Category: コラム

スノーボーダーがヘルメットをかぶるべき4つの理由

 

Text: Fusaki IIDA

いよいよシーズンインですが、みなさんギアは揃っていますか?
板、ビンディング、ブーツ、ウェアなどは忘れている人はいないと思うけど、近年スノーボーダーに最も大切だと言われているヘルメットもしっかりと準備しましょう!

今、世界のスキー場では、ヘルメットをかぶっている方がほとんどで、ヘルメットをかぶっていないスキーヤー、スノーボーダーがいるというのは、日本だけの現象となっています。

ヘルメットはスピードを出したり、ジャンプをしたりするようなうまい人だけがかぶるものではありません。特に初心者、お子さんにかぶってほしいものです。

以下、その4つの理由をお伝えします。

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【コラム】バートンのCHANNELシステム 他ブランドにも波及か!?

 

Text: Fusaki IIDA

先日、『Signal Snowboardsが新しい試み!Subscribeというビジネスモデル開始!』というニュースをアップした時、ウィスラーの友人からこんなメッセージが届いた。

「それよりも驚いたのは、SignalもCHANNELシステムを使っていたということ。」

確かに。

カナダのバンクーバー発のブランド、Endeavor SnowboardsがすでにCHANNELシステムを使用していたのは知っていたけど、ここへ来てSignal Snowboardsも採用。

今後、このCHANNELシステムが様々なブランドにも波及するのかもしれない、と思った。

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【コラム】なぜこの時期、世界のスノーボード・ブランドはバックパックを宣伝するのか?

 

文:飯田房貴 fusaki@dmksnowboard.com

かつて、Nomisというカナダのブランドをディスリブーションをしていた時、北米ならではのバック・トゥ・スクールという文化を羨ましく思ったことがあります。

このバック・トゥ・スクールというのは、文字通り「学校に戻る」という意味で、北米の子供たちは長い夏休みのあと、新学期を迎えるのです。
その時、子供は新しいバックパック、シューズ、筆記用具など、親に買ってもらいます。
だから、今、僕が住むカナダのウォールマート(世界最大のスーパーマーケットチェーン)でも、大々的に「BACK TO SCOOL」という看板を掲げて、セールスを行っています。

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ライオが語ったキャンプオブチャンピオンの思い出

 

真夏の世界最大パークとして知られるCamp Of Chamiponsが28年間のヒストリーを終えたことは、スノーボード界で大きな話題、そのフォウンダーであるケン・アッケンバック氏の功績を称える声が国内外で様々なメディアからリリース。
そんな中、日本のスノーボード界を引っ張り、COCでは10年間コーチを行ったライオ(田原勝也)から、キャンプオブチャンピオンへの思い出を語るメッセージが発信されたので、ご紹介しよう。

時代の流れでしょうか?
10年近く働かせてもらったキャンプオブチャンピオンがその歴史に幕を閉じます。
ここからは長文になりますが自分がこのキャンプで働くようになった思い出を書きたいと思います。
少し長くなりますが興味のある方だけ読んでください!

初めて行ったバンフでのキャンプ。
コーチは業界の兄貴的な存在、塩谷さん、バブルスくん、ストーミーチーム。
始めたばかりの自分はコーチのみんなに「どうしたら上手くなれますか?」と質問した。
帰ってきた答えは想定外の「日本人と滑ってても上手くなれねーよ」

そこで俺は毎日学校が終わってからゲレンデに来る名前も知らないカナディアンキッズ(キッズと行っても高校生)に辞書を片手に電撃アタック。
一緒に滑っていい?

