ライダーに対する目がスルドイ!有名フィルマー/アンソニー・バイタル

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ウィスラーを拠点に世界中でトップ・ライダーたちをビデオ撮影するアンソニー。そんなライダーとの接点の深いアンソニーは、ライダーの素晴らしさをよく知っている。なぜ、テリエやデバンが凄いのか? そんな興味深い話しから、彼のプロとしての考え方まで探索するインタビューをお届けしよう。

フサキ(以下F):撮影ビジネスには、どうやって入って行ったの?
アンソニー(以下A):元々トロントの方でスケートをやっていた時に、友達のスケーターとか遊びで撮っていたんだ。撮影することは好きだったんだね。それで、ウィスラーに来てからも遊びで撮影を続けていた。そうしたら、ウエストビーチ(注:カナダのウエア会社。当時のカナダのトップ・ライダーたちがサポートを受けていたメーカー)のチーム・マネージャーから声が掛かって、チームの撮影依頼が来たんだ。それが、プロとしてのきっかけかな。その後は、ショーン・ジョンソンやショーン・カーンズ(当時のカナダのトップ・ライダー)と撮影する機会を得て、ウィスキー・ムービーに使われるようになった。

F:ウィスキー・ムービーって?
A:ショーン・ジョンソンとショーン・カーンズがドリンキングなどの遊びの絵なしにハードなライディングだけで攻めようということで、作ったビデオ。その後、3年ぐらいずっと撮影の仕事をしていたけど、フサキも知っての通りショップ(ウィスラーの超有名プロ・ショップのザ・サークルのこと。ライダーにはトレバー・アンドリュー、アラン・クラーク、ケビン・ヤング、クリス・ブラウンなど凄い連中ばっかり!)を始めたから3年ほどはあまりフイルムの仕事はできなかったね。ショップの仕事の合間にちょこっとやるくらいで。だけど、マック・ダウから撮影の依頼が来たから、また再び撮影の仕事に集中することにしたんだ。

F:アンソニーの周りにはいつも凄いライダーたちばかり集まっていたと思うのだけど、アンソニー自身がプロになることを考えなかったの?
A:ウィスラーに移って来た時、もうすでに24歳だったんだよね。もちろん、まだ年を取ったというわけではないけど、ただもしプロをやるにしても自分より数段若い連中を相手にしなくちゃいけないわけだろ。自分のスペシャリティとしては当時ハーフパイプがあったんだけど、それにしても若い奴にはなかなか太刀打ちできない。2年かかって、ウィスラーという大きな山でのフリーライディングも覚えたけど、それでも26歳だったからね。オールランド・マウンテン・ライダーにもなれたかもしれないけど、それよりももっと同じスノーボード業界で違うことやった方がいいじゃないか、と思ったんだ。

F:元々、撮影することは好きだったの?
A:オーイェー。スケートを撮る前もガキの頃からカメラをいじっていたからね。まさか、その時は撮影する仕事をするなんて思っていなかったけど、よく撮っていたよ。お父さんがフォトグラファーだった影響もあるし。

F:お父さんも、プロ? どんな撮影していたの?
A:いや、ウチのオヤジはプロってわけじゃないけど、趣味で結構ハマッていたんだ。だから、そんな姿を見てオレもよく撮らせてもらったんだね。ガキの頃からだから、撮影はオレにとって生活の一部のようなもんだね。

F:世の中には、たくさんスノーボード・ビデオって出回っているけど、アンソニーはどうやって他のフィルマー連中と戦うの? 何か自分の撮影スタイルってある?
A:もちろん、自分のスタイルを考えること好きだよ。だけど、それよりも正直言ったら、人々がどんなものを求めているのかが大切になってくると思う。みんながスゲエとか感動してくれる映像を残すのがプロの仕事だよ。後は、そのフイルム会社がどんなものを求めているか、ってことだね。なかなか難しいけど、それのバランスで撮っているんだ。

F:アンソニーはいろいろ凄いライダー連中と撮影して来たと思うけど、「いやあ、こいつにはまいった!」という感想を持った超凄いライダーって誰?
A:オー、ゴッド! 本当にそういった意味でオレはラッキーなんだ。世界中でも本当に凄いライダーたちに撮らせてもらっているから。みんな本当に素晴らしいんだけど、今年凄かったなあ、という個人的な意見としてはテリエ(注:説明不要のスノーボード界のトップ・ライダーであるテリエ・ハーコンセン)。なぜなら・・・、彼はアンビリーバブル。

F:何がアンビリーバブルなの?
A:彼は本当にデカいエアーをするし。うーん、なぜならテリエだからだよ。新しいトリックだって、凄い高さでスタイリッシュに決めてくるからね。
他には、そうだな。本当みんな凄いんだけど、デバン(注:バンクーバー出身のデバン・ウォルッシュはそのフイルムで見せる素晴らしいライディングで人々を驚かした)は凄いなあ。

F:デバンかあ。
A:うん、彼は山を見る目が素晴らしいんだ。ジャンプ台を作っている時も、トランジションからランディングまできちんと計算に入れて、いざ本番の撮影になるときちっと決めてくるんだ。まさにプロ中のプロだね。つまり、彼はグッド・スノーボーダーでありながら、その先の展開までも確実に読める頭脳も持ち合わしているんだね。他には、そうだなあ・・・、ピーター(注:ピーター・ラインのこと)も凄いし・・・、うーん(頭を抱えながら)ゴッド。みんな素晴らしすぎて特定できないよ。

