっともっと世界に発信したいね。

:ていうと具体的には特に動画配信に力を入れるってこと?
–たとえばハウツーを動画と静止画の両方で見せるとか、とにかくマガジンってものにこだわらないで、テレビっぽく発信するとか、webならでは の双方向のコミュニケーションとか、新しいメディアの誇りを大切に、おもしろいことをやっていきたい。

:web以外でのdmkの活動で考えてることって? 飯田 房貴
–世界の各地にdmkの支部みたいなのを作ってそれぞれクラブ活動とかできて、しかもそれぞれの情報を共有できたらおもしろいよね。ただやっぱりその活動を活発にするためにはそこに誰かがいないとダメなんだよね。
だからそういう アプローチはしてるんだけど具体的に活動できる段階まで いってないからこのインタビューを読んでそういうことをやりたいっていう人がいたらヘルプして欲しい。

:dmkとしてのひとつのゴールってなんですか?
–スノーボード界初のグローバル・スタンダードの発信元になりたいよね。そしてそれのキーワードとしたら、そこにコミュニティがあること。雑誌は発信元それだけで終わっちゃうじゃん。うちらの場合は「コミュニティがあって」っていうことを大切にしたい。そういうのを急に作るんじゃなくてゆっくり作っていきたい。ゆっくりゆっくりと育てていきたい。それを一歩一歩楽しんでいきたいね。というのはやっぱり急にできたっても のはもろいから。そしてそれを生涯の仕事として死ぬまでやりたいな。そういった意味では命を賭けてるかもしれない。縁合ってスノーボードと知り会えたから、そのスノーボードってものをいい意味で広げていきたい。まあオレが 思ういい方向でってことになっちゃうし、それはもしかしたら自惚れかもしれないけど・・・。

:ていうと雑誌から派生したメディアじゃなくてwebとしてのスノーボードのメディアとして確立したいってこと?
–う~ん。その質問を聞いて思ったんだけど結局なんでオレがwebサイトやったかって言うと単純に金がなかったからなんだよね。金があったら雑誌作りたかったよ。ほんとに。いつでも自信あった。
オレは幸いにもいつも外から見ていられるからね。100日スノーボードやって、いつもクラブ員と接して、いつもトップライダーとも接していられるわけだから。以外とそういう人間って少ないからさ。いろんなことが見えてたから自分が機会があればやりたいと思ってたけど、悲しいかな貯金がなかった。ていうか当たり前だよな。ウィスラーという最高の場所に住まわしてもらって、スノーボードやってるんだから。こんな贅沢な奴に金なんかありっこない。かりに、発展して雑誌作れる力があれば雑誌つくってもいいしテレビ局作れる力があれば プロダクションをウィスラーに作っちゃってもいいし。どのメディアっていうこだわりはないね。たまたま自分が金なくて、できたのがwebサイトだったっていうことかな。

:結果的にはwebサイトが自分のやりたいことをやるのに一番適していたと?
–そうだね。だって素敵なことじゃない。例えばオレやミノルの記事を雑誌で読んだ人がなんか質問があってそれをすぐにメールで質問できて、オレたちもすぐそれの返事ができて。しかもそれを反映したものをwebサイトに生かせるわけだし。

:近い将来でのdmkの活動で考えてることとか企画とかって?
–正直、来週やることで精一杯なんだけど。う~ん、今、日本で熱いっていう大会あるよね。例えばNISSAN X-trail jamとかTOYOTA BIG AIRとか、 そういうところに派遣できてなかったから、そういうとこをまずしっかりやりたいね。あとメーカーさんとももっとつながっていきたいね。

:メーカーとつながるというと?
–やっぱり視聴者に対してその分野の情報発信ってまだまだ少ないし、特にスノーボード業界ってwebに対する認識って低いんだよね。中にはwebに力を入れてwebサイトの掲示板の中で接客までやってるところもあるけど。情報量が多くなればユーザーがかしこくなっていくからメーカーも正しいとこしか勝てなくなるから。だからもっとメーカーさんも巻き込みたいね。

