ワンメイクに賭ける男 /ケビン・サンサローン(1)

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Interview by Fusaki Iida

2000年の春5月、昨年とは違って人気が少なくなったウエストビーチ・クラッシック大会において表彰台の一番上に誇らしげに立つ男がいた。彼の名は、ケビン・サンサローン。ワンメイクのスペシャリストである。99年には、全米で大人気のXゲームにおいて、あのピーター・ラインを破りゴールド・メダリストを取り一躍脚光を浴びた。ところが、その後の彼は大会においてそれほどの成果を収めていなく、4月に行われたカナダ最大の大きな大会のシムス・カップでも調子を出せずに惨敗に終わった。彼の一世風靡は一時期的な出来事だったのか。そんな不安が過ぎった翌月の大会で彼は優勝したのだ。しかも、その大会は彼にとってはターニング・ポイントとなるイベントだったのである。

??ケビン、ウエストビーチ優勝おめでとう! ウエストビーチはケビンにとってはラッキー大会だね。
この大会は絶対にオレにとってターニング・ポイント! 元々この大会に勝って今のオプションのスポンサーがつき、オプションが僕をXゲームに出ることを後押ししてくれたワケだからね。今年の冬は撮影にたくさん参加したけど、やはりオレにとって
は大会で勝つことがカンフル剤になる。それと、ほとんどのビッグ・エアーの大会が招待という形になるから、こういう大会で勝たなくてはいけない。ここで勲章をつけて、次の大きな大会に挑むということが大切になってくるんだよ。

??今年はその前の月にシムス主催の大きな招待選手大会があり、メンバー的にはワールド感はなくなったワケだけど、その分、若手との争いになったね。そんな中で勝った気持は、どうなのだろう。
今回の大会で素晴らしいカナダの若手たちが参加する中で勝てたワケだから、とても嬉しいよ。最近の彼らの上達といったら本当、凄いものがあるからね。そのパワーをメチャクチャ感じたよ。そして、僕はそのパワーを感じたからこそ、良い集中力が生まれてうまく技をメイクしたと思う。

??今年はどんな技をやったの?
スイッチ720ロデオ。

??Xゲームで優勝して脚光を浴びたけど、その後の大会では入賞できても優勝していなかったよね。そんな時、どんな気持ちだった。どうやってプラス思考とか保って、ウエストビーチ大会につなげていったの?
うーん、よくわかんないけど。オレたちは毎日ジャンプしている。時には調子悪くてうまくメイクできないこともあれば、時には調子が良くてピタピタに決めることもある。つまり、時には転んで時にはできるってことだけさ。そうと決まったら練習を続けるしかない。できることに集中してプラス思考で練習を続けていただけだよ。

??ところで今年の夏は、どんなことやっていたの?
いろいろなスポーツやっているけど、最近はマウンテン・バイクだね。レースにも出ているし、撮影もやっているから。種目は全部だよ。スラロームからフリースタイル的なものまで。スノーボードのように、撮影も続けているし。

??もしかして、ケビンってそっちの世界でもプロなの?
うん。マジでやっているよ。一年中スノーボードだとモチベーションを保てないよ。夏は夏らしいことをやるというのが、オレのモットーだね。

??実を言うと、これはワンメイク特集号なんだ。ワンメイクをやる人たちへのアドバイスをお願いしたのだけど。
練習するしかない。フリーライディングで飛ぶ時もあるだろうけど、大会を考えるならやっぱりパークが一番の練習だよ。だって、フリーで飛ぶ時は、だいたいソフト・ランディングだろ。だけど、大会になればハードパックになってくるからね。もちろん、最初のトリックはランディングがパウダーでやることがいいけどね。でも、大会を考えたら、やっぱりパークで練習を続けることが大切だよ。

??普段の練習は、どうやっているの?
秋にバンクーバーで体操のトレーニングしに行っているよ。そこには、3つの大きなトランポリンがあって最高の施設なんだ。たくさんストレッチングをやって、たくさん体操の練習をやる。バックフリップしてカラダは逆になると、耳とか詰まって平均感覚がおかしくなるだろ。そういうことに慣れてくれば、逆さになってもカラダはその感覚を覚えているから、恐怖感とかなくなるんだ。そういった意味で、体操はもの凄くヘルプしてくれるね。本当、凄いヘルプだよ。

??じゃあ、新しい技をイメージしたら、まずトランポリンで試すんだ。
そうだね。最初にトランポリン。次にパウダー。つまりパウダーの時にジャンプ台作って、飛ぶ。次にパーク、そして最後にビッグ・エアー大会だね。

??このアドバイスはぜひ日本のスノーボーダーに伝えたいね。無理する人多いから。
そうだね。やっぱり安全に順々に上達していくことが大切だよ。だって、720度やろうと思って、いきなり720度やらないでしょ。最初は、180度、次は、360度、そして次という感じで順々にやっていくよね。それと、同じこと。

??ところで、カナダにはジムとか施設があるけど、日本ではあんまりそういうこと聞かないよ。
だけど、日本だって体操の選手いるだろ。だから、そういうところでお願いすればいいんだよ。オレだってそうやっているに過ぎないんだから。他にはプールだって大丈夫だよ。