最初は面食らった感じの彼らも必死な俺に笑いながら「ついてこれるなら構わないぜ」って言ってるくれた。
それから毎日2時になるのを待って彼らの集団を追いかけ続けた。
最初はついていくのがやっとだった自分も徐々についていかれるようになり、キャンプの最後にはスイッチでもついていけるようになった。

今ではあまり聞かなくなったけど、彼らはその頃はやり始めたニュースクールそのものだった。ゲレンデといっても彼らが滑るのは主に林の中。倒れた木をレールに見立てジブトリックを繰り出し、ちょっとした起伏を使い720をする。
それを山の上から下までひたすら・・・

そんな彼らと滑っていてスノーボードの自由性の虜になった。
いつの間にか彼らとは仲良くなり、俺の幼稚園並みの英語も通じるようになってきた。

しかし、始まりがあれば終わりがある。一ヶ月のキャンプが終わり、俺は日本に帰ることになった。みんなは最後に「またどこかで会おう」と言ってくれた。最高の思い出と自信をつけた俺は意気揚々と日本に帰り中部大会に出た。しかし世の中そんなに甘くなく、結果は予選落ち。また自信を失った俺だったが彼らから学んだニュースクール精神を引き継ぎ、寒く、雪は固く、何もないホームゲレンデの菅平でひたすら滑っていた。そしていつのまにか俺の後にはカナダでニュースクールのキッズ追いかけていたように地元のキッズが勝手について来るようになった。

そのシーズンを無事に終えた俺は憧れのサマーキャンプに行くことを決意。しかしまともにサマーキャンプに入ろうとすると、とてつもなく高い。アメリカでのサマーキャンプ自分の経済力では行くことができず、いろいろ調べているうちにカナダでのキャンプにたどり着く。若干ではあるがアメリカのキャンプより値段が安く、とにかく夏にも滑りたい俺はキャンプオブチャンピオンに行くことを決意する。

初めてのウィスラー、初めてのグレーシャー。
俺にとっては全てが新鮮だった。そんなキャンプで俺をさらに驚かせることが起こる。キャンプの初日に行われるオリエンテーションでコーチ陣が紹介されていた。もちろん有名なライダーもコーチとして働いていたが、そんなコーチの中に見たことのある顔があった。それは俺にスノーボードの楽しさを教えてくれたバンフのローカルキッズだった。あの頃は彼らのフルネームも知らず、ニックネームで呼び合っていた彼らの一人が、カナダのトッププロにまで上り詰めていたアランクラークだったのだ。さらに驚いたのはアルは俺のことを覚えていたことだった。その頃の日本人のレベルは非常に低く、常に外国人たちの滑りに圧倒される毎日。他の日本人キャンパーが遠慮する中、自称スネーク王の俺は外国人を押しのけて滑り続けた。上手いか下手かはあまり関係ない。そんな俺をキャンプの後半、またも驚かすことが起こる。

日本人キャンパーが増え始めたこの時期、キャンプのオーガナイザー側も日本人コーチの起用を考えていた。そんな中アルが俺のそばに来ていきなり話を始めた。
「お前来年からコーチやれよ!」

その頃の俺はアマチュアでやっとスポンサーがついたばかり。キャンプのコーチといえばプロしかできないと思っていた俺には喜びとともに俺でいいの?という思いがあった。でももうやるしかない!そこから俺とキャンプオブチャンピオンとの関係が始まった。

今から考えるとあの頃が一番楽しく、一番楽しかった時期かもしれない。
そんな楽しい思い出をくれたキャンプオブチャンピオンがなくなってしまうのは寂しいけど、またどこかでその頃の仲間と会いたいな。

本当にありがとう。
最後にオーガナイザーのケン・アッケンバック長い間お疲れ様でした。
またどこかで会ったら酒でも飲もう。今度は俺がおごるから!!

ライオ田原(本名:田原勝也、1972年9月10日生まれ )
日本のスノーボード界の先駆者的存在スノーボーダー。
日本人として初めてマックダウ・プロダクションのビデオに出演。得意技アーリーチャックフィリップで、ハーフパイプ全盛の時代に世界チャンピオンに!
全盛期のFORUMライダーとして活躍したことで、その名は国内だけでなく世界に広まった。当時は、大手スノーボード・メーカーから引き抜きの話もあったが、一貫して自分のスタイルを貫く。
X-TRAIL JAMのクォーターパイプ部門の常連出場者で、2002年に日本人最優秀選手、2003年、2004年の2年連続でハイエストエアーを受賞。何度もハイクして男気溢れるスタイルは、多くの観客に感動を与えた。
2004年にFORUMからサロモンへ。その後は、業界を陰から支え、スノーボード界に熱く注ぐ視線は今でも衰えなし!