:ところで、今シーズン自分がプロデュースするビデオが発売されることになりましたけど。今回、ビデオを出そうと思ったきっかけは? 飯田 房貴
–いままで7本くらいビデオに関わったことあるけど、スーパーダサいの作ったんだよね。本当、買っていただいた方に申し訳ないくらい。で、オレはハウツー畑で生きてきてるからその世界のことはよく知ってるけど、今あるハウツーのビデオというのは、実際にうちらがやってるスノーボードとちょっと離れてるんだよね。あとはマックダウなんかのビデオであまりにも凄いことをやってて、これも凄過ぎて実際と離れてるん だよね。見てる方は「すっげー」で終わっちゃう。だから オレはこれぞほんとうのハウツー・ビデオだっていうものを前々から作りたかった。例えばビデオを見た人が今度こうやろうとか思って、それに直接役立つような。あと、今までビデオっていうのはちゃんとしたテレビ局で使うようなベーカムのカメラ使って作らなきゃいけないって思ってた。実際、今まで一度山に上がれば10万円以上かかるベーカムのカメラマンと仕事して来たし。でもファーストチルドレンのヤスくんなんかが一般のビデオカメラで作ってるのを見てて、こういうクオリティでいいんだって思った。でもよくよく考えれば、いいに決まってるんだよね。見てる側がおもしろいんだもん。作り手側が映像のクオリティがこうじゃなきゃいけないって思っても視聴者にとっては内容がおもしろいっていうことのほうがよっぽど大事なんだよね。 制作費も思ったほどかかんないっていうのもわかったし。これで、オレたちにもできる、と思った。もうひとつ重要なきっかけは今回のビデオカメラマンのアキとの出会い。彼のプライベートビデオを見てこいつになら頼めるなって。彼は映像の見せかたってのを知ってたんだよね。ちゃんとそのテーマに沿って視聴者というものを意識できるプロの目を持っている。もとはdmkの一クラブ員だったんだけど。

:ビデオはどうやって入手できる? 飯田 房貴
–できれば店にもおきたいんだけど、今のところwebサイトでのみの販売になっちゃう。

:ところで、なんでサムライなんですか?
–最初はサムライを使う気なんか全然なかった。もともとは3年前の2000年ニューイヤーのカウントダウンでなんかおもしろいもの着たいって思って、日本帰った時に浅草でサムライの衣装買ってきたんだよね。でもそれ以来サムライの衣装は眠ってた。で、再びニューイヤーでサムライの格好でスノーボードやってみてかなり恥ずかしかったんだよね。これはビデオでも撮ってもらわなきゃ恥ずかしすぎるってことで撮ってもらったら、意外にもサムライとスノーボードがマッチして、それで使おうって。インパクトあるし、もともとオレは人を驚かすことが好きだからね。

:これからのビデオの展開は?

–シリーズ化したい。浪人シリーズトップ10みたいな。それぐらい毎年毎年いい仕事していきたいね。他のビデオのいいところも素直に取り入れて、それとまたどんどん新しいことやって行きたい。
そうしてサムライなんかを映像の中で使って作っていくと、もしかしたらいつかスノーボードの枠を超えることになる。「ハウツー映画」っていう新しいカテゴリーができるかもしれない。そうすれば今までスノーボード業界しか相手にしていなかったものが、もっといろんな人に見てもらえるようになってスノーボードの業界を自分が広げることができるんだよね。それでまたスノーボードに恩返しできる。

:最後にビデオを見る人、webを見ている人へメッセージを。
–いい意味で驚かそうといつも思ってるから、これからもdmkを見続けて欲しい。
あとは視聴者としてうちらに厳しい意見を言ってほしいね。言われて始めて気付くってこともあるし、そうしないとうちらがおかしくなっちゃうかもしれないから、思ったことはバチッと言って欲しい。
あと、スノーボードはおもしろいものだからクラブ活動に参加して欲しい。webの世界だけじゃなくキャンプとかいろんな実際の活動にね。それが元だもん。うちらと直接いっしょにスノーボードをすることで自分達に今までなかったスノーボードの世界を知ることができると思うし。
あとdmkの活動に興味のある人も最初は報酬払えないけど、やりたい人はどんどん来て欲しいね。 おもしろいし。

インタビューは2002年12月、バンクーバーにて。

今回のインタビューを終えて、フサキ氏が言った「せっかく縁あったスノーボードに恩返ししなくちゃ。」という言葉が印象に残っている。これこそが彼の活動の原動力なのである。
自分はスノーボードに出会いスノーボードが自分にたくさんのすばらしい経験を与えてくれた。スノーボードをしていたからこそ出会えた人がいる。今の自分を形作ったものの中でスノーボードの占める割合はとても大きい。だからそのスノーボードに恩返しする。
なんというシンプルな発想だろうか。しかしこのシンプルな発想こそが彼の力そのものであり、飯田フサキという男が普通とちょっと違うところなのである。つまりこの男はスノーボードが大好きで、スノーボードに命を賭け、だれにも負けないほどのスノーボードに対する情熱があるのである。
彼のこのスノーボードに対する情熱がwebサイトをおもしろいものにし、これからもたくさんのスノーボーダーに影響を与えるだろう。これは間違いない。なぜなら僕自身が彼のスノーボードの情熱に感化され飯田フサキワールドに惚れてしまった当事者だから。

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