??なるほど。ところで、技をやる前にはイメージをよく作って挑むんでしょ。
もちろん。深呼吸しながら、だんだんと集中していくようにする。イメージトレーニングする時には、時には寒いとか温度まで、また風の強いことかも想像するようにしている。

??2001年は、どんな技で大会に挑む予定?
これからは、みんな900とか1080をやってくると思うんだよね。やっぱり僕も900かな。だけど、その時の自分にとって安全な技をやるよ。だって、大会ではジャンプの大きさやスムースさが大切で勝たないといけないから。それと、たくさんの観衆がいて、全国に放送されるテレビがあったら、なかなか難しいことができないよ。普段良く練習をやっている技ぐらいしかね。だいたい、ビッグ・エアーというところは、とても危ないところなんだ。ランディングだってとてもアイシーな固さだしね。だから、絶対に飛んだらピタピタに着地できることをやるのさ。それが大会に勝つコツだよ。2、3の技を事前に決めといて、勝負に挑む。それ以上やったら頭がこんがらがって、とてもじゃないけど良い成績を収めることはできないよ。

??ところでプロになったきっかけは?
スノーボードを始めた時は、それほどプロ・スノーボーダーがいなかったんだ。当時は、クレイグ・ケリー、ジェフ・ブラッシー、ショーン・パーマーとかいたぐらいでね。スノーボードは毎日やっていた。バンクーバーでもマウント・シーモアの方に住んでいたから、よく行っていたよ。スノーボードが生活の一部となっていたね。そのうち大会とか出ていたら、スポンサーがついて来て、それで自然とプロになっていった感じかな。

??プロになったのは何年前?
うーん、どれくらいだろう。サンタクルーズのスポンサーがついたのは10年ぐらい前かな。

??結構昔からやっているんだね!
スノーボードは15年ぐらい前に始めたよ。

??スノーボードを始めた時の年はいくつ?
たぶん、15才か16才だったかな。当時は、まだ中学生だったよ。スポンサーのサンタクルーズはヨーロッパのメーカーだったら、ヨーロッパとかにつれて行ってくれたよ。とっても嬉しかったね。

??それじゃあ、あの非対称ボード(注釈:サンタクルーズは当時、非対称ボードを作ってちょっとした旋風を巻き起こしていた)も乗っていたんだ。
うん。でも自分で切って対称にしちゃったけど。凄くいいボードだったよ。ヨーロッパのしっかりとしたテクノロジーの元で作られたから。

??サンタクルーズの後に今のオプションのスポンサーがついたのかな?
一年間ノー・スポンサーの時期があって、オプションのスポンサーが決まった。オレはXゲームのような凄い大きな大会でチャレンジしたいと思っていたけど、サンタクルーズはその希望に応えることができなかったんだ。スポンサーからの招待枠とかの力もなかったんだよね。だから、一年間は、いろいろなボードを試すことにした。

??なるほど、それで98年のウエストビーチでのビッグ・エアーの大会がきっかけになったんだ。
そう、ウエスト・ビーチの大会に出て勝った。その後、オプションはスポンサーのオファーをしてくれたんだ。オレはXゲームの大会に出たかったから、出してもらえるなら、ということで承諾した。それで、Xゲームでも勝った。オプションがきちんと約束を守ってくれて、出場させてくれてとてもハッピーだったよ。また、オプションにしても、僕が勝てたことでとてもハッピーになったね。

??Xゲームで勝った時の技は?
ウエストビーチで勝った時とまったく同じ技。スイッチ・バックサイド・ロデオ。

??優勝は、たまたま良い巡り合わせで来たという感じ? それとも絶対勝てるという自信があったの?
カナダ人はオレだけで周りはアメリカ人ばっかりだった。誰も自分のこと注目していない状況で、あまり良い結果が来るとは想像できなかったよ。一本目は、とんでもないクラッシュにより、最下位だった。肩を痛めて、これはもうダメだと思ったよ。
さっさと家に帰った方がいいってね。だけど、友達が応援してくれたから、ハイクアップすることにして2本目に挑んだ。そしたら、それがハイスコアを出したんだ。いきなり、それで最下位から11位に上がった。そして、最後の3本目でまたハイス
コアを出して、優勝したんだ。

??大会は合計点で争われるの?
そう、トップ2ランの合計。最初のジャンプで転んで0点。だけど、残りの2本でハイスコアをマークして、優勝したんだ。ジャッジはグレイトだったね。あんまりこんなこと言いたくないけど、多くの大会でジャッジがよくないことがあるだろ? だけど、Xゲームのジャッジは良かった。

??デバンとか来ていなかったの?
カナダ人は、オレだけだったよ。ヨーロピアンが一人でヨニ・マキネン、後はアメリカ人。Xゲームはアメリカのテレビ番組だしね。日本人も来ていなかったよ。ところでさあ、オレ凄くサッポロの大会に出たいんだよね。今までカナダ人で優勝したライダーって誰もいないだろ。だから、オレ出て勝ちたいんだ。

