BURTON LTR プログラムの仕掛け人/下枝浩之

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バブル経済崩壊後にもスノーボード・ブームは続いた 90年代初期から中期。しかし、90年代後半になって、その経済不況をモロに受けたスノーボード不況も嵐のようにやって来た。そして、今、スノーボード業界は、その世間のイメージとは裏腹に市場がどんどん狭くなって来ている。このマーケットを少しでも良くするためには、新規参入者を増やすことが鍵になるのは間違いない。
そこで、スノーボードを初めてすぐに楽しさを体験できるようなシステムを考えたスノーボード・メーカーの雄BURTON。その LTR システムを日本サイドから仕掛けている下枝氏にお話しを伺った。

フサキ(以下F):下枝さんの噂は前からミッチャン(橋本プロ)から聞いていて、大変お世話になっていると伺いました。 LTR のことでも活躍されているそうですが、そもそも下枝さんとスノーボードとの最初の出会いはどんなきっかけですか?
下枝(以下S): 衝動買いです。その冬の12月15日にボーナスが出て、そのお金をATMで引き出して神戸をうろついたのです。そこで、スノーボードが売っててボード、ブーツ、バインディングを買って家に持って帰りました。初めてスノーボードをしたのは北海道のルスツリゾートですが、その日は昼ごろから滑り始め、結局リフトには1回しか乗れませんでした。

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F:当時はどんな会社に勤めていたのですか?
S:神戸にあるやたら出張する人が多い会社で社員の海外出張の手配をしていました。担当はアジア、南米、アフリカ、中東などでした。

F:スノーボードを仕事にしたいと思ったのは、どうしてですか?
S: まったくのアマチュア・レベルしかも下の下レベルでしたが、大会に出たりと、それまでやっていたあらゆるスポーツの中で一番技術的に向上したことがきっかけです。「スノーボードだとなんとかマトモに食えるかな?」って。仕事にしたいと意識したのは27歳くらいの時で、そうなると具体的に「ライダーかビジネスか」という選択肢が思いつき、BURTONのチームライダーのデイブ・ダウニングがほぼ同じ歳と知って「ライダーは無理」と判断しました。

F:何年前の話ですか?
S: 27歳の時ですから、もう9年前ですよね。

F:様々なスノーボード業種、さらにはメーカーがある中でBURTONを選んだ理由は?
S: 1999年頃ですが、真剣にスノーボード業界で働くことを考えていました。その時は業界に関するあらゆる情報に目を通していましたが、唯一BURTONのみがウエブサイト上のチーム紹介のページで『彼ら(Team Rider達)はこのスポーツの将来を真剣に保障するために働いています』と宣言をしていました。それが「この業界ならBURTONだ。」と決めた直接の理由です。当時私は「この会社は金儲けのためだけにスノーボードを造っているのではない。」とこの言葉で確信したことを今でもはっきりと覚えています。
当然、スノーボード業界にもシェアだとか競争だとかが存在するのですが、自分として何よりスノーボードが将来消えてなくならないこと、言い換えればこの素晴らしいスポーツを進化して発展させることを第一に考えたいと思っています。スノーボード・メーカーと言えども、企業として利益をあげることは重要なことです。しかし、それだけに終始する企業には発展性がなかったり、企業の社会的責任に対して無関心であったりしがちです。私にとって BURTONは真の意味でスノーボードの将来を担うことを志向する会社であると思います。

F:スノーボードはここ数年でどのように進化していると思いますか? また用具と共にゲレンデ側のサービスなどはどうでしょうか?
S: ここ最近のスノーボードの進化は目覚しいものがあります。ただし、冷静に判断しなければいけないことは、道具などの問題とスポーツとしてのスノーボードの問題をきっちり分けて考えることが重要です。大きな話で言えば、道具はかなりのペースで進化していますが、スポーツとしての進化については道具の進化ほど進化していないと感じています。

F:なかなか興味深い発言。もうちょっとくわしく教えてください。
S:道具は、ボード・ブーツ・バインディングという基本コンポーネントには一定の制限があります。簡単に言えば、ある日突然バインディングやブーツが必要なくなったりすることはありません。そのような状況になると、 素材や製造技術などの分野が開発の中心となります。 BURTONでは、長年ボードのコア材としてウッドを使用していますが、EGD(注:Engineered Grain Direction:木目の方向をコントロールするBURTON独自の製造技術)の出現によってボードの性能で最も重要な要素の一つである“フレックス”を自在にコントロールできるようになりました。 最近では T6 などに代表されるアルミ素材を使用したものや、バインディングでも故障の原因になる部品そのものを減らしつつ、またそれぞれの部分についてその仕事に応じた最適な部品および素材が選択されるようになったと思います。その結果、スノーボーダーは重量的に軽く、完全に体にフィットする操作しやすい道具を手に入れることが可能となり、ライディング技術も飛躍的に向上させることが可能となります。道具から見るスノーボードは制限が多い中にも関わらず、恐るべきペースで進化が進んでいるというのが現状でしょう。