 

【コラム】スノーボーダーと辛い者好きの関係性

 

文:飯田房貴

デヴァン・ウォルッシュがSandboxと契約したと聞いて、まず自分が頭に浮かんだことは、ずっと前にデヴァンの家を取材しした時の辛いモノ専用冷蔵庫だ。

過去の写真を探したところ残念ながら残っていなかったが、以前、自分がプロデュースしたスノーボードDVD、PEAKの映像の中には残っていると思う。

その専用冷蔵庫には、デヴァンが世界中から集めた辛い調味料、タバスコのような類が入っていた。当時、ここまで辛いモノ好きなのか!と驚いた。

デヴァンだけでなく、スノーボーダーの中には、驚くような辛いモノ好きが多い。日本に来れば、喜ぶようにワサビを食べたりしているライダーも見かけた。
僕自身、辛いモノが子供の頃から大好きだ。

そこで、スノーボーダーと辛い者好きの関係性をちょっと調べてみた。

 

辛いモノを食べると闘争心と集中力がアップ!

まず人は、辛いモノを食べると、清々しい気持ちになるそうだ。
この恍惚感を生む理由には、脳内ホルモンが関わっているとのこと。

そう、みんなもよく知っているアドレナリンだ。

急斜面や巨大ジャンプに挑む際、恐怖感を克服しようとするところから生まれるアドレナリン。
興奮状態にして、闘争心と集中力をアップ!飛躍的に運動能力を上げる効果もあるそうだ。

さらにアドレナリンは、運動能力を維持するために痛みを緩和する力もあるというから驚きだ。
多少、ブーツの不都合で痛みが生じてもスノーボードの楽しさには変えられない、という私たちの気持ちに通じるものがある。

もう1つの脳内ホルモン、エンドルフィンも辛いモノを食べることで分泌されると言う。
エンドルフィンは、脳をリラックスさせ幸福感や恍惚感を与え、苦痛を和らげる働きをするそうだ。

辛いモノを食べて、スノーボードで痛めた身体を和らげているのかもしれないね。

さらに辛いモノ好きの性格を調べていると、好奇心旺盛ということがわかった。
確かにスノーボーダーは、好奇心が高く常に新しいことを求め続けている。

なるほど、スノーボーダーに辛いモノ好きが多いわけである。

 

【コラム】今後求められていきそうなバインディング・パーツのセレクト

 

文:飯田房貴

現在、カナダのHightide Mfg 2017-18モデルの販売ファイナルウィークとなったのだけど、あるユーザーさんからこんなご意見をいただいた。

「バインなんかはパーツに互換性があるからパーツの販売とか、自分でパーツを選んで組み立てられるとかのサービスやってもらいたいですね。
Burtonに限らずnowとかブランド内での基本構造は同じだからできなくはないと思います。
さすがにブランドを飛び越えたチョイスは難しいと思いますけど。

実際Asymtripの画像でアカーシャさんが使っているnowは画像から調べた限りだと、
ベースモデル:nowのPILOT
ハイバック:nowのカーボンハイバック
アンクルストラップ:burtonのハンモックストラップ
とカスタムして使用しているみたいですし。

プロレベルでなく一般レベルでもカラーを自分で選べたりするから、欲しい層は一定数あると思うんですけど。
ベースモデル+パーツ=ちょっと割高だけどオリジナルセッティング!
みたいな感じで。」

Hightide Mfgのアカーシャが、なぜバートンとナウ・バインディングを混ぜたパーツを使用しているか不明だけど、こだわりの職人だから、自分に最適なバイン・パーツを集めて来たのかもしれない。

現在は、Hightide Mfgのようにオリジナルのグラフィックを注文し、自分だけのボードを作る時代に突入しているのだから、こうした需要は今後さらに広がっていってもおかしくないだろう。


(将来はパーツ組み合わせで販売可能に!?)

