スノーボード創生期時代から ミナミの名物店長/左氏 義和

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今回は初のスノーボード・ショップ店長が登場する。
ミナミでスノーボード創世紀時代からずっとスノーボードを売り続けている左氏義和さんは、売り上げ請負人として大活躍する店長さんである。ミナミCITY2、ミナミ新宿、ASR東京と渡り、そしてこの2月からはミナミのスノーボード・ショップで一番規模を誇るSPAZIO店の店長となった。売り上げのコツや店員としてのポリシーを探ってみた。

フサキ(以下F):今回は僕の兄貴とも呼べる方が登場です。左氏さん、よろしくお願いします。
左氏義和(以下S):よろしく。

F:左氏さんはここ10年ぐらいずっとスノーボード界を見ていますが、今の業界どうなってきたと思いますか?
S:いきなり、その質問難しいなあ。ふくれてきて、ちょっとしぼんできた。それで、これからはもうちょっとしぼんじゃうかな。だけど、他のスポーツと違って、ずっと日本に残っていくまで成長したスポーツだと思うよ。

F:左氏さんはCITY2、新宿、ASRと渡ってきて、実際に結果も出していると思います。売り上げ請負人のようになっていますが、売るためのコツって何ですか?教えられる範囲内で教えてください。
S:そんなことは、ないだけどなあ。売るためのコツねえ。(その後ちょっと考え込む)

F:例えば、先日、クリプトンの伊藤さん(チューンナップ屋さん)が言っていたんですけど、左氏さんがいた店は、その後も必ず注文がよく入るようになったと言っています。この例なんか、良い成果だと思いますが。
S:それ、たまたま前がやっていないんだよなあ。だから、これからSPAZIOも増えるよ。だってパネル(チューンナップを知らせる)がないんだもん。ただ、それだけだよね。でも、やっぱりなんとか他がやっていないこと、そしてお客さんが望んでいることをやるか、ということが大切だと思うよ。

F:例えば、前のASRでは1スパン(1つのセクション)に大胆にBRIKOのワックスを並べていますよね。そういったところも他でやっていないことだと思いますが。
S:それも、そうだよね。必要なことを、あたり前のようにやっているという。だけど、BRIKOに関しては、わかりやすく展示したから売り上げが上がったと思うよ。他には、何かなあ。売り上げが確実に上がっているということはないんだけど、しっかりと後につながるようなお店作りというのは、確実にやっていると思う。お客さんが、また来てくれるような接客もね。後は、僕が行くところは品揃いがよくなるし、そういった意味でメーカーさんに協力してもらっている。本当、みなさんあってのことだよ。

F:そういったことは左氏さんが、そのメーカーを正しく理解して売っているから、また人望があるからだと思います。やっぱり、時間を惜しまず、よく飲みに行っているということも関係あるのかな?(笑)まあ、それはいいとして、左氏さんの入社のきっかけとスノーボードの担当になったことを教えてください。
S:まず、僕は高校を出て、4年近い間今で言うフリーターをやっていた。普通だと同じ年で大学に行った奴が就職活動している中、転々と職を変えている自分に対してヤバイと思って、仕事を探していた。そしたらアルバイト・ニュースにミナミの社員を募集していたんだ。元々高校を卒業した後は、スポーツ関係をやってみたかったのだけど、ペプシ・コーラに入社にしてしまったんだ。やりたくないことやっていたらからすぐに辞めてしまったけど、もともとスポーツ関係はやってみたかったんだ。僕はバスケットをやっていて、できたら当時あった湯原スポーツのようにカッコいい店を作りかった。だけど、僕が勤めた店は、バーゲン・ショップで、冬はスキーの古品を安く売る職場だった。2年目にスキーの担当したけど、あの頃のミナミはバリバリ体育系だっから、あぶれちゃったよ。

F:あぶれちゃったということは、バリバリの体育系の先輩の中、働く場所がなくなってしまったということですか?
S:うん、それでその時CITY1の入り口にちょこっとあったスノーボードをCITY2に持っていくぞ、ということいなった。もちろん当時はCITY2だってスキーが、メインだったから4Fでやることになった。「じゃあ誰がやる?」ってなった時に、左氏だってということになったんだ。たった、一回だけやったことあるからって。その頃は僕はスキー・グッズからウエアをやるハズだったのにね。

F:本当に滑ったことがあったんですか?
S:あった。スキーの試乗会の時にちょこっと。落ちこぼれ、だったんだ。グッズでもダメで、ウエアでも落ちこぼれて、それでスノーボードに行かされた格好。当時は誰もここまでスノーボードが来るって予想していなかったよね。だけど、それがなかったらオレとっくにミナミやめていたと思うよ。

F:フーン
S:それがなくてもいつかはスノーボードに携わっていただろうけどね。だけど、爆発する前からできることができて、僕としてはひじょうに運が良かった。その時は、下のフロアのスキーに勝ちたいという気持ちで残業したなあ。別に残業自体がいいってことではないけど。

F:一生懸命屋さんの左氏さんだから、頑張ったんだろうなあ。話題を変えましょう。このホームページを見ている人の中で、ショップに興味がある人がいます。そんな人にアドバイスをお願いします。
S:スノーボードに興味がある人が入ってくるのだと思うけど、この業界いろいろな職種があるよね。メーカー、小売り、雑誌、プロ、スクール関係とかいろいろあるけど、小売りに関しては、比較的忙しいよ。思っている以上にスノーボードできない。そして忙しいから疲れちゃう。そのへん勘違いしちゃいけない。

F:勘違いというのは、入ったはいいけど実際たくさん滑れないし、そのへん覚悟が必要ということですよね。
S:一時なんだよスノーボードできないし売っているだけ、と思うかもしれない。だけど、いろいろ経験したら、展示会とか行かせてもらって誰よりも早く新しいスノーボードを見ることができる。どれだけオーダーして売ってとか、そういったところが嬉しい。まだまだこれからのスポーツ、若い人でもチャンスは十分。売る喜びとスノーボードの愛情があれば大丈夫。楽しくてしょうがないよ。だけど、会社にもよるかな。

F:今後の目標と夢は?
S:目標は、2、3年くらいかけて本当のスノーボード・ショップを今のSPAZIOで作りたい。夢は世のために何かしてみたい。

●インタビュー後記 :はっきり言ってこの人がいなかったら、とっくに僕はミナミにいないのではないか、と思うほど人望が厚くいろいろお世話になった。その反面、人によってはクールな一面を見せるが、それは厳しい世界に育った左氏さんならではの愛のムチか!?自分に厳しい左氏さんは、これからも常にお客さんに喜ばれる店作りをしてくれるだろう。

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