スポーツとしてのスノーボードは間違いなく年々進化はしていますが、どうしてもカルチャーとしてのスノーボードが先行したイメージを作りがちであり、 テレビ・コマーシャル など比較的露出が多いところでは本物のライダーが出ていなかったりと、まだまだ私たちが知っている本当のスノーボードが テレビ に登場することはひじょうにマレです。ただし、スノーボードの大会などは確実におもしろくなって来ており、出場する側のみならず、見る側にとっても楽しめる工夫が進んでいます。とにかく、スノーボードを実際にやる人、スノーボードで生活する人、そしてスノーボードを見て楽しむ人全てがこのスポーツに引きつけられるような魅力を今後どのように追及していくかが重要な課題になります。

F:ところで日本のリゾートはどのような展開があったのでしょうか?
S:日本においては、かつてのスノーボード禁止などの時代を経て、ほぼ一斉にスノーボード可能となったわけですが、 90 年代半ばからつい最近までは劇的にそのサービスには変化はなかったと思います。私が LTR を日本に導入するためにこの仕事についた最初の年に全国 95ヶ所のリゾートを LTR の Demo(注:実際に試乗できること) をして回りましたが、その中で 12ヶ所 のリゾートが LTR の導入に勇気をもって踏み切りました。 LTR はレッスンサービスではなくリゾート全体のサービスにも影響を及ぼします。「雪とリフトを用意しているので後は適当に遊んでください。」というのが、これまでのリゾートでのサービスでした。しかし LTR を導入したリゾートは「お客様に最高の経験を提供する」ことを真剣に志向しています。リゾートに訪れるお客様はたとえ全く始めての人でも「スノーボードをするため」に遠いところまで来ています。そこで、ボロボロのレンタルに滑れないことをレッスン受講者の責任にしてしまうインストラクターの組み合わせで、そのお客様の要求を満たすことができているでしょうか。「お客様にスノーボードをして帰っていただく。」これを真剣に考えるだけで、リゾートのサービスは激変します。 LTR を導入しているリゾートはこの単純なことに気付きさらに行動しています。近い将来このようなリゾートが増えることで必ずスノーボードをとりまく環境は変わります。そう、スノーボードがもっとおもしろく、やりがいのあるスポーツに。多くの人にとって一生続けることができるスポーツに。

F:まったく同感です。自分も今、住んでいるウィスラーと日本のレンタル事情を比べて、あまりにも悪くてビックリしていました。しかし、このように下枝さんのスノーボードに賭ける熱い情熱のようなものを感じれて、嬉しいです。
S: 会社のために働く、自分のために働く、いろいろと働くことの目的は人によって違います。私はスノーボードというスポーツのために働くことに今現在生きがいを感じています。自分の仕事が多くの人を幸せにする。スノーボードにもその力はあると信じています。 ”Snowboard makes people happy” 「スノーボードは人々を幸せにする」。これは私の信条ですが、世の中で他の仕事をする人々もこの“ Snowboard”の部分が、その人が今取り組んでいるものになっているだけだと思っています。仕事はメシをくうためだけのものじゃない。自分を焦がす価値のあるものだと思います。

F: そもそも下枝さんがLTR プログラムを始めて知ったのはいつですか? その時の感想は?
S: 1999年秋にロンドンの当時の自宅で知りました。Burton.comを見ていてTopページにあった LTR プログラムの説明を発見し、 Vermont(BURTON本社)に行ったら、それがどんなものなのか見てみたいと感じたことを覚えています。

F:えっ、ロンドン!? ロンドンに住んでいたのですか? 何をされていたのですか??
S:日本で経営大学院を出た後にさらに勉強しようと思って。それと当時はヨーロッパでスノーボードをしたいと考えていたので英語が通じるロンドンをベースに選びました。学生という身分で滞在期間を稼ぎ、できるだけヨーロッパ大陸と対岸の英国を知る。さらにそこからスノーボード王国アメリカを見る。実際はこれが目論見だったのですが。

F:ここで改めてLTRプログラムを知らないウエブ読者にくわしい内容を教えていただけませんか?
S: LTR は 1996年ごろからまず道具の開発が始まりました。当時から現在までそのゴールは一貫しており、「まったく初めての人が最短で連続ターンと安全な停止をマスターできること」です。初めて実用化されたのは1999年から2000年のシーズンで北米のいくつかのリゾートでその運用が始まりました。当時は開発段階にあった LTR ですが、この特殊な性能の道具を開発するにあたっては実際の現場で活躍するインストラクターのフィードバックと彼らの道具の使い方や方法論(メソッド)が重要な意味を持つことに開発チームが気付き、経験豊富なトップクラスのインストラクターを LTR の開発に参加させることになります。以降、現在に至るまで全世界で LTR の開発にはインストラクターが欠かせない存在になっています。このようなことがきっかけとなり、 LTR は LTR プログラムとして道具と方法論が融合したプログラムになるわけです。