ホルダー・ヘルガソン愛用で知られるSwichback Binfdingsは、自分好みのベースプレート、ストラップ、ハイバックを選べることで知られている。今後は、カラーだけでなく、機能面としてストラップやハイバックなど様々な分野での組み合わせが求められることができれば理想だろう。

軽いカーボン性のハイバックに、締まりが良いストラップなど、自由に組み立てることができれば、さらにユーザーのスノーボードに対するマテリアル意欲を掻き立てるに違いない。


(スイッチバックのバインは自由にパーツを選べる。未来のバイン・スタイルをいち早く確立させた。)

現在のように、メーカーが、こういう人はコレがいい!ということで、各モデルがあっても、細かいところではストラップはこっちの方が良かったという意見があったりする。だからこそ、今後細かいパーツのセレクションができれば最高だ。

ちなみにウィスラーのショップでは、バインディングが故障すると、何か奥の倉庫から探して来てくれてなんとか直してくれる。
だから僕のバインディングは、バートンのカーテルだったのだけど、壊れたハイバックだけはマラビータになっている。

時々、そのバインを見た方が、「クールだね。」と言ってくれるのだけど、実を言うとただ単に修理した結果だ。

ちなみにこのバインはとても古く、それこそ500日間とか長く使用しているものだけど、最近買った自分の息子のミッションを借りたら、よっぽどホールド感が強くてビックリした。
つまりどんなに高級なバインディングでも古くなれば劣化し、ホールド感が弱くなってしまう。エントリーユーザー向けの新しいバインディングの方が、高いパフォーマンスを発揮してしまうということだね。

長年同じバインディングを使用している方は、最近のバインディングに変えてパフォーマンスが一気に向上するということもあり得るだろう。
参考までに。

だけど、こうした古くなったバインでも、新しくしたいところだけ変えて、長く使えたら嬉しいね。
例えば、気に行ったパーツは残したまま、雪が付きやすい古いベースプレートだけを変えたり、締まりの良くなった最近の高性能のストラップに変えたり。

どちらにしても僕のバインは使い過ぎだから、そろそろ天国へ。
だから、最近、よくスノーボード・ショップに足を運んで何を買おうか考えています。

 

【コラム】遅咲きライダー万歳!

 

文:飯田房貴 fusaki@dmksnowboard.com

最近、トミーがSunday In The Parkに出るようになって、良い意味で驚いています。

カリフォルニアにあるベアーマウンテンが制作している動画ですが、その配信は世界を代表するスノーボード・メディア、トランズ誌からリリースされているので、視聴者の数はとても多い。そんな世界中のスノーボーダーが見ている人気動画に、日本人であるトミーが出ているのです。(以下、最新のSunday In The Park動画。)

どんな経緯で出れるようになったかと聞くと、

「撮影に参加できたきっかけはローカルの奴らとスノーボードで仲良くなってって、フィルマーとも繋がれて。なんとなく撮影に混ざっていたら、使ってくれたんです。今ではフィルマーも、ライダーもかなり仲良くなってるんで、タイミング合った時にテキトーに撮って、日曜日に使われるって感じ。かなりオイシイですよね。(笑)」

とのこと。

さらに今、どんな生活環境か聞いてみると、

「今は一人でベアーマウンテンとロサンゼルスを行き来してて、いくつかの友達の家のカウチで寝ながら、ちょいちょいバイトしながら、ちょいちょい滑ってます!」

と、たくましい回答(笑)。

その行動力も凄いけど、この幸運に恵まれるのも凄い。
まさに行動力ナシに、幸運は訪れない!という感じ。

日本人はとかくつるんで行動してしまうのだけど、トミーは一人で行動できているところが幸運をつかんだきっかけだと思います。その場その場で仲間と合流するのだけど、自分で考え、一人で行動している。

よく自分のところにも、「フサキさんに相談したいことがあるんで、お邪魔していいですか?」と聞かれたので、そいつが来るのを待っていると、なぜかお友達も連れて来る人がいます。
「なんなんだ!」って思いますよね。相談ということで一人で来るのかと思えば、友達と来ちゃうんだから。こっちもちょっと泡喰っちゃったり。

