NZ代表としてスノーボーダーで初五輪参加ライダー/パメラ・ベル

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今週のゲストは、ニュージーランド人のスノーボーダーとして初のオリンピック(種目GS)に参加したパメラ・ベル。オリンピックのことや、またニュージーランドのスノーボード・シーンについて聞いてみた。

フサキ(以下F):フサキ(以下F):パメラ・ベルー登場!
パム(以下P):ハロー

F:最近はどんな活動しているの?
P:今は2ヶ月間ホリデーでウィスラーに滞在中。そして、友達といっしょにフリーライディングしているの。10ヶ月前にヒザを手術したから、ジム・トレーニングをたくさんして、リカバリーにも勤めているわ。

F:うわあ、パムもヒザやっちゃんたんだ。結構、多くのスノーボーダーがやっているよね。
P:コロラドのカッパーマウンテンのスゥオッチ・ボーダー・クロスの大会でやっちゃったの。

F:そう言えばマユミもボーダー・クロスでヒザを痛めて手術することにしたって言っていたな。
P:マユミも、そうだったの。彼女は、そのカッパーマウンテンの大会で優勝したのよ。ボーダー・クロスって多くの人がケガしているわ。フラット・ランディング(フラットな場所で着地してしまう)も多いから。


F:うーん。それだけに、ケガに至らないよう十分な配慮が必要だね。トレーニングはもちろん、プロテクターとかそういった気配りもね。ところで、パムのカンタンなスノーボードの経歴について教えてもらえる?

P:私は9年間スノーボードをやっています。ワールドカップは5年間フォロー、そして98年には長野オリンピックに行きました。オリンピックに最初にいったキウイ(ニュージーランド人のこと)のスノーボーダーです。93年から98年のニュージーランド・ナショナルで連続優勝。今はニュージーランド・スノーボード・アカデミーで主に子供たちにコーチしています。そして、フリューション(NZブランド)のウエアのデザイナーもやっています。

F:模範解答ありがとうございました。ところで、オリンピックはどうだった?
P:凄く楽しかったわ!たくさんの友達と巡り合えて、そして私の家族が応援バーナーを掲げて、声援をおくってくれたの。だけど、その日は天候が悪くアイス・バーンで、転んでしまってコース・アウトしてしまったの。ゴールができなかったのがとっても残念。だけど、オリンピックは私の人生の中で貴重な体験だったし、またオープニング・セレモニーも素晴らしくて感激したわ。それに有名なアスリートたちも会えたでしょ。ウェイン・グレグスキー(カナダの超スーパー・ホッケー・プレイヤーでバスケット界のマイケル・ジョーダンのような存在)とかね(笑)。

F:あのコースは、グーフィ・スタンスの女子は、みんな完走できなかったよね。確か、女子は60パーセントの完走率だったよね。
P:(うなずく)

F:いつからオリンピックを意識していたの?
P:オリンピックが始まる3年前かしら。スポンサーを見つけてワールド・カップのサーキットを始めて、オリンピックに行けるよう頑張ったわ。13ヶ月ずっとワールドカップをサーキットしたけど、足を痛めていたこともあってあきらめていたの。事実、最初は協会の方が、ポイントが足りなくて行くことはできない、という通知を出していたの。だけど、また連絡があって、間違えて12ヶ月で計算していたって。13ヶ月で計算したらちゃんとオリンピックに行けるポイントを取れているって!だけど、私はその時、オリンピックに行けないと思っていた寂しさから、家に電話していなかったの。だから、ママは3日間も一生懸命私を探して、結局、オーストリアのホテルまで電話をかけてくれたのよ。

F:ワーオ!パムよりも先にママの方がオリンピックに行けると知って、一生懸命探していたんだね。でも、行けて本当に良かったよ。ところで、オリンピックに行くために、いろいろ作戦というか計画を練ったの?
P:ええ、いろいろ計画を練ったわよ。ワールドカップをサーキットするためにいくらお金が掛かって、そのためにスポンサーを取る努力もしたわ。ワールドカップでは一人でトラベルしなくちゃいけなかったため、心身ともにしんどかった。

F:だけど、目標をきちんと立てて、一人でも行動していったってさすがパムだなあ。ようし、チェンジ・サブジェクト!ニュージーランドのスノーボード・シーンをDMKグローバル読者に教えてください。
P:ニュージーランドのゲレンデはとても小さい(注釈:日本と比べれば小さくないが、北米と比べていると推測)けど、とてもみんなフレンドリー。多くのゲレンデもスノーボーダーのために、いろいろ努力してくれているわ。ハーフパイプのコースやトレイン・パークのコースも作ってくれているし、特にカドローナ(ワナカという町から行くゲレンデ)はナチョナルズの大会も毎年開いてくれて、とても協力的。それと、ニュージーランドには、毎年たくさんの日本人スノーボーダーたちが訪れて、ハーフパイプなどやり、とてもエンジョイしているわ。ニュージーランドはとても美しい国で例え山が雪不足でも、きれいな湖に行って釣りをすることもできるし、ブラブラするのも気持ちいいし、たくさんのファン(楽しみ)が待っているわ。

F:パムの一番好きなリゾートはどこ?
P:私は何と言ってもカドローナ!だって、とってもスノーボーダーたちにナイスだから。今ではハーフパイプも4つもあるし、毎年よくなってきているわ。他のリゾートもよくなってきていて、コロネット・ピーク(クイーンズ・タウンから行くリゾート)も良いハーフパイプがあるのよ。

F:へえ、コロネットもハーフパイプもあるんだあ。
P:ウィスラーでパークを管理しているが、コロネットでもやっているの。

F:それでは、これからのパムの活動を教えてもらおう。
P:ニュージーランド・スノーボード・アカデミーを続けて、次の冬には、子供たちをカナダまで連れてきて、ウィスラーでトレーニングしたいと思っているの。それと、フリューションのウエアをもっと世界的に売れるようにしたい。今はニュージーランドとオーストラリアだけしか売っていないけど、今後はカナダも、そして日本にも入れたいと思っているわ。それと、休学していた大学に戻って、アート・ティーチャーになれるよう頑張って卒業しないと。

F:最後に夢を教えて。
P:夢はたくさんある。スノーボードをできるだけ、続けたい。そして、大切な友達との絆も大切にしていきたい。自分でデザインしたとってもクールな家も建ててみたい。世界中を回って、いろいろなアートを見ていきたい。そういった要素をスノーボードにも取りいれたいと思っているの。

編集後記:
ちょうどパムがオリンピックを目指した頃、僕たちはウィスラーで共に2シーズン、同じ家に住み同じ目標に向かって頑張っていた。だけど、僕はパムよりも早くにオリンピックをあきらめ、今に至っている。それだけに今回のインタビューでは、彼女がオリンピックのために、いつどれだけのことをやっていたのか知りたかった。彼女の努力によって生まれた結果に心より拍手を贈りたい。

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