注釈1:LTR とは Learn To Ride ( Riding を学ぼう!)の略で北米ではスノーボードスクールのサービスを意味する。日本語で言い換えるならば「スノーボードレッスン」が意味として近いが、 BURTON の LTR (ボード)は正しく日本語で言うところの「スノーボードレッスン」という名前の製品となる。

注釈2:具体的に LTR プログラムは、最短 90 分で全く初心者の人が連続ターンと安全な停止をマスターできるという画期的なスノーボードレッスン。実際に日本でも2 時間の LTR レッスンで77%、 4 時間のレッスンで92%の初心者の人が初めてスノーボード履いたその日に Riding ができるようになっている。 LTR レッスンでは完璧に整備された BURTON の LTR ボードをレンタルとして使用し、専用のトレーニングを受けたインストラクターによるレッスンが展開される。昔のようにボロいレンタルに恐い先生というスノーボードレッスンとは全く別次元のものなので、どなたでも簡単に楽しくスノーボードがマスターできる。 BURTON では特に LTR プログラムを積極的に推進するリゾートを「メソッドセンター」として認定し、全世界で展開している。

F:実際にレッスン方法として、往来のレッスンと違うところはどのへんですか?
S:決定的な違いはもちろん使用する道具です。 LTR は極端に言えば、乗る人に操作を求めるボードではなく、乗る人にボード自体が反応する性能を与えていますので、実際のインストラクションではボード操作や足の使い方についてはほとんど触れません。行きたい方向を見るだけでボードの方向が変わり、ターンを体験できます。また、すぐに Ridingできるようになるため LTR レッスンでは 2時間のレッスンでリフトに3回ほど乗車します。従来のレッスンだとサイドスリップや木の葉落しなど基礎練習の繰り返しに終始し、リフト乗車は1回程度ですが、 LTR レッスンでは従来のレッスンの 6時間分を一気に2時間で消化できてしまいます。またインストラクターもボード操作などについて繰り返ししゃべる必要がなくなるため、どちらかといえば山の話や最近のスノーボードシーンなどの話題が中心で、受講者はまるで友達と滑りに来たような感覚になります。まあ、実際のところは先生からレッスンを受けているという印象はほとんど感じないと思います。

F:話は変わりますが、下枝さんに一番影響を与えたプロ・ライダー、リスペクトするライダーは誰ですか?
S:今井孝雅です。北海道旭川出身で98年長野オリンピックの日本代表ですが、90年代後半にグローバルのBURTONの製品カタログの表紙を確か3年連続で飾っていたと思います。最近はケガのため思うようにRidingできなかったのですが、常に前向きでケガで利き足が使えない状態でも発想を転換して、スイッチ・ライディングに磨きをかけたりと本当に頭が下がります。BURTON DEMO TOURなどでたまに会ってもいつも笑顔を絶やさない人です。スノーボードのことを100知ってて10語る人は多いですが、孝雅はスノーボードを1000知っているので、迫力があります。あと忘れてはいけないのはBurton Snowboardsの創立者ジェイク・バートンです。彼は真剣にスノーボードを遊びからスポーツにした人です。

F:スノーボード・ビジネスに興味をもたれる多くの人が、 BURTONへの就職を憧れると思いますが、今、BURTONに必要とされる人材はどんな方だと思いますか?
S: 人事採用担当者およびその責任者ではないので、社としての方針を代弁することは控えさせていただきますが、私が一社員としていっしょに働きたいと思える人としては、まずRider(スノーボーダー)であること。スポーツとしてのスノーボードの将来を真剣に保障しようとする人。相反する意見や考え方などについて冷静にそれぞれの内容を理解できる人。ユーモアのある人。自分を偽らない人です。あと、付け加えるならば自分が山から帰る日にパウダーが降ったとしても「これは今日ここに来る人のためのもの。僕には次にきっと順番が回ってくる。」と笑って山を後にできる人です。

F:今期の目標を
S: 今シーズン四国と東北に新たにBURTON メソッドセンターがオープンすることとなり、これで北海道から九州まで日本全国で LTR が楽しめるようになりました。また、お隣の韓国でも Yong Pyongリゾートに日本以外のアジア地区で初めて LTR プログラムがスタートします。この記念すべきシーズンをまず多くの新しくスノーボードの挑戦しようとする人々とお祝いしたいです。また、そうできるように自らを含め BURTON、各リゾート、それと LTR レッスンを提供するインストラクター一人ひとりに至るまで、今一度レッスン、サービスの質を上げるよう最大限に努力できるようにしたいです。これまでの私の生涯で最高のリーダーシップを発揮することが求められますよね。

F:最後に夢は?
S: 人々を幸せにすることです。自分が働いてその結果として多くの人が幸せになること。将来そんな仕事がぜひともしたいですね。

プロフィール
下枝浩之(しもえだひろゆき)
1968年9月18日兵庫県尼崎市生まれ36 歳
血液型 A 型
バートンスノーボード LTR & リゾートプログラムマネージャー

 

 

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