「撮影に行こう!」なんて話していたら、「なになにちゃんも連れていいですか?」とか聞くライダーもいます。コイツやる気あるのか?ってあきれてしまいますね。

飯でもなんでもともかく友人を連れて来てしまう日本人ライダーの悪い癖というのかな。だいたいそういう奴は、自分の経験から言ってもチャンスは巡り難いですね。

一人で行動するから、「コイツ偉いな。面倒見なきゃ。応援しなきゃ。」となるわけだし。

僕自身一人で行動して、様々なきっかけをつかんで来ました。

最初にカナダに来た時、職場のスタッフアコモデーションに滞在していたけど、「このままではダメだ!」と思って、一人だけ出て行き、知り合ったカナダ人ライダーとシェアして住むようになりました。いっしょに住む奴が、部屋を汚したり、洗い物をしなかったり。まあここで書けないような様々な不都合も感じたけど、その後の自分のスノーボード人生の糧となったし、大きな出会いもありました。
その時に春に居候していたライダーが、後に世界を代表するプロ・ライダーに!
そのライダーは、ケビン・ヤングと言って、90年代にかなり影響力を与えたライダーです。

トミーもこうした行動力の強さで、Sunday In The Parkに出演できるきっかけをつかんだと思います。そして、実際に撮影しうまく自分のスノーボーディングが表現できて、その映像が使われたのでしょう。

そういえば、トミーは、以前にも突拍子もない行動で、幸運をつかんだことがありました。
それは、彼が21歳に挑んだ海外でのビッグエアー大会。
日本でも無名だったトミーが14位に入った快挙。以下にそのことが紹介されています。

ある無名の日本人ライダーが挑んだTTR 5 STAR大会
http://dmksnowboard.com/special/unknown-soldier-rider

 

あのビッグエアー大会で、大きな成果を上げたトミーだけど、その後のライダー活動は鳴かず飛ばず。
しかし、ここへ来て再びSunday In The Parkに出演できるようなライダーになって活躍を始めています。これまでたくさんのライダーたちを見て来たけど、こうして遅咲きというか、開花するパターンもあるんだな、と思い知らされました。

もう一人、遅咲きライダー万歳!の例としては、ユータを思い出します。

渡辺雄太も、DMKではかなり前から応援して来ているライダーの一人です。
現在は、アウトウェア・ブランドでトップの1つであるTHE NORTHFACEと契約していて、バックカントリーの世界で活躍しています。(以下、参考インタビュー記事。)

我が道行くプロ・ライダー/渡辺雄太
http://dmksnowboard.com/interview/going-my-way-yuta-watanabe

 

自分の足で山を上がり、ラインを刻むスタイル。これまで誰もが挑んでいないような斜面を挑む姿。
こうしたユータの活動は、今でこそ多くの人に認められて、業界からも高い評価を受けるようになったけど。今よりも彼が若かったい時、正直こうした活躍ができるとは思っていませんでした。

以前ユータは、自分のやっていきたい活動とは隔たるようなスポンサーからの要求があり、悩んでいたこともあったようです。
でも、彼はせっかくもらったスポンサーを外す覚悟してまでも、自分のやりたかったことをやって来た。様々なしがらみがある中で、自分の思うような生き様を目指すということは、ライダーにとってなかなかできることではありません。ライダーにとっては大きな決断だったと思います。

彼がプロ・ライダーとして成長する過程には、スイスで山岳ガイドをやるということもあったのだろうし。あえてモービルから離れて、自分の足で登れる斜面を攻めることを始めたということもあるでしょう。いつも自分の心に正直に行動し続けて今の成功があるのだと思います。

成功した要因は、決して言い訳がないということ。

「こう思っていたのに、スポンサーがこういうことを要求するのでできなかった。」とか、「こういう活動がしたいのに、生活費を稼ぐために、出世できなかった。」という類の言い訳なし。コツコツと、現在置かれた状況の中、冷静に未来を見つめ、未来を信じ行動し続けたのだろう、と思います。

今、スノーボード界では25歳を過ぎ、または30歳を過ぎてしまって、将来を不安視するライダーも少なくないか、と思います。
だけど、トミーやユータのように成功する遅咲き万歳!の例もあるわけです。じゃあ、そのためにはどうしたらいいか、ということで今回のコラムを書いてみました。

まとめ
1)夢や目標を持ち、あきらめないこと。
2)現状の不満を言う暇があったら、今できることをやってみること。
バイトしながらでも、働きながらでも、できることはある。いつかチャンスをつかめると信じ、考え続け、行動をし続ける。
3)一人で行動できること。