??ケビンは昔からスノーボードをしていて、ハーフパイプも含めいろいろなスタイルに対応できると思うのだけど、なぜ最近ビッグ・エアーの大会を中心に頑張っているの?
基本的には、バックカントリーとかで凄く大きなジャンプ台を作って、飛ぶのが好きなんだ。実際、ビデオや雑誌の撮影でもそういったジャンプ台で飛ぶことの方が多いよね。ここのところ、ずっとレースやハーフパイプの大会が中心だったけど、人々はそろそろ違うものを求め出していると思う。どんなスポーツだって、新しいモノを求めていると思うよ。そんな中ビッグ・エアーは注目を浴びるようになった。元々このカテゴリーはあったんだよ。以前、ダミアン・サンダースとか活躍していた頃、日本でもやったと思う。ダミアンは当時、バックカントリーで凄い大きなバックフリップを決めていたけど、そういうことはパイプではできない。だけど、ビッグ・エアーなら可能にしてくれるんだ。オレが育った、マウント・シーモアでは、長い間ハーフパイプはなかった。ハーフパイプを維持するには、お金も必要だし手間とかも相当なもんだよね。マウント・シーモアはもともとそんなにお金がなかったら、作れなかったんだ。だから、みんなで大きなジャンプ台を作って飛んでいたんだ。今、ハーフパイプだって、大きなパイプ、スーパー・パイプとか作り出してきているところが増えたよね。こうやって、どんどん変わっていくんだと思うよ。

??普段は、どこで滑っているの?
マウント・シーモア、ブラッコム&ウィスラー。たくさんフリーランをやるよ。それと、よくジャンプ台を作るね。オレたちの仲間はいつもバックパックにシャベルとトランシーバーを持って、バックカントリーで大きなジャンプ台を作って飛ぶんだ。それが、一番!

??仲間たちは誰?
オレは本当に良い仲間に恵まれてるよ。カメラマンのスコット・サーフェス、デレック・ケテラ。彼らは本当プロフェッショナルだよ。いつも早く起きて、撮影のための準備をしている。天気が良ければオレたちは一日中ずっと撮影をしているよ。

??プロ・ライダーの友達でよくいっしょになるのは?
クリス・ブラウンやデバン・ウォルッシュ。

??尊兄するライダーは?
ピーター・ライン。彼は凄いスノーボーダーだよ。スノーボードを愛して、毎日滑っているし。大会中でもよくハイクアップして飛んでいるよね。他にはデバン。彼も素晴らしいライダーだね。後、テリエ。彼は別格の凄さだね。ビッグ・エアー、ハーフパイプ、ボーダー・クロスのすべての競技で、勝つ力を持っている。

??ニックネームがあると聞いたんだけど?
イタリアン・スタリアン。

??えっ、何それ?
イタリアン・スタリアンは、ロッキーみたいなこと。シスベスター・スタローン知っているだろ?

??ああ、映画のロッキーね。よく知っているよ。あれをみると無性に腕立てふせをやりたくなるんだよね。映画館から出ると、ロッキーの曲を口ずさみながら、ボクシングごっこをやりたくてしょうがなくなるよ。
そうそう、それがイタリア人なんだよ。オレはバンクーバー生まれだけど、両親は両方ともイタリア出身。

??イタリア人ってどんな人達?
うーん、うるさくて、プライドが高くて、うーん難しいなあ。

??マフィアが多いよね?
僕のお父さんの出身地は、マフィアが多かったみたい。自分のファミリーを大切にするんだよね。

??ところで、もしスノーボードをやっていなかったら、今ごろ何をやっていたと思う?
以前、マーシャル・アーツをやっていたから、そういった方面で頑張っていたかもね。でも、そんなもんわからないよね。たぶん、スポーツ関係やっていることは確かだよ。BMXやっているとかさ。

??今度のシーズンの目標をどうぞ。
今期はまず「インスブレック・エアー・スタイル」でいい成績を収めたいね。それと、「トヨタ・ビッグ・エアー」に出たい! これはオレにとって凄い重要なことだよ。3年間ずっとトライし続けているけど、未だに参加できないからね。この大会に勝ては、ケビン・サンサローンという名ももっと世間に浸透すると思っている。こないだの冬は、わざわざ出れるようにその時期いたのにね。結局、参加できなくて残念だったよ。このインタビューがヘルプすることを祈っているよ。

??そうかあ、日本にも行っていたんだね。どうだった。
今までのトリップも良かったけど、今回のトリップは最高! いつもいい食べ物を食わしてもらって、いい雪にも巡りあえたし。今回お世話になったマニューバーラインには、本当に感謝しているよ。特に今回いろいろ面倒見てくれたジョナサンにこの場を借りて改めて「ありがとう」と伝えたい。

??将来の夢は?
オレの夢。それは、ウィスラーでビッグ・ネームになること。それと、とってもナイスな平和な場所の土地を買って、そこに大きな家を建てて住むこと。そこで、バイクをやって、いつも周りには友達が溢れていてるということかな。

??今日はありがとう!
こちらこそ、ありがとう。

●このインタビューは、SNOWing2000年12月号に掲載されました。

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