F:そう言えば、デバンってケガしたよね?
A:昨年ヒザをケガをしたけど、それは手術してもう直って今年撮影したよ。フォーラムのビデオであるトゥルー・ライフで彼の勇姿が見れるよ。昨年デバンがケガしたわけだけど、今年はビョン・ライナースがケガして、さらにマイク・ページが大きなケガをした。フォーラム・チームはケガ人が多いね。しかし、デバンがカムバックして、JPウォーカーがいい撮影できて、クルス・ダフィシィもカムバックしたし。
フォーラムのチームは誰かしらケガをしても、それをきちんとうまくフォローできるようになっているね。ビョン・ライナースはケガにより今年の冬、撮影できなかったけど、今、ニュージーランドで撮影をこなしているよ。もうすぐビデオが出るので、デッド・ライン間近だけど、なんとかいい絵を残す努力をしている。さらに、テリエもニュージーに行っているから、何か起こりそうで楽しみだよ。

F:今年、テリエと撮影したのはどこ?
A:東京ドームのビッグ・エア大会。USオープン。それとアーティック・チャレンジ(注:テリエやダニエル・フランクがオーギナイズする大会)に招待されたよ。東京ドームの大会はとても良かったなあ。日本での経験はとても楽しかった。テリエもいいパフォーマンスをしてくれたしね。

F:テリエってどんな性格なの?
A:うーん、静かとは言えないけど、結構、一人でいることを楽しむ部分もあるかな。

F:シャイなのかな?
A:そうだなあ、シャイってこともないと思うよ。慣れてくると、どんどん話すようになってとても楽しい奴になっていくし。

F:それじゃあ、今度はアンソニー自身のことを聞こう。スノーボードを始めたきっかけは?
A:始めたのは14年前かな。その前から横乗りのスポーツはやっていたんだ。スケート、サーフィン、後はウォーター・スキーもやったよ。フロリダのマイアミで育ったんだ。

F:へえ。アンソニーはカナダ人だよね。
A:アメリカとカナダ両方の国籍を持っているんだ。19歳の時にカナダ・トロントに来て、スノーボードを始めたんだ。ちょうど、その頃からスノーボードという知られるようになって来て、スケートをやっていたから自然にスノーボードもやりたいなあ、と
思って。始めたら、とてもおもしろくて。それで、どうやったら、もっとスノーボードができるかなあ、とスケート・ショップに相談したら、山で働けって言われて。それで、スノーボードを教えることになったんだ。

F:インストラクターかあ。仕事好きだった?
A:とっても、楽しかったよ。

F:結構、教えるのって辛抱いるでしょ?
A:まったく。だけど、オレは辛抱ある人間なんだよ。こういったことが、結構撮影でも役に立っている。

F:確かに撮影は辛抱の連続だからなあ(笑)。天候、オーギナイズなどなど。
A:そう、天候で待つことなんてしょっちゅうだからね。

F:ライダーたちのノリもあるでしょ? 「滑りたくねえ」なんて言われて。
A:その時のライダーの気分ってものもあるよね。そう、それでその辛抱が役立ってイントラを続けたんだ。山がとても理解あって、仕事もしやすかった。それにハーフパイプもあったから、練習して週末になると大会に出ていたよ。その頃はケビン・ヤングとかケイル・スティーブンとかも来ていたね。たくさんいいライダーがいたよね。

F:へえ、ケビンやケイルもいたんだ。ウィスラーに来たのはいつになるの?
A:たぶん、8年ぐらい前かな? ケビン・ヤングがこっちに来た頃いっしょに来たんだ。

F:へえ、そんな時期かあ。オレの家にケビンが転がりこんでいたの知っているよね?
A:ああ、エリック(注:元僕のルームメイト。以前プロであったエリック・マーシャーン)とかもよく知っているよ。

F:ところで、アンソニーがスノーボードを始めた頃のヒーローって誰? オレはクレイグ・ケリーなんだけど。
A:ジェフ・ブラッシー、ショーン・パーマー。

F:ああ、そっちの系統かあ(笑)。
A:オー、イエーイエー(笑)。絶対だね。パーマーなんて、未だにオレのヒーローだよ。

F:じゃあ、最後に恒例の質問いっとこう。アンソニー・バイタルの夢をどうぞ。
A:ハッピー、ヘルシー(健康)、それをずっと自分のライフで続けることかな。

インタビュー後記:
僕がアンソニーを知ったのは、彼がザ・サークルのオーナーをやっていた3年前からだ。当時、僕はケビン・ヤング&マーク・モリセットのシグネチャーの携帯灰皿を作るアイデアを考え実際に作ってしまったのである。その灰皿は、ザ・サークルで飛ぶように売れた。話しはちょっと外れたが、その時、ショップのオーナーであるアンソニーはいつも怖い顔をしていた。なんとも近寄り難いくらいに。だけど、とても親切で約束をしっかりと守り、ビジネス上において彼は素晴らしかった。そして、今回このインタビューを通して、彼がなぜ現在の地位にいるのか、わかった。彼はプロなのだ。プロという誇りが彼に辛抱を与え、その結果、彼のエネルギーがたくさんの人に影響を及ぼすのである。どこの国でも素晴らしい活躍をする人は、素晴らしい人格者である、ことを再確認させもらえるインタビューとなった。

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