僕は大河の先生です。

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息子・大河が、学校で。授業中に集中力がない、決められた約束をなかなか守れない。
ということで、面談をしに。
 
ミーティングルームには、校長先生、担任の先生、それに精神科医と助手ということで、かなり本格的です!
 
最初、みんなにあいさつする時に思わず緊張して
ナイス・トゥ・ミート・ユウ。マイ・ネーム・イズ・フサキ。アイ・アム・タイガズ・ティーチャー。
「はじめまして、フサキです。私は大河のお父さんです。」というところ、「私は大河の先生です。」
と言ってしまいました。
 
これには、カミさんも大爆笑。
 
それで、正式に精神科医が調べた大河の結果発表。
 
「あなたのお子さんは、目に見えたものから学ぶことには得意な脳を持ち、逆に言葉から聞こえたことを理解することが難しい。それは、そういうふうに生まれて来ただけのことで、問題はありません。」
 
とのこと。
 
 
ところで、僕は大河のことを一度も本気でバカだとは思ったことはありません。
カミさんのシャーリーは、とても心配していて、精神科医から「問題ない。この子は才能に満ちていて、将来が楽しみ!」と言われた時には、涙ぐんでいたけど。
 
 
大河は、僕の言うことをよく聞いてくれます。
しかし、カミさんや学校の先生の言うことを聞いてくれない。
 
精神科医が言うには、その理由は伝える側がボキャブラリーが多いから、ということ。
 
大河は、日本語と英語を両方に学んでいて、英語の言葉が一部理解できずに遅れがち。そこで、授業中に新しい言葉がどんどん出て来ると、何を言っているのかわからなくなる。だから、つまらないので、ボケーっとする。言われたことをやらない。先生は戸惑う。
 
「へえ、そうなんだ」と思ったけど。
 
というか、みんな教え方が、つまらないからだよ、と内心思っていました。
 
例えば、自分が教える時、大河がなかなか理解しないことは、どうやったら理解してくれるのか、いろいろ思考錯誤します。絵を描いて説明したり、演技をして説明したり、楽しく学べるように考えます。
 
 
僕は子供の頃、図工、作文、体育が好きな一方で、理科や数学など、あまり好きではありませんでした。今、思いおこすと、「何で先生はもっと理解できるように楽しませてくれなかったのかな?」と思うのです。
 
だから、自分が子供に教える時には、必ず夢中になって楽しんでもらえるように工夫します。つまらないことが、どれだけ辛いかわかるからです。今でも僕は、どんな仕事でも楽しめるように工夫します。
 
でも、多くの先生や親は、これまで伝えて来たことがうまくいかない時には、相手が理解力がない、と考えてしまうようです。もちろん、相手の理解力がないこともあるだろうけど、どんな子供でも、何か理解させたり勉強させたりする工夫があるように思うのです。
 
それが、伝え手、先生というものでないでしょうか?
 
僕のイントラでも同じ。うまく教えることができなかったな、という時には、「どうやったら伝えることができたのだろう?」と家でビールを飲みながらでも考えています。それが、プロの伝え手というものだと思うからです。
 
 
緊張から出た思わず出た言葉。
「僕は大河の先生です。」は、なまじっか間違っていないのかな、と思います。
そう、僕は大河の人生の先生であり、お父さんでもあるのです。 
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